人の気配はする、けど姿は見えない。カウンターは無人で呼び出し用のベルが置いてあるだけだ。すぐ傍にはずらっと並んだパネル達。ライトの点いているものもあれば消えているものもある。共通点はパネルに貼られているのが部屋の写真だという事だ。どの部屋もカラフルでどこか毒々しさまで感じるピンク色。うん、わかりやすくラブホって感じだ。
「…どれにするの?」
「あ? 選んでいーよ、これどれもそんな値段変わんねえじゃん」
 パネルの下方に記載されている数字はどれも大して差がない。なにが違うんだろ、どれもヤるための部屋って事には変わりないんじゃねえの?部屋の大きさとかあんま関係ないと思うんだけど。そういうもんでもないのか。近くの壁に貼られているのはこんなサービスはじめました!とかそんなのばっかりだ。多分そういう、他所と余所は違うアピールが必要なんだろうな。安いホテルなんていくらでもあるし、その中で自分のとこを選ばせるのにどこも必死だ。
「…じゃあ、ここは?」
「ちなみになんで? 正直俺にはどれも一緒に見えんだけど」
「それはおれも。でもほら、ここ。赤いよ」
 パネルの写真の、端の方。一松が指差したそこには確かになにかまではわからないけど赤色が見える。なに、そういう理由で選んじゃうの。かわいすぎか。赤いよ、ってなんだ。気持ち緩めに笑うのもずるい。かわいい。
 おれは本当にどこでもよかったからもうそこでいいや。だって赤色があると嬉しいんでしょ、寧ろもう他の部屋なんてどうでもいい。パネルを押すと部屋へ向かうように指示されたからすぐ傍にあったエレベーターに乗り込む。狭めの箱はあっという間に目的地の階、三階へと到達した。出てすぐ正面の壁に設置されているライトが右へ行くよう点灯していてそちらの先では部屋番号が書かれたライトが点灯していた。めちゃくちゃわかりやすい。まあ開く開かないは別として間違って違う部屋のドア開けようとされても困るもんな。
 そうして辿りついた先、例の部屋。ドアを開けた感じはあそこまでラブホって感じはしない。ただのマンションみたいだ。いや行ったことないからイメージだけど。流石にこんな入ってすぐに洗面所はないか。あと違うのは横でメンバーズカードを挿入してくださいって機械音が鳴っている事くらいだ。それは挿入口に借り物のカードを突っ込めばすぐに大人しくなった。
「これ、もう先にお金入れたほうがいいのかな」
「入れちゃう? 帰りバタバタするよりよさそう」
 表示されている料金をしっかり二で割ってその分の金額をお互いに機会へ投入していく。表示されている金額が料金と同じになるまでいれれば終わり。あとは時間までこの部屋は使い放題だ。多少値は張ったけど宿泊だし時間はいくらでもある、それに値が張ったと言っても平日だし金土前とかよりも全然マシ。いやあ春休みって本当ありがたいわ。
「とりあえず、いろいろ見とく?」
「折角だし興味あるもんな。部屋は最後のお楽しみにするとしてー…ここ風呂場じゃね?」
 ぱっと見そんなに面白い感じはしない。ただちょっと広いのと、壁にテレビが埋め込まれてるくらいだ。あとジェットがついてるらしいのとライトが弄れるらしいのはボタンでわかった。ライトのオンオフはともかく隣のやつなんだ、風呂入る時やってみるか。
「あとで一緒に入って遊ぼーぜ」
「いいけど…そんなおもしろい感じしないよ」
「まあまあ、とりあえずうちの風呂より広いし快適に二人で入れていーじゃん」
 あの狭さもめちゃくちゃ好きなんだけどね、否応なしにくっついて入らなきゃいけない感じ。そういう関係でそういう事した後入るんだからくっつくのが嫌なわけない。それにこのサイズだと離れてても充分入れてしまいそうだ。それじゃ一緒に入る意味あんまなくない?どうせなら触ってたいしくっついてたい。
「あ、入浴剤あるよ」
「泡風呂の元あんじゃん、これで充分遊べるんじゃね?」
「やったことないもんね。ちょっと楽しみ」
「え〜? お兄ちゃんと二人で入るってだけで楽しみにしててよ」
