Devour


 寝台の脇に置かれた灯に照らされて、仄かに光る赤い髪。触れた肌は微かに汗ばみ、身体を穿つような熱を容赦なく伝えてきた。
 一番深い所を突き動かされ、耐え切れなくなって嬌声を上げる。

「あァっ……!」
「……っ!!」

 ぶるりと身を震わせて、アズリアは快楽の波に飲まれた。


******


 レックスと身体を重ねるのは別段これが初めてではない。けれど頻度は圧倒的に少ない。只でさえ昔からお互い多忙な日々を送っていたのに加え、配属された部隊は別々。更にそれから幾日も経たないうちに当の相手が行方を眩ましたのだ。
 久々に再会したかと思えば、敵味方に分かれて戦う始末。晴れて打ち解け、隣で笑い合えるようになってから、実はそれ程月日は経っていない。
 故にこうして夜を共にすることも久しぶりで、つい先日夫婦の契りを交わした今となっても、アズリアは未だに数年前の――初めての時のように、押し寄せる悦楽に敏感に反応を示していた。
 そんな様子に、レックスはふふ、と笑いを漏らす。

「ほんと、アズリアって可愛いよね。初々しくて」
「……うるさい」

 解き放たれた熱の余韻か、やや掠れた声でレックスが囁いた。その吐息が首筋にかかり、思わず声を上げそうになるのを必死で堪え、アズリアはわざと硬い声音で返答をする。荒い息をつく彼女の額、髪の生え際の辺りにキスをして、レックスは小さく訊ねた。

「今日はちょっと辛かった?」
「……」

 この台詞だけだとアズリアを気遣っているようにも聴こえるが、実際は違う。レックスの表情は――――笑っているのだ。
 それを知っているアズリアは、半ば諦め気味に応答した。

「どうせ私が辛いと言った所で……お前はお構いなしだろう」

 その言葉に返事は無く、ただ青い目がゆらりと揺れた。
 この男はいつもこうだ。いかにも優しそうに微笑む癖に、実はとことん自分勝手で我儘。何をどんなに言われても、肝心な所では一歩も譲りはしない。
 ――そんな彼の一面を知っているのは、勿論自分だけなのだが。

「仕方ないよ。君の前でだけは、俺は自分を抑えられないんだ」

 そうして唇を重ねてくる。貪るように、何度も何度も。まるでそれ以上の発言はさせない、とでも言うように。 口腔を蹂躙され、くちゃりと淫らな水音が響いた。つぅっと口の端から銀糸が垂れる。それに気付いたレックスは、糸の軌跡をなぞるように舌を這わせた。そのまま頤から首筋、胸元へと。段々と熱い舌が降りてゆく。

「ん……ァ」


 再度高まる、体内の熱。
 ほら。結局またこうなるんだ。
 抗うことなど無駄だということも、アズリアはまた知っていた。


******


 先刻までの激しさから漸く解放され、霞がかかったようにぼんやりとした意識の中で、アズリアはふと考えた。
 隣で、先程から自分の髪を梳いている人物について。
 普段の、自分以外の者とも接触する機会のある昼間の彼は、常に穏やかな笑みを湛えている。物腰も柔らかく、ともすればどこか頼りない印象すら受ける程だ。その上お調子者で間が抜けていて、よく怒鳴りつけている所を島の者に目撃されては、尻に敷かれているな、などとからかわれていた。
 けれど。
 そんな姿と今の彼は――明らかに、違う。

「お前は……もう少し、手加減というものが出来ないのか」

 気だるさと鈍痛に顔を顰めながらそう言うと、レックスは薄闇の中、三日月のような笑みを浮かべた。

「出来ないよ、そんなの」

 きっぱりと言い切られ、アズリアは微かに眉を跳ね上げる。

「……どうして」

 そう問うと、ふと髪を弄る手が止まった。レックスの口元に浮かんだ月が、より鮮やかに弧を描く。

「君を愛するのに、手加減なんて出来ない」
「!」

 さらりと言い放った男の様子に、アズリアは目を見張った。――そうして徐々に、顔に血液が集まるのを感じる。当のレックスは依然、不敵に微笑んだままだ。

(こいつは……ひょっとして二重人格なんじゃないか?)

 昼間とはあまりに違う彼の様子に、アズリアはそう考えずにはいられなかった。
 再び髪を弄り始めた男の顔を無言で睨みつけると、彼はどうしたの? と肩を竦めた。最早その仕草もわざとらしい。

