Tender


 校風が厳しいことで有名な軍学校でも、それなりの行事や娯楽はある。
 毎年、春に行われる学食早食い大会などもそのひとつ。
 優勝者は一年間全品半額になるというのだから、毎年挑戦者はかなりの数が集まる。
 全品無料とはならないところが、何やら世知辛い感じがするが……。
 ともかく、今年も腕(?)に自信のある猛者共が、栄冠を手にするべく、会場である大食堂へと集結したのであった。


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「今日は頑張るぞ〜」

 レックスは出場受付の列に並びながら、心の中で気合を入れた。
 何しろ一年間も半額になるのだ。常時経済的に苦しい状況にある彼にとって、これほど有難い景品はない。

「早食いなんてしたことないけど……、頑張れば何とかなるよ、うん」

 そう呟いたその時。

「そうはいくかっ!!」
「うわっ!?」
「そう何でもお前の思い通りになると思うなっ! この私がいる限り、お前に勝利はやって来ない!!」
「ア、アズリアぁ!?」

 突然背後から聞こえた声の主は、スポ魂よろしく目にらんらんと炎を宿したアズリアだった。

「な、何で君が出場者の列にいるんだよ! 君、こういうの嫌いなんじゃなかったのか?!」
「その通りだ。こういった騒がしいものは好かん。が……」

 アズリアはそこで一旦台詞を切り、何故か大仰なポーズを取って高らかに言い放った。

「お前が出ると言うなら話は別だ! 見ていろレックス、今日こそお前に勝ってやる!!!」

 やる気漫々なアズリアを前に、レックスはがっくりと膝をついた。

「……誰だよ……。俺が出ることバラしたの……」

 そのころ教室では、アティが盛大なクシャミを上げた。


******


 早食い大会と言うからには、開始から完食までの早さを競う訳なので、いかに挑戦者が多かろうともさほど時間もかからないのが常というものだろう。
 しかし、此所帝国軍学校にて本日開催された早食い大会は、開始からゆうに一時間が過ぎようとする今なお終わりの気配を見せてはいなかった。
 つまりは、何度やっても同着一位になる者達がいるのである。
 前代未聞の展開を巻き起こしている輩とは――

「レックス! 貴様いい加減諦めたらどうなんだ!」「絶対嫌だ。アズリアこそ、無茶してないで止めたほうがいいよ」

 こいつらだった。
 学年最高レベルの学力を誇る二人による低レベルな争いは、一向に勝負がつかず、その為早食い大会は昼休みで終わる予定を急遽変更し、放課後に延長戦をすることとなった。
 そんな訳で午後の授業を受けるべくレックスとアズリアが教室への廊下を歩いていると、向こうから走り寄ってくる人物がいた。

「お二人共、お疲れ様ですね。」
「あれ、アティ?」
「どこに行くんだ? もう昼休みは終わるぞ」
「それがですねぇ……文才がなくて苦し紛れに話を端折って無理矢理二人の一騎打ちに持ち込んだ駄目作者にツッコミを入れようと、急遽登場することにしたんです」
「…………」

 ……すいません。

「それより、放課後も頑張って下さいね♪こんな面白いこと滅多に無いんですから」
「アティ……あまりその応援は嬉しくないぞ」

 アズリアはため息混じりに呟いた。
 そんな彼女を見て、レックスは声を改めて言う。

「アズリア、本当にそろそろ止めた方が良いよ。喉に詰まらせたら大変だし……」
「うるさい!」 レックスの台詞に、突然アズリアが大声を上げた。

「私が何をしようと私の勝手だ! お前にとやかく言われる筋合いは無い!」
「…………!」

 その言葉に、レックスは一瞬だけ悲しそうに瞳を揺らしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「……分かった。その調子なら午後も頑張れそうだね。俺も負けないよ」

 そう言うと、止めていた足を動かして、やや足早に歩き始めた。

「…………」

 アズリアは後を追うこともせず、じっと床を睨んでいる。
 その背中に、アティは小さく声を掛けた。

「今のは、あまり良くないんじゃないですか?」
「……わかってる」

 アズリアはきゅ、と唇を噛み締め、ぽつりと言葉を紡いだ。

「あいつが私のことを心配しているのは分かってるんだ。けれど……」
「けれど?」

 先を促すアティに、アズリアは床を見つめたまま答える。

「あいつが私の心配をすると……何だかムカムカするんだ」

 しばしの沈黙。

「……は?」
「……だから、ムカムカするんだ。あいつが私のことを考えているのかと思うと……ムカムカして、苛々する。胸が締め付けられてるみたいだ」
「あの、アズリア?」
「顔は熱くなるし、息はあがるし、ろくなことがない。だからムカムカして苛つく。あいつの顔を見るのが嫌になるんだ」
「…………」

