「…あれ、一松だけ?」
「おはよ、とっくにみんな出かけたよ」
「そー…おれまだねっむいわ…」
「…寝ちゃうの?」
「…一松くんが寂しそうだからねませーん」
引きとめられはしなかったけど、言葉の裏に隠されたものを読み取るのは難しくない。
一松は結構表情、というか目に出るしね。
あとはもう付き合いの長さだ、生まれる前から一緒にいるんだから大抵のことはわかる。
それに元々起きるから降りてきたわけだし。
「腹減ったー…おれの朝飯なんてないよな」
「あるわけないでしょ、いつもどおり山分けされてたよ」
「こらこら、どうせならおまえも参加しろー?」
ひとまず腰をおろして、ちゃぶ台へとつっぷす。
多分これ米もないよなあ…。
カップ麺とかで妥協するしかない感じか?
でもなんかそういう気分じゃねーんだよなー…。
いまいくら持ってたっけ。
「…なにか飲む?」
「いれてくれんの?」
「うん」
「じゃあ飲む。さんきゅー」
とりあえずなにか腹に入れたい。
そしたら、そうだなー、もうすぐ昼だし一松連れてどっか行ってもいいかも。
あいつ下手したら食わないもん。
ただでさえ薄めなのにこれ以上薄くなられてもこまる。
昼はともかく、朝と夜、おれらといるときは普通に食べてんだけどなあ…体質かな。
羨ましいようなそうでもないような。
そもそもおれはどっちにも偏りにくいし。「はい、おまたせ」
目の前に置かれた赤いマグからはふわりと甘い香りがたちのぼった。
茶色の水面には白い塊まで浮かんでいる。
てっきりお茶が出てくると思ったからびっくりだ。
「…バレンタインだし、ホットチョコレート」
「ばれんたいん」
「…まさか忘れてたわけ?あれだけ人にねだってきておいて?」
ニートやってると日付感覚おかしくなるわー、新台とかの情報あれば覚えてられるんだけど。
ここ最近はなにもなかったからなあ。
完全に忘れてたわ。
「ありがと、手作りは始めてじゃね?」
いつもはだいたい年中そこらで売ってるようなやつだ。
まあこいつがバレンタインのチョコ売り場に行けるとも、作れるとも思ってないので別にいい。
くれるだけで充分。
買い置きじゃなく、おれのためにおれのことを考えて買ってきてくれてるわけだし。
まあそりゃあね?
欲を出すなら今までも手作り欲しかったけどね!
そんな願いがまさか叶えられるとは。
「…はー…うまい」
「そ、よかった」
「…おまえは飲まねーの?」
「…あげることしか考えてなかった」
1杯いれるのも2杯いれるのも手間は同じだろうに。
けどそれならそれでいっか、お返し、ってことで!
甘いチョコレートを飲みきって、マグを持って立ち上がる。
「珍しく下げるのはやいね」
「一松、これまだ材料ある?」
「あるけど…そんな気に入ったならおれいれてくるよ」
「おれがおまえにいれたいの!だから作り方おしえて」
一松が目をまるくする。
かわいい、かわいいけどその本能は失礼じゃない?
確かにおれは料理できないけど、さすがにこのくらいならできるって!多分。
だってこれ、溶かして混ぜるだけだろ?
「ほら、台所いこーぜ」
手を差し出せばしっかり手が乗せられる。
そのまま手をつないで台所にいけば、まだそこには甘さの名残が漂っていた。
使った道具はきちんと片付けたらしくシンクには見当たらない、一松らしい。
「さっむ!台所ってこんなさみーの」
「いや、だって兄さんパジャマ一枚じゃん…そりゃ寒いでしょ」
「でも上とってくんの面倒だしいいや…教えて一松せんせ」
あ、なんかこれちょっとやらしくていいな。
今度そういうプレイでやろう。
そんなおれの邪な考えを他所に一松はひとつずつ道具を並べていく。
といってもすぐ使うのはまないたくらいか。
「じゃあとりあえず割って、できるだけ細かく」
「りょーかい!」
1人分の量らしい板チョコの半分をパキパキと割っていく。
ずっと持ってると体温で溶けるし、結構忙しないなこれ。
最初は溝にそって、そのあとはそれをさらに半分。
できるだけ細かくってどのくらいだ…?
