Happiness


 変わらない日常。
 変わらない日々。

 ただそれだけで、幸せだと思う。




『Happiness』





「おはよう、ロック」
「おはよ……」



 キッチンから私が声をかけると、まだ目が覚めきっていないロックが欠伸混じりに返事をして、眠そうな足取りでダイニングチェアに座る。

 彼は朝に弱い。

 テーブルに着いた彼はまだ眠そうに目を擦り、今にもその場で再び眠ってしまいそうだ。
 私は焼きたてのトーストとサラダと珈琲を彼の前に並べる。

 香ばしく焼けたトーストの香り。
 挽きたてのほろ苦い珈琲の香り。

 そんな香りで、彼の目覚めを誘ってみる。



「ロック、ほら起きて。朝食にしましょうよ」
「ん…」



 けれどそれでも彼はまだ半分夢の中で。
 見兼ねた私は、まだ目の覚めきらない彼の頬に、おもむろに軽くキスを落とした。



「……!」



 頬に突然触れた感触に、眠そうにしていた目が瞬時に見開き、彼が私を驚いた様子で見つめる。



「起きた?」
「………起きた」



 少し顔を赤くしたロックに、私がしてやったりと微笑む。
 するとそんな私の瞳を捕らえた彼が、同時に私の手首も捕らえて、寝起きとは思えない程の力でその腕を引き寄せた。
 驚く暇もなくキスをされる。

 頬ではなく、唇に。



「……!」
「おはよう、セリス」



 今度はロックがしてやったりと悪戯な笑みを浮かべて、もうすっかり目の覚めた彼がもう一度目覚めの挨拶を紡いだ。



「もうっ…」



 反対にしてやられた私は顔を火照らせながら彼を睨む。
 そんな私を見て、彼は面白そうに笑った。









 幸せな時間とき
 幸せな現在いま


 辛く暗い過去があったからこそ、この何気ない日常が、今この時が、幸せだと思う。



 …でも、未来は…?

 私と、ロックの、未来は?



 ずっとこのまま、こんな幸せが続けばいい。
 そう願うけれど、そこには確証なんて何一つなくて。
 硬く結んだ筈の二人の糸も、いつの間にか緩んでほどけていく…そんな事も、ないとは限らなくて。




 幸せは続かないのかもしれない。

 幸せな未来はないのかもしれない。




 けれど、今が幸せならば、私はそれでいい。


 今この瞬間が、例え偽りの虚像なのだとしても。





 それでも、私は―――…。









「幸せだな」



 ぽつり、と囁くようにロックが言った。
 私の手首を捕らえていたその手はいつの間にか私の掌を優しく包むように握り、彼は目を細めて、言葉の通り幸せそうに微笑む。
 知らず表情を曇らせていた私の心を見透かしたようなその一言に、一瞬ドキリとした。



「お前が隣にいてくれるだけで、お前が隣で笑ってくれるだけで…俺は幸せだよ。今も、これからも」

「これからも…?」

「ああ、これからも…ずっとだ」






 ……ああ、なんだ。



 ずっと彼の傍にいればいいんだ。



 解けたって、結び直せばいい。



 何度でも。



 求めていた答えは、とても簡単な事だった。









 ジャムを塗ったトーストを手渡す。
 彼は差し出されたそれを受け取り、口に運ぶ。
 髪には寝癖をつけて、目はまだ少し眠気まなこで。
 ゆっくりとパンをかじるその姿はまるで子供のよう。

 向かいに座るそんな彼を見つめ、私もサラダをつつき、微笑みながら心に宿った温かな想いを零した。



「私も…幸せよ。ロック」






 何気ないそんな朝が、幸せだと思う。



 これからもずっといつまでもそんな朝を、彼と一緒に過ごせたなら…。



end.

(2008.9.12)



――― after word ―――


 見えない未来に不安を感じるセリスと、未来永劫の二人の幸せを確信しているロック。
 そんな二人を書いてみたつもりだけど…短いからちょっと中途半端??




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