とろとろしていてふわふわしてる。普段、日常じゃ感じる事のないこの時特有の空気が好きだ。
 真っ暗な部屋で、自分達のたてる音以外は備付の冷蔵庫のモーター音くらいしかしない。安ホテル故に壁の厚さはたいした事ないけれど深夜遅く、考えようによっては早朝ともとれる時間なだけあって特に外からも音は聞こえてこない。もっと外の音、車や電車の音とか、それこそ喘ぎ声だって。おかげで身体に染みこんでくるのは隣で眠るおそ松兄さんの音ばっかりだ。それがひどく幸せで、落ち着く。
 奇跡的にお互いの財布に余裕がある時にだけやってくるホテルはそういうホテルとしての設備は最低限しか整っていないけれど男同士で入れてちゃんとした大きなベッドがあって、それからシャワーが浴びれるから充分だ。別に特殊な事がしたいわけじゃない。いや、興味がないわけじゃないけどそんな、本格的じゃなくたって充分だし。今のところ。簡単に手首を括られるのとか、そういうのだけで楽しめている。少なくともおれはそうだ。特になにも言い出さないって事はおそ松兄さんもきっとそうなんだろう。
 精神的に落ち着いているし、事後なだけあって身体全体に広がる倦怠感もすごい。時間だって遅いんだから普通にねむいのに、ねむくない。瞼はちゃんと重いんだけどな。その重さに委ねて瞼を降ろしてみてもすんなりと持ち上がる。そうしている間に暗闇にすっかり慣れた目はそれなりにちゃんとおそ松兄さんの緩みきった寝顔をとらえてくれた。
 寝ている間に唇の端から唾液が零れているのはよくある事だ。おれが見るこの人の寝顔なんて気を張らないでいい場所でなんだから当然と言えば当然か。キスの最中に零れているのと違って全然やらしく見えないのは大口を開けているせいだろうか。やらしいどころかただただだらしない。まあおれはこの人に惚れきってしまっているからそんな寝顔ですらかわいいと思ってしまうのだけれど。どうしようもない。恋は盲目とはよく言ったものだと思う。おれのこれは恋というにはあまりにもあれな気もするけれど、そういう事にしておこう。
 拭ってやろうにも腕は怠すぎて重いし、なによりも抱き寄せるように回されている腕がそれを許してくれなかった。決してきつくはないけれど緩くもない。少し動くくらいならともかく、それをしたら起こしてしまう気がする。それはなんとなく申し訳ない。
 瞼に隠された赤い瞳がおれの事を映す事はないけれどそれでいいと思う。ゆるりと閉じられた感じはひどく穏やかでこの人が気持ちよく眠れている事を示している。それならそのままでいい。おれはもう、いいや。今眠れなくたって家に帰ってから眠ればいいだけだ。こういう時ニートという立場は便利だなって特に思う。時間だけは人一倍余っている。その分金は人一倍ないけれど、正直そこまで不便を感じていないのが現状だ。その気になればどうとでもなるとわかってしまっている分おれ達はタチが悪い。
 当たり前だけど寝ているんだから表情はそんなに変わらない。もごもご唇が動いたりするくらいだ。なにか食べている夢でも見ているのかも。ここへ来たのは夕食を食べてすぐだから結構時間が経っているし腹も減ってるんだろうな。意識してしまったせいかおれもちょっととそんな風に感じてしまう。けれど食欲よりもずっとこうしていたい欲の方が強いからこのままだでいいや。一人で食べるのも嫌だ。
 そういう、些細な動きくらいしかないのに不思議と飽きないからすごい。本当にいつまでだって見ていられそう。普段、起きている時だとこうはいかないから余計にかもしれない。逆に見つめ返されてしまうと耐えられない。先に逸らしたら逸らしたでにやついた兄さんに捕まってしまうし。まあ、本当の所それも嫌ではないのだけれど。本当の所もなにもとっくにばれてるか。なんせ相手はおそ松兄さんだ。
 その捕まった時、抱きしめられている時の事を思い出してしまったのがいけなかったんだろう。今だって充分近いのにもっと近くに、もっとしっかり体温を感じたくなってしまった。さっきまで思う存分感じていたのに足りていなかったらしい。きっと満足する事なんて一生ないんだろうな。そんな気がする。許されるならいつまでだってくっついていられる。
 寝顔か体温か。どっちも捨てがたくておれの中で天秤がぐらぐら揺れる。どうしようかな。ただの体温ならいつだって手に入る。家にいてもくっつく事くらいならできる。けれど素肌から直接は家じゃあまり手に入れられないものだ。
今は全裸ってわけじゃない。お互いにさすがにホテルのバスローブくらいは身に着けている。でもこんなの腰紐を解いてしまえばかんたんに素肌に触れられてしまう。というか、もう既におそ松兄さんのバスローブはゆるゆるだったりするのだ。湯上りで火照っていたから仕方がないか。ここのシャワーは温度調節が難しくて、ちょっと熱すぎるか冷たすぎるかの二択みたいなところがあるから。当然浴槽に溜めたお湯だってそうなる。それに加えて単純にだらしないからな、この人。
起こしてしまわないようにそっとおそ松兄さんの腰紐へと手を伸ばす。涎を拭うのと違って下の方だから起こしてしまう事はきっとない。位置をしっかり確かめられないのは少しだけ不安だったけど、腰紐の一部分にだけでも触れてしまえばこっちのものだ。あとはそれを手繰って結び目を見つけるだけだ。
指先が触れたそれはやっぱり緩くてほんの少し力を込めるだけでするりと解け始めた。起きた時に不審に思われるかもしれないけど、適当に誤魔化せてしまえるだろう。寝相とか、どこかひっかかったとか、そういうので事足りる。
脱がす事になんてとっくに慣れているはずなのにすごいどきどきする。起こさないようにとか、そういうのを意識しているからかな。それと、直接触れられる事に対する期待。そういうのがぐちゃぐちゃに混ざって心臓が逸ってしまうのを抑えられない。
 特にどこかで詰まってしまうような事もなく結び目は解けてしまった。後はもう、抱きつくだけだ。バスローブの上からじゃなくて、薄い布地と肌の隙間。そこを埋めるように手を差し入れていく。少しずつ広がっていくスペースに腕まで潜り込ませて生身の身体を抱きしめれば求めていた体温、それだけじゃなくて匂いまでもが手に入る。慣れた匂いじゃなくてこのホテルに備え付けられているやたら華やかな洗剤の匂い混じりだけれどそれでもおそ松兄さんの肌から直接、邪魔なものに遮られる事なく吸いこめるそれに背中がぞわってした。それから少しずつ落ち着いて、でもやっぱり足りなくて。起こしてしまうかもと思ったけれど腕に力をこめてもっと思い切り抱きついた。
 すごい、抱きつく前と全然違う。めちゃくちゃ気持ちいい。こっちを選んでよかった。薄い皮膚の下で動いている心臓の音までしっかり拾う事ができる。どくどくと動くそれはなんとなく早くて心地がいい。…ん?はやく、て?それなりにこの人の心臓の早さは知っているつもりだ。平常時だって、高まっている時だって。寝ている時の穏やかなものだって知っている。だから、早さだけでなんとなく、察せてしまう。
「…おそ松兄さん?」
 返事はない。でも、ゆるく回されていただけの腕に力が入った。おれから擦り寄っていた分できていた腕と背中の隙間がなくなって兄さん側から引き寄せられる。ぴったりと密着度が増したのは嬉しいけれどそれどころじゃない。眠りに落ちていたとしてもできる事だけれど余りにもタイミングが良すぎる。どう考えても、これ。やっぱり察してしまった通りだったらしい。ぶわりと一気に顔も身体も熱くなったけれどどうしようもない。逃げ出そうと一瞬もがいたものの、そうするのを見こされていたようにしっかりと抱きこまれて逃げ道は完全になくなってしまった。
