Imitation Venus


 ひやりと冷たい掌で肌に触れる。その感覚に腕の中の身体がびくりと震えるのを見て取り、耳元のすぐ近くで吐息だけで密かに笑った。耳朶のとりわけ柔らかい部分を犬歯で甘噛みし、舌で窪みをなぞり上げる。薄く上気していく膚に幾度と無く爪を立て、所々に赤い軌跡を刻み付けた。

「は……あぅ、っん……」
「感じてるの?」
「いえ、そんな、ことは……」
「嘘は良くないな」
「……ひぁッ!!」

 とびきりにこやかに微笑みながら、俺はレーゼの両胸に貼っていた絆創膏を勢い良く剥がした。粘着剤が皮膚を裂きそうなほどに引っ張り、針のように鋭く彼を突く。しかしそんな痛みの中にさえ官能を刺激されたのか、レーゼは雷で撃たれたかの如く跳ね上がった。

「ぅあ……!!」
「お前のこの身体が、感じていない訳がないよねぇ。人一倍敏感で、人一倍淫らな身体が」

 唇で項の線を辿ると、あ、あ、と途切れ途切れに嬌声が上がった。肩口に音を立てて痕を付け、右手の指の背で喉を撫でる。そのまま頤を捉えて振り向かせると、視線を合わせたまま口づけた。

 舌と舌とが絡み合い、透明な糸が間に架かる。


「見てご覧。嘘吐きなこの口と違って、ここは随分素直だ」
「……あッ」

 視線で促した先にあるのは二つの小さな突起だ。先刻ぴたりと貼り付いていた絆創膏を加減なく引き剥がされたせいで、頂とその周囲の皮膚が常より仄赤く色付いている。

「抑えるものが無くなった途端にこんなに勃ち上げて。本当……恥ずかしい程の淫乱だね」
「っ!!」
「あはは、こうして詰る言葉にすら反応してる。触ってすらいないのにね。つくづくどうしようもないなぁレーゼは。……ああ、そもそも俺がそんな風に仕込んであげたんだっけ」
「…………」

 羞恥からか屈辱からか、或いは身の内を駆け巡る熱からか。レーゼは眦をじわりと潤ませながら、唇を噛み締めるようにして顔を歪めた。



「こんなに淫らに仕上がって、俺としても躾けた甲斐があったよ。ほら、ちゃんと見て? こんなにいやらしくて恥ずかしくてみっともない、愚かなお前自身の姿を」
「い、嫌……っ」

 思わず、といった風に顔が背けられる。



 その瞬間、それまでの添えるような手から一転して乱暴に顎を掴み、ぎりぎりと締め付ける強さで無理矢理に下を向かせた。声にならない声で悲鳴が漏れ、快楽の混じらない純粋な怖れに肩が跳ね上がる。

「ひっ!!?」
「嫌、じゃないだろう。お前にほんの一欠片でも、俺を拒絶する権利があるとでも思ったのか?」
「す……みませ、グラン様……! お許し、くださ……っ」
「じゃあ確りと見ておくんだ。視線を外すな。……自分がどれだけはしたないか、自身にはっきりと刻み付けろ」
「……は、い」


 項垂れ、視線を胸元に遣ったことを確認してから、俺はゆっくりとレーゼの乳首に触れた。指先でするりと撫でるだけで僅かに隆起していたそこはより境界を際立たせ、次いで中指と人差し指との間に挟み込むと一層硬度を増した。そのまま二本の指の狭間でくりくりと捻るように弄ぶ。

「あんっ、ああ……ひぁ、あっ!」
「お前はこうして、付け根の部分を虐められるのが好きだよね」
「あうっ、あっ、ひゃあ……ん」
「でも、先端を虐められるのはもっと好き」
「あああぁあ!」

 両の乳首の先に爪を当て、く、と軽く力を込めると一際甲高い悲鳴が上がった。そのままの状態で今度は中指と親指とで摘むように擦り、その度にレーゼはびくびくと打ち震えた。

「はは、見なよ。上しか触っていないのに……お前のここ、勃起してる」
「…………!」


 胸を弄り続けながら言葉と視線で指し示した先には、しっかりと勃ち上がったレーゼの性器がある。これまで散々調教されてきたそこはそれでも尚瑞々しい薄紅色で、より強い快感を求めて訴えるように尖頭部だけは一段濃い色に染まっていた。両胸から与えられる刺激だけでは、とうにこの身体は満足できなくなっているのだ。

「嘘吐きで生意気な口と違って、こっちの方はとても素直で正直だね。ほら、もっと触って、しゃぶって、貪り尽くして欲しいって、強請りながら揺れてるよ?」
「あ……、」

 俺が乳首を弄り、耳裏を舌でなぞりながら語りかける度、レーゼの屹立は律儀に反応を返していた。羞恥心が劣情を増幅させるのか、こうしている間にもじわじわと形を変えていく。目を凝らせばほんの微か、先端から滲み出る液体があった。

「でも、今日は駄目。今日はここには触ってあげない。だから――――こっちだけで達してご覧」
「ひあぁああっ!?」

 唐突に捻切らんばかりの強さで尖りを引っ張る。仰け反るレーゼの首筋に歯を立て、滲む液量が増したことを確認して噛み痕を舐めた。仄かに汗の味がする。

「ただ触れるだけじゃ、お前には物足りないだろうからね。こうして痛みも与えないと」
「やっ、あっ、あァ! いた……っあああああ!!」

 指先で弾き、捻り上げ、爪を立てて。一連の動作を力加減なしに繰り返すことで、薄赤かったレーゼの胸の蕾は痛々しい程真っ赤に腫れ、腕の中の躯は浅く荒い呼吸をただ繰り返すだけになっていた。自分の指の先を見遣ると、僅かに血液が附着している。舐めとると鼻の奥でつんと鉄の匂いがした。


