今日、初めておそ松兄さんとセックスした。
しようと二人で決めてから都合よくおれ達以外が家を空ける、なんてことが起きる事は残念ながらなくて、ホテルで。
そのためだけにお互い日雇いで働いたというんだからびっくりだ。
我ながら欲に忠実すぎる。
ちなみにセックスの仕方は調べたけれどホテルの値段は調べてなかったので、用意した軍資金は大幅に残ったのだった。
まあそれは次回以降に回せばいいよね、って話になったけどきっとギャンブルで溶けていくんだろう。そういう人だ。
管理を丸投げして全部渡してしまったおれも悪い。
最初は勝手がわからないからホテルでしたほうがなにかと楽だろう、ってなっただけだし。
次回以降はどこですることになっても驚かない。
初回だからそんな、痛みに勝る気持ち良さとかはなかったけれど繋がれたのは単純に嬉しかったし怪我もなく終われたから成功と言ってもいいと思う。
嬉しかった、というか、幸せだと思った。
昔トド松が女子から借りてきたらしい少女漫画だとか、誰かが見ていたのか流しっぱなしになっていたのかわからないテレビとかで初体験の話をしている女子とほぼ同じ感想を持つ二十代ニート、しかも男はどうかと思う。
でも実際本当に幸福感を感じていたし、きっとおそ松兄さんもそうだった。
だから、いいんだ。そもそも外に理解を求めるつもりなんてない。
その後もよくわからないふわふわとした高揚感のまま二人でホテルの風呂に入って家に帰って飯を食って。
さっき入ったばっかりで正直面倒だったけれど行かないと言って理由をでっち上げるほうが面倒だったから二度目の風呂、銭湯へやってきていた。
いつも通り、昨日だって来てるしつい数時間前にだって、嫌って程見たのに。
今、全然おそ松兄さんの方が見れない。
浴室へ入る時に前を歩くおそ松兄さんの背中が見えて、その背中が自分が少し前にしがみついていたものだと思ってしまったらもう、駄目だった。
爪は立てないようにしていたはずなのに、一本だけ赤いひっかき傷が見えるのは見間違いじゃ、ない。

基本的に頭や身体を洗う時の座る順番は上から順番、それに感謝した事は今日ほどないかもしれない。
前を向いている分には視界に入らないし。チョロ松の背中を洗う時もひたすらその背中を見ていればきっとどうにかなる。きっと。
とりあえず頭をざっと洗って泡を洗い流して、水滴を飛ばすように軽く頭を振った。
一度洗っているから無意識に普段より簡単になっていたのか両脇の二人よりもずっと早かったらしい、まだ二人は泡の中に手を突っ込んでいる真っ最中だった。
それを意識したのと奥でシャワーを止めるために腕が伸ばされたのはほぼ同時。
咄嗟についそれを辿ってしまった。
位置から誰かなんて考えなくてもわかるし、何より二度目の入浴なのはおれだけじゃないんだからあっちだって簡単な洗い方になっててもおかしくないのに。
辿った先、ちょっとだけ前屈みになっていたおそ松兄さんと、目があった。
そんなの咄嗟に目を逸らしてしまうに決まってる、正確には目どころか顔ごと逸らしてしまったわけだけど。
絶対変に思われてる、どうしよう。
変な風に誤解されてても困る、自分でもなんでこんなになってるかわかんないのに。
でも弁明するにはちゃんと向き合ってしないと駄目だ。無理。そろりと兄さんの様子を伺おうとして、やっぱりできなかった。

おそ松兄さんの背中を見ないようにチョロ松の背中を洗い終えて更に十四松の背中も洗ってやってやっと湯船へと浸かる。
ホテルと違って広い浴槽は単純に気持ちがいい。
なんて、思う余裕なんてなかった。
湯船での位置は気まぐれで特には決まってない。
各々好き勝手にしている、出る時はなんとなく揃っている事が多いけれど。
今、おれの隣にはおそ松兄さんがいる。
兄さんははしゃぐ十四松と喋ってるから本当に隣にいるだけ、特に会話もしてない。
なのに、おそ松兄さんがいる右側の半身がぞわぞわしてあつい。
落ち着かない、でも移動するのもあがるのにも早すぎる。
抱えていた膝を伸ばしてみてもぞわぞわしてるのは変わらないし心臓も早いままだ。
追い討ちをかけるように湯船の中でおれの右手におそ松兄さんの手が触れる。
それなりに距離が近いから多分誰にもばれてはいない、けど。
思いっきり過剰に反応して手を跳ねさせてしまったのに特に気にはしていないらしい。
触れただけだったのが指先で手の甲をなぞるように動いて、そのままおれの指先のほうへと滑っていく。
また戻って、指の股をゆっくりと撫でた後爪がそこをひっかいた。
くすぐったいというよりも気持ちいいと感じてしまっているような、気がする。
触れられて、しかもそれが気持ちのいいもので。
結果心臓の動きは更にスピードをあげている。
でも相変わらずおそ松兄さんの方は見れなくて、え、これどうしたらいいの。
されるがまま?そんなの耐えられない。
頭がぐるぐるして死にそう。

そう思っている時期がおれにもありました。
案外人は耐えられる精神を持っているらしい。いやちょっとだけ死んだけど。
手や指先に振り回されて暫く、自然と一人また一人と湯船から上がって脱衣所でしっかり服を着込んで牛乳を回し飲みして。
その時に牛乳を呑むおそ松兄さんの喉仏が上下してるのを見てしまったせいで裸でもなんでもないのに直視できなくなった。
結果今おれはひたすら自分の足元を見ながら五人の後ろを無言で歩いている。
普段と違うからかみんな気を使って声をかけてきたりはしない、なんて、そんなわけはない。
そういう人だ。そういうところも、好きだし。知ってた。
コンクリートと寒いのに相変わらず素足でサンダルを履いている自分の足しかなかった視界に、くたびれた赤色が入り込んできた。
たったそれだけで過剰に肩が跳ねる。
考えるまでもなく脳は持ち主の名前を浮かびあげる。
おそ松兄さん。
たったそれだけでそわりと心がゆれた。
「いーちまーつくん」
声をかけられてもう一度びくりと身体を震わせて。
それでもやっぱり顔は上げられないままだったし声だって出せなかった。
心臓が、うるさい。
そんなおれに焦れたのかおそ松兄さんの手が伸びてきて頬に触れる。
湯上がりだからかまだ外気に負ける事なくあたたかい。
その手にゆっくり顔を上げさせられて、兄さんと目があった。
広くなった視界、おそ松兄さんの後ろ。
四人は随分離れた所を歩いている。
避けるあまりいつのまにか大分歩くスピードが落ちていたらしい。
「…ふは、顔真っ赤。目も潤んでんじゃん」
「お、そ松兄さんだって、顔、赤い」
きっとおれの方が赤いけれど、おそ松兄さんの頬だって寒さのせいと言い張るには難しいくらい赤くなっていた。
目に浮かんでる色がむず痒い。
視線が絡む、それだけですきって、言われてるのがわかる。
もしかしておれもそうなっているのかな。
どうしたらいいのかわからなくてぐるぐると混乱しているのも確かだけれど、数時間前のはじめてのセックスの効果でまだ脳内がふわっふわなお花畑状態なのも確かだ。
頬に触れていた手が滑って親指がおれの唇をなぞっていく。
視線にも、その指の動きにも耐えられなくてぎゅっと目を閉じた。
「…バカ、意識しすぎ。そんな事されたら我慢できねーじゃん」
鼓膜を揺らした声はさっきよりずっと近くて。
唇に触れたばかりの指先がおれの顎を持ちあげて路上だとかそんなの構いもせずに唇が重ねられた。
流石に触れるだけだったけれど。
離れてからゆっくり目を開けてもやっぱりおそ松兄さんの頬は赤いし、目に浮かぶ色も変わらないままだ。
またおれは死ぬのかもしれない。
「ほんと、かわいい顔しすぎ。またどっか連れ込みたくなっちゃうじゃん、やめてよ」
「…今、兄さんの事見てると自然とこうなるから、むり」
「えー…手とか繋いだらどうなっちゃう感じ?」
「…死ぬかも」
「じゃあ一緒に死の」
掬われたてくっついた手の平が熱い。
四人には絶対に追い付かないようなペースで手を繋いだまま歩き始める。
寒いのに寒くない。
多分、手繋いでるからだ。
少しだけ力を込めたら同じように握り返される。
あ、寒いどころか、あつい、かも。
手だけじゃない、身体中がぜんぶ。
「…おそ松兄さんも死ぬの」
「死ぬよお。おまえまさか自分だけ意識してると思ってる? 俺だってすげーおまえの事意識してるからね」
確かに顔は赤いし手の平は熱いけど、ふつうにおれに触れてるしいつも通り喋っていると思う。
おれと違って、全然余裕そうだ。
きっとおれみたく心臓がスピードを上げてばくばく動いていたりもしない。
意識しているのは本当だろうけどその強さが違う。
「あ、信じてないって顔。しょーがねーなー、特別だかんな? 俺の心臓の音、聞いてもいーよ」
ぴたりと足を止めたあと繋いでいないほうの腕が広げられた。
いつでもどうぞ、と言わんばかりの兄さんの顔。
先に左手で胸元に触れて、その下で動く心臓の動きに驚いた。
ずっと傍にいたからおそ松兄さんの通常の鼓動くらい知っている。
それよりぜんぜん、はやい。これ、おれと同じくらいなんじゃないの。
こんな、少し顔赤くしただけで平然としてるのに。
「…ね、一松。聞いてよ。俺のおと」
言われるままにそこに耳をくっつければ音が聞こえて、夜中の路上でなにやってるんだろうとか、そんな事考える間もなく更に身体の熱が上がる。
やっぱり、同じくらい早い。
抱き締められたせいでちょっとだけ密着度が増してこの音がどっちからしてるのかわからなくなりそうだ。
あ、一緒なのか。
元々兄さんもおれも同じ個体なんだからこれがピークだというのなら早さはおんなじになるはずだ。
「…俺だって意識してんに決まってんじゃん、さっきまで抱いてたやつの裸だよ? 意識すんなってほうが無理でしょ」
腰に置かれていた手が半纏の中へと入ってパーカー越しに背中を撫でていく。
厚い布越しなのに熱さがしっかりと、わかる。
あれ、今更だけどなんでこの人手ぶらなんだろ。
押し付けたのかな。
なんてどうでもいい事が脳裏をよぎる。
本当にどうでもいい事だ。
それよりも手の平の熱さや鼓動の音を追いかけるほうが圧倒的に優先度が高い。
「少し前まで俺の下で喘いでたんだよなあ、って思ったら、駄目だった」
「…おれがさっきまでしがみ付いてた背中だ、って思って駄目になったのと一緒だ」
「そーだよ。だから言ってんじゃん、一緒に死のって」
背中を撫でていた手が離れたのに合わせて身体を離す。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
どちらからともなく歩きだしたけれどペースは相変わらず遅いまま。
もう、四人の姿は見えない。好都合だ。
まだ関係は話していない、見られても過剰なスキンシップで誤魔化せるとは思うけれども。
良くも悪くもあいつらはおれ達の事を知っている。
「駄目だったのに人の手触りまくってたのはなんなの?」
「駄目だけど、触りたかったんだよね。手の届く位置にいるんだもん。本当は腰とか触りたかったけどそこじゃまずいよなって思って一応我慢したんだよ俺」
「…あんなえろい触り方してきたくせに」
「…おまえがえろい声、漏らすから。楽しくなっちゃって」
それに耐えるおれの身にもなってほしい。
ただでさえこっちは今日はじめてセックスして、ふわふわしっぱなしなのに。
っていうかおれ、声、出てたの。
あんな公共の場所で?聞こえてたのは隣にいたおそ松兄さんだけだと信じるしかない。
あの時十四松がばしゃばしゃとお湯を跳ねさせていたからそれに飲み込まれていた、はず。
あの時おれ達六人以外に来てる人はいたっけ、ふわふわでぐるぐるだったから全然記憶がない。
もう過ぎた事だと割り切ってしまおう、じゃないとおれはもう二度とあの銭湯にいけなくなってしまう。
今度はしっかりと繋いだ手に力を込めた。
きっとそれでおそ松兄さんは死んだし、やっぱり同じように握り返されたから、多分おれももう一度死んだ。
それを繰り返せば繰り返すだけきっと死んでしまう。
死んでしまうけど、この人がおれに触ればまた鼓動が跳ねるから結局復活はする。
おれが生きるも死ぬもこの人次第だ。
そして逆もまた然り。すごい。
「…おれ達、家に着くまでに何回死ぬのかな」
「いーじゃん何回でも。一緒なんだし」
「そうだね」
その声が、触れている手の体温が、ふわりと浮かんだ白い息が。
この人を形成するすべてが愛しく思えておれはまた死んだ。

まだまだ松野家は、遠い。


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