今日も空はあおい。
そんな空に煙草の煙が上がっていく。
うん、今日もいい天気だ。
これならあまり信じていない天気予報の通り一日快晴のままだろう。
そんな太陽にお世話になるべきどこの家のベランダにも洗濯物が揺れていた、例に及ばずおれの隣にも。
洗濯もした、掃除もした、料理の下ごしらえもした。
あと残っているする事と言えば迎えに行くことくらいだ。
けれどまだその時間にまでは微妙に時間がある。
目的地は車でならそんなに時間はかからない。
だからこそこうしてベランダで煙草を吸っているわけで。
本当なら洗濯物の隣で煙草を吸うのは匂いが付くからよくないんだろうけれど、ここに住んでいる人間は喫煙者しかいない。
吸わないのは猫くらい、その猫だってなぜか煙草の匂いは平気なようだった。
流石に煙は駄目みたいだから目の前で吸うことはないけれど。当然だ。
後ろで窓越しで猫の鳴き声が聞こえて、振り向こうとしたらちょうど頭上を飛行機が飛んでいく。
なんとはなしにそれを目で追って、空港の方向だなと思う。
おれの今日の目的地。
携帯灰皿に煙草を押し込んで部屋へ入れば途端に猫、兄さんがえすにゃんと名付けた橙色の
猫がすり寄ってくる。
しゃがんで抱き上げつつ片手で珍しい眼鏡型の模様をなぞってやれば嬉しそうに鳴いた。
ペット可の新築マンション、最上階角部屋。
そこがおれとこいつ、それと今はここにいない、おそ松兄さんの家だ。
しれっとパイロットになっていつのまにか機長まで上り詰めていたあの人の年収からしたらもっといい場所も選べたんだろうけれどあの人が選んだのもおれが選んだのもどこぞの次男が選んだ煌びやかな高級マンションではなく普通の、部屋数も多くもないここだった。
無駄に広い家で時間をかけて探さなければ互いの姿が見つけられないだとか、家の中にいるのに気配が感じにくいだとか。
そういうのがお互いに嫌だったのだ。
一部屋しかないわけじゃないから視線を動かすだけで見つけるというのは流石に無理だけど、この程度なら3分もいらないだろう。
えすにゃんのじゃれている間にそれなりの時間になっていたので腕の中から解放してやって、ソファにほうっておいたままだったカーディガンを羽織った。
スマホに財布があればどうにかなる。
あと必要なのは車の鍵くらいだ、それは靴箱の上に置いてあるから出るときに回収すればいい。
適当にカーディガンのポケットやジーンズに突っ込んで玄関へ向かえばしっかりと後ろをえすにゃんが付いてくる。
おまえは連れていってやれないけどね。
車の鍵と、隣に置きっぱなしだった家の鍵。
家の鍵についている紫色のキーホルダーは兄さんがどこかの国で買ってきたお揃いのやつだ。
「じゃあ、いってくるね」
そう声をかければえすにゃんはにゃあと返してくれる。
それについ口許を緩めつつ外に出た。


空港の駐車場についてからどのくらい経った頃だろう、キャリーケースががらがら音を立てるのがやたら耳についた。
さっきから散々聞いてる音だし、それらと対して差だってないはずなのに。
なんで気が付くんだか。
寄りかかっていた車体から身体を離して音のしていたほうを見ればやっぱりそこには待ち人がいた。
とっくに気が付いていたんだろうおそ松兄さんの足は普段よりか幾分か早足に見える。
見える、っていうかそうなんだろうな、距離が詰まるのなんてあっと言う間だった。
「ただいま一松!」
外だとかそんなのおかまいなしに抱き着いてきたのを避けるなんてことはできなくて。
久しぶりなんだから仕方がない。
回された腕に応えるように兄さんの背に腕をまわした。
最後に抱き合った時と変わりないそれに安心する。
足元ではキャリーが倒れていたし、なんなら数十分前まで身に着けられていたんだろう制服が紙袋から飛び出していたけれど咎める気にはならなかった。
「…おかえり、おそ松兄さん」
「へへ、やっぱ長期の後にそれ聞くと特別って感じ!」
流石に長時間はまずいのがわかっているからかすぐに体温が離れていった。
おれだってわかってるけど、どうしても名残惜しい。
でも今日から暫くは休みのはずだし、当分おそ松兄さんはおれだけのもののはずだ。
だから大丈夫だ、家に帰ればおれのもの。
そんな事を考えてたら背中から離れた両手が頬に触れて、自然と少し伏せ気味だった顔の角度をあげられた。
ふにふにと掌で頬を揉む動きの意味がわからなくておれには瞬きをすることくらいしかできない。
