ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ! |
「名前ー、名前ちゃーん、おーい、名前ちゃーん…」 「…。」 「名前ちゃんんんん?!?!?」 「うるさぁぁぁいい!!銀さん、出禁にしますよ!!」 本を読む私の邪魔をしてくる銀さんに一言そう告げると、銀さんは無視するお前が悪いんだろ!と言ってきた。いいえ、読書中の私に話し掛けてくる方が悪いと思います。 「客だよ?客がいんのに堂々と読書ですかコノヤロー。仕事しろ、仕事!」 「銀さんに言われたくないセリフナンバーワンですね、それ。」 わたしは溜息をつきながら一旦本を閉じる。あぁ、いいところだったのに。もうちょっとで、読み終えるのに! 「あれ、もうこんな時間…。はぁ…。この雨で、今日はもう閉店まで売上は伸びそうにありませんね。」 「なら、閉めれば?んで、久々に呑みに行こうぜ。」 最近お前付き合い悪ぃし。今日はいけんだろ?と言われて、私はそういえば最近、銀さんの誘いを断りっぱなしだったなと気付く。けど、 「…ごめんなさい、今日もちょっと…。」 申し訳なくそう伝えると銀さんはいつものように冗談で文句を言いながらも了承してくれると思っていたのに、予想を裏切り、銀さんはなぜか真面目な顔をした。 「…最近、本読むの多くなったな。」 「…そうですか?前からですよ。」 「それも最近のじゃねぇのばっか。どこでそんなの買ってんの?」 「あ、いえ、これは借り物で、」 そう答えてしまったと思った。そんなことを言ったら、次にくる言葉は決まっているのに。 「…誰の?」 「……古書店の店主さんたちですよ。勉強させてもらってるんです。」 そういうと銀さんはふぅんといってそこで会話は終わった。けど、相手は銀さんだ。嘘だってバレてるに違いない。 「…ま、今日はけぇるわ。また誘うから今度こそはオッケーしろよ?」 「も、もちろん!よければご飯も作りますし!」 「そりゃ楽しみだわ。」 銀さんはそういってまたなと店を出ていった。私はその後姿を見送りながら、胸の痛みに必死に堪えた。 「銀時来てたんだろ。」 「…見てたんですか?」 「ククッ、見てなくても分かる。てめぇの顔でな。」 「どんな顔ですか。」 店を閉めたあと、銀さんと入れ替わりで店に入って来たのは晋助さんだった。といっても、今日のこの雨と借りた本が読み終わることを考えれば、来る頃だろうと予想はしていた。していたからこそ、銀さんの誘いには乗れなかった。 「あ、お借りしてた本ですが、あと数ページでして…。」 「…やるっていったろ。」 「ダメです!こんな貴重な本たちを頂くわけにはいきません!」 晋助さんはあれから何度か、雨で店が暇なときや閉店後など、人を避ける時間帯にお店に来るようになった。(指名手配犯なだから当たり前だけど。) そして律儀にも必ず本を一冊買っていてくれる。さらには、最初に約束した久遠だけではく、それ以外にも多彩なジャンルの本を必ず一冊、読めといって貸してくれる。それはどれも貴重な本ばかりで、私は本好きの欲に勝てず、ご厚意に甘えて本を借りて読むのが、楽しみになっていた。 「あ、そうだ!今日はいつものお礼があるんです!」 「…ほぉ。」 「これ、なんですけど。」 そういって私はあらかじめ店のカウンターの引き出しに用意してあった小箱を取り出して机に置き、スッと晋助さんに寄せた。 「晋助さんの方がもっといいものお持ちだとは思うんですけど、でもまぁ…何本あってもいいのかな…と。あ!ちゃんとしたお店で買ったものなので!」 「……煙管か。」 「その、柄が、…晋助さんによく似合うなって思って…。」 「…ククッ、こりゃあたいそういい代物じゃねーか。江戸の高山とこだな?」 「!わ、わかるんですか?!」 「こっちでは贔屓にしてるからなァ。」 よかった…。贔屓にしている店のものなら、間違いないだろう。自分がタバコを吸わないため、どれがいいのかさっぱりで、店主さんに色々聞きながら選んだのだが、気に入ってもらえるか不安だった。 「…てめぇの懐で考えたら高価なもんだろ。」 「それくらい貸していただける本には価値があるんです。これでもお礼が足りないくらいですけど…。」 そういうと晋助さんは満足そうに笑って、箱の中から煙管を手にとった。…ほんと綺麗な顔。つい、見惚れてしまう。 「…使う。」 「!!よ、よかったです!気に入っていただけて!」 「さっそく味わせてもらおうじゃねーか。」 「店内は禁煙ですよ?」 「店閉めたんだろ、中でじっくり話を聞きながらでいい。」 そう勝手に決めた晋助さんは私の横を通り過ぎて家の中へと入っていった。晋助さんは良くも悪くも自分中心だ。なにを考えているのか、言葉が少なくて分かりづらい。全体的に不思議な人だから、理解しようとすること自体が無理な話かもしれない。本心なんてあるようでないような人だから。 「晋助さんは、なにがお好きですか?どうせなら夕飯、一緒に食べませんか?」 「酒だ。」 「いや、食べ物で…あ!そういえばいい日本酒がありますよ!頂き物なんですけど、」 だからゆっくりこの時間を大切に過ごしながら、攘夷志士の高杉晋助ではなく、本を愛するもの同士として、これからも会えたらなと思うのだ。 戻る |