「あ、あぅ、ああ……」
「こんなに紅く尖らせて、今にも千切れそうじゃないか。いっそ本当に捻り切ってしまったら、お前はどんな声で啼くんだろうね?」
「ぐ……らんさ、ま……、おねが、です、それは……それだけは……っ」
「……冗談だよ。真に受けるなんて馬鹿な子だね」

 啜り泣く懇願を一笑に付し、再び浮かんだ涙を拭う。濡れたその指で傷に触れると、含まれる塩が沁みた痛みでレーゼは声もなくしゃくり上げた。

 レーゼの下肢はすっかり熱くなっていた。ひくひくと蠢きながらそそり立つ性器は先端から零れた雫でしとどに濡れ、内腿の柔らかい肌は上気してしっとりと汗ばんでいる。だが決定的な引金は引かれないまま、駆け巡る欲の遣り場を求めて迷走しているようだった。


「流石に指だけじゃあ難しいか。……仕方ない」
「……っグラン、様……!? あッ!!」
「暴れるな。邪魔だ」

 背後から抱え込んでいた肢体を横抱きに変え、すぐ目の前に来た赤い実を口に含む。跳ねる太股を平手で叩き、手痕を残して黙らせた。


「う……あ、あっ! ああぁああ!!」

 故意に五月蝿い程に音を立ててねぶり、傷口に強く歯を立てて更に舌先で抉る。滲み出た血を飲み干すように吸い上げると、レーゼは耐えられないといった風に髪を掻き毟り、頭を振った。激しい快楽と痛みに半ば我を失っているのか、頬やこめかみや瞼にいくつも引掻き傷が出来ていく。放っておけばいずれ眼球すら傷付けてしまうのは明白だった。

 ちっ、と小さく舌打ちをし、一旦身体を離して唇を塞いだ。口腔を犯し尽くし、酸欠でもがき始める頃に漸く解放して、未だ焦点の合わない双眸を舐める。血の甘美さには足りないけれど、生理的苦痛で浮かんだ涙はほんの少しだけ俺の喉を潤した。


「レーゼ」
「あ……ひッ」
「勝手なことをするな。お前には自分の身体を司る権利すらないんだ。この身に傷を付けていいのも、俺だけだ」
「……ぐらん、さま」
「縋れ」
「えっ……」
「俺に縋れ。腕を回して縋りつけ。俺に全てを蹂躙されて、乞食のように藻掻いていろ」
「……あ、で、でも」
「早くしろ。……本当に喰い千切るぞ」
「ひうっ! あ、わ、かりまし……た」

 乳首を臼歯で擦り切るようにして噛み付くと、レーゼは恐る恐る俺の首に腕を回してきた。体勢が安定したところで行為を再開する。
 今度はこれまでと逆の胸尖に吸い付き、空いた方は指で責めた。唾液と血液に塗れたそこはぬるぬると滑り、指腹で押し潰す度に後頭部に回されたレーゼの手が震えて髪を擽る。

「あっ、んあ、あああぁ! ぐら、さま、もう……ゆるし……ひああああっ!!」
「そう……もっと啼いて。乱れて、狂って、善がり続けろ。お前を傷付けるのはこの俺だ。このグランだけが、お前に傷を付けていいんだ……レーゼ」
「あ、ああ、あああー…………っ!!」

 最後に思い切り強く吸い上げたところで、とうとうレーゼの欲望は堰を切って溢れ出した。粘性の高い白い液体が迸り、見る間に腹部を汚していく。飛沫のいくつかが俺の手に附着し、それを口元へ持って行くとレーゼははくはくと息を吐いて余韻に浸りながらも、従順に不始末の証をしゃぶり取った。



「本当に上だけで達するだなんて、いよいよお前は淫乱だね。おまけにまだ物足りなさそうにしてるじゃないか。……口で言ってみろ。どうして欲しい?」
「は……あ、ん……」

 俺の手を取り、天からの賜り物のように抱えて一心不乱に舐めるレーゼの姿は酷く淫らで、ある種の敬虔ささえも感じさせた。

 これでいい。

 このまま俺を崇め、俺に縋り、俺で何もかもを拓かれてしまえ。血の赤で痛々しく腫れた両胸の味は俺だけのものだ。この二つの実を熟れさせたのは他でもない、俺の手によるものなのだ。

「ひああぁん……!」
「言ってご覧……レーゼ」

 きゅう、と両の乳首を摘むと甘い嬌声が上がる。絶頂を迎えたばかりで敏感なそこは続け様の刺激にあっという間に篭絡された。
 ぷっくりと貌取られる、情欲の証。



「あ、もっと、いじって、ください……。うえも、したも、ぜんぶ……グランさまの、手でぇ……」
「うん。よくできました」


 額と頬にくちづけを落とし、人差し指の爪でぴんと胸を弾いた。零れた吐息を全て飲み込み、傍らの寝台に身体を倒して先刻解き放たれた残骸を擦り付ける。



「それじゃあ今度も、俺に無様に縋りついて。ね、レーゼ?」
「はい……、グラン様……」




 お前の味も影も体温も全て俺のものだ。
 そこに痕を残すことすら、お前自身であっても赦さない。





end.



――――――
基緑合宿にての課題「乳首攻め」でした
合宿メンツのみお持ち帰り可です


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