「はぁい班長さん元気ィ?はは、目の下クマすっげえよ、何日寝てねーの?」
「…どうも。さあ、数えるのやめたんでわかんないですね」
3日か、4日か。
多分2日じゃなかったはずだ。
飯とトイレ、それ以外はひたすら仕事仕事仕事。
相変わらずこの工場は真っ黒だ。
完全に人間を人間だと思っていない。
「ふうん…なんかあった?」
「…こないだ、3人くらいまとめて倒れて人が足りてないです」
「なるほどなるほど、じゃあそれは今日連れてきたやつで問題解消かな」
こんなところに回されてくるんだから、大方借金があるだのなんだの、どうしようもない人間なんだろう。
ここで働いているおれが言うことではないけれど。
同じ穴の貉。
むしろここで作られたものがどう使われているか理解している分おれのが酷い。
「他はあとで聞くとして。口開けて班長さん」
「…仕事中なんですけど」
「今更じゃん?」
確かにおれがこの男、ここの工場の元締めである松野おそ松に言い寄られているのはとっくに周知されている。
まあ、正確には言い寄られているどころか、しっかりとお付き合いに発展しているわけだけど。
それは前から変わらないおれ達の態度でばれてはいない。
なんにせよ、おれは松野おそ松のお気に入り、と認識されているのだった。
それもこれもこいつが場所時間問わずやってきては絡みにくるせいだ。
今だって仕事中、目の前ではベルコンの上の品物を黙々と仕分したり組み立てたりしている作業員が何人もいる。
そんなことお構いなしにおれの腰に手をまわして、自分の方へと引き寄せた。
「…おれ、ここ何日か風呂入れてないから汚いですよ」
「別にいいよ。ほらあーん」
腰にまわされていないほうの手が顎に触れて、開くように促してくる。
逆らっても無駄なのはわかってるので、おずおずと口を開いた。
唇同士が触れ合う前に舌と舌が触れて、絡めとられてから唇が重なった。
いつもみたいに好きに咥内を犯されて、次第に身体からは力が抜けていく。
それでも汚れている手で目の前のおれがいくら働いても買えないであろう高級なスーツに縋りつく気にはならなかった。
代わりに元々持っていたバインダーを思い切り握る、当然それはなんの支えにもならないからただの気休めにしかならない。
キスの途中でころりと咥内に小さななにかが入ってきたのを感じた。
けれどそれを舌で追いかけさせてもらえるはずもなく追いかけるどころか流し込まれた唾液でそれはなんの抵抗もなくおれのなかへと落ちていく。
こないだこうやって飲まされたのは媚薬で、名ばかりの仮眠室の固いベッドで散々抱かれたのは記憶に新しい。
熱を持て余してるおれを焦らしに焦らして、おれが言葉も身体も全部使って求めるのを見て楽しそうに笑っていた。
そんな必至に求める声も言葉になってなかったであろう喘ぎ声も仮眠室の薄い壁では完全に遮ることはできなかったのか、翌日はなんともいえない顔で見られた。
きっとあの人の狙い通りあの一件でおれの持ち主が誰か、は爆発的に工場内に広まったんだろう。相手が相手だからか直接なにか言ってくるやつがいなかったのが救いだ。
「ちゃんと飲めた?」
「今日もここでするんですか」
「んや、今回のは媚薬じゃねーよ。睡眠足りてないみたいだから即効性の睡眠薬。もう、眠くなってきたっしょ?」
「っ?!」
言葉にされて意識をしてしまったからか、本当に即効性だったからか。
途端に視界がぐらりと揺れた。
強い睡魔に、指先から力が抜ける。
あれだけ力を込めて握っていたバインダーは床へと落ちていった。
せめて挟んでいた書類が外れてなければいい、とぼんやりと霞がかかり始めた頭の片隅で思う。
力が入らない故に仕方なく身体を預けて、ああ、結局汚れたままスーツに触れてしまった。
「ちゃんと工場長に許可はとってるから大丈夫だよ、おやすみ班長さん。起きたらいっぱいイイコトしような?」
意識が落ちる前に感じたのは額へのキスと、やたら甘い香水の香り。
それと甘い誘いの言葉だった。

重い瞼を持ち上げて最初に視界に入ったのはきつめのピンクの天井だった。
何回も連れて来られたことのある、工場からそこそこ近い距離にあるラブホの一室だ。
他にもっとシンプルな部屋もあるのに、あの人はよくこの部屋を選ぶ。
如く、俗っぽい露骨な感じが好きなんだそうだ。
そんな安っぽいラブホのベッドでも寮のベッドと比べたら段違いに寝心地が良い。
