ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ! |
そういえば朝の天気予報でお姉さんが今日は猛暑日となるでしょうなんて言っていた。まさにその通りで、かぶき町はいままさに灼熱地獄のような暑さだった。 あー、なんでこんな日に俺は外にいんの?俺、死ぬの?死にたいの?なんて意識朦朧とする頭で考えながら、目的地であるいつもの本屋に向かう。別に発売日の今日じゃなくたって、コンビニとは違って、あいつがやってる本屋なら、俺のためにジャンプを一冊取り置きしてくれているに違いない。だってあいつはなんだかんだいって、よく俺のこと考えてくれてんだよなーと、ついニヤけてしまう。 「しっかしダメだわこれ…暑過ぎんだろ…絶対地球滅びるレベルだろ…コンビニ、コンビニ寄ろう…」 先週だって今日ほどじゃないにしろ暑いなか本屋に行けば、いらっしゃいませなんていって、他の客には出さないコップ一杯の水と、「銀さんこの味好きでしょ?そうだと思って買っちゃいました!」なんていって、アイスを用意してくれていた。「名前はいい嫁になんだろーなー。」なんていつもの冗談口でいえば、「そんな褒めてもそれ以上なにもでないですからね!」なんて恥じらいやがったっけ。 「…これ、あいつの好きな味だったよな…。たまには俺が買っていくか。」 俺の好きな味を知っていることも、買い物にいって、俺のことを思い出してくれることも、冗談で嫁なんていっても嫌がらない態度も、いつも向けられるあの笑顔も、なんとなく俺と気持ちが一緒なんじゃないかって、最近、実はよく自惚れている。 「あっちー…早く行かねぇとこれあっという間に溶けちまうんじゃねーの?」 コンビニを出て少し先の角を曲がれば、目的地の本屋はすぐそこ。数分の距離だ。けど、アイスが溶けたらいけねぇし、早くジャンプも読みてぇし。別に早く名前に会いたいからとかそんなんじゃねーからなんて、誰に対して言ってんのかよくわからない言い訳をぐだくだいいながら、俺は早歩きで角を曲がった。 「…は?」 するとちょうど曲がった先で名前が誰かと歩いてくるのが目に入った。隣にいるのは、自分の知らない若い男だった。 「いやいやいやいや…え?」 この暑さでついに幻覚見えてんの俺?と目をパチパチさせて、目を思いっきり擦る。そしてもう一度、ちゃんと目を見開いて見れば、そこにはやっぱり若い男と肩を並べている名前がいた。 「…。」 楽しそうに笑いながら二人は店の前で足を止め、名前は何かを言いながら頭を下げていた。それに対して男も軽く頭を下げて、少し照れたような表情を見せた。ここからじゃ会話はなにも聞こえないが、その二人の雰囲気が癪に障った。そして男が立ち去り、名前が店の中に入ったのを確認すると、俺は一目散に三日月堂へと向かった。 「っ!!!」 「わっ?!び、びびっくりした…え?銀さん?ちょっと、お店の扉壊れたらどうするんですか!入ってくるときはもうちょっと静かっ…?!」 名前が何か言っているのを遮るようにして、開けた時と同じくらい大きな音を立てて扉を閉めた。その音になのか、それともどんな顔をしているか自分ではわからない俺になのか、名前は少しだけ怯えているように見えた。 「銀さ、ん?どうしたんですか?てかその汗!銀さん汗すごいけど!?」 「外、灼熱だからな。もう鉄板の上みてぇなもんだよ銀さん絶賛丸焼き状態だよ。おかげで幻覚まで見えてやがんの。さっき名前ちゃんが知らねぇ男と歩いてる幻覚が見えるくらいもう暑さにやられてんだよ、あははは」 「…え?男?…あーさっきの?」 「いやいやいや!幻覚だろあれ!だって名前が男と外で歩いてんの俺今まで見たことねぇしぃ?!あ、おまわりの野郎たちは別としてな!いやあれも気にくわねぇけど!!そうじゃなくて!俺の知らない若い男となんて、ありえねぇよなぁ?!」 「ちょ、ちょっと落ち着いて銀さん!とりあえずその汗を拭くタオルと、お水持ってきますから!」 「ほんとあいつ誰なの?銀さんに言えない人?お前いつのまに…はぁ〜…なんだかんだ若い男…結局若い男ですか…そーですか…」 「え、酔っ払い並みに面倒くさいな。どうしたの銀さん。ほんと、暑さにやられた?」 そう言って名前は家の奥に入っていった。