ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ! |
「神威さーん…動けないです。」 「お腹減ったから早くしてよ。」 「いや、だから動けな、っ!!」 「うるさい口は塞いじゃおっか?」 不意打ちの激しい口付けの後、おでこを引っ付けたまま、唇が軽く触れている距離で、神威さんはそういった。いや、それ塞いだ後じゃん…しかもすごく楽しそうな顔をしているときたら、何も言えない。 「っ〜〜!!」 「分かりやすいね、名前は。身体熱くなってきたよ?」 腰を引き寄せられ乱暴に髪に手を入れ顔を固定されてしまえば、身動きなんて何1つとれず、私はされるがまま。この人、さっきから私が片手に包丁持っていることなんてお構い無しのようだ。 「も、もうっ!!お腹すいてるって!仕事から帰ってきてお腹すいてるからってご飯をせがんだのは神威さんですよっ!!」 「うん、これもご飯。」 「わたしはご飯じゃありませんっ!!」 神威さんがどんな仕事をしているのか詳しくは知らない。話そうとしないし聞こうとも思わない。だけど、いつも忙しそうで(神威さん自身というより周りの阿伏兎さんとかが)、家に帰ってくることは少ない。たまにこうして帰ってきても、いつも突然なので準備もあったもんじゃないのだ。 「連絡さえしてくれればもっと美味しいご飯用意して待ってたのに…。」 「んー?名前の飯はいつもうまいよ?」 「量の問題です!今作ってますけど、時間掛かるんですよ。連絡さえもらえれば、前もって用意しておけるって話です!」 「俺、待てるよ?」 いやさっきからお腹すいたって駄々こねるし、お腹もグゥグゥなってるじゃない。それなのに、腰に巻きつかれた手が離れることはなく、首筋に口付けをしたり噛んだりしてくるという、この邪魔のしよう!(しかも噛むの痛い!せめて甘噛みにして!) 「そ、そうじゃなくて…わ、わたしが待てないんです!」 「ん?」 「用意してるこの時間、本来なら神威さんとお話ししたり、それこそ、その…い、イチャイチャで、できるのにっ!…神威さん忙しいから…この後もすぐ出掛けるんでしょう?それなら、帰ってきた時間は一緒になるべく…いたいんですよ…。」 この乙女心、神威さんは理解してくれるだろうか。神威さんが帰ってくるまでの時間は楽しみ一心で待てるし、帰ってきたらなるべく長く一緒にいたい。だけど、こうして台所に立ってる時間は、手元の料理に追われてゆっくり話もできない。その時間がもったいないなぁと、寂しいなぁと、私は言いたいのだ。 「ふぅん。名前、イチャイチャしたいんだ?」 「〜っ!!(わ、悪い顔!!)」 「可愛いね、名前。」 「と、とにかく!これからは連絡下さい!もっと美味しいもの用意して待ってますから!!」 「うん、その必要は今なくなった。」 …は?必要、ない?何言ってるんだ、この人。私はかろうじて動かしていた包丁の手を止めて、神威さんの方に向くと、神威さんは誰かに電話をかけていた。 「あ、阿伏兎?うん、そう、ねぇ、そっちに名前連れていくね。うん、やだよ、だってそばにいたいんだって、名前が。いいじゃん、船に一室用意しておいてよ、それじゃ。」 そういって電話を切った神威さん。いやいや、なんか…なんだろう、嫌な予感しかしない。 「ねぇ家って必要?」 やっぱりィィィ!! 一緒になるって決めた時、住居をどこにするかで散々もめた。かぶき町で住むなんて危険すぎるし、かといって宇宙は嫌だと私がお願いして、このなんていうかもわからない星に居住地を得たのだ。そのせいで、神威さんとこうしてたまにしか会えないのが辛いといえば辛いが、 「宇宙はいやです!!!」 「なんで?船酔い?薬あるよ?」 「お仕事してる皆さんの邪魔はしたくありません!!!」 前に阿伏兎さんが教えてくれた。神威さんたちの仕事は裏の世界で、血生臭い世界だと。きっと嬢ちゃんには理解できないとまで言われた。…その通りだと思う。でもそんなのは一緒になるときに相当覚悟してきたことだ。そう。だからこそ、 「邪魔に…なりたくないです…。」 何の役にも立たない女を船に乗せていたら邪魔なのは当然、周りの士気も下がるに違いない。団長の女だといえば誰も何もいいやしないと阿伏兎さんは一応フォローしてくれたが、それもどうかと思う。 「でもさ、ずっと一緒だよ?どこに行くにも一緒だ。」 「そ、そうですけど…。」 いや、魅力的だけども!!でもそうじゃない!そういうことじゃない!と、必死に神威さんの提案を却下しようとするのだが、 「ほら、はやく支度して?」 「え?!や、だから!」 「名前、俺もね、」 「名前とイチャイチャしたいんだよ?」 なんてその屈託のない笑みで言われてしまえば、強引とはいえ、これ以上拒否るなんて難しく、私は声にならない声を出して項垂れた。 くそう、反則ですよ、その顔…。 戻る |