おそ松兄さんが猫を拾ったのはもう数十年前になる。
猫、正確には猫又。
兄さんの腕の中で丸くなる小さな黒い塊は捨てられていたか落ちていたかにしては毛並がよくてふわふわとしていた。
多分妖怪になりたてだったんだと思う。
それを撫でる手がやけに優しげで心の底から驚いたのをよく覚えている。
好き勝手妖怪にも人間にもちょっかいを出して気に食わなければやりあったり暴れまわっているやつとは思えないような手つき。
「多分、こいつは俺の特別になるよ」
世話できるのとか、どうせすぐに飽きるんだからやめとけだとか。
言いたいことは山ほど思い浮かんだのにその声が甘かったのと、赤い瞳がやけに真剣だったので全て飲み込んだ。
この狐は本気だと、わかってしまった。
現に今もその猫又はおそ松兄さんの屋敷で共に暮らしている。
「おじゃまします」
外から声をかけても家主が出てこないのは知っているので遠慮せず引き戸を開ける。
そこまでしても当たり前のように家主は姿を見せない、勝手に入ってこいということだ。
前にそれを咎めた時に誰が訪れたかは気配でわかるから大丈夫と返された。
多分兄さんのことだから屋敷どころかこの山ひとつ分くらいなら余裕で把握しているんだろう、なんたってあいつはこの山の主だし。
それにそこらの妖怪じゃあいつに太刀打ちできるやつなんていない、だからこそのこの余裕。
奥からちりんちりん鈴の音を響かせながらぺたぺたと廊下を駆ける音がする。
いつのまにかこうして迎えられることにも慣れた。
そのくらいここにはよく来ている、昔よりも頻度はずっと高い。
「ちょろまつ」
「久しぶり一松、ちょっと見ない間に随分でかくなったね…?」
人間で言ったら多分十歳くらい。
猫耳を避けつつ頭を撫でてやれば嬉しそうに紫色の瞳が弧を描いて二本の尻尾が左右に揺れる。
んん、僕もだいぶ絆されてるよなあ、かわいい。
ひたすら甘やかしてしまいたくなる。
こどもだしいいか、と思うけど多分日頃からどろっどろに甘やかされてるだろうし僕まで甘やかすのはよくない。
狐だけじゃなくてどうせどこかの青い天狗だって甘やかしている。
僕くらいちゃんとしないと、どこかの狐みたく駄目な妖怪に成長してしまうに違いない。
この狐と四六時中一緒にいる時点で道は一つな気はするけれど。
「おそ松兄さんは?」
「奥にいるよ」
小さな手に手をひかれるままに廊下を歩いて連れてこられたのはよく兄さんがだらだらしている部屋だった。
庭に面したそこは日当たりがよくて昼寝をするのにちょうどいいらしい。
何度かここで寝たことはあるけど、確かにすごく気持ちがよかった。
ただしそれは人が寝ているのをいいことに悪戯してこない狐がいなければの話だ。
「おまえほんとさあ、一松がここで暮らすようになってからよく来るようになったよね」
「元々猫は好きだからね」
兄さんがごろりと横になっていた体勢から胡坐をかけばすかさずその上に一松が腰をおろした。
気持ちどや顔。かわいい。
多分これ普段からやってるんだろうなあ、どっちの顔にも戸惑いがない。
これだけなら微笑ましいように見えなくもないのに、支えるようにまわされたおそ松兄さんの手付きが怪しいのが残念だ。
「…一松に手、出してないよね?」
「えー?出してねえよ」
あまりにも手付きが怪しすぎるのでつい零れた疑問は案外あっさりと否定された。
さすがにまだ小さい一松に手を出すほどクズではなかったか。
ちなみに大きくなってからどうこうは口出すするつもりはない、ただし同意の上に限る。
「素股はしたけど」
「おいこらクソ狐手ェ出してんじゃねーか」
「突っ込んでないからセーフだってぇ」
訂正する、クズだった。
こいつの手を出すの判定ゆるすぎだろそれ最後じゃねーか。
そこまでいかなきゃ何しても出してないことになるのか、思っていたよりこいつやばいぞ…?
