ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ! |
「え、そういう意味合いなんでしょうか?」 「…俺ァ、そう捉えたがな。」 こうしてご飯を食べながら晋助さんと本について熱く語うようになってから、もう半年以上経つだろうか。最初の頃は、仕事が多忙で会えるのは月に一度あるかないかくらいだったのが、最近は地球で仕事がないときにでも来てくれるようになった。 「名前、酒。」 「はーい!」 そして決まって一緒に夕飯を食べる。普通に会話をして、普通に語り合って時々、笑いあって。それはとても、素敵な時間で。私はこの時間を何よりも大切に思っていた。けど、その普通は一般的にはきっと異端で、たまに現実に引き戻されることもある。 「…名前、ケータイ鳴ってやがる。」 「え?あ、すいません!」 台所からお酒を持って、晋助さんのいる卓上に戻った私は、お酒を晋助さんに渡して、机の上にあるケータイを手にした。ディスプレイには胸を痛くする名前が表示されていた。 「……。」 「出ろ。」 「え、」 「ここで出ろっていってんだ。」 晋助さんはこちらを見ず、お酒を呑みながらそういった。ここで出るのは相手が相手なだけに、かなり気が引けるのだが、晋助さんのその命令ともとれる口調に逆らうこともできず、私はそのまま通話ボタンを押した。 「…もしもし?」 「急に悪ぃな。」 「いいえ、お疲れ様です…土方さん。」 そう相手は晋助さんと対立する側の人間、真選組の副長さんだ。…胸が痛まないわけがない。 「どうされたんですか?」 「いや、久々に近藤さんがキャバクラじゃなくて、うまい店に連れてってくれるらしくてな。名前もどうかって。」 そういう土方さんの後ろから近藤さんと総悟の声も聞こえた。嬉しい誘いに自然と口元が綻ぶ。隊士さんたちだけで行けばいいのに、そこに私を誘ってくれるほどに、この人たちと、友人としていいお付き合いができていることが嬉しい。嬉しくて嬉しくて、…泣きそうだ。 「…お誘い、すごく嬉しいんですけど…ひゃっ!!!」 「ん?どうした?」 「なななななななんでも!!!」 断ろうとした矢先、晋助さんが何を考えているのか、立って電話をしている私の足を撫でてきた。ちょうど、ロールアップしているスボンの裾から見える足首を掴んで、指でなぞるように触れてくるもんだから、つい変な声を出してしまった。 「(なにやってんですか!!もう!!!)」 足を払うようにして晋助さんから逃れ、少し距離を取る。晋助さんの顔を見ると、悪そうな顔で笑っていた。 「…コホンッ、すいません。あの、…私、急ぎの仕事があって…。その、せっかくのお誘いなんですが、」 「…仕事なら仕方ねぇ。こっちも急だったからな、気にするな。」 「ぜひまた今度、誘ってください。あ、いえ、こちらからお詫びで誘わせてください!」 「気にするなつってんだろ。まぁ、また店に顔出す。そん時に暇だったら、飯でも行こうぜ。」 「はい!」 それじゃあなといって電話が切れたのを確認してから、私は晋助さんに向かい、なにするんですか!と文句を叫んだ。 「ククッ、いい反応だなァ。」 「もうっ!!」 ご機嫌そうに笑う晋助さんにそれ以上文句は言えず、私はただ、お節介で気をつけてくださいねといって、向かいに座った。 「俺が幕府の犬どもに捕まるなんざありえねぇ。その前に……壊すだけだ。」 それに答えた晋助さんは、本来の高杉晋助の顔をしていて、私の身体は無意識に硬直した。壊す、壊すって…なにを壊せばこの人は、 「…そうさなァ、その前にてめぇをどうするかだなァ。」 そういって晋助さんはゆっくり手を伸ばしてきた。真っ直ぐに射るような視線に身動きが取れず、その手はそのまま私の首に触れた。あぁ、なんだろうこの心の内から出てくる気持ちは。 「…どう思う?」 「…殺される、なんて思えません…。」 首に触れる手の力は強く、おそらくそのまま握ってしまえばきっと数秒で逝けるだろう。けど、これはきっと晋助さんの戯れだ。だって、もうさっきの高杉晋助ではなく、本好きな晋助さんの目をしているもの。 「殺す理由はいくらでもあるのにか?」 「そうですね、けど…まだ、語りたい本がたくさん、ありますよ…?」 「ククッ、違いねぇ。名前の感受性は嫌いじゃねぇからなァ。」 晋助さんはそういって、首から手を離し、そのまま私の頬を撫でた。その手つきが優しくて、体の力が一気に抜けて、つい目を細めてしまう。 「それに忠犬は嫌いじゃねぇ。」 「忠犬、じゃないですよ、わたし…自由気ままな猫さん派です。」 「はっ、どこがだ。自由なのにどこにも行けない奴だろ。」 そう言われて私は眉をしかめた。どういう意味だろう。どこにも行けない、なんて、そんなことないのに。 「何かに縛られ固執してここにいんだろ、けど、それもじきに終わる。」 「なんのはなし、」 「終わらしてやるよ、俺がなァ。」 そういった晋助さんの顔をどんな顔だっただろう。きっと、ご機嫌に、悪そうに笑っていたに違いない。けど、それを確かめる術はない。ただ、乱暴な口付けに必死に応えるのに精一杯だから。 ねぇ、銀さん。土方さん。私の胸が痛むのはみんなを裏切っているから?それとも、この人の身を案じているから? もう、元には戻れそうにない。 戻る |