■■■■ たとえば、もし
5
「セリス!」
逃げる私をロックが追う。
けれど逃げたところで、いずれ追い付かれてしまうのは時間の問題だった。
彼の足に敵うわけがない。
判ってはいるけれど、それでも私は懸命に走った。
今にも朽ちてしまいそうな、重厚な存在感でいくつも聳え立つ巨木の間をかい潜りながら、ただひたすらに。
どこまでも続く変化のない景色。
左右を流れていく深い緑の色彩。
それを横目に垣間見ながら、行く手を阻もうと横たわる倒木を飛び越えて、時折視界を遮るように目の前に舞い落ちる葉を振り払う。
そうしてどれくらい進んだだろう。
先の見えない暗闇を。
降り注ぐ太陽の陽射しの全てを遮るように葉をつけた背の高い樹木が連なるこの辺り一帯は、少しの木漏れ日すらも洩れず、昼間だというのに仄暗かった。
それはまるで、出口のない巨大な緑の迷宮のように…目の前に広がるのはただひたすらに混沌とした、暗い、暗い闇。
迷い込んでしまった私を嘲笑うかのように。
報われない恋心を抱いてしまった私を冷笑するかのように。
僅かな光、僅かな希望、それすらも望む事を許されず、巨木は冷たく私を見下ろす。
私の心に光が射す事などないのだと。
もしもなんて、そんな淡い期待さえ打ち消すように。
聳える緑は一筋の光りさえも遮った。
───判ってる、そんな事。
期待なんて。
希望なんて。
持つだけ無駄だという事など、自分自身が嫌と言うほどよく知っている。
だからこそ。
一人にしておいてほしいのに…。
そっとしておいてほしいのに…。
その願いは叶わず、追い付いたロックに再び腕を掴まれてしまう。
「離して…!」
「───…イヤだ」
いくらもがいても、捕らえられた腕の力は弱まる事はなくて。
私は逃げる事を諦め、泣き顔を見られないように黙って俯き下を向く。
息を切らし乱れた呼吸の音と、揺らめく木々の葉擦れの音。
言葉は発せず、今はその音だけしか聞こえない。
張り詰めた空気と共に、沈黙が重くのしかかるのを感じた。