 早々に終わってしまった風呂場探索の次は正面にあった洗面所だ。一松が見つけた入浴剤数種類だったり棚に並んだ色とりどりのボトル。化粧水ってこんな種類あんのか、意味わかんねーな。興味なさすぎてこれも全部おんなじに見える。あとは普通に歯ブラシだったりのアメニティがあるくらいかな。あとやたらでかいドライヤー。よくあるマイナスイオンとか出るやつだ。ここもそこまで見るものがあるわけじゃない。さっさと終わっても一つあったドアを開けたらトイレだった。こここそ見るものもないしまったく面白くない。
「部屋、行く?」
「まあもうそこしかないし?」
「だよね…いくら宿泊でも時間勿体ないし」
 残る一枚のドアの向こうはさっきまでいたシンプルめな空間と違ってがっつりラブホだった。派手な壁紙に派手な色合いのソファやベッド。敷かれているラグまで濃いめの赤だ。あ、これかさっきの赤いの。見切れすぎててわかんなかったわ。でかいテレビは勿論目を引くけど、それよりどうしても奥に置かれているベッドに目がいってしまう。三人くらいなら寝れそう、サイズなんて言うんだっけ。
 ふらっと近寄って寝転んでみたベッドはふかふかで普段敷布団で寝ている俺にとっては新鮮だった。多分一松にとっても。滅多に感じる事のできない跳ね返りとか、すぐ下に床がない故に感じるやらかさとか。そういうのを思い切り満喫したくなってしまう。でもその辺りは別にヤってる最中でも堪能できるはずだ、但し自分に余裕があれば。
「どーする?俺は別にいいけど、おまえはいいの。シャワーとか」
「あー…折角だし浴びてこようかな、普段する前に浴びる事なんてないしね」
 学校をはじめとした外じゃ当然無理だし、家でする時だって基本前に浴びる事はない。そんな時間があるならさっさと始めたいし浴びるなら終わった後のほうがいい。そういう意味じゃ確かにこれはレアケースだし折角だし、ってなるか。一松が身体を起こすだけできしりとスプリングが音を立てた。ベッド、なんだよなあ。
「なんか服、あるかな。ホテルならなにかしらありそうだけど」
「そういえばまだこっち漁ってなかったっけ。ついでに漁ろーぜ」
 開きそうなところを片っ端から。クローゼットの中に探していた着替え、パジャマっぽいのとバスローブはしまわれていた。上着をかけられるみたいだけど季節柄お互いかけるものがない。別に皺とか気にするような性格でもねえし。
目標は達成してしまったけれどまだ開けていない所はたくさんある。戸棚を開けたら出てきたのは二つの自販機だった。片方は冷蔵庫としての機能を備えている飲み物系。もう一つは所謂大人の玩具が買えるやつだった。どんなものであれその手のものを使った事はない。売り切れになっているものもあるけれどこの中で手にした事があるのはローションくらいだった。男同士では必須だし当然だ。
「…なんか使う?」
「…使いたいの、おれに」
「んー、まあどうなんのかは見たい。でも別に今じゃなくていーや」
「じゃあなしでいいんじゃない? おれシャワー浴びてくる」
 道具は嫌とか、そういうのは言わねえんだ?本当にいつか使っちゃうぞ、正直めちゃくちゃ興味あるし。風呂場に向う一松を見送ってから立ち上がって、とりあえずベッドの上へと戻る。寝転がっただけで全然確認してなかったから枕元に置かれてるのくらい見とかねえと。灰皿があったから煙草を吸いつつ綺麗に並べられた小物達を物色していく。
 箱を詰めかえられたティッシュにゴムが二つ、あとアイマスク。アイマスクって多分そういう用途だよな、視覚塞がれると敏感になるってマジなのかは気になる。気になるけれどあのとろっとろに蕩けた紫色が俺は好きなわけで。隠してしまうのはちょっと、いやかなり惜しい。って事でこれもまたいつかだな。貰うだけ貰っとこ、そうすればどこでもできるし。いやそもそも布があればどこでも塞げるか。
 他にはなんかえろめの下着のレンタルカタログだとかそういうのがあるだけだ。後はテレビや電気のスイッチ。殆どベッドの上だけで過ごせるようになってんだなこれ。残念ながらお目当てだったローションはパックですら見当たらない。しゃーない、買うか。いつの間にか随分短くなってしまった煙草はさっさと灰皿へと押しつけて新しいのを取り出して火を点けた。
