毎日毎日おんなじことの繰り返し。
身体も頭も慣れきっていたつもりだったけど、積もり積もって限界だったんだと思う。
じゃなきゃこんな、胡散臭すぎる黒魔術の書かっこわらいかっことじ、なんてものに手を出したりしない。
図書準備室の奥の方にしまわれていたそれは一応読める程度の字体で構成されていておれなんかでも内容を理解できてしまった。
何種類もの魔法陣かっこわらいかっことじ、召喚の呪文かっこわらいかっことじ、いい加減やめようこれ、笑ってる場合じゃないし。
結果から言うと、今おれの目の前には悪魔が立っている。
なんでもいいから縋りつきたくて教室のチョークで準備室の床に直書きした歪な魔法陣、完成してから目を閉じてところどころ噛みながら口にした呪文。
そんな雑な物で成功するなんて、そもそも本当に悪魔がいるかすら半信半疑だったのに。
「うっわまじか、俺喚ばれたのいつぶりだろ」
悪魔は雑に頭をかきつつそう呟いた。
準備室の窓は嵌め込みで開かないし、出入口だってひとつしかない。
それはおれの背中側にあるから魔法陣から出てきたと判断するしかなくて。
成功してしまった驚きでさっきまでずっと止まらないでぽろぽろ落ち続けていた涙がとまった。
ぐるりと辺りを見渡していた視線が、おれに落ちる。
「どぉも〜、魔界のカリスマレジェンドおそ松でっす!願い事はー…って聞くまでもねえか」
視線がおれの頭の先から爪先まで無遠慮に滑っていく。
細められた赤い瞳は人にしては赤すぎるし、どこか爛々としていた。
髪の毛は力任せにかき混ぜられたままぼさぼさだし、服だって引っ張られたり切られたりしたままだからよれっぱなし。
極め付けは頭からかけられた赤いペンキ。
誰が見たってなにがあったかなんて見当はついてしまうだろう。
「いじめっこへの復讐ってとこ?ラッキーだね、下級や中級、上級でも人数制限も内容も制限がかかるところが俺相手ならなーんの制
限もないよ。勿論対価は他と変わらずおまえの魂だけ。超お得」
さらりとすごいことを言われた気がするけれど、じゃあこの悪魔はなんなんだろう。
本の中でも目についたものを選んだだけだから特に説明は読んでなかった。
その本はとっくに悪魔が出てきた時の風圧かなにかで閉じられてしまっているから元のページなんてわかりそうにない。
「全員やっちゃう? そのまんまおまえがやられた事を返すことだって、もっと酷い目にあわすことだって、生きてる間死にたくなるよ
うな目に合せ続けることだってできるよ」
「……」
「お気に召さない? 勿論おまえが一から考えても構わないけど」
「あ、ちが、違う」
「ちげーの? じゃあなに、こんな状況で色恋沙汰だったり? まあ叶えられるけど」
長いコートを気にする事なくしゃがみこんだ悪魔としっかりと目が合う。
なんだろう、赤色に、ぞくぞくする。
そういえば最初から、この悪魔に対して恐怖とか、そういうマイナスな印象を持っていないことに気が付いた。
得体のしれないものなのに。
伸びてきた右手が頬にくっついて、いつのまにか乾いてしまっていた赤いペンキを爪先がカリカリと剥がしていく。
痛くもないし、やけに肌が冷たいわけでもなくて寧ろ適度に温かい。
人肌、と言っていいのかわからないけれどそれと変わらない気がする。
その久しぶりに触れる体温が気持ちよくて、ついその手に顔を擦り付けた。
「ふは、猫みてー。かわいーね」
するりと手が滑って顎の裏を指先に擽られてぞわぞわする。
きもちいい、猫じゃないのに喉が鳴りそう。
鳴らない代わりに変な声が出てる、のに、とめられない。
「ふ、ぁ…っそれ、や、あ…ッ」
「きもちよさそーな顔してるけど?」
指先の動きが止まったかと思えば顎が捕えられてしっかりと固定される。
ちょっとだけ空気が変わった、元に戻ったのほうが正しいかもしれない。
「今はこれで許してあげる。そろそろおまえの願い事聞いとかねえと、時間かかるものだったら早いほうがいいし。ええと、お名前は?」
「…イッチー・パインフィールド…」
「じゃあイチでいっか。イチくん、おまえの願い事、俺に教えてよ」
願い事、そんなの最初から決まってる。
仕返しとか復讐とか、そんなのはどうでもいい。
恋愛だってよくわからない。
おれはただ、この世界から、
「この世界から、おれを消してほしい…」
逃げ出したいだけだ。
さっきまで聞くのが楽しみだとでも言いたげに輝いていた悪魔の瞳が元に戻って、表情が訝しむものに変わる。
心底理解できないです、ってかおだ。
「…どーせ消えんなら最後にやりかえしたりとか、道連れのがよくね?」
「いい、どうでも、いい。おれが消えるだけでいいから」
「産まれなかった、そもそも存在してないようにすりゃいいの」
どうにか頷けば悪魔はやっぱり理解できなさそうにふうんとだけ零した。
おれが消えるだけじゃ意味ない。
それじゃオレンジ色の毛並を持ったあの猫をはじめとしたおれの友達は突然現れなくなったおれを探してしまうかもしれない。
自惚れかもしれないけれど、そのくらい仲は良かったはずだ。
絶対に見つからないのにそんなことはさせたくない。
「…ほんと、来たのが俺でよかったね。そんなことできるやつ早々いねーよ」
「そう、なの」
「そうだよ、復讐とかのほうがよっぽど楽。おまえのそれはいろいろ捻じ曲げなきゃなんねえからいろいろめんどくさい」
それもそうか、人一人が存在しなかったことにするんだから。
でも、できる。
それにちょっとだけ安心した。
口ぶりからするに、この悪魔にとってはそんなに難しい事ではないんだろう。
「一瞬で済んじゃうけど、未練とかねえの?
ついでにそれも叶えてやってもいいよ、簡単なもんならね。おまけ」
消える前にやりたいこと、なんだろう。
突然きた限界による突発的な行動だから身の回りの整理とかはなにもできていない。
でも存在がなくなるんだから、きっとおれの部屋とかそういうものも全部なくなるんだろう、だからどうでもいい。
じゃあ最後に友達に会う?
折角覚悟が決まったのに心がひっぱられてしまいそうだ、やめておいたほうがいい。
あとは、なんだろう。
「…セックス、してみたかったかな」
「ぶはっ、唐突に年相応な未練になりすぎじゃね?」
まあ、おれ自身こんなだし、結局今日までそういう縁に巡り合うことはなかった。
積極的に行動をしていたわけでもないし、今現在童貞なのは当然といえば当然だ。
それが叶うのなら、童貞を捨てたい。
あ、でもちゃんと人間とさせてもらえるのかな、悪魔でも人型なら変わんないか。
「いーよ、叶えてあげる。セックスしよっか」
「え、んっ」
なんか、おかしいような気がする。
ちゃんと真意を問おうにも口と口がくっついててそれは叶わない、ゆるくあいた隙間から舌が入り込んできて上顎を撫ぜていく。
はじめての感覚に混乱してる間に押し倒されて背中が床に触れた。
ぞわぞわする感覚の中、ぱちりと音が響く。
なんなのか気になってもやっぱり問わせてはもらえなかった。
やばい、なんも考えられなくなりそう。
最後にじゅっと舌が吸われてようやく口が解放されたのに、なにも言葉にできない。
息が、整ってくれない。
「ん、きれーになったね」
「…? どう、いう、」
「ペンキも、髪も服も元に戻ったよってことぉ。あと怪我もね。クマはかわいーからそのままにしちゃったけど」
言われてみればペンキの乾いてパリパリしてた感じとかなくなった気がする。
服、も確かに切れてた部分は朝着た時の状態に戻った、のか?
じゃあさっきの音はそのための音だったんだろうか。
「服もやらしかったけど、他のやつにやられたとなるとおもしろくねーんだよなあ」
「ねえ、セックスする、って」
「大丈夫、ちゃんと優しくしてやるよ? だから処女は処女らしく大人しく俺に食われてな」
あ、やっぱり、そういう?
上手く伝わっていなかった事を理解したところで、今更遅い。
もう一度重ねられた唇からどろりと唾液が流し込まれて、それを飲み込むよう喉仏が親指でなぞられた。
なんとか飲み干した唾液はやたら甘かった。


あっという間に身ぐるみ全部剥がされて、魔方陣の上で大きく足を開かされていた。
ゆっくり、悪魔の熱が中に埋め込まれていく。
ずぷずぷとはいってくる感覚は、圧迫感はあれど痛みはない。
そういう、魔術?をかけられているらしい。
痛覚がにぶくなってるから唇を噛むのとか手を思い切り握るのだとかは全部駄目だと言われた。
セーブできなくて大怪我するかも、とのことだ。
成る程、とその時は思ったけど今更やめてもらえばよかったと後悔している。
だって、唇を噛めないってことは、
「あ、…っ! あ、あ、ん、ッ」
出したくもない、上ずった声を垂れ流しにするってことだ。
奥へと熱が進む度に声がもれる。
手で塞ぎたいけれどそれも噛みそうだから駄目だと言われてしまった。
当然床を引っ掻くこともできなくて、どうしたらいいのかわからなくて腕は床にほうったままにしている。
「ん、せっま…」
「はぅ、ね、ま、だ…? あ、っ」
「もーちょい、まあ、いけっかな、っと」
「っ?! あ、は…ッ!」
「ッはー、ほら、全部入ったよ、触ってみ?」
ほうりっぱなしだった右手が拾われて拡がっているだろうそこへ導かれる。
自分の、もっと奥。
指先が拡がりきったそこ、に触れてすぐに自分のものじゃない肌にも触れた。
意識すれば悪魔の下生えだろう感触もよくわかるようになる。
「はいって、る…」
「そぉだよ、処女喪失オメデトー」
「おれ、が、捨てたかったの、童貞、」
「まあまあ、対して変わんねーって。辛いっしょ、腕俺に回していーよ」
や、全然違うでしょ、もうどうしようもないけど。
この感じだと結局童貞は捨てないまま終わりそう。
それよりも腕、ってどうしたらいいんだろう。
ポルノ動画みたく首に回せばいい、のかな。
正解がわからなくて悪魔をちらりと見上げてみた、けど伝わらなかったようで首を傾げられただけだった。
「なーに?」
「…どうしたら、いいの?」
「ん?いーよ普通に首で。それとももっと近いほうがいい? 別に抱き着くくらいでもいーけど」
おれが抱き着きやすいようにか上半身の距離が近くなった、そのせいで深さが増してまた高い声がでてしまう。
とりあえず両腕を首へ回して、思いっきり抱き着いてみる。
ああ、これ顔は見られないで済むんだ、それは、助かるかもしれない。
はじまってからずっと、顔を見られ続けてるのはひどく落ち着かなかった。
難点は肌を滑るフードのファーがくすぐったいくらいだ。
「おまえ身体やーらかいね。うんうん、いろんな体位できそうでいいと思うよ」
「あ、あ、や、まだ…ッ動かない、で、あ」
「うん? 痛くねーっしょ? なんでやだ?」
気遣うような声が、妙に優しくて。
久しく向けられてなかった声の色にちょっとだけ泣きそうになった。
多分ばれてない、抱きついておいて、よかった。
見られたとしてもきついから、とか、そういうので誤魔化せてたかもしれない、そもそももう顔はぐちゃぐちゃだ。
答えを促すように身体が揺さぶられて、ずっと奥がじわりと熱くなる。
その熱さに、気持ちよさに耐えるように目の前の身体にまわした腕に力をこめてみたけど二度三度と繰り返されてしまえばあんまり意味がない。
気持ちいいけど、これで上り詰めることができないのはなんとなく、わかる。
おれだけじゃなくて、この悪魔も。
「っ、う、き、もちい、い…っ」
「ばか、おまえそれ逆効果だっつーの…!」
答えを促すためだっただろう、かんたんな揺さぶりがいきなり切り替わった。
薄暗くい準備室に響く肌のぶつかる音を動画でよく聞くやつだ、と回るスピードを落としはじめた頭のどこかで思う。
なんか、もう最後にこれだけきもちよくなれたんだし童貞を捨てれてないこととか、どうでもいい、かもしれない。
正しく意味が伝わって、どうにかして童貞を捨てられることになってたとしてもおれのことだから失敗してそうだ。
「あ、っあ、ん、あ、あ」
「今まで、こーゆう距離で喘ぎ声聞くことなかったんだけど、っさあ、これはこれで、たまんないわ。でも、」
強引に身体が引き剥がされて両手首が床へと縫い止められてしまう。
数分ぶりに赤色がおれを映した。
さっきよりもずっと、いろんな色が混ざったそれから目をそれせない。
なんでだろう、ただ視線が絡んだだけ、なのに。
捕まった、と思った。
「顔見えるほうが俺好みかな。おまえの泣き顔、すげーそそる」
そう言って舌なめずりをした顔は、わかりやすく捕食者の顔をしていた。
どう考えても獲物はおれなのに不思議とそれは嫌じゃない。
寧ろ、ぜんぶ。
「腕、まわしていいって、言ったのに」
「うん、ごめんな? 顔見えてれば好きにしてくれていいよ」
縫い付けられていた両手首はあっさりと解放されて自由に動かせるようになった。
次はどこへ置くか悩んでいる間に寄せられた顔が首筋に埋まって、舌が肌を滑っていく。
唾液で濡れたばかりのそこを甘噛みされて身体がふるりと震えた、それがまるで先をねだってるみたいで。
悪魔もそう感じたのか、首許で空気がゆれた。
「…なんかおまえ見てると、すげー腹減る」
「たべて、いい、ぜんぶ、上から、した、ま、あぁッ」
「おまえそれ、すげー殺し文句だよ? …俺以外には言わないでね」
あんたに食べられたら、それで終わりじゃない?
そんな言葉は嬌声が勝って音にはならなかった。
質量の増した熱がおれの中を暴いて、突き上げて。
押し上げられる内臓はよくわからない感覚だった。
咄嗟に腕を回したのはやっぱり首だったけれど、しがみ付かないようにどうにか耐える。
そしたらいいこ、と囁かれていろいろな所が震えた。
あ、やだな、すごい見られてるのが嫌でもわかってしまう。
絡んでいた視線からはどうにか、目を閉じることで逃げられたけれどそれでも、あつい。
ぜったい、汚いのに、なにがいいんだろう。
「な、イチ、俺の名前呼んで」
「ぅ、あ、え…っ?」
「契約しよ。俺の目見て、名前、呼んで」
忘れてねえよな?と問われたのに頷きで返事を返して、折角逃げられたのにと思いつつ瞼を持ち上げた。
おわりをはじめるためだ、仕方ない。
再び交わった赤色の奥が、煌々とひかっている気がするのは気のせいなのか、そうじゃないのか。
なんにせよ吸い込まれそうだな、と思う。
鼻先に鼻先が触れた。
「おそ松、っむ」
名前を言葉にしてすぐ唇が重なって乱暴に咥内が掻き混ぜられてく。
もしかしてキスが契約とか、そういうのなんだろうか。
応える余裕なんてまったくなくて、されるがまま。
上も下も気持ちが良くて、限界だと思っていたのにおれ自身におそ松の手が触れた。
ただ上下に擦られるだけの単調な動きは自分で触れる時と同じはずだ。
けれどそれよりもずっと気持ちがいい。
も、だめだ、出る。
でもこのまま出したらこの人を汚してしまう。
おれなんかで汚していいはずない、のに、我慢できそうにない。
どうしよう、別の意味で泣きそうだ。
「…? なんで我慢してんの、さっさとイっちゃえよ」
「や、だ、あ…っ! あ、は、よごれ、るっ…あ!?」
「馬鹿じゃねえの、セックスしてんだから汚すもなんもねえじゃん」
「あっ、やだ、ほんと、イっちゃう、ん、ッあ」
「やだじゃなくて、イけつってんの!」
待って、これ以上があるなんて、聞いてない。
ぐちゃぐちゃ鳴ってる音が前からなのか後ろからなのかもわからないし、結局いろんな意味がこもった涙もぼろぼろ零れてしまっている。
それでも顔が隠せないのはさっき褒められたせいだ、次を、どこかで期待してる。
ああ、そっか、素直にイったほうがそこも褒めて貰えるのかな。
汚してもいいとは言ってもらえているし、もうつらい。
つらいのには慣れてるつもりだったのに。
「あ、ほんと、に、いいの、」
「いーよ、おまえがイかないと俺もイけねえし」
そういうものなら、と下腹部に込めていた力を緩めたのとほぼ同時に思い切り突き上げられた。
力を抜くタイミングとか、全部お見通しだったらしい。
視界がちかちかしてすぐに身体の奥のほうで熱が弾けたのを感じた。
どくどくしてるのまでわかる、は、あっつい。
自分のを手で受け止めるのと感じる熱さが全然違う、粘膜って、すごいな。
「はー、お疲れ様ぁ。へーき?」
「ん…へいき、だとおもう…」
「そお、よかった。じゃあ抜くから足ほどいてもらってい?」
「……足?」
足、というか下半身はほぼ任せっきりにしてしまっていたからなんのことだか全然わからなくて、視線を向けてやっと言葉の意味を理解した。
いつからかはわからないけど、両足ともしっかりおそ松の腰へと巻きついていてまるで離れまいとしているようだった。
「ッ?!」
「やだあ無意識? そんなに俺の精子腹の奥に欲しかった?」
「ちが、」
「えっち
自覚してから熱を持っていた顔が、耳元で囁かれたせいで更に熱を持っていく。
冷静になれば事後だし、おれは全身ぐちゃぐちゃだし、足は何故だか言う事をきいてくれないし。
完全にキャパオーバーだ、もういいよね、顔隠しても許してくれるよね?
もう一度改めておそ松に抱き付いたら頭上で楽しそうに笑う声がした。
「おまえほんと、かわいーね。やっぱ惜しいよなあ…」
「? なにが…」
「この世界からはちゃんと消してあげるけど、その後俺の傍にいる気はない?」
「…え、」
「俺とたのしーく過ごそうよ。とりあえずお試しで、おまえが嫌だと思ったらちゃんと消してやるからさ」
するりと背を撫でる手はやっぱり優しい。
この悪魔からこの短時間で貰ったものでおれの中の、乾ききってた部分はもう、溢れそうなくらいだ。
もう充分だと思っている部分があるのも嘘じゃない。
でも、もっと欲しいと求めてる部分も確かにおれの中に存在している。
「なんかわかんねえけど、おまえの事もっと甘やかしてどろどろにしてやりたい」
「…わかんないのにおれなんかに時間を割くの」
「わかんねえけど一緒に過ごしてるうちに名前が付くかもしれないじゃん。時間はまあ、別に? ヒトの一生なんて俺にとっては一瞬みたいなもんだし」
ああ、そうか、そもそも寿命の絶対値が違うのか。
おそ松だって見た目は二十代そこそこだけれど実際はどれだけ年上かわかったもんじゃない。
「おまえが嫌になった時はちゃんと消してあげる。でもおまえが俺の隣を選ぶなら、その時は責任持って俺がこの手で堕としてやるよ」
背骨をなぞるようにまっすぐ、上から下へ。
言葉を表すように指が滑った。
まさに悪魔の囁きだ、甘くて思わず手が伸ばしたくなるような言葉たち。
どうせ自分で選んだ道はここで終わるだけだった、なら、この悪魔の隣で延長してみるのもいいのかもしれない。
言葉の限りなら、おれにデメリットはひとつもない。
それになにより、おれもこの悪魔に、おそ松に。
「…おれもあんたに甘やかされたい、なんでだかは、わかんないけど」
「ふは、お似合いじゃん? 決定な」
やっという事をきくようになった足をほどけば中から熱が抜けていく。
ずっと入っていたせいか抜けられると逆に違和感があるなんて変な話だな、普通なにも入れたりしないのに。
ブチブチ音を立てて引きちぎられたカーテンの向こう側から光が差す。
空を舞った埃が神秘的に見えたのはきっと目の前にいるのが悪魔だからだ。
「俺の陣の上でそーゆうかっこされるとまるで俺への生贄みたいだね」
「…しっかり食べたんだから、そういう意味でもあながち間違いじゃないのかも」
「契約した以上俺とおまえの関係は対等だけどね」
肩にかけられたカーテンは部屋と違って埃っぽさを感じない、もしかしたらおそ松がなにかしたのかもしれない。
ペンキの汚れをなくしたり、服を元通りにできたくらいだし。
そのまま両腕を伸ばせば当たり前のように抱きかかえられた。
姫抱きというやつをされるなんて、今まで考えたこともなかった。
不思議と違和感がないからそのまま、この短期間で慣れた体温を求めるように身を任せることにした。
「魔界を統べる俺と対等ってくらいだからあっちでおまえに手ぇ出す馬鹿はいないだろうから安心してよ、いたとしても俺が潰すし」
「…待って、あんたそんなすごい悪魔なの?」
「はあ? 知らないで喚んだのかよ」
ばさりとおそ松の背中から一対の羽が生えた。
本でもアニメでも、悪魔の羽といえば定番の蝙蝠のようなそれ。
それを出されたところで結局なんの悪魔なのかはわからない。
わかってるのは願い事をする時の会話で出たとおり、上級よりももっと上だという事くらい。
じっと赤い瞳を見つめればゆるく弧を描いた唇が開いた。
やけに舌が赤く見えたのは、なんでだろう。
「俺はサタンだよ、魔界の王様みたいなもんかな」
「……おれ、そんなのに抱かれたの?」
「そーだよ、おまえの腹ん中にあるのは魔界の妊娠できる生物なら誰もが欲しがるようなもんってこと」
その言葉につい自分の腹を撫でてしまったのは仕方がないと思う。
久しぶりに中出ししたわ、とかなんとか言いながら笑ってるけど、とんでもないものを体内に持ってることになるんじゃないだろうか。
妊娠するわけじゃないからこそ中で出したんだろうと検討はつくけれど。
「そーやって腹撫でてると本当に孕ませたくなる。ああ、そういう事思う相手初めてだわ」
「っ、おれ、人間だし、男だし、孕まないよ」
「今はな? まあ俺等の関係がどーなるかかなぁ、まだよくわかんねーし。さて、そろそろ行きますか」
首に腕を回すように促されたから大人しくそれに従うと、おそ松はおれの身体を抱え直す。
そのまま一度足を振り下ろせば、元より歪だった上にその上でセックスをしたせいで半分くらい原型のなかった陣の上に赤い光で崩れのない、綺麗なものが現れた。
得体の知れない空気が漂ってきているのに、不思議と少し緊張するだけで不安になったりとか、そういうものは一切ない。
この世界に未練がないのも大きいのかも、後はしっかり抱きかかえられているからか。
「じゃあ消しちゃうけど、いい?」
「うん、お願い」
ぱちりと、おそ松が指を鳴らしただけ。
たったそれだけでさっきまで感じていなかった違和感がおれを包む。
ここはおれのいる場所じゃないって、肌で感じる。
こんな簡単に理を歪められるものなのかと驚いた部分もある、でもただの悪魔じゃない、サタンのやることだからなと妙に納得できた。
「行こっか」
「…うん、連れてって」
瞼に落ちてきたキスを受けとめて、目を閉じる。
外から聞こえた猫の鳴き声が、この世界で耳にした最後の音だった。


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