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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!


「あ、いらっしゃいませ!」

「……嬢ちゃん、団長は、」

「逃げました。」

「くそったれぇー!!」



阿伏兎さんと初対面したあの日から、神威さんが遊びにくる日は必ずといっていいほど、くたびれた阿伏兎さんがお店にやってくるようになった。



「引き止めようとはしたんですけど、」

「楽しんでやがんだろ、あのすっとこどっこい!!」

「あはは…」



そうなのだ。阿伏兎さんが迎えにくるというと、神威さんは普通に迎えに来られても面白くないとニコニコしながらいって、逃げるのだ。阿伏兎さんに構ってもらいたいのかと、失礼承知で聞くと、違う違う、嫌がらせがしたいんだよと言われた時、私は心の中で阿伏兎さんに盛大に同情した。



「嬢ちゃん悪いんだが、水一杯もらえるか?」

「もちろんです!少し待っててくださいね。」



そういって私は店内に他のお客さんがいないことを確認し、中に引っ込んだ。そしてコップ一杯の水を手にして戻ってくると、阿伏兎さんは真剣に棚をじっとみていた。



「阿伏兎さんは、本お好きですか?」

「いや、読まねぇな。読む暇があると思うかー?」

「あー…」



私は苦笑しながら、阿伏兎さんに水を渡す。阿伏兎さんはこっちは仕事山ほど抱えて走り回ってるってーのに、あの野郎はどこにと、悪態をつきながらも、きちんとありがとさんとお礼をいってから水を受け取り、そのまま豪快に一気に飲み干した。



「あー生き返った。…んで?」

「え?で?」

「嬢ちゃん、今日はやけに元気ねーじゃねーか。どうした?」



水を飲み干した阿伏兎さんから出た言葉は予想外のものでかなり驚いた。まさか、そんなこと阿伏兎さんに言われるとは思わなかったし、それに、自分ではそこまで感情を表情や態度に出したつもりはなかった。それなのに、まんまと少し気落ちしていたことを、見抜かれてしまった。



「…つまらないことですよ。売り上げが、…芳しくないんです。」

「その悩みは商売人にはつきもんだなー。」

「ええ、いい時ももちろんあるんですけど…今週は特に厳しくて。いろいろ思考錯誤しながら案を練ってたところなんです。その案を練ってる最中も、レジをしたのは数回。だんだん不安に…」

「悩んでても仕方がねぇだろー。っても、嬢ちゃんのことだ、自分でそう言って奮い立たせてんだろうな。」



そういって阿伏兎さんは眉をしかめながら、カウンターに身を傾けた。



「商売ってーのは、どこでやろうといいもんだろ?視点を変えてみりゃ、いいんじゃねーのか?」

「視点、ですか?」

「俺は商売ってーのがいまいち分かってねーが、ここで売れねぇなら、売りにいくとかすりゃいいんじゃねーのか?」



売りにいく?買取はよく行っているが、そうではなく本をこちらから売りにいくという発想は、今まで考えたことがなかった。この店で、ここで、本を売ることばかり前提に考えていたことに私はハッと気が付いた。



「それこそ宇宙は広いぞー。」

「う、宇宙?!」

「ま、気軽に行けるもんじゃねーが、ひとつの考えだな。でも面白いんじゃねーのかをどれだけ買いてぇってやつがいるか知らねーが、稀に書物付きでわざわざ地球に買い付けにいく奴もいる。そういう奴に向けては、うってつけだろうよ。」

「…。」



宇宙だなんて、スケールが大きすぎて考えようにも難しいが、でも店舗以外で売るっていう発想は考える価値がありそうだ。私は、そう少し考えてから、阿伏兎さんに深々とお辞儀をした。



「とても貴重なご意見、ありがとうございました!目から鱗とは、まさにこのことで…。これから自分が何をするべきか、何ができるか、少し考えが浮かびました!」

「…そりゃ、よかったな嬢ちゃん。」

「はいっ!!」



元気よく返事をして顔を上げると、そこには、にこやかに笑う阿伏兎さんがいて、なんだかその笑顔にさらに励まされたような気がした。



「お忙しいのに、急に相談なんて、聞いてもらって…。ありがとうございました。話してよかったです!」

「いつも世話になってんだ、これくらいどうってことねーさ。ま、でもそろそろ困った団長、回収しにいくか。」



そういって阿伏兎さんは私の肩を数回ポンポンと叩いて、あんま無理はするもんじゃねーぞ、嬢ちゃん。といって、ひらひら手を振りながら出ていってしまった。



「……おとなだ。」



変に心配されるでもなく、かといって冷たくもなく、適度な距離感を保ちながら、でも最後の頑張れの意味のスキンシップが、他人事ではない優しさを感じさせる。阿伏兎さんは、おとなだ。それも、深みのある素敵なおとな。



「…また、話聞いてもらえたら嬉しいな。」



私はまたもやキュンとする胸を押さえながら、今度会った時は何かお礼をしようと、また次に会えるのを楽しみにすることにした。



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