仕事が終わる前に翌日のシフトを確認するのはおれの日課の一つだ。
基本的にシフトは動く事はないけれどたまに無理をしすぎて倒れるやつがいるから、それを把握して配置を弄らないといけない。
ざっと見て、特に変更が必要ないかどうかだけ確認していく。
休みなく働きっぱなしの従業員のおかげで納期に間に合わなくなりそうな品物もなさそうだ。
これなら明日も今日と同じでいける。
最後に自分の欄に目を通して、黒色で九時から十八時とかよくわからない文字が並んでいるのは相変わらず。
今現在深夜一時なんですけど。なんならまだもう少し作業は続くんですけど。
いつもの事だしそれがこの工場の特徴だから今更文句はない、これでも多少ましになったほうだ。
徹夜の回数がぐんと減ったし。
なんとなく月頭から見ていたのがやっと明日の日付に辿り着いて、黒色じゃない赤い文字に目が止まる。
元々書いてあった文字を上から潰すように、二日に亘って休みと書き込まれていた。
誰の字かだなんて、考えるまでもない。
しれっと明日の日付のところに朝十時寮前とまで書き込まれていて休みとはいえおれの予定は既に組まれているらしい。
勿論、文句なんてないけれど。
どうせ一日二日休みを貰ったところで惰眠を貪って近所の猫達に会いに行くくらいしか予定はない。
そんな事より明日って急すぎる。
引継をしないとまずい、確かまだおれの班の副班長がいたはずだ。
最後にもう一度ざっと確認をしてまだ忙しなく機械音が響く作業場へと踵を返した。

結局部屋に戻ったのは午前三時を回った頃で、そこから眠い中どうにかシャワーを浴びて。
一応四時前には布団に入ったものの起きたのは八時だった。
それでもいつもよりは寝れてるんだけど、寧ろいつもより睡眠時間が多いせいか酷く眠い。
けど久しぶりに休みなんだから洗濯くらいはしないといけない。
掃除、はほぼ部屋にいないからいいか、また今度しよう。
きっと今日は泊りだろうから部屋に洗濯ものを全部干してちょっと前までほぼ空っぽだった衣装ケースを開ける。
事あるごとに服を寄越してくるせいでだいぶ中身が埋まってきた。
だいたい上から下までセットでくれるからおれはそのまま着ている事が多い。
混ぜてアレンジとか、おれには敷居が高すぎる。
その格好で歩いて恥をかくのが自分一人ならともかくおれを連れて歩くあの人まで恥をかくのはよくない。
順番に着込んで、最後に黒いコートに腕を通せばこのセットは完成だった、はず。
少し早いけどもう出てしまおう。
狭い玄関でこれまた貰った靴を履いてドアを開ける。
日の光を浴びたのなんていつぶりだろう、なんて思ったところでふわりと煙草の匂いが鼻を擽った。
それだけじゃない、この甘ったるい香水の匂いは、紛れもなくあの人のものだ。
「あれ、早くね?まだあと十分以上あるけど」
「?! え、なんでここ」
「早く着いちゃったからあ、突撃しよっかなーと思って?でも折角俺のために準備してくれてんの邪魔すんのもあれだし、待ってた」
だからってドアのすぐ横でしゃがんでるのはどうなの不審者みたいじゃん、あとここ禁煙だし、や、でもここの所有者みたいなものだから特例になるのか?
煙草を咥えて立ち上がると不審者、もといこの寮どころかここの工場全ての大元、松野おそ松は煙草の煙を吐き出しながら笑った。
カーディガンにボーダーのシャツ、こんなカジュアルな格好でこんなところにいたらこの人がマフィアのボスだなんて誰も思わないだろう。
「いーね、似合ってるじゃん。俺の見立てどーり」
「…どーも」
「じゃとりあえず行く?ここさみーし」
「わかっててなんでそんな薄着なの…」
「どうせ車移動で後ホテルん中じゃん、厚着なんて必要ねーって。一応コートは車ん中にあるけど」
貰いっぱなしなのは悪いと思っているけれどおれにお返しができるかと言えば難しい。
申し訳なさ過ぎてなにか貰う度にあやまっていたら怒られたのでそれはやめた。
何気なく身に着けているものがブランド物らしいのは知っている、となると何か買って返すのは無理だ。
おれにしかできない事とか、あればいいのに。
例えば料理、は仕事詰めでたまの休みもこうして一緒に過ごしているから厳しい。
包丁なんて何年前の調理実習で握ったのが最後なのにいきなり作って食べてもらうのは無理だ。
「一松」
「なに?」
「手、繋ご」
差し出された手をとればただそれだけで嬉しそうに笑ってくれる。
なんでこの人がおれを選んでくれたのかはまだわからないけれどこの手が離される事はないのはわかる。
だから、お返しとか、そういうのは多分ゆっくりでいい。
おれにしては相当前向きな考え方を出来ているから不思議だ。
寮にはエレベーターなんてものはないから階段を二人で降りて邪魔になる事を考慮せずに停められた車にエスコートされる。
ドアを開かれるまま助手席に乗り込んで、シートベルトを締めた。
もう何回か乗っているからそろそろ慣れてもいいはずなのに未だに車内に満ちた煙草の匂いと香水の匂い、つまりおそ松の匂い。
それに包まれるだけでどきどきする、けどその反面落ち着きもするからこまる。
「おまえさ、車乗る度にそういう顔すんのはどうかと思うよ?誘ってんの?」
「そんなつもりじゃ、ない、けど、」
「けど、なーに?」
「…おれを見てそう感じてくれるのは、うれしい」
「……あのさあ、まじ勘弁してくれない?」
顔が寄せられて咄嗟にぎゅっと目と唇を閉じる。
唇に柔らかいものが触れて、離れてから濡れた感触がそこを這った。
「それ、慣れてないんだなーって感じ、かわいい。でも力抜いて、口、開けて」
実際慣れてないんだからゆるしてほしい、あ、咎められてはいないか。
言われるままに口を開けばすぐにまた唇がくっついて舌と舌が触れ合った。
こういうキスの時に鼻で息をするんだと覚えたのもこの人とキスをするようになってからだ。
ゆったりとしたものなのについていくので精一杯になってしまう。
これ以上激しい、セックスの時にするようなものには言葉通りされるがままだ。
本当はちゃんと応えられたほうがいいんだろうと思ってはいるけれど気持ちよすぎて難しい。
頭の芯が蕩けきる前に唇が離れて、唾液で濡れていたんだろう唇が拭われた。
「今はこれでおわり、後でメンテナンスするしな?」
「めんてなんす、」
「久々じゃん、ちゃーんと、身体中全部手入れしてあげる」
そうか、そういえば相当久しぶりだ。
大体そういう時はただするだけじゃなくて、もっと丁寧に、全身くまなくマッサージをするように触れてから行為に移る。
確かにあれは一種のメンテナンス、なのかもしれない。
