フードファイト!ヴァンガード



※ご注意※


・フードファイトではありません

・カードファイトでもありません

・そもそもファイト要素なんてありません

・タイトルがやりたかっただけの寒いパロディです


キャラクター崩櫂やトンデモ設定が許せるという方のみ、どうぞ。












 彼は、ひどく飢えていた。

 どれ程求めても、どれほど欲しても満たされることはない。今度こそはと期待して探し続け、漸く見つけたと思ってはすぐに失望して再び探す、その繰り返し。
 きっと自分を真に満たしてくれるものなどこの世には存在しないのだろう、そんな諦観に包まれながらも一縷の望みを捨てきれず、今日も独りで街を彷徨う。

 彼はひどく、飢えていた。





「おなかがすきました……」

 ……そう、文字通りに飢えていた。

 昼を過ぎ、大抵の飲食店はピークを終えた時間帯。ワインレッドの長髪に肩幅が大きく取られた黒のコートという非常に特徴的な姿をした青年が、長身をふらふらと揺らしながら街中をうろついている姿はどう見ても怪しい以外の何者でもない。
 俯きがちに歩くその顔の半ばまでを長めの前髪に覆われてしまっているが、可視範囲である口元から下はそこだけですでに整っていることが見て取れる。ついでに脚も長くスタイルも良い。それ故にすれ違う女性たちが目を引かれて一度は振り返るものの、その不審者っぷりにやっぱないわー、と顔を戻してすたすたと歩き去って行った。
 そしてそんな周囲の反応など一顧だにせず、相変わらず青年は風に吹かれる木の葉のように、或いは水面に浮かぶ瓢のようにあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。おなかすいた、と腹部をさすりながら歩いていた。

「どこかで食べるしかないでしょうか……」

 心底嫌そうに零すと、青年は俯いていた顔を漸く上げた。そしてそのまま辺りを見回し、めぼしい店はないかと物色する。
 露わになったその容姿はやはり大方の予想を外さず――どころか予想を上回る程のものだった。髪と揃いの色をした切れ長の目、それを縁取る睫毛は頬に影を落とすほどの長さ。すらりとした鼻といいどこか艶めかしい唇といい、体格で男と分かるものの顔立ちだけならばかなり中性的な、まさに白皙の美貌と呼ぶに相応しい姿だった。

「お金は前にテッちゃんに怒られたので持ってますが……めんどくさいなぁ」

 どうせ自分を満たせるものなど、どこにもありはしないのに。

 食物を採らなければ生きていけないこの身体が、疎ましくてたまらなかった。



* * *



 あそこの店は不味そう。向こうの店もいまいち。あれも駄目これも駄目と視界に入る店に次々とバツを付けていき、最終的に青年が一飯を得る為に選んだ場所は、煤けた硝子戸に古びてくすんだ暖簾が掛けられた、営業しているのかどうかも分からないような小さな寂れた定食屋だった。

(何処へ行っても同じなんだから、別にここでいいでしょう)

 建て付けの悪い引き戸を開け、暖簾を潜って店内に入ると近くの席に適当に腰掛ける。来訪の音を聞きつけたらしく、いらっしゃいませ、と厨房らしき奥の空間から声がした。
 ぎしぎしと軋む硬い椅子、所々剥落した床のタイル。内装はひどい安普請で、調度品も青年の身の回りにあるものとは比べるのも馬鹿らしい程の粗製品だ。
 けれど品こそ古いものの、床も壁も隅々まで丁寧に拭かれていて塵のひとつも落ちてはいない。卓の上には箸や調味料の他に小さな花が生けられていて、店主の性格が窺えるようなふんわりとした清潔感が店の中には充ちていた。 しかし青年はそんな細やかな心遣いに感銘を受けるどころか、くつくつと喉の奧だけで酷薄に笑い、片手で頬杖をついてその端正な口の端を歪めた。何かとても面白いことを思い付いたような――虫の翅を千切る子供のような、ひどく残酷な表情を浮かべて。

(ただでさえ吹けば飛びそうな店構えだ。それならばいっそのこと、僕の手で壊してあげよう)

 自分が一言声を掛ければ、こんな場末のちっぽけな食堂など簡単に潰してしまえる。そういう理不尽が可能な力を青年は持っていたのだった。
 長い脚を尊大に組み、水と手拭き用の濡れ布巾を携えてぱたぱたと慌ただしく注文を取りに来た店員の顔も一顧だにせず、これからこの店に訪れる悲劇をイメージして嗤う。


「お待たせしましたっ、ご注文はお決まりですか?」
「なんでも」
「へ?」
「なんでもいいです」
「えっと……、それは」
「貴方が決めて下さい。どれでも構いませんので」

 どうせ何を出されたところで僕が満足することなんて無いのですから。
 そんな一文を心の中で末尾に加え、相変わらず顔を合わせないままぞんざいに答える。年若いらしい店員の高い声が、でも、と困惑に揺れていた。ああ面倒くさい、何でも良いって言っているんだから適当に持ってくればいいのに。
 綺麗に整った眉を顰め、青年ははあ、と溜め息をついた。

「それじゃあ、この店で一番高いメニューを下さい。それでいいですか?」
「あ、はい“グレードMAX☆ダムドでチャージングなハイパー盛り盛りランス丼”ですね、少々お待ち下さいませ」
「ごめんやっぱりそこに書いてあるやつ下さい」
「生姜焼き定食ですか? かしこまりました」

 即座に注文を壁に貼り紙されているものへと変更し、店員が去って行ったのを確認してから、青年はふう、と息を吐いた。よくわかんないけどなんか命を捧げられそうな品名だった気がする。大丈夫かこの店。

「……大丈夫も何も、すぐに僕が潰しちゃうんですけどね」

 そう独りごち、青年は蛇のような薄笑を口の端に刻んだ。せいぜい素晴らしい最後の晩餐を用意してもらおうじゃないか。
 昼だけど。





 そうして十数分程経った頃、再び先程の店員のものらしき足音が近付いてきた(らしき、などと曖昧に表するのは青年が相変わらず視線をあらぬ方へと彷徨わせている為だ)。
 かたかたと陶器が鳴る音で、注文した料理が運ばれてきたことを悟る。思ったより早かったなぁとぼんやり考えていると、注文を取りに来た時の溌剌さとはまるで逆の蚊の鳴くような声でお待たせしました、と告げられた。それと共に実に控え目――というか怯えているかのように、恐る恐る器が卓上へとそっと置かれる。
 まだ何もしてないのになんでそんなになってんですか、まるで僕が不審者みたいじゃないですか。先刻の態度と自らの出で立ちを遙か上空にまで届きそうな高さの棚にあげた青年が、実にふてぶてしく眼前の食事を一瞥する。

 と、そこにあったのは。


「……すみませんが」
「は、はい」
「確か僕が注文したのは、生姜焼き定食とかいうものだったと思うのですが」
「……はい、そうです」
「これ、どう見ても違いますよね?」

 青年の前に用意された食事――それはとっぷりと底の深い器に入った、ほこほこと湯気を立てる乳白色の粥だった。どっからどう見たって生姜の要素も焼いてる要素も、まして肉の気配などさらさらない。あるのは真ん中あたりにちょこんと乗っかった梅干と、小皿の上の香の物くらいだ。
 殆ど期待もしていなかったとは言え、流石にこれは予想外すぎる。一瞬虚を突かれてしまったが、青年はすぐに険を含んだ声色で吐き捨てた。

「馬鹿にしているんですか」
「あのっ、違うんです! その、お客さん少し顔色が悪そうだったから、お肉とかより消化の良いものがいいかなって思って……!」
「ここの店は客に無断で注文を変えるんですか」
「すみません……、あの、お代は結構ですから……」
「当然ですね」
「すみません……」
 
 睨みのひとつでも利かせてやろうかとも思ったが、店員は粥を運んできたらしい盆で顔を隠すように項垂れていた。髪の隙間から覗く耳朶が真っ赤に染まっている。頭部に着けた三角巾も、へにゃりと力を失ったように萎れていた。これ以上詰るのも馬鹿馬鹿しくなり、白けた風に息を吐く。

「……まあいいでしょう。今更作り直してもらうのも面倒ですし」
「すみません…………」

 同じ言葉を繰り返すだけの不良品CDと化した店員を無視し、青年はこれ見よがしに溜め息をつくと粥に添えられていた匙を取った。どうせ何を出されたところで、この店の命運は決まっているのだ。斜め上の方向にズレてはいたが、最後の余興と思えばこれはこれで面白いと捉えることも出来る……かも知れない。
 それに何よりお腹もう限界だし、とりあえず無理にでも食べないとまた倒れてテッちゃんに怒られる。そんなの絶対やだこわい。
 そう心の中でひっそり零し、青年は臙脂色の匙をそっと粥の中へと沈ませた。そのままほんの少しだけ掬い上げ、形の良い口元へと運ぶ。



 そうしてぱく、と一口食べた瞬間――青年の周りの時が止まった。



(…………あれ?)


