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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!


憂鬱な雨だ。手元にある読み終えた小説をパタンと閉じ、お店のガラス戸に激しく叩きつけられる雨をぼんやりと見て、そう思った。



「(感傷的になるわ、これ…。ダメだ、気持ち切り替えれない…。)」



これがフィクションでよかったと思いながら、沈んでいく気持ちをどうにか抑える。この著書はどうしてこんな、暗く深く、光のない小説を書こうと思ったのだろうか。



「普通は、最後にこう…もうちょっと救いがあったっていいと思うんだけど…。」



今日は季節外れの台風上陸により、朝から警報レベルの雨が降っていた。こんな日は誰も来ないと分かっていても、休みでない日に店を休むのに抵抗がある私は、とりあえず店を開けるだけ開けて、いつものように店内を整理からはじめ、溜まっていた事務仕事を片付けた。

それでも誰一人来ず、時間を持て余したので、レジカウンター内の椅子に座り、本を読んでいたのだが、読む本を間違えてしまったとため息をつく。



「仕事中に読むもんじゃなかったー…。」



そう独り言を呟いたのと同時に、店の戸が開いた。瞬間、大きく響く雨の音に驚きながらそちらの方を見やると、笠を被った派手な着物を着た人が立っていた。



「…やってるのか。」

「あ、はい…!え?!あ、っと、その、お待ちください!」



この雨の中、店を開けておいてなんだが、人が来たことに驚いた。それに傘なんて役に立たなかったのだろう、(おそらく)男性の着物はひどく濡れていた。

そんな人を(ましてや店に入ってきた時点でお客様だ。)見ないふりするわけにもいかず、私は急いで家の中に戻り、大きめのタオルと、どこまで乾かせる分からないが一応ドライヤーを取って、店に戻った。



「あの!これでよかったら拭いてください!」

「………。」

「ドライヤーも置いとくので、好きに使って下さい。どこまで乾かせれるか分かりませんけど…。あ、何か温かい飲み物用意しますね!」

「…ここは本屋じゃねーのか。」

「本屋ですけど、この雨の中、お店にわざわざ来てくださった方を蔑ろにはできませんから。あ、お茶でいいですか?」

「……あぁ。」



返答を聞いて、私はまた急いで家の中へと戻った。来客用のお茶葉ってあったけ?いや、そんな時間はないか。早く身体を温めてもらわないと…。私はおもてなしとしては最悪だが、早さを重視して、冷蔵庫から緑茶を取り出し、マグカップに注いでレンジで温めた。



「…あの、」



店内に戻ると、男性はタオルを羽織って棚の前に立っていた。どうやらドライヤーは使っていないらしい。濡れた着物のままだと風邪引くと思うんですけど…そんな私の心配も知らず、男性はじっと棚を見ている。

笠を外したその横顔は、驚くほど綺麗な顔立ちで、一瞬性別に迷った。声は男性だが、こんな綺麗な横顔の男なんているのかと、つい疑って見ていると喉仏があるのに気が付いた。この人、間違いなく男性だ…!



「(…い、イケメンさん!!!)」



初めて見るレベルのイケメンさんに動揺しつつ、なおさらイケメンさんに風邪を引かれては困ると思い、温かいお茶を渡すため、もう一度声をかけると、彼はこちらを見ずに口を開いた。



「誰が選書をしている。」



そう唐突に尋ねられ、私は少し首を傾げながら、自分であることを答えた。



「以前はこのお店の店主である深月さんというご夫婦が棚を作っていましたが、今はこの店を私が預かっておりまして…。一応、ところどころ深月さんたちの棚は残していますが、ここの棚は私の選書ですね。」



この棚は数日前にミニフェアとして作ったばかりで、まだどのお客さんからも反応をもらっていない。だから初めての反応はどんなことを言われるのかと、少し緊張している自分がいた。



「…若ェのに、やけに古臭いのを置いているな。」

「…!……本に年齢は関係ありませんから。古くたって、味のあるいい良書ばかりです。今こそ読んでほしいと思って仕入れました。」



古臭いと言われて嫌な気はしなかった。むしろその通りで、ここにあるのは最近出版されたものではなく、ずいぶんと前の本たちだ。そのことに、本に触れることなくタイトルで気付くとは、相当本好きなのだろうか…?