スムーズな流れで車は敷地内から出て公道へと走り出る。
他の人間が運転する車になんてあまり乗った記憶がないから比較も出来ないけどきっと上手い部類なんだろう。
「最近工場どーお?」
「特に異常は…。みんな真面目に仕事してるんじゃない」
「それはなにより。納期も遅れてないしね、今度なんかご褒美として菓子でもばらまいてやろうかな」
菓子って思ったけど多分それでも作業員は喜ぶだろうな、それを食べる時間があるのかはわかららないけど。
休みを欲しがっても無駄なのはもうわかりきってるし。
それに休みを貰ったところで何をしたらいいのかわからない、おれみたいな輩は多い。
早く作業が終わって睡眠が長くとれるほうが正直嬉しい。
「そーだ、飯ホテルのレストランでよかった?多分あそこ洋物しかねーけど。他のがよければどっか寄るよ」
「や、別になんでも…あんたの行きたいとこで平気」
「んー…ちなみに昨日なに食べた?」
昨日、昨日も早朝から作業していて…朝は元々得意じゃないから食べていない。
昼はちょっとばたついていたところのフォローに入って夜はそのまま深夜まで、ああ途中でゼリー飲んだっけ。
帰ってからは空腹よりも睡魔だったし、あ、これ怒られるやつだ。
黙り込んでしまったことで察したんだろう、おそ松が溜息を一つ吐く。
「あのさあ、俺ちゃんと飯は食うように工場全体に言ったつもりなんだけど。そのほうが作業捗るはずって話になったじゃん」
「…うん」
「班長のおまえがちゃんと飯行かなきゃ下の奴らも行きにくいでしょ」
「ごめんなさい…」
サポートに入って作業スピードを落とさない方に意識が向いていて正直そこまで考えていなかった。
自分だけじゃなくて他の人にも迷惑をかけてるとか、全然。
寧ろサポートに入って現場のフォローして、ってちゃんと班長できてるとすら思ってたのに。
もしかして昨日もそれで現場から離れにくくてずっと作業していた人もいたかもしれない。
もうそれなりの期間今の立場にいるのに、最低だ。
「つーかね、正直他の作業員とかは俺としてはどうでもいいの、代わりなんざいくらでもいるし。でもおまえは違うじゃん。いい加減俺の特別だって自覚してくれる?」
特別、その言葉にぶわりと顔が熱くなる。
特別なんて、そんなの言われたのいつぶりだろう、もしかしたら初めてかもしれない。
叱られたばっかなのにそれがどこかに飛んでいきそうだ、ちゃんと肝に銘じておかないといけないのに。
あれ、自覚しろってことはこれもか?
「とりあえずホテル向かうからな?さっさと飯食って部屋行って身体にも特別だって叩き込んでやる」
「身体に、って、」
「いつも以上にとろっとろにしてやるから覚悟しとけってこと!」
いや、は、無理でしょ。
いつもので結構限界ぎりぎりなんですけど。
おれなにされんの?
そういう知識があればわかるのかもしれないけど生憎おれには備わっていない。
ぐるぐるそわそわしている間にこういう時によく連れてこられる高級ホテルに到着していた。
詳しくないからよくわからないけど高級な事くらい明らかに高そうな車が並んでたり雰囲気の違う人間でわかる。
居心地は最高にわるい、けれどおそ松がくれた服のおかげでだいぶ緩和されている。
物怖じせずに進んでいくおそ松の後ろを黙って着いていってエレベーターでやっと一息ついてまた直ぐにレストランでまた嫌な風にそわそわしてくる。
そうか、上着、着てると脱がすの手伝ってくれるのか、むり。
こんなことなら先に脱いでおけばよかった。
「一松、こっち背中向けて。脱がせたげる」
「え、あ、でも」
「いーから。すいません、こいつ他人に触られるの苦手なんでえ」
自分の意志で背中を向ける前に肩を掴んでくるりと向きを変えられたので急いで前を開けていく。
すぐにコートが脱がされて、受付の奥へと消えていった。
よくある事なのか、プロだからなのか特に表情は変わっていなかった、と思う。
しっかり見れていたわけじゃないから確証はない。
案内されたのは奥の方の人目が付きにくい、けれど景色はいい場所で。
予約もなしにここに通されたのは時間帯が中途半端だからかこの人が特殊だからなのかおれにはわからない。
「何食べる?いつもの事だけど好きなもん頼んでいいよ。おまえはとにかく食え」
「あ、待って、あの、さっきありがと」
「あ?あー、べっつに。半分くらいは俺のためだし」
「どういうこと?」
「おまえが俺の特別だってわからせるためと、単純に触らせたくなかっただけ。わかってるだろ、俺の立場。脱がされる事はあっても脱がすことなんてねーの」
な、るほど。
言われてみれば確かにそうだ。
今、おれ、人前で特別扱いされたのか。
「多分さっきので店側はおまえが俺にとってなにかしらの意味で特別だってわかったと思うよ。肝心の本人がわかってないんじゃ意味ねーけど」
「…がんばり、ます」
「そうして?」
改めてメニューに目を通して気になったのはオムライスだったのでそれを注文しようとしたら勝手にビーフシチューオムライスに変えられた。
食べ切れたし美味しかったからいいけど。
あんなたまご初めて食べた、それに感動してたのが顔に出てたのか笑われた事は忘れてしまいたい。
今は食後のデザートらしいミニケーキ、季節で違うらしく苺が添えられたものとコーヒーがテーブルの上には並んでいる。
「…そういえば、ここで食べるのってはじめてだよね」
「いつもはルームサービスにするかんね。そっちのほうがおまえ気楽でしょ?」
「うん、すごい楽。でも気は使うけど、連れてきてもらってよかった。あんたの外向けの顔見れたしね」
変わらないようでちゃんと違った。
普段工場で見るのと二人きりの時になった時に見るのと比べたら落ち着いてる。
前者はホームの一部だし後者は他に人がいないから取り繕う必要があまりないんだろう。
殆どどちらかで会うことが多いから、もしかしてはじめて見れたんじゃないかな。
「…かっこいい」
ぽつりと呟いた言葉は店に流れているBGMに負けずに届いただろうか。
BGMが流れてるとは言え当然会話や食事の邪魔にならないようなものだから、きっと届いてる、よね。
恥ずかしさについケーキを急いで口へと運ぶ。
これがたまに聞く高級感のする味とかいうやつなんじゃないだろうか。
適度な甘さに、しっかりと残る苺の風味。
うまくは言えないけど、とにかく美味しい。
それなりに味わって、時間をかけたはずなのに何のリアクションも返ってこない事が不安になってきた。
自分でで思っていたよりずっと小さな声にしかならなかったのかな、届いて、ない?