 えーっと……
 それはつまり……

「アズリア、あの、それは」
「だからついあんなことを言ってしまうんだ! 八当りなのは自覚しているが、原因が分からないのだから仕方ないだろう! 私だって悪いとは思っているんだ!」

 そう言うと、アズリアは憤然と歩き出した。

「行くぞアティ。このままでは本当に遅れてしまう」
「あ、はい……」

 アズリア……それはつまり……
 アティはよっぽど忠告しようかと思ったが……、面白そうなので言わずにいた。


******


 そして放課後。
 誰に聞かせるでもなく、アティがぼそりと呟いた。

「見事に話端折ってますね……。もうちょっとこう、授業中に悶々とするアズリアとか、それに気付かずに傷心のレックスとか、そういうオイシイ授業風景なんかを書けないものですかね全く」

 ……ホンマすんません。
 さて、舞台は再び大食堂、未曾有の激戦を繰り広げた二人は、あれから目を合わせることもなく、椅子に座って食材が出されるのを待っていた。
 ほどなくして、大きな籠を抱えて食堂のおばちゃんが登場する。

「今度の食材は何? おばちゃん」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれたねレックスや。今度の食材は……」

 バッ、と上に被せられていた布が外される。

「これさっ!!」

 そこに姿を現したのは、堆く積まれた、大量のナウバの実だった。

「うわぁ! ナウバの実だ! 俺、これ大好物なんだ!!」
「な、何!」

 レックスの言葉に、アズリアは立ち上がって抗議した。

「そんなの卑怯だろう! 今すぐ別の食材に代えるべきだ!!」

 だが、その訴えはすぐさま却下される。

「駄目だね」
「なんで!!」
「他に食材が無いから」

 ……身も蓋も無い。

「大体この勝負、一回きりで決着がつく筈だったのに、いつまでも引き延ばしたのはアンタだろ」
「うっ……」

 そう。
 実はアズリアは、皆が同着一位ということで終わらせようとした所を、ハッキリ白黒付けたいと我儘を押し通したのだった。

「嫌ならリタイアするしかないね。ほら、席に着いた着いた!」
「うう……」

 ここでの支配権はおばちゃんにある。
 開始を今か今かと待っているレックスとは対照的に、アズリアは悲壮な顔をして椅子に座り直した。

(この勝負……負けられない!!)
 
 双方、眼に炎を灯す。
 審判でもあるおばちゃんが、ゆっくりと手を上げた。

「よーい……」

(勝つのは、私だ!)

「始めっ!!!」

 その瞬間、食堂はまるで霊界サプレスにいるかの様な、異様な雰囲気に包まれた。

「うおおおおおっ!!!」
「でやああああっ!!!」

 ガガガガガガッ!!
 シュイィイインッ!!!

 およそ何かを食べているとは到底思えない叫びや効果音と共に、光速を超えた二人の対決は激しさを増して行く。

「う、うわ……」
「凄いよ、凄すぎるよ!!」
「あんたら……輝いてるぜ……!!」

 圧倒された観客が、口々に二人を讃える。

「レックス、アズリア……。あなた達、魅せるわね……」

 アティすらよく分からない感動をして、目尻には涙まで浮かべている。
 そして、決着の刻。
 籠に残された最後の一個に手を伸ばしたのは――――


「やったああああ!!!!」
「何いいぃっ!!?」

 レックスだった。

「ま……」

 負けた……。
 また負けた……。

(――――!!)

 パキーン……。


>アズリアの何かが音を立てて壊れた!


「やった! これで一年間半額だー!!!」

 はしゃぐレックスとは裏腹に、アズリアは茫然自失。頭のてっぺんから足の先まで真っ白に燃え尽きている。
 そんな彼女に駄目押しの一言。

「あ、言い忘れてたけど、アンタ達のお陰で予算オーバーしちまったんだ。その分の代金は負けた方が払っておくれ」

 ガラガラガッシャーン!!!

「ああっ!? アズリアっ!!」


>アズリアは粉々に砕け散った!


 そんな彼女の上に、夕暮れのわびしい光が静かに差し込んだのだった……。
 その後、文字通り塵と化したアズリアの復元に、レックスとアティは五時間を費やしたといふ。



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