「なぁんでそういうかわいー事するかな…」
「いつか、っんん、ふ、」
 腕の力が緩んだかと思えばすぐに口付けられて、ついでにぐるりと体勢まで変えられてしまった。やわらかいマットに背中が押し付けられて仰向け、横向きよりもしやすいからかそうなった途端にキスの深さが増した。身体の熱が、違う質のものへと塗り替えられていく。ほんとに、いつから起きていたんだろう。寝起きにしては舌の動きが、すごい。けど寝てたのは間違いないはずだ。おれがそれに、気が付かないわけない。
ああもう、だめだ、頭、まわなんない。きもちいい。いつの間にか指を絡めた上でマットへと縫いとめられていた右手に力をこめてみたもののお返しと言わんばかりに握り返されるだけで全然気持ちよさを逃がさせてはくれない。その手の熱さも、ちょっと痛いくらいの強さも、どっちも気持ちがいい。
 ようやく解放された頃には息も絶え絶え、とてもじゃないけど喋れないし、押し退けるのなんてもっての他だ。縫いとめられていなかった左手は辛うじて兄さんのバスローブに引っかかっているけれど、それだけだ。なにかできるとは到底思えない。首筋へ触れたおそ松兄さんの手はあつい。そのあつさに、そういう意味でぞくぞくしてしまう。おれの口から零れた息はあからさまにそういう欲で揺れていた。
「ふぁ、あ、ッ」
「…まあ、朝までっつーのもアリか。金払って時間と場所買ってんだし」
「っもお、」
「だいじょーぶ、ちゃんといっぱいくっつける体位にするから。それならいいでしょ」
 それならいい、本当にいいのか?よくわからない。そんな風におれが返事なんてできなくなっている事くらいわかっていたんだろう。おそ松兄さんは笑みを深くしただけだった。首筋に触れていた手が合わせを肌に沿って、合わせを少しだけ開きながら下へとおりていく。けれどそれは兄さんのと違っておれのしっかり締められた腰紐へ遮られてしまって腰から下へと滑る事は叶わなかった。こんなんじゃ、足りないのに。
 肌から離れた手が腰紐の端へ触れてほんの少しだけ引いた。おれがしたのと同じように、でもおれがしていたのとは違う理由でゆっくり、じっくり。焦らすみたいに。それがキスで、触られた事で熱を持ってしまっている身体にはひどくもどかしくてつい身を捩ると頭上からかわいいって声が降ってきて、小さく声が零れてしまった。それですらきもちいいって、どうなの。だめだ、もう。宿泊だからってもう散々してるのに。寧ろだからこそか、散々して蓄積した熱はだいたい吐き出した筈だけれど、簡単にぶり返す。
 じわじわ結び目のとこが小さくなって、とうとう塊はなくなってしまった。ただの紐になったタオル地が兄さんの手から離れておれの身体の上へと落ちてくる。それも少しきもちいいって事は、すっかりそういうスイッチが入ってしまっているって事だ。
「…てかげん、して」
「どぉかな〜、かわいく誘われちゃったし無理かもね」
 誘ったつもりなんて一ミリもないんだけど。そんな言葉は唇に齧り付かれて消えてしまった。入ってきた舌はさっきのキスよりも穏やかだけれどそれでいてさっきよりもおれの事を煽るように口の中を這う。その間に身体中を這い回りつつ重なっていただけになっていた合わせがどんどんと乱されていって露出する範囲が増やされていく。
 手の届く範囲はぜんぶ、って感じの触り方だ。手の平や指先をめいっぱい使って万遍なく。そうして至るところに熱を灯された身体は促されるまま足を開いてしまっていた。一度開いてしまえばもう閉じられない。気持ち的にも、物理的にも。