おれなりに勇気を出したつもりだったからそれは少しさみしい。
ちらりとケーキに落としていた姿勢を持ち上げて様子を伺うと、目に入ったのは赤だった。
「…おそ松?」
「……やばい、口下手な恋人に褒められるの破壊力がすごい」
頬どころか首までうっすら赤くなってる。
口許を隠してるのはもしかしなくともにやけてるから、かな。
え、そんなの、見たいに決まってる。
「ねえ、顔、見たい」
「絶対やだ、俺まだおまえの前でかっこよくいたいもん」
下を向いてしまったから本格的に表情は見れそうにない、残念だ。
けどまだ、ってことはいつか見せてくれるってことだよね。
なら今は一先ず我慢しておこう、これ以上お店で騒ぐのもあれだし。
注目を浴びるのはよくない。
「はー…俺、ボスだし表情とかにあんま出さないようにしてんだけどなー…」
「めちゃくちゃ赤かったよ」
「…おまえ、楽しんでるでしょ」
「楽しいより嬉しい、かな。あんたいつも余裕だし。そういえば同い年だもんね」
コーヒーを飲んだら少し落ち着いたらしい、顔色は大分元に戻っている。
少しだけ残念だ。
おそ松のフォークが苺に刺さって、それがこちらに向けられる。
「はい、あーん
「…や、人いる、し」
「誰も見てないから大丈夫だってぇ。ほら、あーん?」
軽く、不自然にならない程度に周りを見ても確かに各々自分達のテーブルに夢中だから気にしていそうな人間はいない。
でもやっぱり抵抗がある、とはいえこの人が諦める可能性はほぼゼロだ。
顔をつき出して苺を口で受け取って。
やっと咀嚼したそれの味なんて、ただただ甘いとしか感じなかった。
「顔赤いよ一松」
「…性格悪い」
「やられっぱなしは嫌なの」
満足そうに笑うと残りのケーキに手をつけ始めた。
さっきコーヒーで落ち着いていたみたいだから真似してみたものの、おれにはあまり効果はなかったらしい。
顔は変わらず熱を持ったままだ。


連れていかれた部屋は高そうな、というか間違いなく高いんだけど。
そんな広くてとてもホテルとは思えないような、この人と関係を持たなければ一生足を踏み入れる事のなかっであろうような部屋だった。
それも何回か来ているからかどこに何があるかはわかる、慣れてきている自分が恐ろしい。
「風呂からでいい?もーちょいまったりしてからのがいい?」
「ううん、大丈夫。風呂、行こ」
「…何も言わなくても一緒に入るつもりなんだ?よくわかってんね」
「…付き合いはじめてからホテルで一人で風呂に入らせて貰ったこと、ないから」
自分で服に手をかけるよりも早くおそ松の手が服を捕らえて一枚ずつ床へと落としていく。
あっという間に上半身は剥き出しだ。
されるがままになってるのも悪くはない、けど、おれだってなにかしたい。
合間に手を伸ばしたら察してくれたのか動きがとまって、脱がそうとすればちゃんと袖から腕を抜いてくれた。
スムーズ、ではなかったけど確かに脱がせられたのがなんとなく嬉しい。
同じように上を脱がしきったところでまたされるがままに戻ってしまったけどまあ、いいか。
いつも思うけど、脱がすときすごい楽しそうな顔をしてる。
浴室も当然のように暖房がついてて全然寒さを感じない。
促されるままに椅子に腰かければ背中にシャワーがかけられた。
もう慣れてるからかお湯加減が丁度いい。
「まあこれはわかってると思うけど」
「…うん」
「俺が頭から足の先まで洗うのはおまえだけだからな?」
返事を求めていないのはわかってたから口を閉ざして少し上半身を前に倒せば今度はシャワーが頭へと降り注ぐ。
満遍なく濡らすために指先が髪に潜り込んでかき混ぜて、たまに頭皮に指がかするのがくすぐったい。
いつの間にか髪は自分で切るようになっていたから床屋とかに行ったのは随分前の話だ。
もう人に洗ってもらう感覚はこの人からのしかない。
お湯が止まったのに合わせて目を開ければ湯気で視界がぼんやりとしる。
「ちょっと髪伸びたんじゃね?」
「ん、そーかも…そろそろ切らなきゃ」
「かわいいのに」
「作業の邪魔になるから」
ふわふわとした泡に包まれた手が髪の毛や頭皮に触れてしっかり頭が泡だらけにされた。