「すまた?」
「こないだやったやつ。ここで俺の挟んでふたりで気持ちよくなっただろー?」
ここ、と言いつつおそ松兄さんの手が紫色の着物を割って一松の太腿を外側から内側へ撫で上げる。
指が白い太腿の間に滑り込んでいく様がどこかやらしいのは一松がまだ幼くて太腿がやわいからだ。
今ならまだそのやわらかさはそこらの女に負けないんじゃないだろうか、育ってしまったらこうはいかないだろう。
その白い太腿が指の形に歪むのとその指の爪が赤いのもいけない。
あれ、そういえば。
「おそ松兄さん、爪伸ばすのやめたんだ。ずっと少し長めだったよね」
一松を拾ってきて直ぐに先が丸くなったのは知っている。
それまではなんでも切裂けそうな、生活に支障がでてもおかしくない爪をしていた。
実際その爪は大抵のものは切裂いていたくらいだ。
それもこの男が恐れられていた理由の一つなわけだけれど。
そんな兄さんが今じゃこんな、子育てじみたことをしているんだから長く生きていても何が起きるかわからないものだ。
「そろそろ指くらいならいいかなって」
「…ん?」
「今から慣らしとけば将来俺の挿れるとき負担減りそうじゃん?で、指挿れんなら短いほうが安全だよなーって」
「…その気遣いは認めるけどいくらなんでも早すぎるでしょ」
まだ一松は小さい、それは誰が見てもわかる。
性的なものに触れさせるのは早いのでは、と思ったけどとっくに素股させられてるんだった。
それにこの感じなら兄さんは本当に一松のことを大切にしているし無茶はしないだろう。
痛いと一言一松が口にすれば中断できそうだし、まあいいか。
結局本人達次第だよな、どうせ僕がなにか口出ししたところで変わらない。
指を挿れたくなったら挿れる。間違いない。
「にいさん」
「ん?ああ、どういうことか知りたいんだ?」
くい、と赤い着物を引っ張る様は幼いのに、聞きたがっている内容も悪ければ未だにおそ松兄さんの掌がまっしろな太腿に挟まれたままなのも悪い。
その掌が少しだけ奥へと進んで肌を楽しむようにやんわりと揉む。
一松の体がぴくりと跳ねて頬がうっすらと桜色に染まった。
いけないものを見せられてる気分、実際に見た目だけならいけないものなんだろう。
実際は一松だって妖怪だし見た目より歳はとってるんだけど。
「こないだより、もーっと気持ちよくなるための準備すんの。今日はしないけど、今度がんばろーな?」
「う、ん…がんばる」
「うん、いいこだなー、一松」
わざとらしく一松の頭上にある猫耳に唇を寄せて吐かれた声。
なんだその甘ったるい声、僕に向けられたものじゃないのに恥ずかしくなってきて落ち着かない。
それを全部向けられてる一松はその甘さの意味を拾い切れてないだろうに少し目が潤みだした。
全部理解した上でそんな声ぶつけられたらこの猫はどうなってしまうんだろう、きっと僕がそれを見ることはない。
見せられても困る。
「…そういうの、僕が帰ってからにしてくれない?」
「あは、ごめんてチョロ松〜。一松のかわいさお裾分けってね」
「可愛いのは否定しないけど」
「ほんとなー、こどもなんて興味なかったけどこいつめちゃくちゃ可愛い」
やっと際どい位置から取り出された手が一松の頬にふれた。
太腿と負けず劣らずやわらかそうなそこをふにふにするおそ松兄さんは楽しそうだし、されている一松はさっきの声の余韻のせいかまだ反応は鈍いけど嫌ではなさそうで。
うーん、やっぱ僕が今更口出さなくても…それこそ本番までしようとしない限りほっといてもいい気がしてきた。
今度俺一松のこと抱くわ!とか宣言してくるとは思えないけれど。
いやするかも、馬鹿だし。
「にーさん、ねむい…」
「いーよ寝て。おまえ俺の尻尾があれば寝れるっしょ?」
「! もふもふしていいの」
「駄目って言ったことあったっけ? ほら、いつもの折角だしチョロちゃんにもやったげれば」
「うん…」
睡魔のせいかゆったりとした動きで乱れさせられた着物の裾を丁寧に直すと立ち上がってこちらへと歩み出した。
てっきりそのままおそ松兄さんの膝の上で眠るのだと思ったのに。
ああ、でもそれじゃもふもふはできないか。
そんなに距離をとっていたわけじゃないからあっという間に目の前、両肩に手が置かれたと思えばそっと頬へ唇が寄せられた。
くっつけられた感触がやたらと柔らかく感じたのは持ち主が子供だからなのか、それとも一松だからなのかはわからない。
なんたって僕の頭はそれだけで停止しかけたからだ。
そういう感触に慣れてないんだから仕方ない、うん。
「おやすみなさい」
「あ、うん…おやすみ」
「いちまつー、俺ともしよ」
「ん」
停止しかけた僕を他所に一松は呼ばれるままにおそ松兄さんの元へ戻っていく。
さっきまでと違って身体の向きを横にしてから兄さんの膝へ座ったかと思えばかぱりと小さな口を開けて兄さんを仰いだ。
口をもっと開かせるようにおそ松兄さんの親指が一松の顎へと触れて、一目で慣れているとわかる動作で唇が重なる。
ただの重ねるだけのものじゃないのは一松が兄さんの着物を掴んだのと、きゅっと眉を寄せたので察した。
とはいえがっつり舌を絡めているわけでもないらしい。
「ん、っふ……」
そこそこの時間を一松と過ごしたけど初めて聞く、甘さを含んだ気持ち良さげな声。
それに過剰に反応して肩を跳ねさせればこっちをずっと見て僕の反応を楽しんでいたんだろう、赤い瞳が弧を描く。
こいつ、これを見せつけたいがために僕にしてやれって言い出したな?