睡眠が足りていないのもあってもう一眠りしたくてかけられていた布団を手繰り寄せて、身体を丸めた。
改めて目を閉じたときに、ふわりと甘い香りが鼻を擽った。
最初は好きじゃなかった、あの人が付けてる香水。
「…おそまつ」
「なーに?」
「! え、いたの…」
「むしろいないわけなくない?おはよー」
それもそうか、強制的に眠らせてラブホに放置とか意味がわからない。
落ちる前にイイコト云々言ってたし。
声のした方へ身体ごと向きを変えればにやにやしているおそ松がいて、無駄にでかいテレビでは女が足を広げられたところだった。
音が出てないのは一応気遣われてたからか。「起きて最初の一言がおれの名前とかすげーかわいい」
「…さっきまで寝てた?ベッドの上あんたの香水の匂いですごいよ」
「あー、風呂入る前スーツ投げといたからかな。おれ自身は寝てないし、ホテル着いて即おまえと風呂入ってたし」
「いれてくれたの?」
「さすがに何日も風呂入ってないやつベッドに寝かせらんないでしょ」
まあ、確かに。
だからって脱力した人ひとり抱えて入浴なんて簡単にできることじゃないし、面倒だっただろうに。
途中起きた記憶がないからおれは完全に熟睡だったみたいだし。
薬の効果もあれど、睡眠不足が祟ったんだと思う。
でもおかげでだいぶ身体は楽になったし、ひさびさに汚れを落とせたからかすっきりしている。
「じゃあ早速だけど報告会でもするぅ?」
「…報告会って、ベッドの上でするものだっけ?しかも全裸とバスローブ」
「いいじゃん、触りたいんだもん」
おそ松が手をつけばベッドがきしりと音を立てる。
覆いかぶさった状態で額にキスを落とされて、顔中、そして身体中にキスが落されていく。
唇だとか、肝心なところは全て避けているそれは酷くもどかしい。
「っあ…は…」
「ほら、報告」
肌に触れるか触れないかの距離で喋られると、空気が肌を滑って身体が震える。
擽ったさとは違う、確実に身体は刺激を快楽として拾っていく。
身体を撫ぜる手もゆるやかで、あくまで触れるだけ。
逃げようにも逃げられない、あつい。
「ん…っ、昼間、言った3人だけど」
「ああ、倒れたんだっけ?」
「それ、多分、1人は便乗してるだけで…っふ、さぼり、だと思う」
「そういう奴にはお仕置きしなきゃなあ、工場長に言っとくわ。とりあえず集会で吊し上げて同じこと考えるやつが出てこないようにしねーと」
少しだけ冷たくなった声に背筋が震える。
おれにはあまり向けられることのない声がたまらない。
ひとつ報告が終わったからか内腿に強く吸い付かれて赤が残される。
いままでと比べたら強い刺激に腰にきた。もっと、たくさん。
その為には全部報告をしなきゃならないのに、ゆるやかな快楽で頭がまわらない。
それでもなんとか報告をあげていく。
ちょっと動きが怪しいやつがいるだとか、あいつはもうやっていけないだとか、些細な噂だとか。
噂は案外馬鹿にならない、大したことないのもあれば結構な内容なものだったり。
火のないところに、煙は立たない。
「ん、も、まだ…っ?」
「もうない?一応どんなことも耳にはいれときたいんだけど」
他の噂、ええと、ああ、そうだ。
おれのがあるじゃないか。
別にこの人の仕事にはなんの影響もないだろうけど。
それでも噂は噂、それも事実とぴったり一致していて聞いたことがある人間もやたらと多いやつだ。
「…先週の一件のせいで、」
「先週?」
「仮眠室」
「ああ、媚薬で乱れに乱れてすげーえろかったおまえとのセックスのはなし?」
「あれ、外にだだ漏れで…っ、おれの噂上の肩書が松野おそ松のお気に入り、から松野おそ松のオンナにランクアップした」
お気に入り、とかいう曖昧な位置よりは多分、ランクアップ、だと思う。
オンナ扱いを気にするような性格でもないからそれはそれでいい、この人の下で啼いているのは本当のことだ。
途端に止まった動きに訝しんでいると唇が重なってそれに反応をする間もなく舌の動きに翻弄される。
首に腕を回せば深さが増して、飲み切れない唾液が零れていく。
「は、おれのオンナとかなにそれ、さいっこーの響きじゃん?」
「はぁ、っ、ひひ、おれも、そーおも、ちょっと?!」
いきなり足を抱えられて、さすがに焦る。
いくら興奮してるとはいえ、慣らしもせずに突っ込もうとするのはよくない。
いつもそういうの気にしてくれるのに、なんで。
