「あけましておめでとー!」
「おめでとー!」
年が明けたところでなにも変わらないとは思うけれど、騒ぐ口実にはちょうどいい。
というわけで松野家の2階ではちょっとした宴会場になっていた。
各々好きな酒やらつまみを持ち寄るだけのかんたんなもの、しかも大抵金がないからたいしたものはない。
どう考えても一番豪華なのは母さんが用意してくれた年越し蕎麦だ。
それもとっくに食べ終えて、日付が変わる頃には酒だって空き缶へと姿を変えているものばかり。
あれだけのペースで5人が飲めばすぐになくなるに決まってる。
宅飲みだからって他の兄弟が潰れるペースで容赦なく呑ませているやつがいるのもいけない。
おれは元々強くないのもあって、自前のビール1本をちびちび呑むだけにしていたし、呑まされそうになったのも生贄を出して逃げたからまだそうでもない。
たまにトド松あたりが持ち込んだチューハイは一口貰ったりしたがあんなのジュースだ。
少しふわふわするけど。
ちなみに生贄もといカラ松は既に座ってすらいられないのか転がっている。
さっきまでおそ松兄さんに絡まれていたから仕方がない。
「一松」
「…ん」
「あは、なにおねむ?早くね?」
「まだ大丈夫…」
「そ?じゃあちょっとお兄ちゃんに付き合ってよ」
おそ松兄さんの次のターゲットはおれだったらしい。
おれが返事をする前に腕をとられて強引に立ち上がらせられた。
思っていたよりも酔っているのかふらついた身体はかんたんに支えられてしまう。
からから楽しそうに笑う声がいつもと少し違って、おそ松兄さんも酔ってることがわかった。
とはいえ兄弟の中でもばかみたいに強いから、ほんとにちょっと浮かれてる程度なんだろう。
おれが同じ量を呑んだら余裕で潰れるだろうな。
同じ六つ子なのに全然ちがう。
残念ながらアルコール面でおれが一番近いのはそこの死体だ。
「あれ、おそ松にーさんと一松にーさんどこいくの?!」
「ベランダー、新年最初の一服〜」
「ほぉんと好きだよねえ、煙草。僕には全然わかんないや」
「別にいいんじゃね?むしろ好都合でーす」
好都合、という言葉に弟2人は首を傾げる。
けどおれはなにが、なんて思わない。
好都合という言葉に全面的に同意する。
いまのところこんな頻繁に煙草を吸うのはおれとおそ松兄さんくらいで、吸いたいときは必然的にふたりきりになる。
そうなることに不自然さがない。
折角作りやすい空間に、他に誰か入られるのは正直迷惑だ。
ふたりきりでなにかしているわけじゃないけど、だらだらと煙草を吸って、たまに触れて、じゃれて。
…いやこれ充分なにかしてるな。
「酔ってあつくなってるからって調子乗って外にいて風邪ひくとかやめてよね」
「大丈夫大丈夫、一服するだけだから」
おそ松兄さんが引き戸を開けるとひんやりとした空気が室内へと流れ込む。
それが心地よくて兄弟達からのブーイングを無視してぼーっとしていると兄さんに背中を軽く押された。
素足がふれた床はやっぱり冷たくて、気持ちがいい。
がらりと戸が閉められて室内の音が遠くなる。
外は外で浮かれた人間の声が聞こえないわけではないけど、中と比べたらだいぶ静かだ。
「おまえ大丈夫?結構ぼーっとしてるけど。なに呑んだ?」
「…自分で買ったビールと、トド松あたりが持ってきたチューハイがあいてたら一口二口…?」
「家だからって油断してた…気持ち悪かったりはないんだよな?」
こくりと頷くと兄さんの手が頬に触れた。
あつい。
冷たいもののほうが気持ちよく感じるようになっているはずなのに、そのあつさは心地がいい。
おれは酒に弱い、それをよく知ってるから兄さんはおれの呑む量をさり気無く見てくれていることが多い。
カラ松にはそうしてる素振りはないから、恋人扱いされてるのかもしれない。
潰れた時めんどうなのも何割かはありそうだけれど。
「はは、真っ赤。かわい」
なにがお気に召したのか兄さんはむにむにとおれの頬をつまみ続ける。
頬の持ち主であるおれ自身にはなにがそんなにいいのかまったくわからないけど、兄さんが楽しそうなのでされるがままになっておくことにした。
おれより、トド松あたりのほうが触り心地よさそうだけど、雰囲気的に。
「…煙草、吸うんじゃなかったの」
「吸う吸う。ちゃんとおまえのも持ってきたよ」
頬から手が離れて赤いパーカーのポケットへとつっこまれた。
そこから出てきた箱を受け取って、冷たい床に腰をおろす。
ベランダの端に置きっ放しになっている灰皿代わりの缶を間において、準備はオッケーだ。
あとは火をつけて吸うだけ。
「兄さん、火」
「ちょっと待って。ん」
煙草の先端がこちらへ向けられたので、自分の煙草を咥えた。
先端同士を暫く宛がい続ければこちらへと火が移る。
ライターで付けるより時間がかかるけれど、おそ松兄さんはこれで火を移すのが好きだった。
いまは随分と慣れたが、最初の頃は先端同士をくっつけるのも難しかったことを思い出す。
「なぁに笑ってんの」
「上手くなったな、って」
「何年こうやって火移しあってると思ってんの、そりゃ慣れるだろ」
しっかりと移ったのを確認してから距離を開く。
舌に広がるのは間違いなくいつもの苦味。
紫煙が冬の空にとけていくのを見送っていると左手に熱が触れた。