なんであんな冷静なんだよ。つーか面倒くさいってなに。俺がこんなに必死になってんのが馬鹿らしいじゃねーか。いや、そもそもなんで俺はこんなに必死なんだよ。あー、ダメだ暑すぎて頭回んねぇ。回んねぇくせに、男と肩を並べて歩いていた名前の姿だけは脳裏にしっかり焼き付いていて、頭から離れねぇ。 「はい。」 地べたに座り込んで項垂れていると、首にひんやりするものが当てられた。びっくりして顔を上げると、困り顔の名前が目の前にいた。 「濡らしてきたタオル。少しの間、首に巻いてて下さい。あとお水。はい、ちゃんと飲んで。」 「口移しでお願いします。」 「よーし頭からぶっかけちゃうぞー!」 「ウソウソ!ウソだから!」 慌ててコップを受け取り水を飲み干す。あー、生き返る。なんて言えば、名前は笑って、良かったといって、俺の首に巻いてるタオルを手にとって、次は額にあててくれた。 「こんな暑い日は無理して来なくても、ちゃんとジャンプ取り置きしてますよ?」 「名前に会いたかったんだよ。」 「?!そ、そうですか…。」 だんだんと熱が引いてきて、額のひんやりとした冷たさが心地よくなってきたら、なんだか無性に目の前にいる名前に触れたくなった。恐る恐る額にタオルを当ててくれている名前の手を取ると、少し驚きはしつつも、嫌がる様子はないので、そのまま強く手を握った。 「どうしたんですか?」 「…なぁ、あいつ誰だったんだよ。」 「…さっきの?」 「そう、さっきの。」 俺の質問に常連客ですよといって名前は笑った。さっきまで出張買取に出掛けていて、その依頼主がこの暑さだからといって店の近くまで車で送ってくれたという。だから、なにもないって言うが、どう考えたってあの男の顔を見れば、下心があるのは分かりきったことだった。 「んな簡単に男の車に乗るんじゃありません。」 「とはいっても、この暑さでしたし。それに、よくいらっしゃる方で、」 「その油断の隙があぶねーんだよ。」 「そうは言っても…。」 「頼むから、俺以外の男と楽しそうに歩くのやめてくんない?」 「え、…いや…、えっ?!」 突然の名前の大きな声に、俺も驚いて、お互い顔を見やる。は?俺、今なんて言った?え?なに? 「そ、それって、」 「いやいやいやいやいやいやいや!!」 「ぎ、銀さん?」 本当に暑さで頭やられてんじゃねーの俺?なに嫉妬丸出しのガキみてぇなこといってんの?取り返しのつかないことを口走ってしまい、慌てて訂正しようとしたが、よく考えれば訂正しようがない。だって、それは紛れもなく、自分の本音。 「あー、いや、だからあれだよ…そういうことなんだよ。」 「…どういうことですか。」 「いやいや分かるでしょ名前ちゃん、大人なんだからそこは察してくれねーと。」 「大人だからこそ、…その、ちゃんと言って欲しいんですよ、銀さん。」 そういって名前は俺の手を握り返してきた。その手は少し震えていて、それが俺に対する答えなんだとわかった。名前の気持ちがわかってから、自分の決心がつくなんて、情けねぇ話だとは思うが、こればかりは仕方がない。 「だから、隣にいるのはよぉ、他の男じゃなくて、その…俺、…とか?」 「なんでそこで疑問系なんですかー。」 「いや…あー…ごほんっ。…えー…名前。」 「はい。」 「…お前の隣に、これから先ずっといるのは、俺だって、選べよ。」 いてやるなんて偉そうなことは言えないし、いさせて下さいていうのもなんか違う。ただ、自分を、誰でもない俺を、名前に選んで欲しくてそういえば、名前は嬉しそうな、満面の笑みで、はいっ!と元気よく返事をした。それから銀さんって意外にヘタレ?なんていうもんだから、俺は恥ずかしさを隠すように、名前の手を引いて抱き寄せた。 「わっ!」 「言っとくが俺ァ、年齢は大人だが、中身はガキと変わんねぇからな。」 「うん、知ってます。そんな銀さんのことわたしはずっと、」 ずっと好きでしたと言われて、俺は嬉しさを噛み締めるように、名前をきつく抱き寄せ、そしてそのまま名前に口付けた。 そのあと新八と神楽に名前と付き合うことになったと報告すれば、暑さで頭やられてんじゃねーよと、冷たくあしらわれ、本当に名前本人から付き合っていると言われるまで、あいつらが信じてくれなかったのは、また後日の話。 戻る |