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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!



朝、目覚ましが鳴る前に目が覚める。枕の横においてあるスマホを手にとり、毎日更新される漫画アプリをチェックする。目が冴えてきたら、片手でベッドの上にあるカーテンを乱暴に開けて、ようやく上体を起こす。これが毎日のくだらない日課。


「…なに、もう朝なの?」

「…朝ですね。」

「あー…。」


だけど、ここ数日はいつもと違う。ベッドの下に敷かれた布団から寝起きで低い小さな声がし、それに答える。一人ではない、誰かが隣にいる気配。一体どうして、こんなことになったのだろう。


「…もう起きんの?」

「今日は、仕事ですから。坂田さんは好きなだけ寝てていいですよ。」

「そうもいかねー。…飯は?今日はパン?ごはん?」

「…パンで。」

「ん、用意するわ。」


そういって大きなあくびをした坂田さんは、よっこらしょといって起き上がり、頭をがしがし掻きながら部屋を出て行った。その時、特徴的な銀髪がカーテンから射す光にあたってキラキラしていた。本人は天パを気にしているようだが、そのふわふわと銀髪はとっても綺麗で、どこか現実はなれしているように見えた。



「…コーヒー淹れるわ。」

「すいません、そんなことまでやってもらって…。そういえば、トーストもケトルも、使い方分かるんですね。」

「ん、分かる。」

「…本当に、ほとんど生活は一緒なんですか?」

「一緒だな。違いを見つけるほうが難しい。」


彼、坂田銀時さんは突如、私の部屋に現れた謎の男性だ。珍しく丸一日仕事が休みで、それまでの連勤の疲れのせいで家でぐうたらしている時、なぜか部屋中に突風が吹き荒れた。咄嗟に目を瞑り、風が止むのを待ってから目を開くと、そこにはこっちでは見慣れない着物のような服装をした坂田さんが驚いた顔で目の前に立っていたのだ。


「今日は何時までだ?」

「…定時に上がるのは不可能ですから、昨日と変わらず20時くらいでしょうか。」

「なんで不可能なの?」

「…なんででしょう、不可能なんですよ。」



だから、先にごはん食べていてくださいねといえば、嫌だといって断られてしまった。



坂田さんは、突如私の目の前に現れたこの状況を、どう説明していいか分からないが、自分はこの世界の人間ではないんだと真剣な目で言った。その言葉に最初、なにいってんだこの人、やばい人だ、不法侵入者だ!と慌てに慌てた私だが、坂田さんの必死の説明に少しだけ心が揺らいだ私の口からでた言葉は、じゃあ、その元の世界とやらに帰れるまでここにいますか?だった。


「(それからこうして、狭いアパートで同棲だなんて、どうかしてる。寂しさのあまり、不審者を受け入れた女なんて、聞いたことない。)」


毎朝、この時間帯のニュース番組を見ながら、坂田銀時という名が出てこないか実はチェックをしている。行方不明者、もしくは逃亡者だったら、すぐに警察に出頭しよう。…そう思う反面、本当に坂田さんは異世界の住人なんじゃないかと信じようとしている自分がいる。

…本の読みすぎだろうか。それになぜか、坂田さんの必死の説明を聞き終えた時、私はなぜかこの人を助けなくては、と思ったのだ。そんなお人よしでないはずの自分が、警戒心もなく、すんなりと受け入れようとしたことは、今でも不思議だ。


「名前、夕飯なに食べたい?」

「…いいんですよ、そんなに気を使わないで。近くにコンビニありますから、適当に好きなもの食べくれていいんです。お金は渡してるんですから。」

「バッキャロー!んなんだから、お前こっちではそんな細いんだよ!ちゃんと食え!しっかり三食食!ってことで、夜は肉な!」

「それって坂田さんが食べたいだけ、」


そういって自分の言葉と、坂田さんの言葉に違和感をもつ。…こっち?こっちって、なんだろう。それに私も、どうして坂田さんが食べたいだけって、思ったんだろう。肉好きなんて聞いてないし、それにこんなこというのは失礼じゃないか。でも、なんとなくそう思ってしまった。



「…坂田さんは、元の世界にいつ戻れるんでしょうか。」

「…さあな。なに、帰って欲しいの?」

「あ、いえ、別に坂田さんとこうして同居するのに不満はないですが、…帰れないかもしれない、不安はないのかなって。…こっちの生活に順応するのが早いというか、」

「…いつかは帰れる。それは確かだ。まあ、そのいつは、俺が決めれることじゃねーけどな。」

「そう、ですか。」


変なの。変な会話。なんなんだろう、これ。どういう状況なんだろう。そう思いながら、パンの最後の一口を頬張る。


「仕事、ほどほどにな。」

「…はい。」

「…あんま笑わねーのな。」

「は?」


坂田さんはそういって頬杖をつきながら、私の顔をまじまじと見てきた。


「…銀さんって、呼んでみ?」

「は?」

「はい、リピートアフタミー。銀さん。」

「…え、あ、銀さん。」


流れに任せてそう呼んでしまった坂田さんの名前。銀さん。その響きがなぜか懐かしく思え、私はもう一度、小さくその名を呼んだ。銀さん、銀さん…。銀時、なんて名前、初めて聞いたはずなのに。珍しい名前なはずなのに。それなのに、口にした言葉がひどく懐かしい響きをもつのは、なぜだろう。


「…名前、お前はひとりじゃねーよ。」

「…なに言ってるんですか。」

「いや、別に、言っておきたくなっただけ。」


そういって坂田さんは、食べ終わったんなら片付けんぞー、といって自分の皿と私の皿を一緒に下げてくれた。


「ほら、支度しろ。遅刻すんぞ。」

「はい…。」



一体この人は、誰なんだろう。どうしてこんなにも、私は泣きたい気持ちになっているんだろう。



「…あの、…銀さんって、これから呼んでもいいですか。」

「おお、そっちの方がいい。慣れねーや、おまえに坂田さんって呼ばれんのは。」



流し台にたつ銀さんの背中を見ながら、私は胸をギュッと抑えた。どうして私に坂田さんと呼ばれるのは慣れないんですか?あなたは一体、誰なんですか?そう聞きたいのに聞けない。

ただただ、懐かしさが溢れる出るのはなぜなんだろう。



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