 自販機横に貼られていた手順を踏めばローションはかんたんに手に入れる事ができた。使った事ないメーカーだけどラブホに置いてあるくらいだしなんの問題もないだろ。量が多いのもまあ、ボトルタイプだから持って帰れるからいいか。あ、やべ鞄とかそういうのねえや。俺も一松も手持ちは財布くらいだ。流石に剥き出しで持って帰るのは厳しい。
 外装のフィルムを外しておけばローションはもう準備万端、いつでも使える。それは手に取れるように枕元に置いておく事にした。さて。まだ一松は戻ってこない。壁が薄いのかざーざーシャワーの音が聞こえてきてそわそわする。普段一緒に銭湯行ってるとか関係ない、だって俺とセックスする為に浴びてんだよ?全然違うわ。
 折角でかいテレビがあるし、と思って電源をつけて見たものの画面に映し出されたのは暇つぶしになると期待したバラエティでもなんでもなくAVのワンシーンだった。ああ、そうだよな、ラブホだもんな。そういや枕元にあった番組表そんな感じだったわ。途中だから設定もシチュエーションもなんにもわかんねえ。とりあえず一対一で特に拘束もしてない、普通のベッドだからノーマルのやつかな。なんにせよ女優は好みじゃないから即行でチャンネルを変えた。けれど変えた先は変えた先で通販だったり競馬だったりでどうでもいいのばっかりだ。
 テレビの電源を落としてしまえば相変わらず聞こえてくるのは水音だけ、と思ったら音が止まった。次いでガチャリとドアの開く音がしてドア一枚、向こう側で小さく衣擦れの音が聞こえた。今更だけどあのドア、完全に見えるわけじゃないけどそこそこ向こう側が見える。着替え覗いときゃよかったかな。
「…おまたせ」
 衣擦れの音が止んで、暫く。戻ってきた一松はバスローブを身に着けていて手には着てきた私服を抱えていた。温まったせいかうっすら赤くなった肌とか、なんかもういろいろやばい。つーかそもそもバスローブがやばい。私服をどこに置くか悩んで、結局クローゼットにしまう事にしたらしい。一枚ずつハンガーにかけていく、そんな動作から目が離せなかった。
「…なに? 見すぎじゃない?」
「いや、おまえすっげえよ、バスローブ」
 手首とか足首とか、なんだろ、とにかくいろんなところが無防備な感じがする。似たような形で布一枚の浴衣とはまた違う。あれはあれでイイんだけど、こっちのがだいぶ露骨だ。あっちと違って外に出る格好でもないからかな。
「自分じゃよくわかんない、から、教えてよ。あんたも使うでしょ、バスローブ」
 渡されたバスローブはそれなりにもこもこでふわふわだ。着たら気持ちいだろうなと思うけどそれより今、これを着てる一松の事を抱きしめたい。絶対そっちのほうが気持ちいい。ただ多分、それをやってしまったらもうシャワーどころじゃなくなってしまう。それはそれでいいんだろうけど、なんかこう、ちょっと焦らしたいっつーかね?俺もそわそわしたし、せめて同じくらいそわそわしてほしい。
「ありがと。じゃあ俺もさくっと浴びてくるわ」
「うん、あ、ねえ」
「ん?」
「はやく、帰ってきてね?」
 それは、ずるくない?服の裾を掴んでくんのも、立ち上がった俺と入れ替わりにベッドへ腰を降ろしたせいで上目使いなのも。焦らしたいと思ったのはついさっきなのにもうグラついた。なんなら今がばっといきたいくらい。なんだこれかわいすぎか。極め付けに不思議そうに首を傾げてくるんだからどうしようもない。俺がフリーズしたせいだけど。
「おそ松にいさ、ん、っ」
「…あんま煽りすぎると、しんないよ?」
「……ここ、そういう場所だよ。まってる」
 たまんなくてキスはしてしまったけどどうにかくっつけるだけで耐えられた。結構ギリギリで、まだどっちに転んでもおかしくないような状態だったけれどそれは一松が俺の身体を押してくれたおかげで助かった。焦らすか、焦らさないか。一先ずそれは後だ。ずるずるここにいたら絶対食っちゃうもん。待ってるって言ってくれたんだし、行ったほうがいい。