 太腿の内側の柔い部分は撫でるだけじゃなくてゆるやかに揉むように。どこかマッサージじみている気もするけれど手が意識しているのは勿論そういう事じゃないからおれに与えられるのは同じ気持ち良さでも種類が違う。するすると移動する手は穿いたばかりといってもいいまだ綺麗な下着の中へもぐりこんでそれをずり下げた。汚れてしまってももう替えはないからそれが正しい。
「なに、もお勃ってんの」
「だって、あんな風に触るから、」
「あんなにいっぱいイったのに元気だねぇ」
「あ、っん、は、あ、」
 下着は完全に脱がされたわけじゃないけれど、おれのに触れるのには何ら問題ないくらい。緩やかに芯を持っていたそれに絡んだ指や手の動きはやっぱりゆっくりだ。少しずつ、確実に責め立てられていく。おそ松兄さんの言うとおり、あんなにいっぱいイったにも関わらず触られれば触られるだけ硬さを増していく。ほんとに、最後は殆ど水みたいなのだったのにまだ出るんだろうか。あれからまだそんなに時間は経っていない。
 硬さが増せば先から零れる滴だって増える。なんとなくいつもより量が少ないのはきっと気のせいじゃない。少ない故に立つ水音は小さくて、それは露骨に鳴るよりもどこかやらしい。や、あっちがやらしくないってわけじゃないんだけど。どっちもどっちだ、結局おれが恥ずかしい。とことん頭が溶けてしまっていればこのくらい気にならないのに。
「これだけでいけるかと思たけど少ねえし難しいか…ちゃんとローション使お」
「そうして。ヤったばっかりで緩くても滑りないと無理、だよ」
「だよなあ。とりあえずこれは脱いじゃおうな」
 完全に足から抜かれた下着は適当に放られておれの視界から消えてしまった。遠くとか下とかじゃなくて、単純に暗くて見えない。いくら暗闇に目が慣れていたって離れられたらおそ松兄さんの顔だってはっきり見えなくなってしまう。そういう暗さだ。いやだな。
そう思ったのが伝わったのか、それとも単に兄さんも見えないのが嫌だったのか。ぱちりと乾いた音がして淡いオレンジ色が頭上で点灯した。決して強くはない光だけれど、ずっと真っ暗な空間に慣れていたのもあって目がちかちかする。つい目を細めてしまうくらい。けど消して欲しいとはとてもじゃないけど思えなかった。おそ松兄さんが、見える。そのほうがずっといい。
ライトのスイッチのすぐ傍、持ち込んだローションのボトルが手に取られて中身がとぷりと揺れた。きらりとオレンジ色を反射するそれもちょっとだけ眩しい。
「ローション、そのままとぬるいのどっちがいい?」
「そのままでいい、から、ひあ、っ…!」
 答えてすぐにそこへ垂らされたローションは常温の部屋で放置されていたとはいえ冷たい。でもどうせすぐにそんなの感じなくなってしまうからどうでもいい。些細な事だ。
 長い時間おそ松兄さんの事を受け入れていたそこが元の固さを取り戻していないのは兄さんもおれもわかっているからだろうか、擦り付けるような動きはいつも通りだけれど中へと入りこんでくる感じや、最初から二本なあたりがいつもと違う。そのままで、って言ってすぐかけられた事も考えると余裕がない、のかも。そういう意図でしたわけじゃなかったけれどおれのあれは結構な威力だったらしい。
「ん…っ、あ、は、」
「まだゆっるい…いっぱい俺の食ったもんなあ」
「あ、あっ、風呂場でも、したし、ねッ、あ!」
「だっておまえかわいーんだもん…後処理だけとか無理」
 根元まで埋め込まれた指がほんの少しだけ抽送されて先がとんとんと届く限りの一番奥を軽く突く。なんとなく、兄さんので突かれてる時を思い出させるような動きだ。意識してしまったばっかりに、期待するみたいにおれのの先から滴が一滴零れた。抱かれてた時もさっきまでももう無理だと確かに思っていたのにもうほしい。どうなってるんだ。
