青い空の先にではでっかい、それでいてやわらかそうな入道雲が浮かんでいる。
乗ったらすげーきもちよさそう。
夏はエアコンの存在しない松野家では過ごしにくい季節だ。
家の中のどこにいたって暑い、ならまだ風通しのいい縁側にいたほうがましな気がする。
とはいえ今日は無風で、うちわで作る風だってなまぬるい。
それでも昔俺達六つ子が使っていたビニールプールではしゃぐ二匹のおかげで響く水音でだいぶ緩和されている、ような。
ぱしゃぱしゃと水が跳ねる音は絶え間なく続く。
最初は嫌がっていたねこ松も一度濡れてしまえば気にならないのか今じゃレサ松と水の中でじゃれてる。
うんうん、楽しそうで何よりだ。俺も入ってしまおうか、と考えなかったわけじゃないけど浸かるだけならともかくあいつらに絡まれたら大人しくなんてしてられないしやめておいた。
最悪ビニールプールがしぬ。あれを見つけてきた松代と、それを膨らませたカラ松。
あと今絶賛お楽しみ中の二匹。
全員から酷い目で見られるのは避けたい、カラ松は別にいーけど。
傍らのぬるくなった缶ビールに手を伸ばしたところで、築何十年の床が軋んだ。
音の方、後ろを振り向けばそこにはエプロン装備の一松が立っていた。
「松代に頼まれてたやつ全部終わった?」
「洗濯物もしまって畳んだし、洗い物も終わった」
「そ、おつかれさまぁ」
「台所すげー暑い…」
一松の額には何個か汗の粒が浮かんでて、たまに肌を伝って落ちていく。
料理をしていなくてもそれなら料理中はもっとすげーんだろうなあ、松代ってすごいわ。
そんなくそ暑い中、俺が半ば強引に身に付けさせたエプロンはしっかりそのままで。
その格好で家事をしていた一松と、チビ達の世話を投げられた俺。
なんかさあ、夫婦みたいじゃね?
しっかりニートだし、実家だけど。
就職する予定も今のところない。
洗いたてらしいふわふわとしたタオルを差し出されたから受けとってやれば当たり前のように隣に一松は腰を下ろした。タオルがなくなった手にはチューペットが二本。
ちなみに色はピンクと白だ。そういえば松代が特売だったから買っちゃった、とか言ってたな。
ぶっちゃけこれ、色が違うくらいで味は大差ない気がするのは俺だけなんだろうか。
うまいけど。
「俺ピンクがいーなー
「はいはい、あいつらプールから上げてからね」
「チビ共アイスだぞー!」
俺の声に反応してびっくりするくらいの早さで顔を上げたレサ松は一目散にビニールプールから飛びだした。
あーあー、濡れたまんまなせいだから当たり前だけど足に砂がべったりついてる。
これは何も考えずに呼んだ俺が悪いな、うん。
レサ松は濡れた身体そのままに勢いよく抱きついてきて俺のシャツを思いっきり濡らしてきやがった。
水道水だし、この気温だからすぐに乾くだろうけどさあ!
仕返しのつもりで思いっきりわしゃわしゃ拭いてやっても楽しげな声は変わらない。
どうしてくれようか。
一方ねこ松の方は未だにビニールプールの中、レサ松と違って濡れた足の裏に土がつくのを気にしているらしい。
それに気がついた一松が躊躇せず素足のまま庭に降りてビニールプールの傍に行くとしゃがみこむ。
チューペットの代わりに持って行ったタオルで包みながらねこ松を丁寧に、それこそ本当の猫にするみたいに持ち上げた。
実際は猫じゃないからビジュアルが完全に母と子だ、良妻になるんじゃねえの?
よし料理とか覚えてもらお。
「うわ、兄さんシャツびしょ濡れじゃん」
「そー、こいつがさあ、遠慮もせずに抱き着いてくっからさあ」
ぷにぷにとやわらかい頬を揉んでたらわりと本気で抵抗された。
ええ、いっつも一松がこうしてるときは嬉しそうにしてるじゃん…やっぱりおまえ俺に似てるよね…。
なんならねこ松は一松に似てるし、だから2匹もよく一緒にいるんだろうなあと思う。
「おまえは足いいの?」
「濡れてないからそんな汚れないでしょ、ただあっつい」
日差しを浴び続けてる地面はそりゃ熱いわ。
わかってただろうに平然とああできるんだからすげーよ、相手が猫なのもあるかもしれないけど。
レサ松相手なら、と少し考えたもののこいつが待ってるのは想像できない。
仮にプールに浸かっている状態でも一松が近づいた時点で飛び出してきそうだ。
「おまえらはどっちがいーの、ピンクと白あるけど」
二匹の前でチューペットを揺らしてみたらレサ松がやっぱり即行で反応を示した。
ピンク、うんわかるよー、おまえも赤好きだもんなあ、どっちかといえばこっちだよなあ。
ねこ松はチューペットよりもタオルで身体を拭かれることに夢中らしい。
ご満悦な顔はかわいいけど、さすがに見向きもしてくれないのはお兄ちゃん傷つく!
