ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ! |
あれからよく桂さんは来るようになった。 「名前殿ー、名前殿ー?」 「ちょ、声大きいです!! ご近所さんにバレます!!」 「いや、全く反応がないのでな。寝てるのかと。」 「いま何時だと思ってるんですか?!寝ててもおかしくない時間です!寝てるかもって思ったんなら、おとなしく帰りません?!」 「しかし、この手打ち蕎麦の手土産を渡さん限りはな。」 「…どうぞ。」 日中は攘夷活動に忙しいとかで、桂さんが三日月堂に顔を出すのは決まって夜中だった。最初は気を遣ってどんな時間であろうと家に上がってもらっていたが、こうも毎度夜中に叩き起こされては困るというものだ。しかし、律儀に手土産を持ってくるのが、桂さんらしいといえばらしく、それを無下にできない自分がいる。 「なぜ、蕎麦?」 「俺が好きな店があってな。とても美味で、是非とも名前殿に食べて欲しく、無理を言って店主に二人分、持ち帰り用で打ってもらったのだ。」 「へぇ!それは嬉しいです!…いや、二人分、ってことは今もしかして食べる感じですか?」 「うむ、夜食だな。」 だな、じゃないですよ!だから一体いま何時だと?!と、心の中で文句を言いつつも、体は自然と台所へと向かう。…手打ち蕎麦、気になるものは気になるし。お腹を空かせている人を追い出すわけにもいかないし。…仕方がない。 「今日危うく真選組の奴らに捕まりそうになった。」 「えっ?!」 「しかし、なんとか巻いてな。こうして名前殿の前にいるわけだが。」 「き、気をつけて下さいよ?!ここにだってよく、土方さんや総悟が来るんですから。見つかってお縄、なんてことやめて下さいね。」 私は桂さんの話に呆れながらお鍋に湯を沸かした。本当、よく見つかっては逃げて怪我してくる桂さんに、いつもヒヤヒヤさせられる。 「…名前殿こそ、俺と知り合いだと知られたらどうするんだ?」 「大丈夫です、桂さんを売るようなことはしませんよ。」 私がさも当たり前のようにそういうと、桂さんはなぜか急に黙りこくってしまった。不審に思い、私は沸騰した鍋に蕎麦を入れ、茹でる上がる時間をタイマーにセットしてから居間に戻ると、桂さんは何やら考え込んでいる様子だった。 「俺は、名前殿のことを大切に思ってる。」 「え、」 急になんだ?!急になんの告白だ?!と私が焦ると、桂さんは突然立ち上がり、こっちに近づいてきた。 「名前殿を危険な目に合わさないためには、ここに来ない方がいいと思うことは思うのだが、」 「思うのだが?」 「…来てしまうな。」 「あはは!!」 桂さんの嬉しい一言につい笑いが出てしまった。至って真面目に眉間にしわを寄せて悩みながら言うもんだから、余計可笑しく思えた。 「そんな気難しい顔しないで下さい。それでいいじゃないですか。我が道をゆく、それが桂さんですよ。それに、わたしは迷惑なんかしてませんから。」 「うむ。そうだな。…大切だからこそ、会いたくなるものなのだな。」 ストレートなその言葉に恥ずかしくなる。桂さんは真面目な性格でとても素直だ。だからいつも恥ずかしげもなくこっちが頬を赤らめてしまいそうな言葉を平気で言う。 「やはりこれからも、俺は名前殿に会いにこよう。」 「手土産持って?」 「もちろんだ。」 そういって桂さんはそっと私の頬に手を触れた。一瞬驚いたが嫌な気はせず、その手に私は自分の手を重ねた。桂さんは嬉しそうに笑っていて、私もその笑顔につられて笑う。 「あ、蕎麦そろそろですかね?」 「ん?ああ、そうだな。手伝おう。」 「ありがとございます!!」 指名手配犯だとしても、私は桂さんのことを、本当は心優しい、人を傷つけない人だということを知っている。だからこそ、後ろめたい気持ちはない。私にとっても桂さんは大切な人だからこそ、これからも会いたいと思い、そして願う。 「…美味しそうですね。」 「そうだな。」 秘密の夜の楽しみはこれから。 戻る |