はてをみまもるこどものげんじつ





 私はただ、あの方の望みを叶えたいと思っていた。だから従った。
 あの方は――父さんは、私に生きる場所と希望とそれから温もりを与えてくれたから。あの方にとっての私がお日さま園の子供たちの中のひとり、という認識であっても、私にとっては何よりも尊く大切な存在だったので、その人が望むのであればどんなことでも喜んで果たそうとずっと思っていた。思考停止に安住したのではなく、自ら選んだ道だった。だからこそあるがままを受け入れていた。強者と戦うことに純粋な喜びを見出してもいたのだから、語弊があることを承知で言ってしまうと、私にとっては都合が良かったのだ。
 勿論、自分たちが咎人であるということは知っている。だからあの方の望みが叶い次第――或いは潰え次第、いかなる裁きも受ける覚悟だった。
 それまでは、全力でもって任務にあたる。それが私の誓いであり、信念だった。

 それ故に、ヒロトがリュウジに下した命令に関して、私は終始傍観者の立場を崩さなかった。ヒロトが命じたこと、リュウジがそれを受け入れたこと。晴矢と風介がそのことで如何なる感情を抱こうと、それは彼ら自身の問題であり、他人が口を出すべきことではない。ただ、任務に支障が出ることだけは避けなければならない、そんなことを考えていた。 



「じゃあ、頼んだよ」

 自分の用は済んだとその場を去っていくヒロトを追って晴矢が飛び出し、やや遅れてその後ろに風介も続いた。後に残ったリュウジは無表情のまま動こうとしない。暫くその背中を見ていたら、ふとこんな事を呟いた。

「……砂木沼さんは、俺に何も言わないんですね」

 何かを言って欲しい訳でも、疑問に思っている訳でもなく。その声はただの確認のようだった。

「言って欲しかったか?」
「……いえ」
「ならばいいだろう」
「そう、ですね」

 リュウジが安心するように息を吐いたのが聞こえた。そもそもこいつは私が何を言おうとも自分の意思を曲げるつもりなどないだろう。そんなことはいちいち確認するまでもないことだ。
 リュウジは昔からいつだって、ヒロトの為に生きていたのだから。

「そろそろ部屋に戻るぞ。お前は色々とやらなければならない事もあるだろう」
「いえ、俺は……もう少しここにいます。少し、頭を整理したくて」
「そうか。ではな」

 もうじき日が暮れる。エイリア計画の実行に支障をきたさないようにする為にも、こいつには早々に休息が必要だろうと思ったが、本人がこう言っているのでそのまま私も部屋を出た。あいつは自分が負ったものの責任についてはちゃんと理解している人間だ。いたずらに自分を虐めたりすることはまず無いだろう。



 廊下の途中でヒロトと晴矢を見かけた。晴矢は凄まじいまでの怒りの感情を隠そうともせず、それを冷たい眼差しで見遣るヒロトの頬は赤く腫れていた。一目で何が起きていたかが分かる。
 晴矢の怒声とヒロトの淡々とした返答。それが何回か続いた後、ヒロトの発した一言に晴矢の顔色が変わった。遠目に見ている自分の周囲にまで刺さりそうな程の空気の鋭さが伝播してきて、流石に止めに入るべきかと足を踏み出そうとしたが、次の瞬間には駆けつけた風介が晴矢を制止して事なきを得た。
 それ以上問題が起きそうにないことを確認し、私はリュウジの残る先程の場所へと踵を返した。介入するつもりは毛頭ないが、何があったかくらいは当事者も知っておくべきだと思ったから。




「晴矢とヒロトが揉めていたぞ。恐らく先刻のことについて」
「…………」
「お前が口を挟んでも拗れるだけだとは思うが、事実を把握しておくのに越したことはないだろう」
「……はい。ありがとうございます」
「そろそろ自室に戻るようにな。任務に障りが出ることだけは避けろ」
「はい。もう少ししたら戻ります」

 私が事の顛末を告げても、リュウジは眉一つ動かさなかった。その瞳を見て、ああ、決めたのだな、と思う。



 リュウジがそうであるように、晴矢も、風介も、それからヒロトも。何かを犠牲にしても、自分に嘘を吐いてでも成し遂げたい想いがある。叶えたい願いがある。



 それぞれの想いが錯綜し、どこへ向かって行こうとも。
 私はただ、それを終着点まで見守るだけだ。





end.




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