ああいう反応をするようになったのもおそ松兄さんが日々教えていった賜物なんだろう。
その成果も見せたかったんだろうな、多分。
素股といい、こいつら僕が思うよりずっと不健全な生活を送っている気がする。
もう少し頻繁に足を運ぶべきか…?
毎度見せつけられて終わる予感がすごいからできたら遠慮したい。
満足したのか解放された一松の唇は唾液で濡れていて、それをおそ松兄さんが親指でぬぐう。
そこからの額への口付けまではいつもの流れなんだろう、一松は少しも抵抗しない。
「一松、俺とのちゅー、気持ちかった?」
「うん…きもち、よかった…」
「そっか、ならよかったぁ。おやすみ一松」
「おやすみなさい…」
口付けのせいなのか睡魔に襲われているせいなのか、僕の傍にきたときよりもおぼつかない足取りでおそ松兄さんの背中へまわって尻尾へと倒れこんだ。
触れる瞬間の顔は幸せそうだったし、倒れこんだとはいえしっかり兄さんの尻尾が抱き込んでいたから怪我はまずしないだろう。
寒くないのかと少しだけ心配になったけれどまあ、尻尾があるし大丈夫か。
九本もあるんだから余裕で暖をとれる。
「なあ、どうだった?可愛かっただろ?」
「…あんた、どこまで教え込んだの」
「指挿れる以外?触れるとこは全部触った。気持ちよくなるじゃん、その後に絶対俺となになにしたの気持ちよかった?って聞いてやんの。
そうすれば一松は与えられたのが気持ちいいことだって覚えるし、しかも俺としたってこともしっかり覚えるだろ?多分、あいつの知ってる気持ちいいこと全部俺と繋がってるよ」
擬音を付けるのであればにまりというのがぴったりな楽しそうで且つ悪い笑顔だった。
昔から勉学以外の事に関してはこう頭がまわるんだからたちが悪い。
ただ教え込むだけじゃなくて更にそれに付随されてるとは。
正直こいつが一松へ向けている気持ちを舐めすぎていたかもしれない。
「一松が気持ちいいこととして覚えてるのに添えられてるのは俺の体温や俺の味、俺の触り方。素股が気持ちいい事だってわかってても俺以外とじゃ違和感あって物足んないんじゃねえかな」
「…あんたにしては随分な長期戦、しかけてるね。頭まで使ってるんだ。下半身に素直に生きてきたくせに」
「言っただろチョロ松ぅ、多分特別になるよ、って。俺本気なんだよねえ」
おそ松兄さんの予想通り一松はこの狐の中の特別になってしまったらしい。
多分兄さんに拾われた時点でもう全部こうなることは決まってた。
今更逃げられはしない、行きつく未来はひとつだけ。
けどまあ大丈夫か、あの感じなら。
太腿を触られていた時の一松の瞳を思い出す、色欲に振り回されてた中にあった確かな別の色。
後ろからしていた兄さんがそれに気が付いているのかはわからないけれど。
「…一松の事泣かさない限り口出しする気はないから、好きにすれば」
「善処するよ?当たり前じゃん」
声色はとんでもなく軽いのに後ろに手をまわして一松を撫ではじめた途端に表情がやわらかくなる。
ああ、べた惚れだこれ。
これなら泣かす云々の心配もいらないかも、寧ろこのままじゃいざって時手ぇ出せないんじゃないのかこいつ。
心配はいらないけど、まだまだこいつらに振り回される予感がする。
それも悪くないかもと少しでも思ってしまうのは一松がかわいいからだ、きっとそう。
さて、わざわざここまで来たんだから僕ももう少し一松を堪能させてもらおうかな。
撫でるのに混ざるために傍に寄って手を伸ばせば兄さんが少し唇を尖らせたものの文句は言ってこなかったので気が付かないふりをした。


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