「大丈夫だから、力抜いて」
「や、なにが大丈夫なのか全然わかんなっひあん!」
宛がわれた熱はおれが懸念していたのとは裏腹に根元まで一気になかへ呑み込まれていった。
痛みすらなくて、それどころか。
「即ハメでところてんって、すげーね…?」
「っうあ、あんた、なにしたの…」
「おまえが寝てる間に丁寧に丁寧に慣らしておいただけだよ。なにしても起きないんだもん、びっくり」
腰が揺られてなったぐちゅりという音から察するに、ローションも相当なかにつっこまれてる。
くそ、寝起きで感覚が鈍っていたのと、外はほぼ拭き取られてたせいで気が付かなかった。
わざとそうしたに決まってる、そういう人だ。
「慣らしてる最中に一回いったのに起きないからどうしようかと思ったよね。ちゃんと部屋の鍵は閉めて寝ろよ」
「あっ、あ、松野、おそまつのっ、あオンナって噂のやつ、に手ぇだす奴なんかいねーよ、あ、そこやだ、」
「それもそっか」
「や、だ、ってば、あっあ、あ!」
「一松くんの、やだはぁ、もっとだよな、っ」
強すぎる快楽はつらいはずなのに、それでももっと欲しいとねだるように腰が動く。
たった一週間、されど一週間。
欲がたまるのには充分だ。
それは同い年なのでお互い変わらない、いやこの人のほうが絶対やばいけど、おれと違って時間はあるんだからヌいたりしてるはず。
きっと一週間分はたまってない。
「ちゃんと報告できた、ごほーび、何がいい?」
「ん、ッあ、一番、奥に、出してほし、っあ!」
「なに、おれの精液でいいの?そんなのご褒美になんねーじゃん。最初からそのつもり、だし、ねっ」
「は、っあ、あ、あッ―…」
要望通り一番奥で出されたのがあつくて、きもちよくて。
たとえそれがいつも通りだとしてもどうでもよかった。
欲しいものは欲しい。
文字通り腹一杯にしてほしい。
「ふぁ、あっつい…」
「一週間分たまってたから濃さも相当だぞ、多分」
「まじか…それは意外」
「ヌきたくなった時もあったんだけどね、おまえのなかで出したときのこと考えたら我慢余裕でしたぁ」
唯一邪魔だったバスローブが放られて、ベッドを通り越して床へと消えていった。
ある意味ここからが本番だ。
1回いって、少し余裕ができた2回目。
「さて、どこまでいきたい?」
「っ、ふふ、そんなの決まってるでしょ」
「「地獄」」
どうしようもないとこまで落として欲しい、あんたの手しかとれないくらい。

「…シャツ、昨日と色違くない?」
「さっき持ってきてもらった。ちょっと潔癖の気があるからラブホに来るのすげー渋られたけど、自分のとこのボスがよれたシャツとスーツじゃ嫌だろ?つって昨日説得した。その時おまえの作業着預けたからきれいになってるよ」
肩を揺さぶられて仕方なく目を開けて。
赤色が目に入って最初に思ったのが色が違う、だった。
昨日のシャツはふつうに白だったはずだ。
それに赤色のネクタイ。
大体シャツかネクタイどちらかは赤い。
イメージカラーだとかなんとか言っていた気がする、次男が青だとか三男が緑だとか。
かんたんに身支度を整えて、確かにきれいになっている作業着に袖を通す。
これ、こんな色だったっけ。
寮の洗濯機じゃ限界があったってことか。
「一松、ここ座って」
「…どっち向き?」
「こっち向き。跨いで」
ぽんぽん叩かれていた膝へと言われるまま跨いで、躊躇せず腰をおろせたのはこの作業着がきれいに洗濯された後だったからだ。
しかも寮のぼろいやつじゃなくて、きっともっと最新のやつ。
下手したらクリーニングかもしれない。
じゃなきゃこんな上等なスーツの上に乗るのなんて断固拒否だ。
「これ、やって」
「…おれ、ネクタイ結べないんだけど」
「え、まじ?」
学生の頃の制服は学ランで、卒業後スーツには縁がなかった。
結果、おれは男なら当然結べると思われがちなネクタイが結べない。
こうして差し出されても困る。
「じゃあとりあえず一回見てて。覚えて」
「…ん」
おんなみたい、とまではいかないけど男にしてはきれいなほうだろう手がシュルシュルと白いネクタイを結んでいく。
正直もうすでにわけがわからない。
あっという間に完成したそれはきれいな形だった。
あれだけ普段雑に過ごしてるくせにこういうのはちゃんとできるんだからこの人はずるい。
かっこいいとか思ってない。
「じゃあ今度はおまえの番ね」
折角きれいに作られたそれは指一本で簡単に程かれてしまう。