 名残惜しさはすげーけど部屋からでて、そこでやっと脱衣所がない事に気が付いた。だから衣擦れの音あんな聞こえてたのか。持ってきたバスローブやら着ていた服は洗面所の端っこに放置して風呂場へ、風呂場はまだしっとりと温かい。頭からどちらかといえば冷ための、一応お湯と言えるくらいのシャワーを浴びてやっと落ち着いた、と、思う。これなら焦らせそうだ。
 さっきキスしたときにふんわり甘い匂いがしたから、多分一松は頭も身体も全部洗ってる。軽く汗とか流すだけでいいのに、でもそういうとこもかわいいんだよなあ。一松が洗ってるなら、ってことでこっちも同じよう全身を洗っていく。家にあるのとは違う泡の匂いはわかってたけど甘くて、違和感がすごい。泡立ちの感じも特用の安いのとは全然違う。どうりでトド松が自前で用意しはじめたわけだわ。
 元々洗うのに時間をかけるほうじゃないから全身を洗ってもそんなに時間は経ってない。これじゃいつもどおり、焦らしになんてならない。身体を冷やすのは嫌だったから改めて温度を高く設定し直したシャワーを浴びつつちょっとだけ時間を潰す。一松は普段どのくらいで俺が身体を洗ってるかとか知ってるはずだし、それで充分なはずだ。そろそろ出てくる、と考えてるタイミングより遅ければたった五分でも十分でも、倍かそれ以上に感じるでしょ、多分。
 ここまでしといて全然普通だったらどうしよう、と思ったけどそれは杞憂だったらしい。しっかりバスローブを着込んで部屋に戻った途端一松と目が合って、頭上では三角の耳がぴんとまっすぐになった。わかりやすい、わかりやすすぎて、かわいい。とてもじゃないけどいちいち服をハンガーにかけるような気分じゃなかったから服は適当にソファへと放り投げておいた。もういいや。構ってらんねえわ。
 掛布団は端っこのほうへ寄せられていて、乗っていた数個のクッションも一松が抱えているでかいハート以外は全部床へ落されている。ベッドの真ん中のほうには一松がいて、余計な物はなんにもない状態。これ全部、セックスするために一松がした事なんだよな。そう考えると、やばい。すぐ食う、って決めたけどまずは先にふわふわを感じたい。始めたらもう堪能できないだろうし。
「一松」
「なに?」
「ちょっと端っこきて」
 言われるまま端っこにきてくれたけどクッションも抱えたまんまだ。それは邪魔なんだよねえ。クッションを奪ってベッドの端へ放り投げてから無防備な身体を捕まえて思いっきり抱きしめた。ふわふわでもこもこで、それに合わせて一松の体温が加わってるんだからもう、めちゃくちゃ気持ちいいに決まってる。あれ、抱き枕にほしいくらい。毎日快眠できそう、ああ、でもだめか。ふわふわ、ボディーソープのじゃない甘い匂いがする。俺しか知らない、俺だけしか知る事のできない匂い。これ、好きだから甘く感じるんだろうな。
「…? なにがしたいの」
「ん、もこもこ満喫したかった」
「ああ…確かに、これ結構新鮮でいいよね。気持ちいい」
 されるがままだった一松の両腕が回されてぎゅうと抱きしめられる。一方的じゃなくなった分身体がくっついて、なんとなく、そわそわしてるのとかが伝わってくる。なに、そんな楽しみなの。俺も楽しみだけどね。初めてラブホでするわけだし。そうでなかったとしても一松に触れるのが楽しみじゃないわけない。
 体重を掛ければ一松の身体はベッドへと沈む。あとは俺が完全にベッドに乗り上げて、位置を調整、折角だしベッドの真ん中かな。これで準備はおっけーだ。ちょっと押し倒しただけで一松のバスローブは乱れて鎖骨が大きく露わになった。
「これ、どんだけ緩く結んだの」
「さあ…きついの嫌だったから」
 綺麗なリボン結びになっていたタオル地の紐は少し触っただけで解けてしまう。あら、もうちょっと楽しみたかったのに。抑えるものがなくなったから手を潜り込ませただけで下の方までするりと動いて全然身を守ってくれなさそうだ。肌の感触を確かめつつ先の方、触る前から膨らんでいた乳首に人差し指が触れる。
「なに、もうたってるじゃん。えっち」