そのまま指圧するように頭皮が少しだけマッサージされて、気持ちよさに身を委ねている間に自分じゃまずしないコンディショナーまで。
こういう時しかしないから結局元通りになっちゃうんだけど。
それがわかってるのにこの人は毎度してくれるから不思議だ。
嬉しいか嬉しくないか聞かれたら嬉しい、なんか、大事にされてるって、わかる。
「次身体いくけど平気?」
「? 別に大丈夫だけど…あ、先に頭、洗う?やってあげよっか」
「え、まじで?」
「うまくできるかはわかんないけど。それでいいなら」
場所を交代してしっかり濡らしてから手の平の上にシャンプーを出して泡立たせる。
まさかこんなところで弟達の髪を洗ってやっていたのが役に立つとは思ってなかったな。
ところでなんか、落ち着きがないんだけど。
そわそわしてる、というか。
「…なに?」
「や、俺他人にこんな無防備に急所任せんのすげー久々なんだよね」
ああ、背後から頭、確かにめちゃくちゃ無防備だ。
それも浴室なんて密室で一対一。
立場を考えたらまず避けていてもおかしくない。
「つーか、うん、多分風呂場で洗って貰うのはじめて」
「……そっか」
「ふは、うれしそー。俺のハジメテいいもんにしてよ」
「プレッシャーになるからやめて」
今まで弟二人に文句を言われたことはない、からきっと大丈夫だ。
昔やっていたように丁寧に、痛みを感じないようにするのを心がけて洗っていく。
マッサージじみた事を真似ることも少し考えたけどよくわからない事に手を出すのはよくない、場所が場所だし。
無難に洗い終えて様子を伺うと満足そうに笑ってもらえて安心した。
この人の言ういいものになったのかはわからないけど悪いものにはならなかったはずだ。
「なんかすげー優しい感じした。弟にもこうやってたんだ?」
「知ってたんだ」
「まあ、そりゃね?はい、今度こそ身体!交代しよ」
おれが座った後ろにも椅子が置かれてそこへおそ松が腰かける。
やたら近いのと投げ出された足が視界に入ってるせいで抱き締められてるみたいだ。
それも強ち嘘じゃないんだけど。
両腕の下からボディソープの泡に包まれた手が現れて上半身に触れていく。
いつのまにか肩には顎が乗ってるし、うん、やっぱりみたい、というより抱き締められてるなこれ。
「やっぱ前より薄くなってんじゃん」
「っ、少し、でしょ」
「少しでも元々うっすいんだから駄目ですー」
泡の感触と共に身体を撫でられるのは、だめだ。
もう何回か経験してるのにすぐに身体の奥が熱をもってしまう。
ただ洗われてるだけだって、一応わかってるはずなんだけどな。
「…気持ちよくなっちゃった?」
「や、まだ、平気」
「その割りにはしっかり勃ってるけどね」
「ひあッ?!ちょ、やだ、」
泡にまみれたままの手の平に包み込まれてゆっくりと上下に擦られる。
動きに合わせて零れた自分の声が浴室で反響して鼓膜を揺らした。
もう片方の手は相変わらず身体を這っているし、たまに唇が首筋を甘く吸い上げてくる。
ここまでされたら平気なわけ、ない。
「一松、正面何があるかわかってるだろ?曇ってるのどうにかして」
「あ、っ、やだ、だって、そんな、」
「見んのなんて俺とおまえしかいないんだから大丈夫だよ」
な、いちまつ。
甘ったるい声に言われるがまま震える手を前に伸ばす。
すぐに壁につけられている、鏡へ手が触れた。
あとは手をこのまま動かすだけ、そうしたらそこに映るのは。
こくりと唾を飲み込んだタイミングでまた名前を呼ばれて、鏡に触れていた手を斜め下へとスライドさせた。
水滴が取り除かれた鏡に映りこんだのは勿論おれと、楽しそうに笑うおそ松の姿だった。
「そ、よくできたね一松。ご褒美にちゃーんと、いかせてあげる」
「あッ!は、や、ぁあ!」
「もしかして相当たまってる?もう出せそう」
自分の喘ぎ声だけじゃなくてぐちぐちと粘着質な音までが浴室に響き出して耳から、それと鏡のせいで視覚からも追い立てられていく。
なにも言われてないけど、ずっと鏡を見ていたままのほうがいいのは溶けはじめた頭でもわかる。
だって、そしたら、ほめてくれるんでしょう?