差し出された端と端を受け取ったものの、やっぱりどうしたらいいかわからない。
最初、は、えっと。
「…おれの手に合わせてやって」
「…ごめん」
「なんであやまんの、おれのために覚えてくれるんでしょ?ならなんの問題もないじゃん」
手に誘導されるまま自分の手を動かして、ネクタイをどうにか結んでいく。
完成したのはさっきのきれいな形とは程遠い、歪なものだった。
スーツもシャツも上等なものなのに、真ん中で揺れるネクタイがこれじゃ台無しだ。
「はい完成。ありがとうな」
「いや、駄目でしょこれじゃ」
解こうと手を伸ばしたものの手はかんたんに掴まれて阻まれる。
力は入っていないけれど振りほどくことは許されない。
「駄目だと思うなら次はもっときれいに結んでよ。これは今日1日このまま」
「怒られるよ、その、潔癖症のひとに」
ボスのスーツとシャツがちゃんとしていないとその組織の評判に関わる。
そう思ったからわざわざ来たくもないラブホまで届けたのに帰ってきたボスのネクタイがこれじゃあ意味ないだろ。
結局だらしない印象になってしまう。
「今日の予定はおまえと朝食べて、おまえを工場に送り届けるくらいしかないからいいの!服持ってきて貰ったのも外からどう見られるかよりおまえにかっこいいと思わせるためだし」
「っ、そんな馬鹿な理由で使いっぱしりにするとか、んッ」
言葉を遮るためにキス、とかなんなの恥ずかしくねーのかよ…!
リップ音を立てて離れたあと、おそ松の唇が緩やかに弧を描いた。
残念ながらそれにときめかないなんてことは出来なくて。
好きな相手なんだから仕方がない。
「かっこいいだろ?」
スーツに赤いシャツ、白いネクタイなんてそれこそ何度も見てる。
見慣れてると言っても過言じゃない。
それでも、何回見ても。
「…かっこいいよ」
「ほらぁ、持ってきて貰った意味あったじゃん?」
「ネクタイで台無しだけど」
「つまりおまえの愛でおれは完成するんだよ」
「それ恥ずかしくない?」
「うちの次男に毒されてるのかも」
いや誰だよ次男。
あまり近づきたくないタイプな予感がすごい、とはいえきっといつかは会うことになるんだろう。
きっと件の潔癖症のひとにも。
このままこの人といて会わないで済むわけがない。
「さて、お着替えも終わったし飯行きますか」
「ごちでーす」
「お礼はキスでいいよ」
「え、そんなのでいの?安すぎじゃない?」
「もう少し自分に自信持って!これから行くのファストフードだから!おまえからのキスもっと価値あるから!!」
そう言われてもずっとこの認識で生きてきたんだから簡単に変わるわけがない。
これでも少しはましになってる、はずだ。
誰かさんのおかげで。
「でもキスはちょうだい」
「はいはい」
元より膝の上にいるんだから距離を詰める必要はない。
少し前に身体を倒すだけ。
キスなんて昨晩散々してるし、こっちからすることに新鮮さがあるわけでもない。
けどやっぱり、触れあわせるのは気持ちがよかった。
「…まいどぉ」
「…おなかすいた、早く行こ」
「おまえ夜も食べてないもんなぁ」
膝からおれをおろして真っ直ぐにドアへと歩いていくのを、少し遅れて後ろをついていく。
手ぶらなのはお互い様。
本当に手ぶらなおれと違って、財布携帯車の鍵は持っているだろうけど。
じゃないと出れないしどこにも行けない。
昨日のバスローブはまだ床に落ちたままだ。
ドアの先はピンクでもなんでもない、わりとどこにでもあるホテルの作りをした廊下。
さて、次にこのピンクに会うのはいつかな。

「次はいつ来るんですか、松野さん」
「未定だけど、遅くても来週には来るよ班長さん。…なぁこれやっぱやめない?遠い感じやだ」
「あんたが最初にそうするって言ったんでしょ」
「その頃セフレだったじゃん!今は違うじゃん?!」
「工場内で名前呼びとか今更無理。恥ずかしい。それにいくらなんでもたかが班長のおれが最高権力者を呼び捨てはおかしい」
「そうだけどさー!」
「…その分二人きりのとき特別っぽくていいんじゃないの?」
「それもわかるけど!あとぶっちゃけ敬語なのも興奮するけど!」
「じゃあなにも問題ないじゃないですか松野さん」
「捩じ伏せたくなるよね」
「…うわ…」


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