見なくてもおそ松兄さんの手だとわかる。
手の甲側から握られているせいで握り返すことができないのが残念だ。
「あけましておめでとー」
「おめでとう」
なにがおめでたいのかはやっぱりよくわからないけれど、とりあえず返しておく。
昔だったらお年玉だとか冬休みでおかしくなったテンションで多少は違ったのかもしれないけれど、いまはもう成人済み。
お年玉をもらう歳ではないし、ニートにとっては毎日が冬休みみたいなものだ。
ちなみに夏には毎日夏休みにかわる。
「なんか元旦らしいことでもする?初詣行くとか」
「行ってもいいけど、人全然いないとこがいい」
「その神様ほんとにご利益あんの?」
そもそもクズにご利益もなにも。
ああいうのは普段からがんばってる人にあるものなんじゃないだろうか。
日々だらだらと親の脛をかじって猫を愛でているだけのおれにそんなものがあっていいわけがない。
それにご利益なんてものがなくても、おれはいまのままで満足している。
幸いそれが壊れる予兆もない、いまのところは。
おれたちはみんなそれぞれどうしようもない理由でニートを続けている。
誰も、この家から離れていかない。
「んー、あとはなんだ、お年玉?」
「金ないくせに。そもそもお年玉は兄弟間で渡すものじゃないでしょ」
「いいじゃん別に、気持ちの問題だって。だから貰って」
ただのキスの口実、そんなもの必要ないことを知っているくせに。
ぐ、と重ねられていた手をひかれて引き寄せられる。
煙草がお互いに当たらないように逃がして、目を閉じた。
重ねられた唇から割って入ってきた舌はおれと同じように苦い。
けれど好みではない苦さ。
煙草を吸った後にキスをすることも少なくはないのでさすがに慣れたけれど、最初は眉を顰めるのをやめられなかった。
キスをしてその態度はどうなのか、と思わなくもないけどおそ松兄さんもそうしていたからお互い様だ。
思っていたより長いキスに煙草が邪魔だな、と思ったが灰皿がどこにあるのかわからない。
おれはともかく、兄さんに火傷はさせたくない。
どうしようか悩んでいたら煙草が乱暴に奪われた。
そのまま床へと押し付けられる音がして、ああばれたら怒られるなとぼんやりした頭で考える。
いいや、全部おそ松兄さんのせいにしてしまえばいい。
自由になった手を兄さんの首へまわせば体重をかけられて、身体が傾いた。
腰にまわされた腕に支えられながらゆっくりと床へと倒されていく。
その途中もキスはしたままだ。
背中がぴったりと冷たい床へ押し付けられたのとほぼ同時、舌が更に奥へとつっこまれる。
苦しいけどきもちいい、ぞくぞくする。
開放されるころにはお互い息があがっていて、まあおれのほうがひどいけど、寒さなんてほぼ感じていなかった。
「はあ…やべ、とまんなくなりそ…」
「…っはあ、は、っ、ここじゃ、しないよ」
家の敷地内とはいえ外だし、誰に見られてもおかしくない。
中からだって今はソファが遮っているとはいえその気になればかんたんに覗ける。
音だって中のが微かに聞こえてくるくらいなんだから、逆もまた然り。
それにこんな真冬に野外でなんてやったら間違いなく風邪ひく。
「しねーよ…。あー、あいつらはやく寝ないかな」
「寝たらすんの」
「する。おまえだって足りないだろ?」
服の上から腰を撫でられて、びくりと腰が跳ねる。
触り方が、いちいちやらしい。
そんなおれの反応が楽しいのか何度かそれが繰り替えされて、煽られる。
直で触られてるわけでも、ないのに。
「はい、とりあえずここまで。続きは我慢な?」
「っ、さいてい、」
「これだけでそんな感じちゃう一松くんも悪いと思うよ?」
くっついていた身体が離れて、2人の間に風が通る。
床に転がったまま起き上がった兄さんを見上げていたら手を差し出された。
触れた手はやっぱりあつい。
押し倒されたと思ったら今度は起こされる、忙しないなと思いつつもそれに従った。
ここがベッドだったら逆に引っ張り返してやってもいいんだけど。
「よし、決めた。あいつら全員潰す」
「地獄絵図かよ…」
「はは、おれ等は昼まで寝てりゃいいじゃん」
元旦早々寝込む兄弟の姿が目に浮かぶ。
きっと元気なのはおそ松兄さんだけだ。
そして寝込んでいるおれ達を見て笑うに違いない。
二日酔いもおれが動けなくなるのも、全部この人が原因なのに。
「そろそろ戻るか、ほんとに風邪ひいてもひかれても嫌だし」
「中、まだ騒がしいね」
「十四松がなんかやってんじゃねーの?」
引き戸に手をかけて中を覗けば何かしている十四松と、それを見て笑うトド松、呆れたようなチョロ松兄さんが見えた。
カラ松はまだ死んだままらしい。
開けるために指先に力をこめたところで後ろからゆるく抱きしめられた。
腹の前にある手に力はこめられていないのに、振り払えない。
振り払うつもりなのかは別として。
「いい子で待ってろよ」
耳元での囁きはびっくりするくらい甘くて、どろりと身体中をおかしていく。
そんな声を出されたらおれには頷くくらいしかできない。
声も出せずにそうしたおれの姿を見て、硝子に映ったおそ松兄さんは満足気に笑った。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -