menu.2 「突然ですが、お米がありません」 「まじですか」 リビングでだらりと横になりながら雑誌を読んでいたヒロトに、夕食の支度に掛かっていたリュウジが神妙そうに告げた。その言葉を受け、調理台の下の収納スペースに置いている米櫃代わりの大きめのプラスチック容器を覗いてみると確かに空。中にぽつんと佇む計量カップがどことなく哀愁を漂わせている。 「他に買い置きないの」 「ないよ。一粒も残ってない」 「あー……失敗した。この前無理してでも買っておくんだった」 「仕方ないよ、俺あのとき出かけてたし」 食材の買い足しは別段必ず一緒に向かう訳ではなく、寧ろどちらかが冷蔵庫の中身などをチェックして足りないなと思った時に暇を見つけて適当に出向く、というスタンスを採っている。ただ例外として米だけは重い上にかさばるので、都合が良いときに二人一緒に買いに向かうというのが暗黙の了解になっていた。 「困ったな……この間麺類の大掃除したばっかりなのに」 麺類の大掃除、というのは棚の奥などで中途半端に残っている乾麺の類を全部食べてしまうことだ。大半がスパゲッティや饂飩なのだが、中にはいつのものか分からないマカロニや見た目に惹かれてつい買ってしまったファルファッレなど、少々扱いに困るものもある。そういったものをネットで調べたレシピを元に全て調理して腹の中に納めるか、或いは潔く捨ててしまうことが即ち大掃除だ。 ちなみに先程昼食のサンドイッチに使ったことでパンも使い切ってしまったため、現在この家には主食になりうる炭水化物が何もない状態なのだった。 「で、今残ってるものって何?」 「ピーマンと茄子と半分になった大根と、あとニンニクに胡瓜にレタス。それから使いかけのキャベツとしめじ、エリンギ、ハムにチーズにベーコンが少し。トマトもちょっとはあったかな」 「野菜ばっかりだね」 「この間八百屋でいっぱい買い込んで来たからな。あそこ土曜の夕方に半額セールやるから」 ここぞとばかりに買い込んだお陰で、暫くは野菜室が満員御礼だった。 「晩ご飯どうしようか……野菜スティックやサラダを作ってチーズと一緒につまむ?」 「流石にそれは物足りないなー。小麦粉で水団つくって煮るとかはどうだろ」 「汁物に合いそうな具が全然ないよ。根菜類なんて大根くらいだし」 「根菜……、って、あ」 「どうかした?」 そういえば、とポンと手を叩くと、きょとんとしているヒロトを置き去りにリュウジはレンジ横のラックの辺りを何やらごそごそと探り始めた。ややあってから近所のスーパーのロゴが入った白いビニール袋を取り出すと、徐にそれをひっくり返した。 中から転がり出てきたのは、ごつごつとした拳大のジャガイモ達。 「砂木沼さんにお裾分けしてもらってたの、すっかり忘れてた」 「ジャガイモかあ。これなら色々使えそうだね。煮る? 蒸かす? それとも揚げる?」 「うにゃ、ここはやっぱり……」 きらりと目を光らせると、リュウジは芋を抱えて流し台に向かい、そのまま水洗いを始めた。芽が出ていないか予め確かめて、皮をつけたままで表面に付着した泥だけをごしごしと落とす。洗い終わってからは五ミリ程の厚さに輪切りして、大きめのプレートに敷き詰めてラップを掛けた。 レンジにかけた所でヒロトもリュウジがやらんとしている事を察知し、ピーマンやしめじ、ベーコンなどを取り出して手頃な大きさに刻んでいった。 やがてレンジの電子音が鳴り響き、熱の通ったジャガイモ達が湯気と共に姿を現す。火傷をしないように丁寧にラップを剥がすと、二人で今し方準備した具材を乗せていった。 「塩胡椒も軽く振ろうか」 「ん。あとはチーズのっけて……ケチャップもかけちゃおう」 ここまできたら後はオーブンで焼くだけだ。大きめに切ったホイルの上にくっつきすぎないように並べ、三分くらいを目安に加熱を開始した。トッピングされたチーズやベーコンが次第にジュージューと音を立てて色変わりしていく様は何度見ても心が踊る。 「あああ、いいよねコレ。幸せの音だよ」 「ほんと。聴覚って意外と食欲そそるよね」 こんがり狐色になったところでオーブンから取り出し、平たい大皿に並べる。適当に生野菜を刻んで簡易サラダを添えて完成だ。 料理を調理台から食卓へと運び、ガラスジャグに入れて冷やしておいたルイボスティーを二人分注ぐ。縁に沿うようにして細かな花柄が描かれた細身の透明なグラスが、紅茶に良く似た鮮やかな赤色に染まった。 「サラダ用にフォークとか箸とか出したほうがいいかな」 「いいよ面倒くさい。ぜんぶ手で食べれば洗い物も減って楽だ」 「またよく分からない横着を……。ま、いいか。おしぼり用意すれば」 だってこれ、ピザだしね。 そう口にした言葉が、一言一句タイミングまで見事に一致してしまい、二人は顔を見合わせてけらけらと笑った。 menu2.じゃがいもピザ 「おいしい! 素晴らしい! このじゃがいものホクホク感とチーズの絡み具合!」 「うん、いける。俺としてはもうちょっと辛味があるといいな」 「そう言って徐にタバスコを取り出すとか。さすが辛党」 「それって本来はお酒好きな人に対しての言葉なんだよ」 「え、そうなの?」 「そうなんです。諺好きを自称するなら、言葉の意味は正しく把握しないとね」 「……なんか微妙に棘がない?」 「気のせい気のせい。別に俺の知らないところでまた砂木沼にお裾分け貰ってたとかそんなこと全然気にしてないから」 「してんじゃん」 end. 戻る |