 一口食べたところで盛大に毒を吐いてやるつもりでいた青年の脳内は、今や器の中身と同じくらいに真っ白になっていた。じんわりとに広がる薄い塩味と穀物の仄かな甘味。舌の上でとろける滑らかさと、口内に染み渡る温度――――。

 一口。もう一口。更にもう一口。ひょいひょいぱくぱくと食べ進め、気がつけばあっという間に器は空っぽになっていた。
 青年はぼんやりと、どこか陶酔感に浸るように視線を虚ろに彷徨わせ、それからゆっくりと息を吐いた。


「…………おいしい」


 信じられない、と言った風にその声は戸惑いに揺れていた。しかし確かに美味しかったのだ。今までどんなに素晴らしいと評判の高い料理を食べても全く何も感じなかった舌が、贅の限りを尽くした馳走にも一切感慨に浸ることなどなかった身体が、この何の変哲もない――はっきり言って安っぽいたかだか粥一杯で、雷で撃たれたかのような激しい衝撃に打ち震えていた。

「良かったぁ……! あの、そのお粥、僕の一番得意な料理なんです。って言うか、他のものはあんまり上手く作れなくて。よくそれで店なんてやってられるなって、櫂く――知り合いには呆れられるんですけど」

 口に合って本当に良かった、と嬉しそうに語るその声に、心ここに在らずだった青年ははた、と瞬きをして我に返る。ぎぎぎ、と錆び付いた人形のように鈍い動きで首を巡らせ、どうやらずっと隣で成り行きを見守っていたらしい店員の顔を、そのとき初めてまともに見遣った。



「天使……」
「はい?」

 快晴の海原のような深い藍色の髪に、同じく大きな藍色の瞳。柔らかそうな頬を桃色に上気させ、胸の前で可愛らしく手を組んでいる。
 白衣の天使ならぬ割烹着に身を包んだ天使が、そこにいた。

 その瞬間青年は弾かれたように立ち上がり、その店員もとい天使の手を取ると自分の両手で包み込んだ。突然のことに大きな目を更に大きく見開いている天使を真っ直ぐに見詰め、鼻と鼻が触れ合いそうな距離までぐぐっと接近する。

「君、名前は?」
「ふぇ?! せせせ、先導アイチ、ですけど……」
「アイチくんですか。成程、良い名前ですね。君に似合った可愛らしい名だ」
「あ、ありがとうございます……っていうかあああの、顔が近いんですが」
「僕は雀ヶ森レンと言います」
「はあ」

 青年――レンは熱に浮かされた瞳で天使、もといアイチの手をより一層強く握り締め、恍惚の表情で詰め寄った。最早吐息が皮膚を掠める程に二人の距離は縮まっていて、アイチはさっぱり人の話を聞かないレンに訳も分からずただただ困惑するばかりだ。

「それで早速ですがアイチくん、今から雀ヶ森アイチになってください」
「はい!!?」
「僕と結婚して、一緒に世界へと羽ばたいていきましょう。そして僕の傍で一生味噌汁を作って下さい。あとさっきのお粥も」
「え、ちょ、ま、何でそんな!?」
「僕はずっと探していたんです、僕を満たしてくれるものを……。この舌と身体を満足させてくれる料理と、それを作ってくれる人を。ずっとずっと求めていたんです。漸く巡り会えた……アイチくん、君こそが僕の運命の人だったんです!」
「え、え、えええええーーーっ!!??」



 ふええええ、と涙目になっているアイチを尻目に当のレンは式はいつがいい、旅行はどこがいい、新居はどうしようかなどと一人でどこまでも突っ走っている。勿論アイチの手をがっちりと捕らえたままで。
 

 街の片隅にある小さな定食屋を襲った珍事は、果たしてこれからどんな未来を導いていくことになるのか。
 空の器に転がっていた臙脂色の蓮華がかたり、と小さく音を立てた。








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