「ん、っ…だって、あ、ッんん」
 喘ぐために開かれた口に噛み付いてゆるゆる咥内を舌で楽しんでいく。待っている間に煙草を吸っていたせいで俺のが苦いのか眉間に深く皺が寄ったけどやめてはやらない。一回始めちゃうとやめたくなくなっちゃうんだよね。それにどうせ一回やめたとこで舌の味は変わらないじゃん。やめるだけ無駄。
 キスをしながらも触れた乳首への刺激は続けたまま。摘まんで転がして引っ張って。そのどれもが気持ちいいのは漏れる吐息や身体の震えでわかる。かわいい。弾かれるのも好きみたいだし、ここに与えられる刺激全般が好きなのかも。十中八九俺のせいだ。
「においって、すげーよな。いつもと違うだけでなんかすごい美味そう」
「…んん、っ、いつも、は、だめ?」
「まっさか、どっちか選べって言われたらいつものが美味そうだよ」
 ただ、なんか、果物っぽい匂いだからかな。食べたくなっちゃう。ぎりぎり肩に引っかかっていたバスローブを腕のほうに引いて、剥き出しになった肩口に強めに歯を立てる。春休みだもん、へーきへーき。本当の果物じゃあるまいし、そう簡単に皮は破れないし中から果汁なんて溢れてきはしないけれど充分だ。やべーなこれ、一回じゃ足りない。
「い、ったい、あ」
「ヨさそうな声出てるから大丈夫でしょ、っ」
「ん、ぅあ! も、何回噛むの、」
 いつのまにか一松の肌の上に赤い輪っかは数個出来上がっていた。どれも血が出るほどの深さじゃないけど、それなりに痛々しい。こんなに歯型ばっかりつけたのははじめてだ、学校があるからそもそもあんまりつけてないっていうのもあるけどキスマークをつける事の方が断然多い。濡れたおうとつを指先でなぞってみたら一松が大きく息を零した。ほら、やっぱ気持ちいいんじゃん。
「ッねえ、わかってんの?」
「なにが?」
 一松の手が俺のバスローブの胸倉を掴んだ、と思えばそのまま引っ張られて唇が鎖骨に押し付けられた。それだけなら別に、よくわかんねえけどかわいいくらいにしか思わなかったけど残念ながら次にやってきた痛みはそんな生易しいものじゃなかった。俺が噛んでたのなんて比じゃないくらい、加減のされていないそれは易々と肌を破る。
「い゛、ってえ、おまえね、」
「ふ、あんたも同じ匂いしてるんだから、あんただって美味しそう、なんだよ」
 結構まじで痛いしなんなら涙目にもなった。なったけど、唇に赤い血がついたまま笑う一松がなんか、すげー胸やら腰にキた。なんて言ったらいいのかは全然わかんないけどとにかくヨくて、たまんなくて。文句を言うよりも先に弧を描いたままの唇に噛み付いていた。少し血の味や匂いがする咥内をぐちゃぐちゃにしていく。余裕なんてないはずなのに一松の手はその間に俺の腰で揺れていた紐を解いていた。けどそれが限界だったんだろう、両手ともに落ち着いたのは俺の首だった。
 右手を触れはじめた時よりも体温の上がった肌の上をどんどん下へと滑らせていつのまにか勃ちあがっていた一松のに触れる。ちょっと上下に擦ってやるだけでとろとろと溢れてきて俺の手が濡れてく。ん、こんなもんかな。俺が触りたいの、こっちじゃなくてもっと後ろなんだよね。まだキスやめたくねえし、ローションを開けるまでの繋ぎになるくらい濡らしてくれればいい。
 キスしながらなのもあって単調な動きにはなってる、でもあっと言う間に俺の手はどろどろだ。これならいける、かな。更に刺激を求めているだろうちんこから手を離して、もっと奥へ。まだ一度も触っていないせいで硬いそこへそっと触れた。あれ、あんま硬く、ない?ちょっと力をこめて指先を押し当ててみたらゆっくりと一松の体内へと沈んでいく。
「…、いち、なあ、おまえ自分で弄った?」
「は、っあ、だって、時間、あったから、ン、っ」
「なにそれ、えっろ…」
 弄った、というか準備したのが正しいのかもしれない。ローションなしの先走りだけでも指二本は難なくそこは呑み込んでいった。抽送してみても特にひっかかる感じはしない。三本目はきついかもしれないけれどゆったり動かすだけならこのままでイケそうだ。