「うん、痩せたりしてないな!」
「…だって、あんた痩せると怒るじゃん…」
「当たり前だろー?おまえ一人だとすーぐ食事抜くんだもん、それも意味もなく!」
「…前に怒られてからはちゃんと食べるようにしてるし」
なんだかんだ一人の食卓にも慣れた。
それに一応えすにゃんがいるのと、たまに近所に住んでいる十四松が来てくれるのが大きい。
あいつ、本当にうまそうにおれの料理食べてくれるし。
はじめて作る料理を試しに食べることにも抵抗がないのもありがたい。
おかげでおれは兄さんがいない間にレパートリーを増やすことに成功している。
なんせおれには時間が有り余っている、普段していることと言えば炊事洗濯掃除。
まわりから見たらニートになるのかもしれないけれど、兄さんとおれ、それと兄弟。
あと事情を話した両親にとっては違う。
おそ松兄さんとおれの左手の薬指にはお揃いのシンプルな銀色がある。
それが全てだ。
元より近かった顔の距離が詰められて唇が少しだけふれて、すぐに離れていく。
本当に掠めるようなものだったけれどキスはキスだ。
「…こんなとこでなにすんの、わかってる?あんたの職場だよ」
「だってさあ、久しぶりにこんな近いんだよ?我慢なんてできないってぇ。寧ろ褒めてほしい、ほんとなら舌突っ込んで足腰立たなくしてやりたいんだから」
「…ッ、15分くらいなら我慢できるでしょ」
15分あればマンションまで余裕で着く。
そうすればそこにいるのは空気の読めるえすにゃんくらいで、何をしたって咎められたりはしない。
今度こそ兄さんが完全に離れて、転がっていたキャリーと紙袋を拾った。
それを右手でひとまとめに持ってからおれのカーディガンのポケットに左手を突っ込む。
車の鍵を手に取った兄さんは手早い動作でトランクにキャリーと紙袋を突っ込んで運転席側へと歩き出してしまう。
「ちょっと、疲れてるんじゃないの?おれ運転するから、」
「10分で着きたいから駄目、俺がする」
「10分って…信号次第じゃそんなの無理でしょ」
「無理じゃねーよ、だって俺が運転すんだよ?15分も我慢するとか無理だから、早く乗って」
あんたが運転するからなんなんだよ、と思ったけれど口には出さない。
こういう時に何故かやたら運を持っているのがおそ松兄さんだからだ。
そして案の定それはその通りになって、兄さんの望むままに家の玄関に滑り込んだのはほぼ10分だった。
入った途端に駐車場でしたのとは比べ物にならないくらい強く抱きしめられて、今度はしっかりと唇が重なる。
舌の動きもおれの身体を這う手も性急で余裕がまったくない。
求められてるのがいやでもわかって身体があつい。
それにおれだって、この人がほしくてたまらないのだ。
カーディガンが脱がされて廊下へ落とされる頃には咥内を犯されきってひとりじゃ立っていられないくらいになっていた。
支えられつつ廊下に寝かされてキスの角度が変わる。
上顎を舐められればぞくぞくするような気持ち良さが身体中に走った。
キスに蕩けてる間に服はたくし上げられて直接おそ松兄さんの手がおれの肌に触れる。
肌と肌で感じる熱はどうしようもなく気持ちがいい、他でもない、兄さんのものだから。
「っあ、まって…ここでするの?ベッドすぐすこじゃん…」
「だからあ、俺もう我慢できないの。諦めて」
服が完全に脱がされて廊下の冷たさに身体を震わせた間にベルトもジーンズも寛がされてそれすらも脱がされてしまう。
おかしい、ここはまだ一応玄関で、こんな格好にされる場所じゃないはずだ。
しかも兄さんはなにひとつ服を脱いでないない。
いや、おそ松兄さんが同じくらい脱げばいいというものでもないけれど。
言葉にした通り、寝室はすぐそこなのに。
でももう止まらないのは嫌ってほどわかっていた。
おれだって、はやく欲しい。
だからこそ首筋に埋められた頭を無理に引きはがそうなんて思わないし、吸われても噛まれてもぜんぶ受け入れている。
こうやって山ほどつけられた痕も会えない間に全部消えてしまった。
ずっと残る痕なんてそれはそれで怖い。
「一松、ローションないから思いっきり濡らして?」
唇に押し付けられた右手の人差し指と中指を受け入れて指の腹に舌を押し付ける。
丹念に余すことなく指と指の間まで舐めて、誘うように口淫するみたいに吸い上げた。
まとわりついた唾液がじゅるりと音を立てたのに興奮する。
三本目も咥内へ招き入れて暫くした頃左手がおれの下着のゴムに触れて下へと引く。