「なあ一松、これどのくらいやればいいの」
「溶かすのがめんどうだと思う大きさじゃなければいいんじゃない」
「よし、次の作業いこ」
「じゃあ、はい。牛乳あっためて」
しっかり1杯分用意されていた牛乳を鍋の中に入れて火をつける。
焦げないように混ぜるために渡された泡立て器で混ぜつつ、沸騰するのを待てばいいらしい。
うちに泡立て器なんてあったのか。
使っているのを見た記憶がない。
「沸騰したらさっき割ったチョコを入れていくだけ」
「ふんふん、確かにこれならおれ達でもできるな」
牛乳にチョコを落としては混ぜ、落としては混ぜ。
徐々に白は茶色に染まっていき、牛乳の匂いも甘ったるいチョコのものに飲み込まれていく。
泡立て器を持ち上げればとろとろと液体が流れていった。
持ち上げていたのを戻して、なんどもなんども混ぜていく。
おれの愛が混ざってもっと甘ったるくなってしまえばいい。
なんて。
「…もう、大丈夫だと思うよ?」
「おれの愛混ぜてる」
「…クソ松みたいなこというのやめたほうがいいよ」
「赤い顔でそんなこと言われてもな〜」
隣から覗き込めば一松の頬はしっかり赤くなっている。
つい緩んだ口元で見てたら口にマシュマロがつっこまれた。
やわらかくてあまい味がする。
「…マシュマロって唇の感触に似てる、とか昔流行ったよな」
「ああ…なんかそれ、兄弟でマシュマロ買って試したよね」
その時は誰一人として経験のないような、本当にこどもの頃だったから試したところで正解かどうかはわからなかった。
ただきゃっきゃはしゃいでおわりー…だった、気がする。
もう記憶も大分曖昧だ。
というわけで。
ひとつマシュマロを取って、唇で挟む。
そのまま一松に顔を寄せてキスをするみたいに押し付ける。
うん、自分でやっておいてなんだけどマシュマロ邪魔だな。
感触を確かめさせるように何度かふにふに押していると唇がひらいて、そのままマシュマロは咀嚼されていった。
「似てた?」
「いや…そうでもないでしょ、これ」
「そっか」
折角なので唇もいただいておくことにした。
押し付けるだけのそれは、さっきマシュマロを押し付けていたのと改めて比べられる…と思う。
いかんせんおれはどちらも仕掛けた側なのでなんともいえないけれど。
舌をつっこみたくなるのをとりあえず我慢して、ゆっくりと唇を離した。
「…やっぱ似てないよ」
「本物のがいい?」
「そんなわかりかったこと聞いて楽しい?」
「うん」
「おそ松兄さんの唇のほうががす、っ」
あ、やべ早すぎた。
おれが唇を塞いでしまったら当然声は最後まで音にならない。
辛うじて最後に聞こえたのはす、の一文字。
勿体ないことしたなあ。
今回もやっぱり舌は我慢して、だって側にはまだ火にかけられてる鍋がある。
大丈夫だと思うけど、念のため。
「はは、我慢できなかった」
「自分で言わせようとしたくせに」
一松の手が伸びてコンロの火をとめた。
最後にぐるりと一混ぜして、紫色のマグに移す。
おれに出されたのと同じようにマシュマロを浮かべてる間に鍋はシンクへ移動されて、中に水を注ぎつつ一松が片付け始めていた。
妙に早急な手付きから勝手に判断して、マグが邪魔にならないよう奥へと押す。
間違っててもまあ、いいでしょ。
きゅ、と水が止められた音を聞いてから一松の身体を抱き寄せた。
薄いパジャマを掴む一松の手は洗い物をしていたから当然濡れていて冷たい、けどそんな冷たさよりも咥内の熱さが感覚を占める。
自ら差し出してきた舌を絡めとるのも身体をぴったりくっつけるのも簡単で、ああほらやっぱりあってた。
おれもおまえも、あれだけじゃ足りないよね。
思う存分くちの中を味わってから離して、一松の顎を舐めとる。
ふたり分の唾液が流れるままよりはましなはずだ。
「…冷めちゃう、」
「いいじゃん、猫舌なんだから」
「でも、上」
「上?」
「…父さんも母さんもいるよ」
「はあ?!」
ばっかおまえ、そういうことはもっと早く言えよな!