 そんなおれの様子を見て満足したのか指の動きが変わる。掻き混ぜるように、拡げるように。って事はさっきの動きはおれにこの先を意識させるためだけにやってたって事だ。はやく兄さんが欲しいと思ってしまうように且つそれを我慢なんてできないようしてしまう動き。おそ松兄さんから与えられる気持ち良さや甘さをしっかりと覚えてしまっている頭や身体はすぐに全てを思い出してもっともっとと求めてしまう。
「中すっごいよ、えろい動きしてる」
「も、いいから、」
「おっけー、多めにローション使ったから平気だと思うけどなんかあったら言って」
 腰の下に枕が差し入れられて多少高さを作ってから大きく開かれていた足の両膝の裏を掬われた。宛がわれた熱はすぐに先が埋め込まれて、入ってくるのをおれに意識させるかのようにやけにゆっくりと奥へ奥へと進んでいく。じわじわ、丁寧に。少しずつ内壁が開かれてそこがおそ松兄さんの形へと変わっていくのがわかる。
 じわじわ進められるのも気持ちいい、それは間違いないけどもどかしくて腰が揺れてしまいそうだ。それを耐えたところで体内は如実に全部伝えてしまっているだろうけど。腰はなんとか、ぎりぎり耐えられてもそっちはどうしようもない。勝手に動いておそ松兄さんの事を求めてしまう。
「…そんな早くほしいの、えっち」
「ん、っ、あ、あ…ッ!」
 わかっている癖にスピードは変わらない。せいかくが、わるい。おれを見るのが楽しいらしい。わかるよ、だってそういう顔、して。欲の色混じりの赤色はひどく楽しそうだ。わからなくも、ないけど。立場が逆、例えばおれが口でしてる時こういう風に焦らして物足りないから早くしろみたいな、そういう顔をされたら楽しいと思う。いつか仕返しをしてやろう、いやでも倍返し以上で返ってきそうだな。
じっと見つめられるとあつくて仕方ない。つい顔を逸らしてみたものの向けられる視線はそのままだった、頬とか、首筋。その辺りがじんわり熱をもっていく。ただの視線なのに。
「首、真っ赤だよ一松ぅ、すげーうまそお」
「は、あ、食べれ、ば? っあ」
「それで誘ってないっつーのは無理があると思うんだよねえ」
「ン、あ…!」
「…ほら、全部入ったよ一松ぅ」
 するりと熱い手が頬に触れる。それから目許にかかっていた髪が避けられて瞼を持ち上げると視界が揺れた。いつの間にかたっぷり溜まっていた涙が肌の上を滑り落ちていく。そうして少しだけましになった視界には当然だけれどおそ松兄さんがいた。いつもの、顔だ。
 どろどろに蕩けた甘ったるい、心底嬉しそうでそれでいておれの事が好きで好きでしょうがないって顔。好きよりももっと上か、いとしいって、やつだ。もう何回も、それなりの回数こうして身体を重ねてきているにも関わらず毎度のようにそういう顔をする。それも、無意識に。その笑顔は何度だっておれの胸に刺さる。いつもの事なのに今日は特にすごくてなにもかもがたまらない。多幸感でいっぱいになっている感じ。なんでだろう。どうしたらいいのかわからない。ぼろりとまた涙が零れた。
「おそま、にいさん、」
「ん〜? なあに」
「はやく、ぎゅって、して」
 いつの間にか握りしめてしまっていたシーツから指を解いてだるさの残る両腕を持ち上げてから大きく広げた。くっつける体位に、してくれるんでしょ。無性に体温がほしい。だから、はやく。
 と言っても挿れてしまっている以上手早くそうするのは難しい。一回目ならともかく、散々した後なのも大きい。当然身体の倦怠感は抜けきっていない。今の状態も相まってうまく協力できそうにない。殆どおそ松兄さんにまかせっきりになってしまう。勿論できる事はしたけれど雀の涙みたいなものだ。
 それでもなんとか兄さんの上に跨る体位、対面座位へと変える事ができた。案の定おれはなにもできなかったに等しいけど仕方がない。乗っかった事で奥まで届いているのにぞくぞくしつつもさっそくくっつこうと思ったのに、おれが身体を寄せるよりも先に唇と唇が重なった。触れて離れて、二度三度。何度も繰り返される。なんにも食べてないのに、あまい。