「…ほら、おまえも反応してやってよ。この人拗ねるとめんどくさいから」
「めんどくさいはひどくない
レサ松と同じくらいやわらかいねこ松のほっぺたをつつきながら一松がチューペットのほうを示せばやっと反応してくれた。
露骨にはどっちがいいってやってこないけど、明らかにピンクの時のほうがしっぽの動きが激しい。
口に出さないけどそうやってアピールしてくるとこも一松似なんだよなー!
どうしても可愛がりたくなる。
この時点でピンク希望が三人、んん、まあねこ松に免じて譲ってやろう。
「んじゃチビ達がピンクなー、ってあれ、おまえの希望は?」
「おれは別に余ったのでいい、とにかく冷たいのが食いたい」
「じゃ一松は俺と一緒に白だな!」
少し柔らかくなったチューペットを折るのはちょっと難しかったけど、一応なんとか折れたから許してほしい。
食えればなんでもいいと思うんだよね、うん。
膝の上に乗っていた二匹を俺と一松の間に座らせてからお望み通りピンク色を渡して、白いほうも同じように折ってから半分一松に渡して。
全員に渡るのを待っていたらしい二匹はそれを見てチューペットへとかぶりついた。
それにぼんやり微笑ましさを覚えつつ俺と一松もチューペットを口へ運ぶ。
どことなく懐かしさを感じる味と待ちに待った冷たさが心地良い。
暑さのせいかみんなして夢中になって、吸う音と蝉の声しかしない。
動いてないしがっつり日陰にいるわけでもないのに身体の中から冷えたせいか暑さもそんなに辛く感じなくなった。
一番最初に食べ終わったのは俺で、二番目が一松。
二匹と比べたら当然だ。
ただ、一松の最後の食べ方がさあ、よくない。
容器に残った一滴を吸うでもなく、高い位置で逆さにして中から落ちてきたのを舌で受け取るやつ。
だってあれだよ、チューペットって言ったら細長い棒のアイスなわけで。
しかも色は白。よくない。
「…あのさあ一松、誘ってる?」
「……そうかもね?こいつらがきてから前ほど頻繁にはしてないし」
こいつら、に合わせて撫でられたねこ松が不思議そうに一松を見上げたけどチューペットが口から離れることはなかった。
どれだけお気に召したんだ。
レサ松がおれもとでも言いたげにしっぽで腕を叩いてきたから食ってる邪魔にならない程度に撫でてやる。
やっぱりチューペットはそのまま。
なんなのこいつらかわいいな?
また今度チューペットやろう。
さて、お誘いに応えるにもこいつらに聞かれるのはあんまりよくない気がする。
意味はわかんねーだろうけど、着いてくって騒がれてもなあ。
実際出かけるときにはとっくにおやすみしてそうだけどその間に出かけてることがばれたら翌朝面倒そう、ってあれこれ宿泊でもそれなりに早く帰ってこなきゃじゃん?
子持ち夫婦って大変だな?!
どこでやってんの、家?
そもそも実家じゃないもんな、そりゃできるか。
そうこうしている間に二匹もしっかりと食べきって、まだ遊び足りないのかきらきらした目でプールへ入る許可を待っているようだった。
これは暫くの間プール三昧になりそうだ。
「いーよ、入っても。ただ片付けとかいろいろあるからあと一時間だけね」
オッケーが出た途端にレサ松がプールに飛び込んだせいでざばりと水が大きく跳ねた。
きらきらした飛沫がまぶしてくてつい目を細める。
少ししてからねこ松がプールに近づいてからそっと中へと身を落として、こっちは静かに水音を立てた。
再びはしゃぎだしたのを確認してから、二匹のいた隙間を詰めて一松の右手を左手ですくう。
さっきまでチューペットを持っていた白い手はまだつめたい。
手を繋ぐくらい慣れ切っているからか反応はない、顔を覗き込んでみでも一松の目線は二匹に向けられたまま。
とんでもなく優しい目で、少しだけ口許を緩めて。
「…おまえ、かわいーね」
自分でもびっくりするくらい自然と呟いていた。いつだってかわいいと思ってる、思ってるけど!