「どれも、おすすめですよ。」



あることがきっかけで、ここにある本は全て読んだ。どれも内容が今の"この世界の"世の中の逆をゆくもので、興味深かった。私はこの棚で、古くたって、本の良さは色褪せないことを示したかったのだ。



「…読んだのか。」

「はい、フェアをやるときは読んだものを置くようにしてます。じゃないと、おすすめできませんから。」



そう笑っていうと男性は一冊の本を手にした。



「買う。」

「…!あ、ありがとうございます!あの、その前によかったら温かいお茶、用意したので飲んでください。身体が冷えてしまいます…。」

「…そのお人よしであいつの面倒も見てんのか。」



あいつ?あいつって誰のことですか?と訊ねると、男性はククッと喉で笑った。なんだかそれが妙に艶っぽくて、不覚にもドキッとしてしまった。



「神威も阿伏兎も手玉にとる女たァ、どんな遊女かと思えば。まさか、ただの本屋の店主とはなァ。」



その一言で、この男性が誰なのかが分かってしまった私は、まさかあなたが晋助さん…!とつい、馴れ馴れしく名を呼んでしまった。



「……」

「す、すいません!勝手に名を呼んで!その、よく、神威さんと阿伏兎さんから名を聞くものですから、つい…っ!」

「……お前の名は。」

「あ、はい!わたしは、名前といいます!」

「…名前。」



ただそう名前を呼ばれただけなのに、胸が鳴る。そして、今まで横顔しか見えなかった顔がこちらを向き、視線が交わった瞬間、なぜか息が詰まった。



「…っ、あの、…その…、」



決してそれは片目にかかっている包帯のせいではない。その鋭い目つきと、妖艶に笑う口元と、纏う空気が、他の人にはない、不思議なものだったからだ。



「…とりあえず今日はその一冊をくれ。」

「は、はい!」

「それから、この選書ならなぜ久遠がないんだ。」

「!!も、もしかして久遠読んだことあるんですか!!!!」



それまで無意識に緊張して強張っていた身体が緩み、興奮気味に晋助さんに詰め寄った。だって!まさか!その言葉が出てくるなんて!



「あ、あの!久遠のことは知っていますが、どこを探してもなくて!やっと探したと思ったらどれも複製ばかりで!」

「ククッ、複製じゃなにも分かるめぇ。」

「そ、そうなんです!初版じゃないと!でも、国に発禁にされた本ですから、入手は困難で…。」

「…そんなに読みてぇのか。」

「読みたいです!!わたし、このフェアをやろうと思ったのは、この著書の本を読んだのがきっかけなんです!あらゆる思想を偏りなく分析するその内容は真面目なんですけど、軽口で語るのがすごく面白くて!」



そこまで喋って、私は慌てて口を噤んだ。お客さん相手につい熱くなってしまった…!恥ずかしい…!でもそれだけ、入手困難なマニアックな本の名が出てきたことが嬉しかった。



「…初版はどこ探そうと、ねぇだろうなァ。」

「え?!」

「燃やされてやがる。」



そう言われてやっぱり…と、私は肩を落とした。実はその噂は知っていた。でも、もしかしたらと諦めきれずにいたのだ。



「残念です…著者の方もすでにお亡くなりになられてますから、直接お話を聞くこともできませんし、本当にお蔵入りなんですね…。」

「その久遠を持っていると言ったら、どうする?」



そう言ってまた喉で笑う晋助さん。え?いま、なんて?



「も、持ってる…?複製ではなく、」

「本物だ。」

「!!!す、すごいです!それは!すごい!!」



ここに!まさかここに!久遠を!本物の久遠を持っている人がいるなんて!私は思わず興奮して、バカみたいにすごいを連呼してそのうちパチパチと謎の拍手までしてしまった。



「……次会うときだ。」

「え?」



そんな私を晋助さんは気味悪がることもなく、また可笑しそうに喉で笑ってそういった。そして手にしていた本の代金を私に渡し、そのまま服を乾かさず店を出て行ってしまった。



「……不思議な人。」



時間にして数分、喋った言葉もそれほどなのに、どうしてか私はまたあの人に会いたいと思ってしまった。たとえそれが、"高杉"晋助だと分かっていても。


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