「ん、ふ、」
「ね、一松。くっつくんならこれ邪魔でしょ。脱いで、脱がせてよ」
 これと言いつつ軽く引っ張られたのは勿論バスローブだった。それから手は肌とバスローブの隙間へ入り込んでおれがしていたように直接身体を抱きしめた。抱きしめたというより腕を回された、のが正しいかもしれない。きっと脱いだりとか、脱がせるのにぴったりくっついてると難しいからだ。
 それをおれに求めてきたにも関わらず啄むようなキスは再開したし、たまに悪戯に頬や首、届く範囲でいろいろなところへと唇が触れていく。くすぐったくてきもちがよくてただでさえ手には力が入らないのにもっと入らなくなってしまう。けど、やらないと。おそ松兄さんの言うとおり、くっつくのならなにも邪魔なものがないほうがいい。
 兄さんもおれももう腕を抜けばおわり、そんな状態でそこまで差はないのかもしれないけれど自分自身のがやりやすいだろうと判断して、まずは自分から。起き上る途中でおそ松兄さんの首へと回していた腕をおろして右腕を広めの袖から抜いていく。
「あ、っ、それ、じゃま、」
「おまえが食えばって言ったんだよ」
「そうだけど、ひあ、あっ」
 最初は弱めに、少しずつ歯が皮膚へと突き立てられてぴりぴり甘い痛みが走る。本当に、めちゃくちゃ痛いとか怪我をするとか、そういうレベルではないけれど強め。しっかりきもちがいいそれは完全におれの動きの邪魔をしている。やっとの事で右腕は抜けたのにこれじゃ左手が抜けない。
 ずっとそれが続くのかと思いきや本当に食べられてるみたいな噛み方へと変わる。きっとまだ赤く染まっているだろう首筋の、ありとあらゆる所。時間が経ってもすぐに消えない歯型は最初のひとつめだけだろうけど他のも少しの間は赤くなってそうだ。
「ん、ッ、あ、」
「…首、きもちーんだ? きゅんきゅんしてる」
「あッ、んん、揺ら、すな、あ、あ!」
「しょーがないな〜手伝ったげる。俺のはちゃんとやってな?」
 邪魔しといて、よく言う。おれだってなんにも邪魔されなかったらちゃんとできたはずだ。右腕がいけたんだから少なくとも自分の分は、多分。
兄さんの右腕はおれの事を支えたまま、左手だけが肩へと触れる。そのまま肌に触れつつバスローブの中へと潜ればすとりと肩からバスローブが落ちた。するすると肌を撫で上げつつ、時に指の腹や爪で肌に刺激を与えつつ。どんどん方から肘、もっと先までゆったりとしたペースで滑る。勿論その最中だって唇はいろんなところに触れてきているわけで。絶え間ない刺激は少しずつ確実におれの事を追い詰めていく。
「はい、おーわり。ほら、次はお前の番だよ」
「ふ、ぁ…」
「とろっとろじゃん、そんなんで出来んの?」
「っやる、から、じっとしてて」
 終わったのに回されているのは片腕だけなのはもしかして脱がせやすいようにか。確かにそっち側は肩は素に見えているから反対側と比べたら楽そう。とりあえず触れてみた肩はあつい。寝ている時とは違う、べつの熱さだ。
兄さんが寝ていた時にしたように隙間へと滑らせてみたもののついさっきおそ松兄さんにされたようにはとてもじゃないけどできなくて普通にする事しかできなかった。あつさがきもちよかったから肌から手を離す事はなかったけれどそれだけだ、対して兄さんに影響は与えられていないだろう。少しだけくやしい。
二の腕を通って肘、手首。骨っぽいそこを通過すれば手の平だ。ああ、駄目だな。脱がさないといけないってわかってるのにどうしても指を絡めたくなってしまう。欲に従って絡めれば同じように握り返されてぴたりと手の平同士がくっつく。捕まえたし、捕まってしまった。きゅうと細められた赤色がわらう。
「ぎゅって、手の事だったの」
「ちがう、けど、これもほしい」
「やだ一松ったら強欲 まあいっか、どーせ時間はまだあるもん、なっ」
「ひッ、あ、あ!」
 回されていた腕が離れて、すぐ触れて抱き寄せられる。そこにはもう邪魔なタオル地は存在していなかった。早業すぎる、けれど抱きしめられて揺さぶられてしまえばおれにできるのは喘ぐ事とおそ松兄さんの背に爪を立てる事だけだった。

 結局本当に朝まで、たっぷり時間を使って二回。完全にやめた頃にはすっかり日の出ている時間だった。それからいろいろな要素で怠い身体を引きずってだらだらとシャワーを浴びていたらもう寝る時間なんてとてもじゃないけどなかった。いや、正確にはあった、あったけれど寝てしまったらきっと出ないといけない時間に起きれないで延長料金を払うはめになってしまうのはお互いよくわかっていた。
 だからこそ、少しの時間を残してホテルから出たわけだ。どんなライトとも違う、太陽の光が寝不足の目に痛い。眩しい。うわ、本当に朝だ。時計で見るのと体感するのじゃ全然違う。
「はー…ねっみい…」
「…誰のせいで寝れなかったと思ってんの…」
「かわいく誘ってきた一松くんですけどお? ほら帰ろ、家ならいくらでも寝れるし」
 当たり前のように手を取られたけどそれを咎めるのもめんどくさい。それにほら、朝だし。ここは流石に裏道だけれどすぐ側の大きな通りは駅に面しているのもあってこの時間なら人は多いだろう。だけど自分の事で手一杯だろうからおれ達の事なんかきっと誰も気にしたりなんかしない。ああ、でも怠いしな。どうせなら違うほうがいいかも。そのくらいしてくれたっていいはずだ。
「一松?」
「…おれ、おそ松兄さんのせいでめちゃくちゃ腰が痛いんだよね」
「…だからそれはおまえがかわいく誘ったからだよ?」
「おんぶ、して」
 たっぷり、数秒。ホテルの前で手を繋いで見つめあってるのは大概な絵面だけれどこの辺りは人気がないからセーフだ。兄さんの後ろを駆け抜けていった小さな身体はよく餌を与えている猫だった気がするけれど人じゃないからいいとしよう。どうせ友人達にはとっくにばれてる。
「…どこまで?」
「家まで」
「ええ〜…今日だけだかんね」
「あ、いいんだ」
「特別〜、はいどーぞ」
 しゃがんでるおそ松兄さんの背中を眺めるのはとんでもなく新鮮だ。普段こんな事絶対ない。おれが酔ってどうしようもなくなった時だってしてくれないのに。あんまりぼーっと見てるとその気がないと判断されて撤回されてしまいそうだからそそくさと背中へと身体を預けた。脱げてしまうと面倒な事になるからサンダルは手で持っておいた。少しの間素足でコンクリートに立ってしまったけど濡れていたわけでもないし気にするほどじゃない。
「…あったかい」
「一晩たっぷり堪能しただろ」
「あれだけで足りるわけない」
「そりゃそーか。よっと」
 兄さんが立ち上がると当然視界の高さが変わる。といっても身長なんてきっとミリ単位で一緒だから普段見ている視線との違いなんておれの猫背分くらいだ。特別な感じはあまりしない。姫抱きとはまた違う浮遊感は特別だな。
 背中側からおそ松兄さんの音を拾うのもきもちがいい。体温も相まってとろとろとした睡魔が湧き上がってしまう。きちんと寝ていたならともかく、なんせ徹夜明けだ。それも激しかったりゆるやかだったり運動をしながらの。めちゃくちゃにねむい。けれどこれは特別だから、次がいつあるかわからない。そんな中寝てしまおうとはとても思えなかった。
 裏道から出て大通り、太陽の光がよりいっそう街を照らす。見慣れた、なにも変わりないいつもの街並みだ。なのにどこかきらきらして見えた。


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