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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!

今日は朝からうまくいかないことばかりだった。入荷するはずのお客様の注文品が問屋の手違いで入荷せず、お客様に謝罪の電話を入れたところ、こっぴどく怒られてしまった。それから店番中も、不審な動きをする子どもを見つけ、そのまま何もせずに帰れ!という私の祈りも虚しく、その子が万引きをするとこを目撃してしまい、残念なことにそのまま店を出たため、店の外で声を掛けて警察を呼んだ。可哀想、なんて思ったらダメだ。悪いことは悪い。そうきちんと示してやらないとダメなんだと、深月さんたちがよく言っていた。



「あ、そろそろ買取に行かなきゃ…。」



そんなことが朝から立て続けに起こったものだから、まともに品出しもできないまま、午後は2件の買取予約が入っていたため、私は急いで出張の準備にとりかかった。





「今日は一体なんなの…。」



1件目の出張買取先は常連さんだったため無事に済んだが、2件目は初めての方でそれも若い夫婦だった。不要になった育児書やコミックなど、数点の買取希望だったが、汚れや損傷がひどい上に、コミックもさほど値のつかないものばかりだった。それを正直に話して金額を提示すると、ふざけるなとキレられてしまった。しかし、こちらも買取基準があるため、これ以上は値がつけられない、不満であればお売りは結構ですと突っぱねれば、今度は生活が苦しいやらなんやら泣き寝入りされてしまった。もちろんそれでも買値を変えることはしなかったが。



「絶対に今日はダメな日だ…災難な日だ…。」



早く店に帰ってまだ終わってない品出しを終えて、部屋に閉じこもりたい。読みかけの小説を読みながらお酒を飲んで、嫌なことを忘れてしまい。いや、それよりも、



「銀さんに会いたいよぉ…。」



こんな日は好きな小説よりも、お酒よりも、何よりも銀さんに会いたいと思ってしまう。



「そんな風に言われっと、あれだな、照れるな、うん。ふつうに照れるわ。」

「?!ぎ、銀さん?!?!」

「おー、おつかれさん。」



会いたいと心の底から願った人が、突然目の前に現れて私は驚いた。なんでここに?と聞けば、さらっと迎えに来たと言われた。



「一応、迎えに行ってやるから今どこだよって連絡いれたんだけどな。」

「え?!あ、…全然ケータイ見てなかった…。」

「お前それケータイの意味ねーじゃん。んだよ、銀さんせっかく名前ちゃんのためにケータイ持ったってーのによー。」

「ご、ごめんなさい。でも、すれ違いにならなくてよかった〜。」

「愛の力?」

「あはは!ですかね?」



なんてバカップルな会話だ。こんなの新八くんと神楽ちゃんに聞かれたら、間違いなく冷たい視線を送られて、なぜか銀さんが殴られるんだろうなぁと思いながら、銀さんに渡されたバイクのヘルメットを頭にかぶる。



「ずいぶんお疲れの様子だな。」

「うん、いろいろあって。」

「夕飯、どうする?なんか適当に買って帰るか?作んのも、食べに行くのもしんどいだろ。」

「んー…うん。」

「簡単なもんだったら俺が作ってやるよ。」

「わ!本当に?だったら材料は不自由なく冷蔵庫にあると思います!」

「んじゃ決まりだな。ちゃんと掴まってろよー。」

「安全運転でお願いしまーす!」



銀さんの腰に腕を回してギュッと抱きつけば、銀さんは私の手の甲をトントンと、優しく叩いて、そのまま手を握りしめてくれた。別にバイクが怖いから抱きついたわけじゃないのにと思いながら、からだ全体を銀さんの背中に預けて、私は目を瞑った。



「(銀さんに触れてると、落ち着くんですよ。)」





「飯の用意しとく間にそれ終わるか?」

「うん、ちゃっちゃと終わらせる。」

「力仕事のは置いとけよー、俺がやってやるから。」



店に着くなり銀さんはそう言っていそいそと家の台所へと入っていった。私はまだお店に残っている品出しを終わらすため、気合を入れ直して作業を開始させた。たぶん、一時間もかからない。ちょうど、ごはんが出来上がる頃には終わる算段ができていた。





「わー!!美味しそう…たまんない…。」

「ヨダレででんぞー。ほら、座れ。」

「ありがとう銀さん!!」

「いーってことよ。んじゃ、いただきますか。」

「いただきまーすっ!!」



自分の予想通り、銀さんが店に呼びにくるタイミングで仕事がちょうど全部片付いたところだった。私は急いで手を洗い、居間の食卓につくと、そこにはこれぞ男の料理!っていう感じのものばかりが並べられていた。雑に切られた食材に、見た目なんか気にしない盛り方、そして二人分にしては多すぎる量に、どれも濃いめの味付け。私の大好きなものばかりだ。



「ん〜っ!これ美味しい!!!お酒と合う!!」

「あんま呑みすぎんなよー。で、今日は何があってお疲れさん?」

「朝からね、…。」



そう言って私は今朝から続く嫌なことを銀さんに話した。銀さんはいつだって私と会うと、今日はどうだった?とか、嫌なことをなかったか?とか聞いてくれる。おかげで私は、素直に愚痴ることができて、不満を溜めることは前ほどなくなった。



「そりゃあ災難続きだな。銀さんに会いたくもなるわけだ。」

「うん、おかげで落ちつきました。」

「…名前今日はやたらと素直だな。」



そう言って銀さんは笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。その豪快さが銀さんの照れを表していて、私もつられて笑った。好きな人と笑い合うだけで、こうして側にいて、触れてもらえるだけで、いとも簡単に幸せな気持ちになるなんて、改めて恋の力はすごいなんて、思ってしまった。



「名前、こっちこいよ。」

「ごはん中なのに?」

「ここで食えばよくね?」



それはさすがに恥ずかしいといえば、誰も見てねぇよといって銀さんは私の腕を無理やり引っ張り、自分の胸元に抱き寄せた。銀さんの心臓の音が、少し早く聞こえる。



「よいしょっと。」

「わ!」



そしてそのまま力強い腕が、容易く私を持ち上げ、あっという間に銀さんの足の間に座らされてしまった。後ろから抱きついてくる銀さんにそのまま寄りかかると、さっきとは違って、髪を梳くように優しく頭を撫でてくれた。



「よしよし、んで?嫌なことを忘れるために、銀さんは何したらいーの?」


「十分だよ。会いに来てくれたし、ごはんも作ってくれたし、愚痴も聞いてくれた。わたし、幸せな気持ちでいっぱいですよ。」

「俺はもっと名前になにかしてあげてーけどな。」

「あはは、それ甘やかしすぎでしょ。」

「そーか?足りねぇけどな、俺ァ。もっと甘えてこいよ。」



な?といって銀さんは私のおでこにキスをした。たまに見せるこの目を細めた笑顔がとてつもなく男を感じさせて、私はいまだに心臓をギュッと握り締められているような感覚になる。あー、バカップルって言われてもいい。私の彼氏は本当に格好いいです。



「…じゃあ、今日、…泊まっていきます?」

「えっ?!?!いいの?!?いつも名前嫌がんじゃん!」

「そういっても最終的には無理やり泊まっていくじゃないですか。」

「いや、そうだけどよ…まさか名前から泊まってけなんて言われるなんてなぁ…。」

「…そのニヤニヤ顔はいやー。」

「んだよ、ニヤけんだろどう考えても。」

「何考えてんですか。」

「何ってそりゃ、ナニだろ。」

「やっぱりお帰りください。」

「却下しまーす。」



あぁ、本当に私は幸せだ。幸せすぎる。私はこの日、銀さんの腕枕で心地よい眠りについた。おかげで明日からまた、頑張れそうです。



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