こんな、ガチなトーンでなんてやってる最中くらいでしか言ってないのに。
ビール一本飲み干してるって言ってもほぼ素面だぞ?
「…なに、言ってんの…」
返ってきたのは嫌そうな顔と声、でもさあ、頬も赤ければ耳も赤くって。そのせいで全然嫌そうに見えない。
誰が見たって照れ隠しだっていうやつだ、これ。
んん、やっぱりかわいい。
俺の一松めちゃくちゃかわいい。
「なあ、一松」
「…やだ、あいつらに見られそう」
「見てなかったらいいんだ?」
絡めていた指を離して、ずっと座っていた縁側から立ち上がる。
伸びをひとつしたらなんか身体のどっかが音を立てたけど痛くはないし大丈夫だろ。
地面に転がしたままだったホースを手に取ってから水道の蛇口を捻る。
水がプールの中に注がれるようにしてからホースの先を潰せば広がった水のおかげで虹がかかった。
想像していたより綺麗にかかったおかげで二匹は途端に虹に夢中になって、掴みたいのか手を伸ばしたり、ビニールプールの中で跳ねたりと忙しない。
俺としては意識が完全に逸らせてるなら満足だ。
未だ縁側に座る一松をあいている左手で手招きすればゆったりとした動作で立ち上がった。
サンダルは一足しかないから相変わらず素足のまま、望んだ通り俺の隣に立つ。
紫がかった黒にじっと見つめられて少しだけ口が開かれた。
ああ、なんだ、おまえもしたかったんだ?
一応再度二匹の意識が虹へ向いているのを確認してから左手を汗で濡れた項に滑らせて引き寄せつつ自分からも顔を近づけて。
誘われるままに舌をいれれば出迎えるように甘さの残る舌がくっつけられた。
多少声が出たり音がなったとしても水が水面や地面を叩く音でかき消されるだろうけど一応あんまり音がたたないように、でもしっかり。
折角キスするんだからお互い満足できるくらいにはしねーと。
とはいえいつまで二匹が虹へ興味を持ってくれるかわからなかったからそんなに時間はかけられない。
それでも唇を離したときには二人とも息は少し弾んでたし舌と舌はしっかり糸が繋いでいた。
幸い二匹はまだ虹に夢中だ。
万が一にも聞こえないように、一松の耳元へと顔を寄せてやれば掠った髪がくすぐったかったのか一松が身体をふるわせる、かわいい。
「今日、夜でかけよっか」
「…ふ、金あんの?」
「最近子守ばっかりしてたおかげでまだ前回の勝分が残ってるのと、おまえのことあてにしてる」
「いーよ、行こ」
ちゅ、と音を立てて頬へキスをされてぶわりと顔があつくなったのは仕方がないと思う。
だって一松がしてくんのだってそれなりに珍しいのに、リップ音までってなんなの?
誘ってんの?誘ってんだな?
まだ夕方にもなりきってねーんだけどな!!
指の力が緩んでホースからはぼたぼた水が落ちて二匹もこっちを見てるけどそれを気にしてる余裕がない。
しれっと一松はなにもなかったかのように俺から離れてプールのほうへ歩み始めているから見られて困るものはない。
顔が赤いのなんて暑いからって言い張れるし。
「…おそ松兄さん、顔赤いよ?」
「…まーね、おかげさまで」
「かぁわいい」
悪戯が成功したとでも言いたげな満足気な顔がかわいいけど憎たらしくもあって、右手に持ったままだったホースを一松の頭上へと向けた。
もちろん先はしっかり潰して。
降り注いだ水滴であっというまに濡れたにも関わらず一松は笑って、ビニールプールに浮いていた水鉄砲へと手を伸ばした。
あーあ、こりゃ戦争だな?
つられるように俺もいつのまにか笑っていた。
そこに二匹も混ざって俺も一松も髪からも服からも水が滴るくらいに濡れて、なんなら飛んだ水で縁側まで濡らして。
本当なら松代が戻ってくる前までに片づけるはずだったのにそれが叶わなかったどころか大惨事。
松代にしこたま怒られて2匹とまとめて風呂場に押し込まれたのだった。


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