そういえば今日は日曜だった気がする。
ええ、じゃあこの盛り上がった空気どうすんの?
関係を知っている兄弟なら万一見つかってもどうとでもなるけど、両親は洒落にならない。
しかも行動が読めないときた。最悪だ。
「ええー…」
「…なんかごめん」
「すげー大事なことだから、もっと早く言って?」
「や、覚えてたんだけど…キスしたくらいから上のことトんでた」
この子は何言ってるかわかってんのかな?
つまりそれはおれとのキスが欲しすぎてだとか、ヨすぎてだとか。
とにかくプラスのイメージにしかならないんだけど?
これ以上なにも出来ないっていうのに容赦なく煽るんだもんなあ!
くっついてる最中に両親にこられても困るので、薄い身体を解放する。
少し距離がひらいたにも関わらず、一松の手はパジャマを掴んだままだ。
だからさあ、そういうのさあ!
「…一松、おれ腹減ってんの」
「…うん」
「それ飲んだらどっかのドライブスルーでなんか買って、食いながらホテルいこ。車出すから」
バレンタインだしどこも混んでんのかな、ああでもホテルはこの時間なら大丈夫か。
昨日の夜から今日にかけてのがやばそうだ、なんたって土日。
「いいけど、飲むのは急がなくていい?」
「急かすつもりはないから構わねーよ。でもなんで?」
「…折角いれてくれたのに、勿体ないじゃん。愛入りなんでしょ」
「いーよいーよ、もう好きなだけ味わって。ただし覚悟しとけよ」
昼間から行って宿泊コースでもいいかな。
もう無理、なんでこんなかわいいの。
OKがでたからか一松はマグを手に居間に向かう。
いれてからちょっといちゃついたんだから猫舌の一松でも飲みやすい温度になってるはずだ。
後を追うように居間を覗けばちょうど一口飲んだとこだったらしい。
「あまい…」
ぽつりと呟かれた言葉と同じくらい声にあまさが含まれていて。
気持ちまわりに花が飛んでいるようにさえ見える。
ノリ半分だったけど、いれてやってよかった。
幸せそうでなによりだ。
起きてから時間が経ってる一松と違っておれは一から用意しなきゃいけないので、居間から出る。
顔洗って、着替えて、その他もろもろを急がず普通のペースでこなしていく。
途中で一松も上に来ると思ったのに、まだこない。
別におれ準備するのはやくないよな?
居間に戻ればまさかの、まだマグを口に運ぶ一松がいた。
さすがに味わいすぎでは。
それで満足されても困るんだけどなあ。
「一松」
「おそ松兄さん、美味しかった。ご馳走さま」
「おれの愛、それで満足しちゃった?」
「…まさか。本番はあとででしょ」
そう言って笑うと、ちゃっかりマグを押し付けて上に行ってしまった。
や、いいけどね洗うくらい。
さっき洗ってくれたし、お返しお返し。
マグひとつ洗うくらいそんな時間はかからない。
一松が戻ってくるまでに車を出してしまおう、そんでさくっと出かける。
なんだか期待されてるみたいだしィ?
なにしてやろっかなあ、どろっどろに溶かしてやりたい。
それこそさっきのチョコみたいに。
指先すら動かすのが億劫になるくらいになればいい。
うん、それでいこう。
元々楽しみだったけど、もっと楽しみになってきた!
一松はやく来ねーかな!