「さっきスタッフさんに聞いたんだけど、外出待ちすごいらしいよ」
とどのその一言はおれの足を重くさせるのには充分で、口からは思い切り溜息が零れた。
今日が二月十四日な時点でなんとなく察してはいたけれど、改めて聞かされるとしていた覚悟が揺らぐ。
今までだって、バンド活動をしている以上そういう事はあったけれど今年はメジャーデビュー後でしかもそれなりに話題になった後。
きっと今までとは違う。
「あれだけSNSでチョコ催促した本人が今日休みとか、ボク納得いかないんだけど」
今日の取材はバンドの下三人、おれとJUICYと、とど。
やたらとチョコが欲しいと呟き続けていたOSOをはじめとした上三人は休みだ。
多分今頃自宅でごろごろしているんだろう、他はどうかしらないけどOSOは絶対めんどくさいことになるから外に出ないって言ってたし。
六人揃って髪の色がこんなだから外出すれば自然と目立つ。
そこをファンに見つかったらどうなるかなんて簡単にわかる、なんたってバレンタインだ。
このスタジオが何故かファンにばれたのと同じように何処に誰がいたなんて一瞬で広まるだろう。
「あの呟き、ぜーんぶ壱兄さんに向けてなのにね!」
「そんな事ファンの子にまでは伝わらないよ。欲しがってるしあげないとってなるんじゃないの?」
「事務所に送ってくれればいいのに…」
「本人に渡せるならそりゃこっちくるでしょ、いや本人いないけどね。受け取らないと印象悪いしなぁ、どのくらいいるんだろ」
本当はマネージャーに色々と任せた方がいいのはわかっているけど如何せんバレンタイン、女性を身近な存在として出すのは火に油な気がする。
あの人なら上手く立ち回れそうではあるけれど、念のため。
今日は少し離れた所で車の準備だけお願いしてある。
「少し過ごした後、次の仕事があるから、ってボクが言い出したら車に向う感じでいい?ちゃんとその時相手してた子やまわりの子にフォローしてよね」
「確かに仕事って言えばあっちも諦めやすいか…」
「とど頭いーね!」
「まあね〜。じゃ、行くよ?ここでもたもたしてても人数増えるだけだからね」
スタジオの邪魔にならないように裏口から、それだってばれてしまっているんだろう。
ドアを開けてとどが外に出た途端に劈くような黄色い声が響いた。
近いからかステージ上で聞くのとは全然違う。
想像していたよりは少ないけれど、やっぱり通常の時と比べたら少し多い。
裏口を塞がないようにちょっとだけ移動したもののあっと言う間にちいさめな人だかりが出来上がっていた。
二人がチョコを受け取ったのを見ていると壱様と声がかかった。
いつのまにか定着してしまった様呼びは未だに慣れない。
身内に対する遊び半分だったのにな。
差し出されていたのは小さめの紫色の箱で、イメージカラーはこういう時にもついてまわるらしい。
お礼を言いつつ受け取れば恐らくチョコレートが入っている箱や紙袋がどんどん差し出された。
可愛らしいものから高級感のあるものまで種類は様々だ、でもどうしても猫が描かれているとそっちに意識を引っ張られてしまう。
とりあえず、わりとテンパってるからせめて一人ずつ対応させてほしい。
もう無理だろうけど。
圧倒的に紫色が多い中、赤い色が目についた。
ついそれの持ち主を見てしまう。
わかりやすく赤色が基調になっている服装、ああ、OSOのファンか。
案の定OSOに渡して、と赤い唇が言葉を吐いた。
成程、同じ部屋で暮らしているおれに渡せば事務所に送るより早くOSOの手元にいくから。
そうか、こういう事もあるんだな、全然考えてなかった。
あ、すごい。
途端にいろんな種類の香水が混ざった匂いが気になりはじめた。
甘い匂いには慣れてるはずなのに、どろどろしたそれに顔を顰めてしまいそうだ。
それに耐えつつどう断るか考えようとしたところで後ろから腕が腰に回されて、ふわりと慣れ親しんだ甘ったるい匂いが身体を包んだ。
それに混ざる本人の体臭、おれがこの人の匂いを間違えるわけ、ない。
背後から伸びた手が赤い箱に触れる。
「ありがと、だーいじに食うね?」
「お、」
たった二文字。
なのにおれだけじゃない、その場にいた他の人間全員最後まで音にする余裕はなかった。
喋り終った後、直ぐにOSOがおれの腕を引いて走りだしたせいだ。
突然すぎて呆気にとられたからか後ろから再度悲鳴が上がったのは数拍置いてから。
それだけあれば充分差がつけられる、なんたって彼女らはお洒落のためにヒールを履いている子が殆どだ。
きっと、普段ライブハウスだとスニーカーだから余計に気合が入っているんだと思う。
「っねえ、なんで、ここにいんの」
「決まってんじゃん、お迎え
連れてこられたのは近くの駐車場、そんなに距離があったわけでもないのにおれの息はすっかり上がってしまっている。
走ったのなんて、いつぶりだろ、冬なのにあっつい。
なんで喫煙者のくせにそんな平気そうなわけ、ちょっと汗かいてるだけじゃん。
「一番奥の車。会計すっから先乗ってていーよ」
「…、ん、そーする」
一応お互い免許は持っているものの車はウチにはない。
なんとなく見覚えがあるから多分事務所から借りたんだろう、どこにでもある乗用車。
やっぱりあると便利なのかな、でも多分あんまり乗らないだろうし維持費が無駄になりそうだ。
遠隔操作でロックは外されていたので遠慮なく助手席に乗り込んで背凭れへと身体を預けれてやっと落ち着いた、気がする。
程なくしてOSOが運転席に乗り込んでエンジンがかけられた。
「まだ息整ってねーの?壱くんもーちょっと体力つけたほうがいいんじゃない?毎晩運動する?それなら俺付き合ってもいーよ」
「それ仕事できなくなるから…」
「案外どうにかなるかもよ?あーでもどうせ歌うなら絶好調なおまえの音に乗せてーしなぁ」
仕事の時なら運転はマネージャーがするし、そうでない時、他のメンバーがいる時は二人して運転を投げてしまうからOSOが運転する車に乗るのは相当久しぶりだ。
上手いか下手かでいえば、きっと上手い方に入るんだろう。
以外と丁寧というか、雑だけど雑すぎないというか。
走ったせいで熱くなった身体を冷ますために開けられた窓から入り込んだ風が、OSOの前髪を揺らした。
普段と違う、黒色の前髪。
「それ、わざわざ染めたの?」
「だってこうでもしねーとめんどくさいじゃん」
「買って使うほうがめんどくさいでしょ…」
「んや、別に?がくせーん時使ってた事あるじゃん?だから慣れてたし。あとおまえ含め驚かせられんのはたのしーよなあって」
にたりと笑うOSOは悪戯が成功したこどもそのもので。
まあ確かに驚いた、けど。
多分あの感じならJUICYもとども、ファンだってみんな驚いた事だろう。
あそこまで近づいてはじめて気が付いたわけだし。
普通、わざわざ黒染めまでするなんて考え頭に浮かばない。
学生の頃常に黒だったわけじゃないからあの頃みたいとは思わないけれど。
赤色に慣れすぎてるせいで違和感が、すごい。
「…早く戻してよ、おれ、あんたの赤色、すき」
「……帰ったら即落とすから、あとでもっかい目ぇ見て言って?」
「…善処する」
ここからマンションまではまだ少しかかる、それまでに覚悟を決めておけばきっと大丈夫だ。

「あ、やっぱりおれ赤いほうがすき」
「…ええ、そんなあっさり?俺の想像してた照れまくってる壱くんはどこ…」
家に着いてさっそくシャワーで黒染めを落としたOSOの髪の色はあっという間にいつもの赤色に戻った。
うん、やっぱりこっちのほうがいい。
そう思ったら思いのほかすんなりと言葉が口から落ちていた。
車の中であれだけ覚悟してたのが馬鹿みたいだ。
OSOは少し不満そうだけど、ちゃんと約束は守れたしいいでしょ。
「まあいいや、メインはそっちじゃねえし。じゃあ壱くん、さっそくバレンタインする?」
「…ごめん、板チョコしか買えなかった」
「今年も?!いつになったらバレンタインっぽいやつくれんの」
「や、ちゃんとしたの買おうと思わなかったわけじゃないんだけど、絶対ばれるじゃん。無理」
「いいじゃんばれても。あんだけアピールしてればああOSOにあげるんだなあって思われるだけっしょ」
「それもどうなの…」
しかもあくまでそれはおれ達を知っている人間だけで、なにも知らない人からしたらなんか派手な見た目な男が売り場にいる、ってなるだけだ。
ステージ上とか、仕事中ならともかくそんなオフの時に注目を浴びるのなんて遠慮したい。
この髪色で目立たないなんてことまず無理だし、隠した所で今度は怪しい。
「俺はちゃんと売り場で買ってきたのにぃ」
「え、ほんとに?」
「ほんとほんと。ほら、おまえ好みの猫ちゃんだろ?」
傍らに放置されてた鞄から取り出された紙袋を受け取って中身を取り出せば確かにそこにはおれ好みの猫が描かれたパッケージの箱が一つ入っていた。
最近はコンビニでもそれらしいバレンタイン用のチョコを置いてるけどそういう類のじゃないのもすぐにわかる。
ほんとに、デパートの特設会場とかで買ってるやつだ。
「たまたま百貨店の傍で架羅と仕事あったから二人で覗いてきたんだよね」
「…すげー目立ったでしょ」
「そりゃね、あいつはファンかどうかわかんねー相手にもガンガンファンサするし」
やばい、簡単に状況が想像できる。
この人は架羅がそこらにファンサを振りまく事を笑うだけで止めもしないだろうからどんどん人目を集めていったんだろうな。
そんな中でも堂々とチョコを買っているあたりさすがというか。
「さて。壱、そこ座って。ちゃんとチョコ持ってこいよ」
「…はい」
示されたのは元居たソファじゃなくて床だった。
ちゃんとしたチョコを用意出来なかった引け目があるので大人しく従ってカーペットへと腰を降ろす。
後ろのソファに背が触れたところで影が差して、OSOがおれの足の上に腰を降ろした。
いつもと逆、記憶の限りじゃはじめてなんじゃないだろうか。
「お邪魔しまぁす」
「…なに、これ」
「壱くんに最後まで頑張ってもらおうと思って。これなら逃げらんないでしょ」
「逃げねーよ…」
「うん、知ってる。壱くんは俺のことだーいすきだもんな?」
上からキスが一つ落ちてきて、それは迷うことなく唇に着地した。
OSOの言葉は正しい、正しいけど、なんとなく悔しくて。
すぐに離れた唇に今度は自分から重ねて舌を差し入れた。
生暖かい空気の咥内で濡れた舌に触れて、形を確かめるように絡めていく。
OSOの舌はされるがまま、好き勝手できるのが嬉しい反面、物足りない。
「…はい、一旦ここまでェ。続きはあとでな」
「やだ、もっと」
「あとで、って言ってるだろー?これ続けたらおまえとろとろになっちゃうじゃん。だから、だぁめ」
紙と紙が擦れる音に視線を落とすとついさっきおれが貰ったばかりのチョコレートが開封されたところだった。
外のパッケージとは裏腹に中身はなんの変哲もない、よくある一口大のチョコレートのアソートらしい。
どうしても目についてしまうのはセンターに入っている真っ赤なハートの形をしているものだけれど、OSOの指はそれを避けて隣のチョコレートを一粒持ち上げた。
「食べさせてあげる」
うわ、なにそのやらしい笑い方。
次の動きを見なくたってどういう風に食べさせるつもりなのかわかる。
案の定チョコレートはOSOの舌の上に乗せられて一度口の中へと消えていった。
それに正しく答えるために口を開けて、代わりに目を閉じる。
視覚から情報を得なくなったせいかチョコレートの甘い香りが拾いやすくなった。
けれどそのまま待っていても口の中にチョコレートが移されることはなくて、痺れを切らして瞼を持ち上げたら丁度OSOの喉が上下したところだった。
「…ねえ」
「…目ェ閉じて口開けてんの、すげーエロかった。顔射したくなっちゃう」
「そうじゃないよね?他に言う事あるでしょ」
「ごめんって!予想以上に溶けなかったんだもん!!」
そもそも口移しするだけなら溶かす必要はなくないだろ。
なんなら咥内へ一度いれなくたってよかったはずだ、そりゃ唇で咥えるよりは落ちたりしない分いいのかもしれないけど。
一応、楽しみにしてたのに、チョコ。
「もおそのチョコ使わないから許してよ。だからおまえからのチョコ、俺に食わして」
差し出されたチョコは紛れもなくおれがOSOに渡したもの、年中通してどこにでも置いてあるごく一般的な板チョコだ。
一応、数ある板チョコの中でも毎年同じ赤いパッケージのものを渡している。
それに気が付いているのかはわからないけど。
箱を開けてからぱきぱきとチョコを折って、最後に銀色を剥いていく。
綺麗に割れていたわけじゃないけれど大きさとしては丁度いいだろう小さくなったチョコを唇で挟み込む。
すぐに溶けそうだな、と思ったけれどOSOの唇がそれよりも早く板を咥えこんで連れていってくれた。
それでも少しだけ溶けて唇についたチョコを舌で舐めとる。
うん、あまい。
加工されているチョコならともかく、こうして板チョコそのものを食べるのは相当久しぶりな気がする。
暫くして顎にOSOの指が触れて口を開くように促してきた。
ああ、そっかこれOSOがおれにチョコを食べさせるってはなしだっけ。
先におれが口移しで食べさせたものを返されるって意味わかんないな。
促されるまま唇をさっきそうしたようにぱかりと開ければ今度はしっかり唇が重なった。
どろりと流れこんできたチョコレートが舐めたのよりもずっと甘く感じるのは多分、OSOの唾液が混ざってるからだ。
そこまで量は多くないけれど零したりしないよう少しずつ嚥下して身体の中へと落していく。
甘さで喉が焼けそう。
口の中に溜まっていたのが全部飲みこまれたのを確認するように舌が動いてから動きがキスのそれに変わる。
あとで、って、こういうことか。
OSOが言っていたように思考もなにもかもがとろとろになってく。
持っていたチョコはいつのまにかカーペットの床へ落ちて、自由になったおれの手はOSOの服を握り締めていた。
自分からも舌を絡めてお互いの口許が唾液で濡れる。
唇が離れた頃にはおれの息はすっかりあがってしまっていた。
「なあ、壱知ってる?」
濡れた唇が首筋を辿って鎖骨へと降りていく、その間にOSOの右手はおれの服の中へ入り込んで背を撫で上げた。
たったそれだけのことに身体がぴくりと震える。
整える為に吐き出している息だって、いつもよりも熱い。
「っ、なに、が…?」
「昔からチョコレートは媚薬、って言われてるらしーよ」
強く吸われた位置は私服だと隠しにくい位置だ、ステージ衣装なら見えないだろうからまあいいか。
や、ライブ終盤にTシャツとかに着替えたら見えちゃうかな、なんて場にそぐわない思考は背中を軽くひっかかれてすぐに霧散した。
「ふあ…っあ!」
「壱、ベッドがいい?ソファがいい?」
ずるい、耳許でそんな声出されたら、ぎりぎり残っていた理性だってかんたんに溶けてしまう。
ベッドとか、ソファとか、そんなの。
どっちも、やだ。
ぐっと両肩を押せば元々おれの上に座っていたOSOの重心はかんたんに傾く。
全然おれに余裕がないせいで頭をぶつける音が部屋に響いた。
「いってえ!おまえね、押し倒すんならもーちょい、」
「ごめん、でも、おれ、」
「…そんな顔されたら文句言えねーじゃんずっりぃ…」
「ねえ、からだ、あつい」
体勢を少し整えてしっかりとOSOの上に跨って、ゆるやかに腰を動かす。
よかった、おれだけじゃない。
ちゃんと硬くなってる。
「…っこら、だぁめだって。腰振んのは俺がつっこんでからにして?」
「挿れてくれんの…」
「挿れないわけがなくない?おまえさっきの選択肢なんだと思ってんの。ほら、壱。どこでシたい?ちゃんと言って」
「床で、いい」
OSOの笑みが深くなって、おれの髪の毛が軽くひっぱられる。
引かれるままに伸ばしていた肘を折って顔を寄せれば唇と唇が重なった。



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