 足を大きく開かせたのもあってバスローブはもう一松の身体を殆ど隠してくれてはいない。大きく上下に動く胸も、身体を震わせる度にゆれるちんこも、全部見える。すっかりピンク色になった身体はとにかくえろくてすぐ唾が口の中に溜まる。はやく、食いたい。でもまだ駄目だ、ちゃんと、慣らさねえと。
「なあ、準備したってわりには、ここ中途半端なの、なんで?」
「ん、っ、んん、あ、だって、」
「…一松、ここラブホだよ? 声、抑えんのやめよ」
 普段ヤってるのが学校とか、そうでなくても外だとかよくていつ誰が帰ってくるかわかんない状態の家だからか。声抑えんの癖になってんだろうな。バレた時の事を考えたら正しいと思う。多分、今ラブホでできてるからって声を出す癖をつけないほうがいいって事もわかる。でも俺、おまえの声聞きたいよ。たまにだからとかじゃなくて本当なら毎回ちゃんと聞きたい。水分を含んだ紫色は悩むように揺れた、けれど口許からタオル地に包まれた手が離れたのはすぐだった。
「…普段、声抑えられなくなったら責任とってよね」
「いーよ、その時は責任持って塞いであげる」
「ふひ、ならまあ、いっか、あ、あっ」
「いー声…で、なんで中途半端なの」
 しっかりすんなら指三本、なんならすぐ俺のちんこを食えるくらいにしてたっていいはずだ。二本までできたんだからそこまでできるだろう事は想像に難しくない。寧ろ中途半端なほうが、あれじゃん。きつそう。俺は自分の後ろを触った事があるわけじゃないから勝手なイメージだけど。
「ぁ、だって、おそ松兄さんに、触ってほしくなっちゃって、できなかった、あ、ッ」
「…はー、なにそれ、かわいすぎか…」
 そんなん言われたら触り倒してやるしかないでしょ。そっか、だからはやくって言ってたのか。なるほどね。一旦指を抜いてから一松の腰の下に放置されてたハート型のクッションを差し込めば高さはすぐに調節できた。大きく足を開かせてから用意しておいたローションを右手に出せばもう触り放題みたいなものだ。新品で中身がたっぷり詰まっていたせいか予定よりも多く手がローションで塗れたけど少ないよりはずっといい。
 一度、いや二度か。指で中を刺激されたそこは物欲しげにひくついていて俺の事を誘う。あっぶねえ、今すげーちんこ突っ込みたくなった。まだ駄目だっつーの。一松のためでもあるけど、自分のためでもある。たっぷり触って、手早く準備を整えるために。ぬめりを帯びた指先をそこへと押しつけた。ローションの助けがあれば指三本もなんとか一気に飲みこんでくれる。一回入ってしまえばこっちのものだ。
「で、一松くんはどこ触ってほしーの」
「っあ、あんたが触ってくれるなら、どこでも、い、っあ!」
「じゃあやっぱここかな、好きでしょ、前立腺
 一際いい反応する、っていったらやっぱりここなんだよな。指じゃ一番奥は届かねえし。すっかり膨らんでいるそこをするする指の腹で撫でてやるだけで一松の腹がぴくりと震える。強めに押しつぶせば今度は太腿も大きく震えた。勿論それに合わせて声が室内に響くんだからもう楽しくてしょうがない。返ってくる反応が全部楽しくてたまんなくて、とにかくかわいい。前立腺に触れつつも抽送をしたりとばらばらと動かしていけば違うとこ触れた時の反応もどんどんいいものに変わっていく。
「あ、っあや、あ、っも、」
「うん、きもちいな?」
「奥、ほし、んっ」
「…もー、おまえ、知らねえよ?」
 まあでも、結構拡がったかな。最後に大きくぐるっと回してみても問題なさそうだし、いっか。俺ももうそれなりに限界だし。合せをずらすだけでもいいかな、と思ったけど熱いしめんどうだし腰紐をひっぱって前を開く。一応どろどろになった手の平を使って扱けば多少ローションの滑りが移ってお互い楽になるはずだ。手の平をバスローブで拭ってから一松の両足を抱えたら期待の色を滲ませた紫色と目が合った。
「…おっけー?」
「…ん、へいき」
 そう返ってくるのはわかっていたけど念の為確認してから先をそこへと押しつけて、ゆっくり中へと沈めていく。もうそれなりの回数をしてるのに相変わらず狭くってあつい。挿れる度持ってかれそうだと思うし、融けそうだと思う。勿論実際そんな事になるわけないのに。