脱がせやすいように腰を浮かせたのはほぼ無意識だ。
片手じゃ難しいのかなかなか脱がされないそれがじれったくて自分で脱げばおそ松兄さんが声を出して笑った。
「そんな脱ぎたかった?やらしー」
ずるりと咥内から抜かれた指が大きく開かれた足の付け根に触れて、一本目がゆっくりとなかへ押し入ってくる。
ローションのような滑りがなくてもそれなりにスムーズなのはおれが事前に用意しておいたからに他ならない。
おれが早くしたかったというのも嘘じゃないけど、兄さんがそんなに我慢できると思っていなかったのも事実だった。
まさかこんな、寝室までもたないとは思ってなかったけれど。
しっかり準備をしておいてよかった、ローションなしは流石に予想外だ。
「やらかい…俺のこと考えておまえが一人で用意してたと思うとすげー興奮する」
いけると判断したのか二本目が入ってきて、膨らみはじめているだろう前立腺を撫でていく。
離れていた間にそこに一度も触れなかったわけじゃないけど、自分で触れるのとは全然ちがう強い快感。
電話越しに言われるがまま触れた時も耳元で声が聞こえたのもあってヨかったけど、やっぱり兄さんの指が触れるのとじゃ違う。
おそ松兄さんが触ってるから、気持ちいい。
何度もそこを刺激されるうちにしっかりとおれのは芯を持っていて、当然なかでは前立腺がぷっくりと膨れているはずだ。
「あっ、あン、んっ…!や、」
「ここばっかりいじると、気持ちよすぎるからかすーぐ泣くよなあ…すげーかわいい」
「も、やだぁ…ッ奥、にも、欲しい…っ」
「……久しぶりだからもうちょっと丁寧に慣らしてやろうと思ったのになあ…」
がちゃがちゃベルトが外された音のすぐあとにジッパーが下げられる音。
目にしなくてもなにをどうしてるのかわかるし、期待しかできなくなる。
頭のなかでははやくという単語がぐるぐるしていた。
はやく、兄さんのが、ほしい。
だからおそ松兄さんのがそこに宛がわれて、その熱さについ笑んでしまったのは仕方がない。
別に淫乱だとか言われてもよかった、だってあんたにだけだし。
半ば強引に根元まで埋められたのはぴりぴりしたけれど切れたりすることはなく無事に受け入れることができた。
何度か揺さぶられているうちに少しずつ滑りがよくなっていく。
兄さんがなかで気持ちよくなっているおかげだ。
早めなのはやっぱり久しぶりだからだろう。
先走りの液に助けられつつおそ松兄さんが動き出して、おれの身体からは余計な力が抜けた。
そうなれば余計に兄さんは動きやすくなる。
気が付けばどうしようもないくらい喘いでて、おそ松兄さんの服にしがみつくので精一杯になっていた。
欲しかった奥ががんがん突かれて口が閉じられない、口端を伝った唾液はおそ松兄さんの舌が舐めとって消えていった。
「こんな玄関で全裸にひん剥かれて、ぐっちゃぐちゃに気持ちよくって。もうわけわかんない?」
「あっ、あ、にいさん、は、ぅあ!あ、もっ、きもちい、」
「うん、知ってる、すごいきゅうきゅう俺のことしめてくるもん。もっとって言われてる気分。でも俺、言葉でほしーな?」
突き上げるような動作が遅くなって、きもちいいのに物足りない。
鎖骨を甘噛みされて、背中のくぼみを撫でられて。
どれもが淡い快楽をもっておれのことを刺激する。
気持ちがいいけれど、おれの欲しいのはもっと強烈な強いもので。
「一松」
「ッんもっと、もっとちょうだい、奥、もっとッ…あっ?!ま、あっ」
「なんで自分からもっと、って言ったのに、いざそうされると待ってとか言うわけぇ?お兄ちゃんご要望に応えてるつもりなんだけどぉ?」
「そ、だけどっあ、や、あ、よすぎる、から、ぁ!」
「…恋人によすぎるとか言われて気分よくならないやつはいねーよ?」
腰を両側から掴まれて、おもいっきり、奥まで。
そんなのに耐えられるわけがなかった。
視界がちかちかするなか熱を吐きだして、なかにいる兄さんを絞る取るように締め付ける。
達した拍子で、というのもあるけど少しだけ意識をしてしっかりと。
いってる最中に動かれちゃたまんないし、まだ、一回目なのに。
ちょっとしてからいちばん奥で熱を感じた。
「ッあー…ひっさしぶりだしやっぱ、耐えらんねーわ…」
「…ごちそーさま…」
「こちらこそぉ。まだ俺の休みははじまったばっかだし、ちゃーんと付き合ってくれな?」
「ん…次はベッドにしてよ、背中すげーいたい…」
「ごめんって、おまえが近くにいたら我慢できねーんだもん」