「……少々考え事をしていた」
「へえ、何の?」

 とぼけた口調がまた腹立たしい。アズリアは故意に直球で答えを返した。

「お前のその、昼と夜での変わり様についてだ」
「…………」
 
 それを聞いたレックスは微笑んだまま、アズリアに覆いかぶさるように頭の両脇に手を付いた。さらりと赤髪が揺れる。次の瞬間、ゆっくりとその顔が降りてきた。



 重なった唇は未だに熱を持ったままだった。

「こうして君と触れ合っている時と、皆の前に立つ時と。どっちも俺だよ、分けて考えるものでもない。全部含めて俺なんだ。そういう人間なんだよ」

 低く甘く、耳元で紡がれる言葉。反射的にビクリと震える自分に、アズリアは心の中で舌打ちする。

「……詭弁だな」
「何とでも。まあ要するに、俺は君が好きなんだよ」
「は?」

「つまり、さ」

 レックスはそこまで言うと、アズリアの額に口付けた。それから一言喋る毎に、ひとつひとつ唇を落とす。

「俺は君が好きなんだ」

「君と島の皆と、同じ態度で接するなんてことは出来ない」

「君の前でただ微笑むなんてことは出来ないんだよ」

「醜い俺も、弱い俺も、君の前では曝け出したい」

「君にだけ、俺の全てを見て欲しいんだ」

 瞼、眦、頬、顎。彼が口付ける度に、アズリアの理性にヒビが入る。

「皆と君とで、俺の態度が違うって言うのなら、つまりはそういうことだよ。俺は君にだけは真実を見せる。皆の前では笑顔を見せる。そういう人間」
「……っ!」

 最後に首筋を強く吸われ、アズリアは声にならない声を上げた。無意識にシーツを強く掴む。布が擦れる音が小さく耳に届いた。
 頭の中では、ぐるぐるとレックスの台詞が回っていた。
 彼に告げられた言葉が、どこまでも心を深く抉る。

(ああ、どうして――――)

 こいつはこんなに私の弱点を突くのが上手い?
 その瞳がその指がその声が、彼の全てが自分を縛る。狂おしい程に熱くなる、胸。いつでも彼の手の内で踊らされている。
 そんなことを告げられて、嬉しく思わない訳がないのだ。

(悔、しい)

 その感情が頭をよぎった瞬間、アズリアはレックスの肩を掴んでぐるりと体勢を入れ替えた。シーツに身体を押し付けられ、呆気に取られたレックスが目を真ん丸にして此方を見ている。

「アズリア……?」
「……い」
「え?」

「ずるい」

(私ばかり好きにされて、私ばかり弄ばれて、私ばかり――――)

 愛されているようで。
 ずるい、とアズリアは思った。
 衝動に動かされるままに、アズリアはレックスの首筋へと噛み付いた。

「っ……!」

 思わぬ事態に、レックスの瞳が戸惑うように揺れる。

(そうだ、私はずっと、お前のそんな表情が――)
 
 ずっと、見たかった。
 私ばかり好きにされて、溺れて。いつもいつも彼のペースに乗せられる。その度に悔しかったのだ。 
 優越感に微笑んで、アズリアは自らが刻んだ歯型をぺろりと舐めた。

「あ、アズリア……」
「……見たか」

 紺碧の視線と、黒曜の視線が交じり合う。

「私だって……、お前が、好きなんだ」

 だから。

「いつも主導権を握れると思ったら、大間違いだ」

 お前ばっかり愛している気になるな。

「私だって同じくらい、お前を愛しているんだ」


******


 それからは、はっきり言ってよく覚えていない。
 ひたすらに口付け、貪り、穿って。お互いタガが外れたように求め合い、何度も絶頂を迎えた。それでも足りなくて、きつくきつく抱き締め合った。身体という境界を無くすかの様に。ひとつになって溶け合う様に。

 ――気付いた時には、二人とも気を失うように眠っていた。目が覚めた頃にはもう、太陽はかなり高い位置へと来ていて。


「ああ……寝坊だ」
「…………」
「アズリアの所為だからね」
「何でだ」
「君があんなに強請ってくるから……」
「お前だって満更でもなさそうだっただろう」

 不毛な言い争いの末、二人は揃って盛大な溜息をついた。

「とりあえず、シャワー浴びようか。立てる?」
「何とか……」

 差し伸べられた手に掴まりながら、アズリアは痛む身体をゆっくりと起こす。そのしなやかに鍛えられた腕に、自分が付けた無数の赤い痕を発見して、思わず顔を赤らめた。
 そんな彼女の様子に気付いたレックスは、口の端に小さく笑いを刻む。

「まさかアズリアがあんなことするなんて思わなかったよ。俺、暫く人前で袖を捲れないな」

 痕が目立っちゃう、とレックスは笑った。

「……ふん。少しはいつもの私の気持ちが分かったか」
「うん。身をもって知りました」

 お互いの身体に散らされた無数の華。
 それは自らに眠る、想いの丈。

「アズリアもあんな一面があるんだね」
「当然だろう」 
(お前に、私にしか見せない顔があるのなら)

「私だって、お前にしか見せない面があるんだ」





end.





戻る



――――――


「今日は暑いわねえ」
「気温は30度を記録しています」
「……で、そんな中であの二人は何で長袖なのかしらね」


「お……前の、所為だからな……!!」
「君、だって、同罪じゃないか……!!」


「おねえちゃんも先生も、そんなに汗かいてるのにどうして長袖なの?」
「!! や、その、気にしないでイスラ」
「そそそそうだ、これは決して何か隠しているわけじゃないぞ」
「そうそう、全身痕だらけだなんてまさかそんな」
「ははははは」
「ははははは」
「???」


「……クノン、熱中症の治療用意」
「了解しました」
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -