ゆがむ、




「やだ!やだやだ!絶対やだ!!」


 ぶんぶんと振った頭に合わせて、細い銀髪が左右に揺れる。

 頬を膨らませてそんなことを言う彼の姿は、まるっきり子供のそれだった。

 元々子供と言っていい年齢なのだからそう称すのはおかしいのかも知れないが、それにしたって幾らなんでも子供っぽすぎた。

 見兼ねたレフィアがきゅっと形の良い眉を吊り上げて叱咤する。


「我慢しなさいよ!こうしなきゃ私達、これから先やってけないんだから!」

「じゃあお前がやれよ!」

「嫌よ」

「何で!」

 その言葉に、レフィアは当然と言わんばかりに胸を反らした。


「勝ったからよ」





ゆがむ、 ―What makes him so cross?―





 夜露に濡れた草の匂いを吸い込み、イングズは小さく息をついた。目の前ではパチパチと夜営の為の焚火が燃えている。そこへ新たな薪をくべていると、不意に天幕の布が擦れる音がした。横を向くと、湯気の立つカップを持ったアルクゥがこちらへと歩いて来るところだった。


「火の番お疲れ様。……ついでに監視役も」


 アルクゥはそう言うと、ふふふと悪戯っぽく笑ってカップを差し出した。イングズは苦笑してそれを受け取ると、出された茶をひと口啜る。ほんの少しだけ甘味を感じ、眉を顰めた。

 かれこれ長い旅路になる。味付けの好みや茶に入れる砂糖の有無を知らない仲では既に無い。視線を送ると、アルクゥはそれを予測していたかのように悪戯っぽく目を細めた。


「糖分は疲労回復に良いんだよ。普段砂糖を入れないのは知ってるけど、たまにはいいんじゃない?特に今日みたいな日は」

「……そうだな」


 イングズはちら、と“そちら”に目をやると、再びカップへ口を付けた。
 天幕から少し離れた場所で延々と繰り広げられている言い争い。夕食後の作戦会議から始まったその火種は、消えるどころかどんどんと成長してしまっていた。


「大体いつまで決まったことをぐちぐち言ってるのよ!」

「うるさいな、オレは納得してないんだよ!!」

「もーアンタそれでも男なの!? 女々しいったらないわ!見た目通り実はオンナノコなんじゃない!!?」

「なっ……、み、見た目はカンケーないだろ!それを言ったらお前の方こそどうなんだよ、この男女!」

「言ったわね、このオカマ!」

「乱暴者!」

「ゆーじゅーふだん!」


 諌め役だった筈のレフィアまでもが一緒になって騒いでしまっている。おまけに口論の内容があまりに幼稚で、イングズは思わず額に手をやり、肩を落として――――

 隣に座るアルクゥも全く同じ行動を取ったことに、口の端だけで力なく笑った。


「そろそろ止めてあげるべきかな?」

「……だな。いい加減夜も遅いし、これ以上あの調子で騒がれたらモンスターに襲われかねないだろう」


 そう言うとイングズはやれやれと立ち上がった。


「悪いが、少し火を見ていてもらえるか?」

「うん。……頑張って」


 アルクゥの同情的な激励に、しかし今度はイングズも流石に笑い返す気力は湧いてはこなかった。


「あんたってどーしてそうワガママなの!? 少しは大人になりなさいよ!!」

「何だと!? お前に言われたかないね!元はと言えば、アルクゥに代わって貰える筈だったのにお前が余計な口出しするからこーなったんじゃないか!!」

「最初に “変更は無し”って言ったじゃない!それを無視してせこいことしようとするからよ!」

「やりたくない奴が渋々やるより、やってもいいって奴がやる方がずっといいじゃんか!いちいち細かいんだよレフィアは!口うるさいオバサンみたいにさ!」

「なぁんですってえ!? もういっぺん言ってみなさい!!」

「二人共!!!!」


 突然の第三者からの声にルーネスとレフィアはびくりと肩を震わせ、口を閉じた。恐る恐る視線を遣った先にはイングズがいる。腕を組んで立つ様子は普段と変わらないのに、纏うオーラが明らかに怒っていた。と言うより、呆れていた。


「いつまで騒いでいるんだ。声に気付いてモンスターがやって来たらどうする!明日の朝も早いのだし、いい加減にしないか」

「……だって、ルーネスが!」

 元々勝気な性格のレフィアは、つい反論の言葉を唱えてしまった。それを強い視線で抑えると、イングズは諭すように淡々と話す。


「レフィア、諌める人間が一緒に騒いでどうするんだ? それにそんな喧嘩腰では収まるものも収まらないだろう」

「う……」


 全くの正論に、レフィアはしょんぼりと縮こまってしまった。

 イングズはやれやれと息をつくと、今度は彼女の隣の人物に目を向ける。


「それからルーネス、そもそもの原因はお前にあるんだぞ。どうして素直に聞き入れようとしない? それでは駄々をこねる子供と一緒だ」


 小さくなって苦言を聞いていたルーネスもその言葉にはカチンと来たらしく、先程までの勢いを取り戻し今度はイングズに噛み付いた。


「何だよ、その言い方!じゃあお前だったら出来るのかよ!!」

「出来るさ。決まったことだったら仕方が無い、全力で取り組むぞ。私ならな」

「だったら」

「ちなみに“それならやってみせろよ”と言う手には乗らないからな」

「う……く……っ」


 会話に先回りされてしまい、ルーネスは返す言葉もなく俯いた。トレードマークのしっぽ――括った髪の毛のことである――が心なしかしょんぼりと垂れているように見える。僅かな沈黙の後にのろのろと上げられた彼の顔は悪戯を咎められた幼子のようにむくれていた。


「……何でじゃんけんなんかで決めたんだよ」

「それが一番公平だと言ったのはお前だろう」

「大事なことなんだし、三回勝負くらいでじっくり決めれば……」

「めんどくさいから一発勝負って言ったのもあんたよ」

「……代わってくれるって言ったのに……」

「みんなが許してくれたら、って言ったよね僕」


 いつの間にかアルクゥもこちらへやって来ていた。

 紡ぐ言葉全てに反論を返され、何も言い返せなくなったルーネスは力無くその場にしゃがみ込んだ。




「……猫耳フードなんてやだよぉ……」




 そう言って項垂れるルーネスの肩を、三人はそれぞれポンと叩いた。


「諦めろ。戦いが厳しくなるこの先で、高位白魔法の使い手である導師は必要不可欠なんだ」

「決まっちゃったものは仕方無いじゃない。大丈夫、きっと似合うわよ」

「皆チョキの中、ルーネスだけパーだったもんね。運が悪かったねえ」


 慰めになっていない慰め。そんな仲間の温かい(?)言葉を聞きながら、ルーネスは肩をブルブルと震わせて、ついには盛大に叫んだのだった。


「土のクリスタルの……ばっかやろーー!!!!」


 果たして服装のデザインはクリスタルによるものなのか?

 三人はそんな疑問を抱えつつ、おいおい泣き崩れるルーネスを天幕へと引っ張っていったのだった。






end.






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・After・


「絶対これは被らない。たとえこの服を着ても、このフードだけは被らないからな!」

「まぁだ気にしてたの? ……まあいいわ、好きにしなさいよもう」


「……ねぇねぇ、イングズ」

「何だ?」

「ルーネスってば、導師にジョブチェンジしてからずっとむくれちゃって、口とか尖らせてるけどさぁ」

「ああ」


「あれ、まるで猫の口みたいじゃない?」



「……ミュ?(・w・)」



おしまい。