ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ! |
「なぁ、嬢ちゃん。あのすっとこどっこいどこいきやがった?」 そう突然カウンター越しに声をかけられて、一瞬言葉に詰まった。す、すっとこどっこい…?日常生活でなかなか聞かないその単語に気を取られてしまって、なにを聞かれているのか分からなかった。 「あの奴さん、いつもんとこ行くつって出ていったんだが、一向に戻ってきやがらねぇ。いつもんとこつったら、ここだろ?」 「えっと、お探しの方のお名前は…、」 「団長だよ、団長。」 「団長?!」 団長なんて単語も普段聞かないので、さらに返答に困ってしまった。団長っていうと、応援団長とか、そんな感じの…?いや、そんなわけないでしょ、自分。落ち着け。…そういや、 「その傘…、同じような傘をさした方でしょうか?」 「おー、それそれ。」 「なるほど、神威さんですね!」 男性の手元にある傘のおかげで、ようやく見当がついた。普通の傘とは違う、特徴的なその傘を持っている人といえば、一人しか知らない。おそらくさっきまでここにいた神威さんのことだろう。 「神威さんならさきほどまで確かにお店にいましたが、もう帰られましたよ?」 「チッ、行き違いってーわけか。」 「もしかして…あの…あなたは、晋助さん、ですか?」 私がそう尋ねた目の前の人は、神威さんよりも図体が大きく、無精髭がやけに似合っている、ダンディという言葉がピッタリな男性だ。神威さんの知り合いとなれば、よく神威さんとの会話の中で出てくる人かと思ったのだが、鼻で笑われてしまったので、どうやら違うらしい。 「なんだ、嬢ちゃん。高杉の名前まで知ってんのか。ったく団長は、仕事サボってなんの話をしてんだか…。」 そういって盛大なため息をついたその人から、ひしひしと伝わる苦労人の空気。もしかして、もう一人、よく会話中に出てくる方の方だろうか? 「えっと、では、あなたは阿伏兎、さん、ですか?」 そう心当たりのある名を呼ぶと、正解だ嬢ちゃんといわれた。不覚にもその時のなんとも言えない笑みにグッときた。あれ、私、ダンディ好きだっけ。 「いつも悪いな、あのすっとこどっこいが世話になっちまって。」 「あ、いえ、こちらこそ!その、いつも手土産を持ってきて下さってて…あ、そういえばこの前は、阿伏兎さんが選んだというものも頂きました!本当にありがとうございます!」 「…苦情ならまだしも、感謝を言われるたぁ、驚いた。あんた、団長に振り回されまくってんだろ?」 「え?ええ、まぁ…。」 ここはお世辞でも否定しておくべきところだが、実際、かなり神威さんに振り回され続けていて、時々疲弊することもある。というか今日がそれだった。(いつもよりやけにテンションが高かった…)そのせいで、私はつい素直に頷いてしまった。 「分かるよ、分かる。俺もそうだ。団長の子守が仕事になっちまってる。やってらんねぇよ、ったく。」 「それはとてもたいへんそうで…。あ、そうだ!あの、よかったら少しだけ待っていてください!」 阿伏兎さんの疲れている様子を見て、なにかできないものかと考え、あるものが家の中にあると気付いた私は、少しだけ阿伏兎さんに店にいてもらい、中に引っ込んだ。 「お待たせしました!これ、よかったら!」 そういって店に戻って来た私が阿伏兎さんに手にしたのは、透明な瓶にいれた、手作りのはちみつレモンだ。 「なんだー?この洒落たもんは?」 「神威さんにこの前頂いた、レモンをはちみつで漬けたものです。疲労回復にもってこいの飲み物なんですよ。」 「はぁ。」 「ちょうどいい漬け具合ですし、飲みやすいと思います。…はい、味見によかったらどうぞ。」 一緒に持ってきたガラスのお猪口に少しだけ注ぐ。それを阿伏兎さんに渡すと、すこし眉をしかめたが、そのまま無言で口にしてくれた。 「……うめぇな、嬢ちゃん。」 「大量に頂いたので、こうして使ってみました!」 「レモンだったのか、あれ。」 「いや、レモンにしては色があの…あれでしたけど、かじってみたら味がそうだったので…」 いつも神威さんが持ってくる地球のものではない食べ物。見た目こそあれだが、意外に口にしてみると知ってる味だったりする。これもそのひとつで、おそらくレモンだと思う。そう信じて、なにか大量に消費できないかと料理本でレシピを探し、これを作ったのだが、なかなかの出来栄えになった。 「疲労にいいみたいですから、自分用と知り合いにおすそ分けするのと作ってたんですけど、よかったら阿伏兎さん、持って帰ってください。」 「いや、それは悪い、」 「たくさんまだありますから。それに、神威さんに振り回されている同士、これ飲んで元気出しましょう!」 そういって私が冗談っぽく笑うと、阿伏兎さんも驚いたように、笑った。 「まいったねぇ、嬢ちゃん。聞いてはいたけど、本当に怖気ねぇ。つーか、無知なのか?ま、美味しいもんは、ありがたくいただきますかね。」 「はい!」 「んじゃ、そろそろ団長探しに行くか。邪魔したな、嬢ちゃん。」 そういって手を軽く振って店を出ていった阿伏兎さん。見た目もそうだが、声までダンディだ。あの声に嬢ちゃんと呼ばれる度に、少しキュンとしてしまったのは、正直ここだけの話。 戻る |