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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!

その人はよく来るお客さんで必ず一冊何かを買って帰る人だった。いつも俯き加減で声も小さいが、本を受け取った時の笑顔が、同じ本好きとして嬉しかった。それが、私の勘違いだとは知らずに。



「あの、困ります。これは、受け取れません…。」

「受け取るだけ受け取ってください。送るか送らないかは、あなた次第です。ぼくは、その、待ってますから!」

「いや、あの…期待をもたせることはしたくないので…その、送りませんから、受け取れません。」

「気が変わるかもしれない。だから、一応!」



そんな必死に涙目で訴えられても困るものは困る。ずっと差し出されている紙切れには、目の前の青年の名前と電話番号とアドレスが書かれている。まさか、この青年が私に好意を抱いているとは、全く気付かなかった。



「あの、お客さま…」

「ずっと、顔を覚えてもらいたくて通ってたんです…!本を渡してくれる時の笑顔が!わ、忘れられなくて!その、ぼくのこと…ま、まんざらでもないのかなって思って!だから!こうして勇気を出して!」



あぁ、なんてことだろう。あの笑顔にそんな意味なんてないのに。接客業として当然の対応をしていただけなのに。これは、どうしたら青年を傷つけずに納得して帰ってもらえるだろうかと思って悩んでいると、突然青年が小さく悲鳴をあげた。



「あ、…銀さん。」

「おいおい勘違いしちゃいけねーよ?こいつの笑顔はお前だけじゃないの。接客業なの、これ。わかる?お前が特別とか、そういうのじゃないの。つーかな、そんなことでいちいちときめいてたらお前どーすんだよ。どこもかしこもお前のこと好いてるやつでいっぱいとか壮大な勘違もいいとこだよ?ま、ハーレムつーのは男なら一度は夢見るけど、現実は違うの。現実的はもっと厳しいんだよ。ハーレムになりたかったらまずは酒飲める年齢になって大金持って出直してこい。そしたらいい女に囲まれてウハウハできる店教えてやっから。」



な?といって銀さんが青年の肩を叩くと、青年はまた悲鳴をあげて、そのまま店を出て行ってしまった。そりゃあ突然自分より体格のいい男が現れたら、怖いよね。目が笑ってない笑顔で早口に巻くしたてられたら、怖いよね。私は少し青年に同情しつつも、助けてくれた銀さんに頭を下げた。



「ありがとうございました、助かりました…。」

「…お前さ、全く気づかなかったの?好意もたれてること。」

「…驚くほど全く。ほとんど毎日来てても、本を買って行くので、相当な本好きだなくらいにしか…話しかけられたのも今日が初めてでしたし…。」



私がそう言うと銀さんは眉間に皺を寄せたまま黙りこくってしまった。少し怒っているような気がして、私は冗談口も叩けず、とりあえずそっとカウンターから離れ、店先に出ているジャンプを取りに出た。



「銀さん、はい。これ今週のジャンプです。」

「断るときくらいよぉ、ちゃんとしたほうがいいんじゃね?」

「え?」

「嫌なら嫌って、怒れよ。笑顔でいる必要ねーだろ。」

「…。」



確かにそうかもしれない。私はさっき、嫌だといいながら、苦笑していたのだ。それは相手がお客さんだから下手に嫌がれなかったというのもあるし、青年だから危機感も特になかったのだ。



「青年つっても、あいつは」



男だぞ?といって銀さんは突然、私の手首を掴み、そのまま本棚に体を押し付けた。



「った…!」

「半分の力もでてねーよ。」

「でも、痛い!!」

「逃げてみろよ、無理だろ。これが男と女の力の差だよ。」



銀さんはそういってさらに手首を掴んでいる力を強め、体を密着させてきた。銀さんの息遣いが、近い。顔を上げてしまえばきっと、距離なんてない。



「こういうことされる可能性があるもあんだからな、気をつけろよ。」

「わ、わかりましたっ!わかったから…っ!」



掴まれてる手首の痛さなんかよりも、心臓のほうが痛い。お願いだから早く離れて!という私の願いは届かず、銀さんはさらに私の顔を覗き込んできた。



「なに、そんな顔してたら余計相手煽るだけだろ。本当にわかってんの?」

「ちがっ!」



否定するあまり思わず顔を上げると、あと数ミリでゼロの距離になるところだった。



「おねがっ…はなれて…!」



必死に私が訴えると銀さんはやっと手首を離してくれた。それからゆっくり銀さんは体を離して、そのまま手を引いて私を抱き寄せた。



「怖かったか?」



怖い?怖いわけがない。だって相手は銀さんだ。私が銀さんの腕の中で小さく首を振ると、銀さんは笑いながら、名前はいけない子だななんていうから、悔しくてそのまま銀さんの腰に手を回した。



「ぎ、んさんだから、ですよ…。」

「…なら仕方ねぇな。」



日に日に銀さんに対する想いが募っていく私を、誰か止めてください。



「ていうか本棚に壁ドンしないでください。本が痛むじゃないですか。ほら、銀さんも落ちた本拾ってくださいね。」

「あれさっきまでの甘い雰囲気どこいった?」



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