LOVE OR LUST

3


「―――…泣いてるの…?」



 ふいに耳に届いた微かな声に、はっとして顔を上げた。
 眠っていたはずのセリスが俺を見て首を傾げている。



「どうして…泣いてるの?」



 先程までの行為ですっかり声を枯らしてしまったセリスはそれでも、俺を心配そうに見上げて細い声でそう言い、身を起こして手をそろそろと伸ばした。
 その手は俺の頬に触れる。
 熱を持った温かい掌が俺の頬を包んだ。



「やっぱり、泣いてる…」

「…泣いてなんか…」



 言われて初めて気づく。
 俺は知らない間に泣いていた。
 涙が頬を伝い落ちていても全然気付かなかった。


 ふと、頬からセリスの手が離れ、熱がなくなった事に寂しさを覚えたその刹那、ふわり、と、包むように抱きしめられた。



「ロック…」



 掠れた声で、俺の名を呼ぶ。



「泣かないで…」

「…セリス…どうして…」





 どうして…なんで俺に優しくするんだ


 お前を傷つけて、泣かせて、辛い思いをさせているのはこの俺なのに


 泣きたいのはお前自身のはずなのに


 どうしてこんな俺に優しくできるんだよ










「…好きだから…」









 消え入るような言葉に、俺は耳を疑った。





「な…、」

「あなたが…好きだから…」





 キュッと、俺の背に回された手に力が篭る。





「だから…ごめんなんて言わないで…」





 抱き合う行為も、キスも、言葉も全て、俺が無理にさせている意味を成さない事だと思っていた。

 だけど…、







「…本当に…?」



 声が掠れて、思うように言葉を紡げない。



「本当に、俺の事…」

「好きよ。誰よりも、あなたが…」

「…俺は…今までお前にひどい事をたくさんしてきたのに」

「それでも…」







 あなたが好き――――。







 心の奥底に巣くう黒く冷たい何かが、ぽたりぽたりと、徐々に溶けていくような、そんな感覚。


 俺が無理に言わせたんじゃなくて


 彼女自身が紡ぐ、俺に向けてのその言葉は


 温かく、ゆっくりと、俺の中の黒く冷たい心の闇を溶かしていく。





「俺も…」





 身体をそっと離し、先ほど自分がされたようにセリスの頬を包み込んだ。
 セリスは静かに目を伏せ、俺は唇に静かにキスを落とす。







「お前だけを、愛してる…」


















 欲しいものがある。



 それはこれまで見つけたどんなきらびやかな宝も霞むような、
 美しくて、儚くて、手に入れても掌から零れてすぐに消えてしまいそうな



 俺には到底手に入れられないもの。







 だけど、ようやく手に入れた。







 もう一生、手放したりしない。









 ――――俺の、俺だけの宝物。



end.

(2008.06.03)




*prev next
back

- ナノ -