「も、あっだめ、で、ちゃう、んッ」
「だから出していいんだってば、ほら、どーぞ?」
先端を強く擦られればそれはもう、驚くくらい簡単に精液を吐き出してしまった。
ずっとしてなかったのは確かだけど、これは、早すぎるでしょ。
すっかり力の抜けた身体をおそ松に預けるとちゃんと支えてくれたのでそのまま甘えて身を任せておく。
後片付けなのはわかるけどシャワーを直接当ててくるのはやめて欲しい。
ちょっと笑ってるあたりわかっててやってるでしょ、絶対。
少しだけ回復してから身体を離してほぼほぼなにもしていない状態だった背中に手が這わされたけど一度いかせて満足してくれたのか至って普通に洗い流しただけだった。
いや、多分手で洗うのは普通じゃないけど。
「湯船行ってていーよ、すぐ終わらせるし」
「ん…じゃあ、そーする…」
まだどことなく気怠さは残ってるけど歩けないほどじゃない、そもそもいっただけだし。
毎度思うんだけどこの湯船に浮いてる花はなんなんだろう、この人が用意してるとは思えないからホテル側のサービスなんだろうけどおれにはよくわからない。
女の人は嬉しいのかな、これ。
待ってる間暇だったからなんとなく浮いている花を中央に集めてみたりまたあちらこちらに散らせてみたり。
意味はまったくないけどちょっとだけ楽しい。
「…なにしてんの?」
「…ひとりあそび?」
「どうせひとりあそびすんならもっとえっちなのしてみない?」
「しない。あ、待ってそこ座って」
もう花は用済みなのでどこに流れ着こうが関係ない、それどころか外に飛び出したっていい。
ゆらゆら流れていったのを無視して縁に座らせたおそ松の側に寄って少し開かれていた足を更に左右へ広げてその間に身体を入り込ませる。
ん、丁度よさそう。
「まじ?」
「まじ。おれだけいってんのはおかしいでしょ」
まだ芯を持っていないそれに触れて何度か擦りあげれば思いの外早く芯をはじめた。
口に含む前にもっとしっかり硬くさせたくて擦りつつ裏筋に舌を這わせていく。
よかった、ちゃんと気持ちいいと、思ってくれてる。
当たり前だけどおれは口淫なんてこの人にしかしたことがないし、残念ながらしてもらった事もない。
だからきっと全然上手くなんてないのに。
ある程度上を向いたところでゆっくり、口の中へと入れていく。
「ん、く…っふ」
「無理しなくていーよぉ、俺、おまえがそうやって頑張ってくれてるだけでちょー気持ちいいから」
口に含んだ息苦しさか、慣れない独特の味に浮かんでいた涙を拭われた。
その状態で見上げたおそ松の顔は言葉通り、気持ちよさからうっすらと赤くなっていて。
無理しなくていい、と言われたばかりだけれどその反応だけでもう少し頑張れてしまう。
けれどおれはまだ喉を使うとか、そういう難しいことはできないので結局のところ全部を飲み込むことはできない。
少しでも感じてもらえるように舌を動かして、たまに吸い上げて。
多分、これは正解じゃないけどできるのはこのくらいしかないのだ。
「…わかってると思うから言うけど、俺そこそこの数の女とセックスしてきたし、こうやって咥えてもらったりとかもしてもらってきたのね?」
頷くのは難しかったから、視線だけで続きを促す。
一応舌の動きは止めないままにしているけれど、涙を拭っていった手が耳のほうへ滑っていく感触が気持ちよくて動きが緩慢になってしまう。
おれが気持ちよくなってる場合じゃ、ないのに。
幸いその手の動きはおれが手を動かし始めたら止まってくれた。
話の邪魔をするのは本意じゃないけど仕方がない。
咥えきれていないあたりはそのまま手で擦らせてもらおう。
「っ、は、そりゃーもう遊び慣れてるようなやつばっかだったから、こーゆうのも上手いやつばっかだったの。それと比べたらやっぱりおまえ下手だなーって思うんだけどさ、されてていっちばん気持ちいい」
へたなのに、きもちいい。
よくわからなくてつい首を傾げそうになったけどなんとか持ちこたえた。
危ない、咥えたまますることじゃなかった、意識的にするなら気を使えるから大丈夫だろうけど。
「やっぱ相手って大事だよなあ、好きなやつがこうやって気持ちよくしよう、って頑張ってくれてんの、めちゃくちゃ腰にクる。おまえほんと、かわいい」
あ、まって、いまの顔は、だめだ。
腰にはこなかったけど、胸にきた。
すきだと、改めて感じてしまった。
もっとよくなってほしくて裏筋を強めに舌で刺激すれば想像してたよりいい感じに刺激できたのか視界の端で足が揺れて、ちゃぷりとお湯が揺れる。
ん、もうちょっと、かも、しれない。
もう少しならいける、かな。
ぐ、と顔を寄せてみたらちょっと喉が刺激されてきもちわるいけど、大丈夫。
「も、無理すんなって言ってんのに~…」
耳許から手が移動してゆるりと頭が撫でられる。
そのまま少しだけ力が込められて、頭の位置を固定された。
飲めって、ことか。
これでいいのかそうでもないのか、とりあえず吸ってみたら口の中にどろりと熱が吐き出された。
飲めるだけ飲んだつもりだったけどおそ松のが口から出て行ったあと、口の端から湯船へと白濁が一筋落ちていった。
「っ、ごめ、飲み切れなかった」
「いーよ別に。それよりちょっと奥行ってもらってい?俺も湯船入る」
口の中にまだ残っている気がしてもう一度飲み込んでから奥へ移動したらさっきまでおれがいた位置におそ松が腰を下ろして、伸びてきた腕がすかさずおれを捕まえた。
よくわからないまま抱きしめられてお湯の中で剥き出しの背中が撫でられた。
熱を煽るためじゃないな、なんだろ、あやす?それも違う気がする。
「なに…?」
「抱きしめたくなっただけ。別にさあ、ほんと無理しなくていーんだよ?」
「してない、へーき…。おれだってあんたのこと、よくしたい」
「んん、もー…かわいー、ちゅーしたい…」
ぐりぐりと肩口に頭が押し付けられるのはくすぐったい。
してくれればいいのに、と思ったけどこいつ多分自分のを咥えてて、且つ精液を飲んだ口としたくないんだな。
逆の立場だったらどうだろ、や、多分おれはできそう。
それに嫌がっても捕まえられてしまいそうだ。
「…ねえ、おれも、したい」
「………んん」
「おそまつ」
「あーもう!ずっるい!する!」
確かに唇は重なったけど、案の定触れただけのものだった。


「…まだ怒ってる?」
「…べつに」
「怒ってんじゃん、ごめんって。ほらちゅーしよ」
「やだ」
ごーごードライヤーがうるさいのに、不思議とちゃんと声が聞こえる。
でもキスはしない。
風呂からあがってすぐ歯を磨いた、理由は一応飯を食った後、だったけど時間開けすぎだし。
そういう理由なら風呂入る前にできたでしょ。
わかりやすすぎる、勿論気持ちはわからなくもないけど。
かちりと渇いた音が鳴ってドライヤーが風を吐き出すのをやめた。
まだ髪は乾ききってないはずなのに。
ドライヤーがベッドの上に放られたのを振動で感じたのとほぼ同時、顎が後ろから掴まれて強引に顔が上を向かされた。
暗くなった視界、唇に触れたのは間違いなくおそ松の唇だ。
「…しちゃった」
「…首痛い」
「じゃあちゃんとさせてよ」
顎から手が離れておれが自分で自由に動けるようにおそ松が少しだけ距離をあけた。
ずるいのはどっちだ。
悩んだのなんてほんの一瞬。
身体の向きを変えて、いつのまにか胡坐を組んでいたおそ松の膝の上に横向きで乗りあげる。
本当なら自分から仕掛けられたらよかったんだけど、残念ながらそれは叶わなかった。
乗っただけでもおれとしては相当頑張ってるつもり、だ。
「一松、こっち向いてくんないとちゅーできないんだけど」
あとは視線をあげるだけ、そしたら、できる。
ばれないように、いや絶対ばれてるけど、ばれていないという事にしておこう。
小さく深呼吸をしてから顔をあげておそ松の方を向いた。
目を閉じる間もなくキスが落とされて、すぐに離れて。
至近距離でおそ松が笑う、ほら、あんたのほうが、ずるい。
なにその笑顔、そんなのほだされないわけがない。
「ちょっと頬膨らんでる、かわい」
「…」
「わかってるって、続きっしょ?髪乾かされんのすきだもんね」
折角乗ったのにすぐに降りてしまうのはちょっと勿体ない気もしたけどドライヤーをしてもらうためだし仕方がない。
膝から降りて自分の膝を抱え込むとまたドライヤーが温風を吐き出す音が部屋に響いて、髪の毛におそ松の指が入り込んだ。
奥を乾かすように下から上へ持ち上げられるのも、それを整えるために今度は上から手櫛を通されるのもきもちいい。
「飼い猫は飼い猫なんだけど、まだ家猫じゃないんだよなあ。毛並みとかもそんな感じ」
「だって、コンディショナーとか面倒じゃん…その時間睡眠に充てたい」
「まあそれはわかる」
膝に顔を埋めたら今度は手が髪の毛をかき混ぜるように動いた、乾かすためというか、撫でられてるって感じ。
性的じゃない気持ちよさはひたすら睡魔を煽る、ねない、けど。
寝てしまうのが勿体ない。
「はい、おわり。ふわふわの出来上がり~」
もふりと鼻が髪の毛に突っ込まれて、そのまま後ろから抱き着かれる。
またドライヤーが放り投げられる音がしたけど、ベッドの上だ、壊れたりはしないだろう。
後ろから抱き込まれたままころりと二人でベッドに転がっても大きいベッドは軋むことなく受け止めてくれる。
暖かくて、やわらくて、うん、駄目だ。
「ね、おれも髪、やりたい」
「声とろっとろになってるけど、眠いんじゃねーの?」
「ねむいけど、平気…」
暖かさもやわらかさも名残惜しいけれど起き上がって転がされていたドライヤーを手に取る。
どこにでもありそうな、でもマイナスイオンがなんたらとか、そういうやつ。
胡坐をかいたおそ松の後ろに回って膝立ちをして、かちりとスイッチをいれた。
大丈夫、これも弟にはしたことあるし。
二つ下の弟は最初やたら口出しをしてきたけどそれを黙らせられるくらいには上達していたんだから、まだ身体だって少しは感覚を覚えている。
本当は櫛があったらよかったんだけどめんどくさがってそれは用意していないのかベッドの上に姿は見えなかった。
自分がされる分にはなくてもいいけど、する方となると少し気になる。
だからと言ってわざわざベッドから降りて取りに行くかと言われたら答えはノーだけど。
温風を同じところに当て続けないように、ちゃんといつもどおりの髪の流れになるように指を通していく。
「…さっきも言ったけどさあ、おまえの手、すげー優しいよね」
「自分じゃ全然わかんないけどね」
「やさしーからぶきようなんだなー、ってかんじー?」
「…もっとよくわかんない」
「いいよ、その代わり俺がわかっててあげる。そしたら大丈夫じゃん?」
大丈夫、か。
それもやっぱりよくわからないんだけど、この人が言うんなら大丈夫なんだろうな。
満遍なく全体を乾かしたのを確認してからドライヤーを切ってからさっきされたのとは違うけど、唇を後頭部へ押し付けた。
熱されて強くなった、シャンプーの匂いがする。
あと乾かしたばっかりだから温かくてふわふわで。
太陽をよく浴びた猫みたいなイメージが脳裏をよぎる。
「一松」
名前が呼ばれた、それだけで空気が変わった。
肩に置いていた手を下ろしてコンセントからドライヤーを外す。
洗面台に戻しておけばいいかな。
「ついでになんか、でかいバスタオル持ってきて」
「一枚でいい?」
「大丈夫じゃん?」
ドライヤー片手にふわふわの絨毯に素足で降りて洗面台に向かう間に背後でもなにかを用意する音がしていた。
ぼすりと鳴った柔らかい音は多分掛布団が落とされた音だ。
急ぐ必要はないはずなのになんとなく気持ちが急いているのかドライヤーを置くのが雑になっていたらしい、がちゃりと音が洗面台に響く。
言われた通り一番大きいバスタオルを手に戻る頃にはベッドの上には枕しかなくて、なにか固形のものを手の上で投げるおそ松がその傍らに立っていた。
「おかえり。じゃあそれ敷いて、その上に俯せな」
「なに、それ」
「まだ秘密~」
ふんわりと嗅いだことのあるような甘い香りがする。
多分、おそ松が手にしてる固形の物体からだ。
なんだっけ、これ、多分お菓子なんだけどな。
一番大きいバスタオルを持ってきたはずなのにベッドの上に敷いてみたらなんだか小さく見える。
その上に膝立ちで乗りあげてからバスローブの紐へ指をかけた。
そんなに強く縛っていなかったそれは簡単に解けて、後ろから襟首を引かれれば簡単に肩から滑り落ちる。
「このアングル結構やらしくていーね。首のラインとか、いい感じ」
「ふ、あ、」
襟足の辺りから首の後ろ、背骨のラインを人差し指が辿っていく。
当然バスローブはそれに倣って腰まで落ちた。
でもまだこれも邪魔なのはわかっている。
今度は袖から腕を抜けば更に落ちて膝裏でただの布の塊に姿を変えた。
それすらすぐに取り除かれて、見てなくても音で床へと放られたのがわかる。
「枕は抱いててもいいよ」
「うん、じゃあ、とりあえず抱いとく…」
言われていた通り俯せで寝そべって枕を手繰り寄せる。
それをぎゅうと抱きしめて目を閉じた。
さっきまであんなに眠かったのに、高揚してるからかもう全然眠くない。
おそ松がおれに跨るように膝をついたのがベッドのへこみかたでわかった。
「最初はちょっと冷たいかもしんないけど、我慢して」
こくりと枕に顔をうずめたまま頷くと、背中にひやりとしたものが触れた。
指でそうされたように上から下へ、くぼみに擦りつけられながら何往復か繰り返されていくうちに滑りが良くなったのは多分気のせいじゃない。
そのせいか甘い匂いも強くなった。
ああ、そうだこれ、ホワイトチョコだ。
強い癖のある匂いが部屋に満ちていく。
「体温で溶かすとオイルになんだって。それでマッサージするらしいよ」
「ん…ッ…あ、は…っ」
溜まっていたんだろうオイルを背中全体に塗り広げるように手の平が動く。
ちょっとだけ強めに力が入れられたそれは手の熱さも合わさって本当にマッサージをされてるみたいだ。
あくまで、みたい。
多分この人にその手の知識はない、あったとしても自分が受けたことのある施術を、失敗しない程度に真似ているだけ。
それでも充分気持ちがいいと思えるのは流石だと思うけど、気持ちいいが、混ざってる。
これ、性感も刺激されてる。
撫でる動きも、揉みこむ動きも、ぜんぶ。
マッサージだけじゃない、その先も見越しての動きだ。
「あっ、ん、ん…っはぁ」
「枕に顔埋めんの、やめて。おまえがちゃんと気持ちいいって知りたいから、声聞かせてよ」
「ん、っあ!」
首の裏に舌が這って甘く噛みつかれて。
ぴりぴりした刺激が頭の先から爪先まで走る。
なんとか枕の位置を少しだけ下げて口許が隠れないようにしたら途端に背中だけじゃなくて腰へと手が伸びて、ぬるりとした感触が広がった。
腰を触られるのはあまり得意じゃない。
ぞくぞくするのが、気持ちよすぎておかしくなりそう。
それ、知ってるくせに。
執拗に腰が刺激される度に腰が動いてしまう。
「あ、それ、や、あ…っ!」
「うん、上半身だけじゃなくて下半身もやろーな?」
また固形物が身体、右足を滑っていく。
背中違って窪みがないせいか溶けたオイルが肌を伝ってタオルへ落ちていく感触がわかりやすい。
外側へ流れていくのはいいけど、内側に流れていくのはくすぐったい。
「ふあっ?!」
「お、いい反応そういえば太腿ってじっくり揉んだことないっけ」
両手で外側からも内側からも掴まれて、オイルを広げたあとにゆるやかに揉みしだかれる。
おんなじ動きをされているはずなのに、やっぱり内側のほうが敏感なのかつい外側の方へと足を動かしたくなってしまう。
勿論しっかりと掴まれてるからそれは叶わない。
「基本的に肉ついてないし足もほっそいのにここはやわらかいんだよなあ」
「や、んッ…は、」
「これ、きもちい?」
「きもちい、い、から、いや…っあ!」
ずり、とオイルの滑りを借りて一気に足の付け根まで手が移動した。
ぎりぎりそこに触れない、そのくらいの位置で、また揉む動き。
際どい位置だからかすごい気になる、し、もどかしい。
ゆるゆると手は動き続けているのに絶対にそこから上にはいかない。
マッサージだからなのか、わざとなのか、多分、どっちも。
「今度は左足な」
左足は太腿じゃないところを重点的に触ろうとしているのかあまり上には上げってこないで、脹脛を揉んでみたり、足裏へぺったりとオイルを塗りこんでみたり。
一本一本足の指の股まで丁寧にオイルが塗りこめられていく。
「ここらへんは反応いまいちな感じ?」
「…普通に気持ちいい、かな」
「じゃやっぱ太腿かな」
すっかりオイル塗れになった手はわざわざ追加で溶かさなくても平気なのか固形物を先に滑らせることなく直接触れてきた。
ちょっと滑りは悪い気がするけれど、充分許容範囲だ。
一度でどのくらい溶かして使うのが正解か知らないけれどこれは溶かしすぎなんじゃないだろうか。
すっかり部屋に甘いホワイトチョコの匂いが充満して、頭がくらくらする。
「あと背中も結構いい感じの反応するよな」
右手が背中を、左手が内太腿。
同時に刺激されて、たまに背中の手は腰にまで伸びて。
きもちいいのに、それじゃ足りない。
「あ、あっ、や、あッ…!ねえ、」
「んー?」
わざとらしい間延びした声、わかってるくせに。
手の動きは止まらない、まだ右手は背中と腰のぎりぎりの辺りを這い続けたままだ。
枕を掴む手に力がこもる。
「たり、ない…もっと、して」
「…うん、じゃ腰だけ上げて。そ、バックでするときみたいに、高く」
「こ、う…?」
「そ。もーちょい足広げて…そのまま我慢して」
オイルをローションの代わりにするつもりなのか人差し指があなの周りに触れてゆっくりと塗りこんでいく。
その間に左手で溶かしているのかどんどんとそこはオイルが足されて苦も無く人差し指を受け入れていた。
それでもやっぱり前回から期間が空いているのは確かで、なかなか二本目が足されることはない。
二本目、三本目。
そこまでいくのに随分時間を使った気がする。
継続的に快楽が与えられているおれもだけど、ずっとなにも与えられないでいるおそ松だってつらいはずなのに。
終始指の動きは丁寧なまま、変わらなかった。
ぐちぐち拡げ続けていた指がすべて抜かれて、ぞわりと背が震える。
指の後すぐに押しあてられた熱の先端がぐぷりと入り込む。
「あ、は…っあ…!あ、ぅ」
「ん…大丈夫、ちゃんと、入ってる、から」
やっぱりゆっくり丁寧に、でもしっかりと熱が内壁を開いていく。
たっぷりと塗りこんだおかげかオイルはしっかりと仕事をしてくれているようだ。
あつくて、くるしくて、気持ちいい。
最後まで咥えこんだ時点で妙な達成感があったけれど、本番はこれからだ。
入ったばかりの熱がまた外へと戻って、奥へ入って。
その動きがどんどん早くなっていく。
「あ、っあ!あっ」
「なあ、いちまつ、あのさあ、」
「っ?な、に、や、話すなら、とまって、じゃなきゃむり、あっ!」
「俺の、」
そこから先は思い切り穿たれたせいで、全然聞こえなかった。
気になるのに聞き返す余裕なんて与えてもらえなくて、寧ろどんどん追い詰められていく。
すっかり膨らんでいるだろう前立腺が押しつぶされて、前もしっかり握りこまれて。
おれの思考回路が溶けるのなんてあっという間だった。


精液を吐き出したのも、なかで一度出されたのもなんとか覚えている。
でもそこから先は、完全に記憶から飛んでいた。
一回で終わったなんてことはないはずだ、この腰の怠さは絶対に一回じゃない。
寝返りを打つのですら怠いとか、どれだけねちっこく抱かれたんだろう。
抱き込まれた腕の中は心地がいいから暫くこのままでもいいかもしれない。
多分まだ夜中だし、二度寝したって問題はない。
ちょっとだけ位置を整えようと身体を動かしたところで身体に回されている腕に力が入った。
「ん…なに、トイレ?」
「いや、なんだろ、寝返り?」
「寝てねーじゃん…んん、まあいいや、目ぇ覚めたついでに真面目な話、してもい?」
「…寝転がったままで?」
「寝転がったままで。怠いっしょ」
正直それは助かるけれど。
真面目な話と言われるとこの体勢で聞くのは気が引ける。
ちゃんと座ろうにも許してもらえないだろうし、仮に許して貰えたとしても今度はなにか着たいと思ってしまうだろう。
「車ん中から、っていうか、結構前から考えてたんだけどさ。おまえ工場辞めない?」
「え、でも、それは」
「収入なくなると困んのはわかってるよ。だから代わりに俺の秘書とかどお?勿論工場なんかより給料出すし」
「…おれ、学ないし、無理でしょ…」
そんなできるかわからないものに挑戦するくらいなら、低賃金で就業時間がしんどくても今のまま工場で働いていたほうが安定はし続ける、気がする。
おれの稼いだ給料は殆どが弟達の学費に充てられている。
片親、しかも母親だけとなるとこども二人を進学させるのだって一苦労だ。
幸い父が亡くなったのはおれが高校を卒業する間際だったからおれは普通に卒業できたけれど結局勤め先があのブラック工場じゃあまり意味はなかったかもしれない。
その分弟達にまわせていたらよかったのに。
「や、俺としてはほんとは何もしないで傍にいてくれるだけでもいいんだけどね。おまえあそこにずっといたらほんと駄目になりそうなんだもん、それは困る」
「…大丈夫、って胸張って言える環境じゃないのは否定しない、けど」
「だから俺のとこに来てほしいわけ。で、稼がないと弟達が困るっつーなら秘書かなーって?メイドみたいなことやらせんのは違うじゃん、付き合ってる以上は炊事洗濯させたら嫁みたいなもんだしさあ、それに金払うのはしっくりこない」
だからって秘書はどうなの。
秘書なんてすごい、なんでもできるような人がやる仕事なイメージがある。
高卒でずっとブラック工業勤めでほぼほぼ外にでないで今まで生きてきたおれが、秘書。
いやいやいや、全然結びつかない。
しかもマフィアのボスの秘書、余計に内容がわからないし。
「今は一応チョロちゃん、二つ下の弟が秘書みたいな事してくれてんだけど、あいつには他に任せたいこともあるし。おまえがやってくれるのが俺的にはさいこーなの。目の届くところにいるから一緒に飯も食えるし睡眠もとれる。完璧」
「…自信、ない」
「俺がいんのに?」
ぱちり、つい大きく瞬きを一つしてしまった。
なにその理由、わけがわからない、そう思うのに、妙な説得力がある。
「ちなみに工場辞めて、秘書として給料払えるようになるまでは前払いっつーか、そんな感じで。追々返してくれればいいよ。月に30円とかで」
「30円って、一年で360円じゃん…」
「そしたら一生かかっても返しきれないから俺の傍にいるでしょ」
「…あんた、ほんと無茶苦茶なこと言うね」
「必死なんだもん、しょうがねーじゃん」
拗ねたように突き出された唇のせいかひどく幼く見える。
これがマフィアのボスで、しかもそのマフィアのボスが執着しているのがこんなおれみたいな人間だとか、何が起こるかわからないものだ。
工場を辞めた後も賃金の保証がされてて、衣食住も約束されている。
こんなおいしい話はきっと世界中でもなかなか転がってはいない。
しかもその相手が自分を好いていて、自分も相手を好いているだなんて。
「…本当におれでいいの」
「…おまえじゃなきゃ嫌なの」
目も声も真剣そのもの。
おれと違って、まだ所謂普通の幸せ、結婚だってこどもだって望めるのに。
勿体ない。
そう思いはするのに、もう手放せる気はしなかった。
身体の位置をもう一度動かして、額と額をくっつけて、しっかり視線を絡める。
吐いた息が震えてる、でも、ちゃんと言葉にしないと。
「…おれを、あんたの家猫にしてよ」
最後の言葉が音になるより早く唇に噛みつかれた。
押し付けられた唇は熱くて、胸の奥が強く震えた気がした。




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