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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!

「い、いらっしゃいませ。」

「うん!また来たよ!」



あれから頻繁にくるようになった神威さん。どうも話に聞くと、普段は宇宙にいることが多いそうだが、今は知り合いの同行で地球に滞在しているらしい。



「今日はね、これ!」

「わー、カラフルー。」



そして遊びに来るたびになにか持ってくる神威さん。別になにもいらないと何度言っても、喜ばしたいんだといって、やめてくれない。その献上ものをやめてくれれば、喜ぶのに。なんて、もちろん言えない。こんな目をキラキラさせられたら、言えないのだ。



「宇宙一の美味しいフルーツだよ!阿伏兎がこれならいけるって!」

「そ、そうですか…。じゃあ、一緒に食べますか?」

「俺はいいや。」

「なんで?!?!」



一体どんな味がするのかわからないフルーツを手にして私は苦笑を漏らした。





その日は朝からすごい雨で、もちろんこんな日はお客さんも少ない。少ないというより、全くいない。まぁ、仕方がないかと思って、私はカウンターでゆっくり雨音を聞きながら、出版社の人から頂いた小説のゲラを読んでいた。

「(この新人作家さん、面白いなぁ。)」

「ねぇ。」

「…え?あ、!神威さん!こんにちは!」



いつもテンション高めで、それこそ扉を壊してしまうんじゃないかというくらいの勢いでお店に入ってくるので、雨音しか聞こえていなかった店内で、突然神威さんが目の前に立っていることに驚いた。いつのまに?それとも私が小説に集中しすぎていたんだろうか?



「それ、なに?」

「これですか?これは発売前の小説のゲラですよ。」

「しょーせつ?」

「…本、読まないですか?」



とても不思議な顔をしている神威さんに、私は近くにあった本を手に取り渡してみた。宇宙に本はあまりないのだろうか。



「俺は読まないけど、晋助はたまに読んでる。これ、そんなに面白いの?」

「そうですね、わたしは好きです。好きだからここ、本屋さんの店主をやってますよ?」



私がそういって笑うと、神威さんは眉を顰めた。あれ?どうしたんだろうと思っていると、神威さんは地べたに座り込んで、ふいっと顔を背けた。



「(す、拗ねたぁ?!?!)」

「俺、オネーサンの喜ぶ顔見たくていろいろあげたのに、まさか俺がなにもあげなくても喜ぶ顔見ちゃったらさぁ、…俺どーしようもないじゃん。」



まさかの発言に私は思わずくすっと笑うと、それがまた気に食わなかったのか、神威さんはさらにそっぽを向いてしまった。なんだろう、子供みたいだな、と思いながら、私は神威さんに近づき、視線を合わせた。



「そもそも物なんかいらないんですよ、わたし。その気持ちがいつも嬉しかったです。神威さんがこうして遊びにきてくれるだけで、わたしは嬉しくて、喜んでいましたよ?」



正直に言えば最初は怖くてあまり関わりたくないと思っていたが、こう何度も遊びに来てもらえれば、情だってわく。私はとっくに神威さんが遊びにきてくれることを、密かに楽しみにしていたのだ。



「オネーサン。」

「はい?」

「名前、教えてよ。」



なにを今更?と思って、私は自分の失態に気付いた。そういえば神威さんの名前は聞いたが、自分の名は名乗ってなかった!これはとんだ失礼を!といって、私は改めて名前ですと、自己紹介をした。



「名前?」

「はい!」



拗ねていた顔がどんどん笑顔になっていく。そして神威さんはもう一度、私の名を呼んで今日はもう帰ると言って、突然帰ってしまった。



「あはは!ほんと、子供みたい。」



男性に対して失礼かもしれないが、私はこの時初めて神威さんのことを可愛いと思ってしまった。





それからしばらく神威さんはお店に遊びに来なくなってしまった。もしかして宇宙に帰ってしまったんだろうか?それなら最後、挨拶したかったなぁと思いながら、私は店の閉店作業をしていた。



「名前」



すると店の入り口から名前を呼ばれて、その懐かしい声に思わず神威さん?と名を呼んで振り返ると、ふわっと抱きしめられた。



「え?!?!」

「名前俺だって分かったの?」

「あ、はい…声でって、あの…ちょっと、」



突然のことに驚くあまり、私は神威さんから離れようと身じろいでみたが、ビクともしない。その力強さに困惑していると、いつもあまり匂わない香水のような匂いがした。



「…神威さん?」

「ねぇ、名前。」



神威さんはいつもと違うトーンで私の名を呼び、そして首筋に顔を埋めた。



「やっ…!」



チクっと痛んだあとに舌が這う感触。そして顔を上げた神威さんは子どもではない、男の顔をしていた。



「感じた?」

「なっ!!!!」



私は怒りに任せて神威さんを推し退けて、痛んだ首筋に手をやった。も、もしかしてもしかしてだけど、この人!!!



「キスマークつけた。」

「なんてことしやがるんですかぁぁぁ!!」



慌ててケータイを取り出しカメラモードを内側にして確認すると、冗談ではなく本当にキスマークがくっきり、首筋についていた。



「神威さんんんん?!?!?」

「名前のことがね、俺すごく気に入っちゃって。だから俺のものにしたくなったんだ!」


ね?いいでしょ?といって神威さんはいつもの笑顔で言った。いやいや、いいわけない!いいわけないでしょ!!?



「でもキスマークつけたよ?」

「キスマークつけたら自分のものにしていいっていうルールは地球にはありません!!!」

「えー?!だって晋助が好いた女にキスマークつければ、それはもうお前のもんだって!」

「晋助って誰だよおおお!!この前の下着といい晋助って人おかしいんだよおお!!」



説教してやりたい!こんな純粋な子に変なことを教えた晋助っていう人に説教してやりたい!と、私が完全に怒っていると、神威さんがまた近づいてきたので、私は慌てて身構えた。



「な、なに?!」

「ねぇ、名前。俺のものになってよ。なんなきゃ…どうなるか分かるよね?」



え?まさかの脅しですか?と私がたじろいでいると、神威さんはまた強引に私を抱きしめた。あ、またこの匂い。なんなんだろう、とっても甘い…匂い。



「名前。」



耳元で囁かれてつい肩がビクつく。手が腰に回されて逃げ場がない。まずい、どうにかして逃げなきゃ。断らなきゃ、と思うのに、頭がなぜかうまく回らない。



「か、神威さん…」

「なに?オッケーの返事しか俺聞かないよ?」

「…香水かなにかつけてます?」

「うん、晋助がつけていけって。なんか女が惚けるいいやつだっていってた。」

「…。」



これかぁぁぁ!!さっきからこの甘い匂いがするたびに頭がくらくらするのは、そのせいかぁぁぁ!!!晋助えええ!!お前一体何者だぁぁぁ!!と、私の頭の中の叫びを虚しく、力がどんどん抜けていく、



「名前?あれ、どうしたの?」

「は、離してくださいっ…!」

「え?やだよ?なんで?ていうかそんな寄りかかってきといてなに言ってるの?」



それはその匂いのせいで力が!と訴える前に
、私はついに足の力が抜けてしまった。ただ、神威さんが抱きしめてくれているため、倒れずには済んだが、この密着がまずい。とにかく離れなきゃ、



「名前。」

「っ、!」

「ねぇ、好きだよ?」



この人から逃れるなんて、もう無理な話かもしれない。



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