内壁を割る度に一松は小さく声を零す。ぎゅうと閉じられた目も、縋るようにシーツを握りしめる手も全部かわいい。けど、おまえが縋るなら俺じゃねえの?ぐ、っと残った全部が一気に入るよう腰を進めてから上半身を倒して声が零れたばかりの唇に自分のを重ねた。ゆっくり、瞼が持ち上がって数回瞬きを繰り返す。紫、ちょっと蕩けてる。かわいい。
「…? な、に…」
「前にも言わなかったっけ。手、俺にしてよ」
「…ん、そう、そうだね。待って」
 背中に回された手はバスローブがあるから直接俺の肌に爪を立てる事はない。脱げばよかった、と思ったけど今更だ。自分でお願いしたのに手を離すように言うのも変だし。次からは気をつけよ、次回のセックスの時俺にそんな余裕があるかはわからないけれど。
 馴染むのを待つために腰は動かさないまま、そうしているうちに少しずつ一松の息が整っていく。それが整い切った頃には動き始めても大丈夫なのは経験上知っている。だから、もうちょい。動かさないと言ってもなにもせずにはいられなくて唇を食んだりただくっつけてみたり、そういうのはやめないままだ。だってなにかしらする度にちょっと締まるんだもん、かわいーし、きもちーし。やめらんないでしょ。
だからっていつまでもこのままでいられるわけじゃないけど。俺も、一松も。このくらいの気持ち良さで満足できるなら最初からセックスなんてしていない。勿論これがセックスに勝るとか、そういうのじゃないけど。今欲しいのは、もっとすごいやつだ。
 ゆっくり腰を引けばすぐにバスローブを掴んでいた一松の手に力が入った。少しずつ速さを増していけばそれに比例するように強くなってく。やっぱ、脱げばよかった。思いっきり爪立てて貰えたのに。キスマークとか歯形とか、そういうのあんまりくれない分一松から身体に何か残されるのは格好レアだ。まあ今回はもう、歯形を貰ったからいっか。
「あ、あっ、あ、ン、ぁ、」
「いち、目、開けて」
 気持ちよすぎてどうしても閉じちゃうのはわかる、わかるけど、紫色が見たい。腰の動きを止めないせいかなかなか瞼が持ち上がる事はなかったけれど目許に唇を押し付けるとようやく持ち上がった。俺が奥を穿つ度、手前のいいとこを抉る度。紫色が蕩けてとろとろになってく。声もどんどん甘さを増して、元の甘さとボディソープの甘い匂いが混ざる。なんでこんな美味そうに見えんだろ、どんだけ俺にとって特別なの。特別だからこそ、こーやっていろいろ飛び越えて捕まえたわけだけど。
「っなあ、いちまつ、今さあ」
「ん、あ? なに、っあ、そこ、」
「ちゅーしたら、しぬ?」
「ぅあ、あ! あ、し、ぬ、よ」
「じゃ、しよ」
 見えないけど、頭の中がとろとろになってるのはわかる。俺も、一松も。だからぱっくり一松が口を開けてしまうのも仕方がないし、俺がそれに誘われるまま齧り付いてしまったのだって仕方がない。どろりと、どこかが融けて混ざった。


「どーだった? ラブホ」
 ふわふわと湯気が上がっていって溶けて、また違う湯気が上がって溶ける。風呂場である以上それに際限はないし、湯船に浸かっている以上延々と見る事のできる光景だ。湯船は滅多に見る事の出来ないくらいの量の泡でふわっふわしててもう何が何だかわからない。調子乗ってニパックも突っ込んだせいだ。だって何リットルななんとかとかわかんねえし。多ければ失敗はしないだろうし。結果浴槽からたまに泡が溢れるくらいの出来だ。はじめての泡風呂の正解が全然ぴんとこない。
「…基本的に、いつもと一緒じゃない? 周り気にしないで済むのは大きいけど」
「それな〜まあ金払う価値としては充分か」
「まあバイトもする気がないおれ等じゃ次はいつになるかわかんないけどね」
 一松の両手に掬われた泡が思い切り吹かれて宙へ飛ぶ。泡風呂は結構お気に召したらしい。なによりだ。ちなみに俺はそんな一松の頭上に猫耳を作成中だ。自前のが黒いから白いのは新鮮だなこれ。下手に動かれたらすぐに崩れそうなくらいのアンバランスさだけれど幸い一松は俺に身体を預け切っているし暫くの間はもちそう。
「それにおれ、あの隠れてる中声潜めてするの、結構好きだよ」
「あー、わかる。秘密な感じと、」
「お互いの事しかわかんなくなる感じ」
 実際誰がいつやってくるかわからないから気は張ってる、だけど、そう簡単に人がこないような場所だと狭い中に二人しかいないみたいな相反した感覚になるというか。うまく説明できないしできたとこで首を傾げられるだろう、でも一松がわかってくれてるならもうそれでいい。余所は余所だ。
 後頭部が俺の肩に預けられた事によって猫耳はするりと俺の肌を伝って湯船へと落ちてしまった。一瞬で浮かんでいた泡と同化してもう見つけられそうにない。
「寧ろなんでいきなりラブホだったの? おれにはそれがよくわかんないんだけど」
「ラブホ行った事ないんすよねえ〜って言ったら先輩がカード貸してくれて、あとはノリ?」
「ああ…それと小遣い日のすぐ後だったからだ」
「そう、あとおまえもノってくれたしねえ」
 晒された首筋を上から下、鎖骨の方へ撫でてやるとちょっと高い声が漏れる。もしかしてもっかいいけるんじゃないのってくらいの声。でかいベッドも新鮮だけど泡風呂だって新鮮だ。うん、有りだな?せっかくだもん、払った金の分くらいは楽しまないとね?
「いーちまつくん」
「まじか…」
「まじだよ。大丈夫、バテてもしっかり寝れっから」
 宿泊だもん。言外に含めれば一松は大きく溜息を吐いてから寄りかかっていた身体を起こした。ざばり、お湯と一緒にそれなりの量の泡が浴槽から飛び出して排水溝へと流れていく。あーあ、勿体ない。それでもまだまだ泡はたんまり残ってるけどね。
 ぴったりくっついてた背中と胸板、それはすっかり離れてしまったけど俺の上に跨ってきた分違うところがくっついた。なんだ、やっぱりやる気じゃん。そういうとこすきだよ。
「…これ、結局ライト試したっけ?」
「忘れてた。まだだわ」
「だよね、押していい?」
「どーぞー」
 壁に埋め込まれていたボタンは大雑把に二種類。そのうちのテレビだけ点けてすぐに消したのを忘れてた。流れ出したのがまたAVのチャンネルだったから。気恥ずかしいとかそんなんじゃなくて、ふつー事後にこんなの見なくない?さっきまで目の前の相手とヤってたのにおかしいだろ。あんな女よりも一松のがえろいわ。
 そうしてすっかり忘れられていたもう一種類のほう、ライトのボタンが人差し指で押し込まれた。途端に浴室のライトが暗くなって、驚くよりも先に浴槽、正確には浴槽の中が光り始めた。お湯や泡、浸かっている俺達にまで光は届く。ころころと変わる色に照らされるのは結構シュールだ。
「……随分カラフルだね」
「…なあこれ、普通は興奮すんの? 俺よくわかんねえんだけど」
「おれもよくわかんなー…ああ、でも待って」
 人差し指が滑って隣のボタンに触れる。隣、なんだっけ。一回読んでるはずなのに思い出せない。すぐには押さないで、数秒経ってから人差し指に力がこもった。延々と色を変え続けていたライトの色が止まった。真っ暗い浴室の中、一色だけが全部を照らしだす。
「赤色は、すき」
「…確かに? 俺色に染まってるおまえはさいこーだわ」
 ボタンから離れた手が俺の肩に落ちてそこで落ち着いた。追いかけるように反対側にも手が置かれる。下からぼんやり赤色で照らされる一松の表情はすっかりその気だ。わかりやすい、自分の色じゃないのにすっかりお気に入りの色になってしまったらしい。逆に俺はそこまで紫色には執着してないからおもしろい、一松が持ってたり身につけてる紫なら話は別だけど。今このライトが紫色になったとしても全然興奮しない。
 静かに一松との距離が縮まって水分を含んだ前髪と前髪が混ざる。髪だけじゃなくて息も混ざって、唇が重なる。めちゃくちゃ至近距離で、暗くて。ライトは赤色。なのに一松の瞳の色は閉じられる寸前までしっかり紫色に見えていた。



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