抜かれてからまた抱きしめられて、廊下に二人して転がったまま。
おれだけ素っ裸にされているのは納得がいかないけどもうどうしようもない。
今更脱げっていうのも変な話だ、この雰囲気じゃ次は夜っぽいし。
髪の中に鼻先をつっこまれたり、首筋に寄せられたり。
やたらと匂いを嗅がれている。
おわったあとじゃ汗臭いだろうに、なにが楽しいんだか。
だるいし好きなようにはさせてやるけれど、たまにくすぐったい。
「一松、あー…うん、一松だ…」
「…おれじゃなかったらあんたは今誰を抱いてたんだってはなしなんだけど」
「あは、確かに。突っ込んでるときもあー一松だ、ってめちゃくちゃ思ってたよ」
おれの鼻先にキスを落とすと兄さんは上半身を起こしてそのまま立ちあがる。
急に離れた体温に寒さを覚える間もなく抱き起されて抱えられた。
軽々持ち上げられるのは同性としてどうかと思わなくもないけど、これがやりたいがために多少鍛えてたことは知っているから文句を言う気にもならない。
この短い距離だからできることだっていうのもわかってるし。
向かう先は風呂場で、ゆっくりと浴室の床へおろされた。
パネルを操作して湯船をため始めつつおそ松兄さんは服を脱いでいく。
「お湯がたまるまでにきれいにしてやるな!」
「…だから、あんた疲れてるんじゃないの?」
「いやいや、おまえより元気だと思うよ?俺おまえとセックスしたおかげもあって結構元気!」
「ああそう…」
本人がいいっていうならいいか。
というわけでされるがままに甘えてみたら本当に頭の先から足の先まで、それはもう丁寧に洗いつくされた。
普段だったら雑に泡立てるだけのボディソープはがっつり泡立てられておれの身体を包んだし、その泡で指の一本一本まで丹念に。
当然その前に中で出された精液もすべてかきがしてくれたし、至れり尽くせりってこういうことを言うんだと思う。
そして今、たまった湯船にふたりでゆったり使っていた。
元々二人で入ることを考えた上で選んだ浴槽は広めで、足を伸ばしても壁にぶつかることはない。
後ろに座る兄さんの身体に寄りかかって今回のフライトでどこにいっただのなんだの聞くのは嫌いじゃなかった。
おれはきっとそこに行くことはないだろうけれど。
「そういえば今回もすげーたくさん写真送ってきたよね…」
「俺の世界の猫コレクションも結構たまってきたんじゃね?」
「うん、画像フォルダめちゃくちゃ潤ってる」
「一松へたな土産よりそっちのほうが喜ぶんだもんなあ」
「それはあんたが変なもの買ってくるからでしょ」
他愛のない話だって会っていない期間が長かったのもあって話すことはいくらでもある。
おれはほぼ聞いているほうが多いし、なんなら電話で聞いていたことだってあったけれど。
受話器越しの音で聞くのと直接兄さんの声で聞くのには差がある。
直接聞くのならいくらでも聞いていられる気がした。
風呂から出ても食事をしても一緒にいて、夜は今度こそベッドでセックスをして。
朝がきてもずっと一緒で。
家にいる間はずっとくっついていた気がする、それこそ離れていたのを埋めるように。
気ままに食事をとって、寝たくなったら寝て、えすにゃんと遊んだり、セックスしたくなったらセックスをするような日々。
買い出しやら散歩やらで出かけることもあったし、他の兄弟に会ったりもした。
そんなことをしていれば休暇が終わるのなんてあっと言う間だ。
迎えに来た時と同じ場所に車をとめて、ふたりで車から降りて。
これでまた暫くおそ松兄さんとは会えなくなる。
「じゃあ、行ってくるな」
「うん、いってらっしゃい。気を付けてね」
「あったりまえじゃーん!ちゃんとおまえのとこに帰ってくるよ」
「それこそ当たり前でしょ」
ゆるく指を絡めていたのを解いて、しっかりと目を合わせる。
おそ松兄さんは笑っていた、きっとおれも、ちゃんと笑えている。
「待ってるから」
「ん、ちょこちょこ連絡するな」
名残惜しくないと言ったら嘘になるけれどいつまでもそうしているわけにもいかない。
おれの頭を一撫でするとおそ松兄さんはターミナルのほうへと歩き出す。
迷いのない背中はおれのすきなもののひとつだ。
背中が見えなくなるまで見送って、空を見上げる。
絶対に兄さんが操縦しているものではないけれど、飛行機が空を飛んでいく。

今日も空はあおい。


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