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ようこそ"もしもの"世界の三日月堂へ!

今日は外で昼食をとろうと、この前見つけた定食屋さんに向かった。お店からも近く、量の割には値段も安く、なにより美味しいこの定食屋さんを見つけてからは、よく昼でも夜でも通うようになった。


 
「こんにちはー!」

「いらっしゃい!いつもの席空いてるからどうぞ!」

「ありがとうございますっ!」



まだ通い始めてそんな日も浅いのに、お店の店主さんは私のことを覚えてくれたようで、空いていれば必ずお店の一番端のテーブルに案内してくれるようになった。



「はい、これが今日のね!一応一週間分置いてるんだけど、よかったら見るかい?」

「え、いいんですか?」

「うん、構わないよ!待っててね。あ、注文はどうする?」

「日替わり定食で!」

「あいよー!」



店主さんから受け取った新聞をひらげて、ざっと目を通す。この新聞を広げ読むためにわたしはいつもこの席に通してもらっている。初めてこのお店に来た時、新聞が置いてあることに驚き、読んでいいんですか?と店主さんに訊ねたら、好きに読んでいいよといってもらえたので、それからはご好意に甘えさせてもらっている。



「やっぱり書店員たるもの、政治や情勢は気になるものかい?」

「そうですねー、仕入れも変わってきますし…でも一番の目的はこの書評欄ですかね!」

「仕事熱心だね〜」



新聞をチェックしていると、ガラガラとお店のドアが開く音がした。お客さんが入ってきたみたいだが、特に気にすることなく新聞を読み続けていると、どうも聞き覚えのある声がする。



「(…珍しいというかなんというか。)」



そこにはまさかの銀さんと、そのあとすぐに入ってきた土方さんだった。二人が一緒にご飯?いやいや、ありえない!想像できない!と思っていると、案の定二人はなんでお前がここにいるんだなんだと言い合いを始めた。



「(まだわたしに気付いてない…どうしよ…挨拶するべき?いや〜…でもなぁ…。)」



これがどちらか片方だけなら迷うことなく挨拶をしに行くのだが、二人揃っているとなると、思わず躊躇してしまう。なぜなら、この二人の言い合いは非常に長く面倒で、内容が幼稚なのだ。付き合いきれないと周りが見放すのも頷ける。



「(よし、ひっそり食べてこっそり帰ろう!!)」



面倒ごとはごめんだ!と決め、わたしはカバンの中から伊達眼鏡を取り出し、軽く変装して壁側に顔を向けて、新聞を読むことに集中することにした。

そうしてしばらくバレずにいたのだが、店主さんが定食を運んできたときに、それは起こってしまった。



「はいおまちー!日替わり定食ね!ところで名前ちゃん、気付いてるかい?いま銀さんが」

「わーわーわー!(知ってます気付いてます!気付いてないフリしてますううう!!)」

「「名前?」」

「(オワッタ。)」



店主さんは私と銀さんが仲良いことを知っているため、わざわざ良かれと思って教えてくれたようだ。分かっている、善意だと分かっているのだが、私はひどく落胆しながら、おそるおそる私の名を同時に呼んだ二人のほうへと顔を向けた。



「こ、こんにちは〜。」

「あれ?名前もこの店通ってんの?」

「うん、少し前からね…銀さんと土方さんもよく?」

「あぁ。まぁな。」

「いたんなら声掛けろよなー。ほら、ここ座れよ。一緒に食おうぜ。」

「誰が好き好んでてめぇの隣なんざ座んだよ。うめぇ飯も不味くなんだろうが。おい、名前。俺の横にこい。ついでに飯奢ってやるよ。」

「はあァァ?!大串くんの隣に座った方がヤニ臭くてたまったもんじゃないですぅー!つーことで、勘定、俺の分もよろしくな。」

「なにがつーことだよ!テメェの分はテメェで払え!!」



ほら、始まった。私は溜息をつきながら、二人が言い合いをしている間に、ささっと食べて帰ろうと考えなおし、お箸に手をつけたところで、店主さんがなぜか、それなら二人の間に座ってもらえば?と訳のわからない提案をしたのが聞こえた。



「(店主さんんんんん!?!?!)」

「いやいや、名前なら俺を選ぶね。な?名前、こっちくるよな?」

「……やだ。」

「やだ?!」

「残念だったな万事屋、名前は俺の隣に」

「やだ!!」

「んだとぉ?!」



土方さんの隣も銀さんの隣も間もやだ!!という私の悲痛な心の叫びも虚しく、なぜか店主さんが、まぁまぁそう言わずといいながら、私のの定食を二人の間に運んでいってしまった。…なんてことをするの店主さん。



「…(仕方がない…。)」



ここまでされたら移動するしかない。私は二人の間の席に座り、いただきますといって今度こそ定食に手をつけた。早く食べよう。早く帰ろう。



「あ、そのからあげ俺にも一個ちょーだい。」

「銀さん自分のあるでしょ!!というか、銀さんと土方さんはなにを頼んだんですか?」

「ん?俺は、」

「はい土方スペシャル一丁!」



どんっと差し出された土方スペシャルという名の食べ物を目の当たりにして、私は言葉を失った。酸味の匂いがつーんとする黄色いそれは、まさか…



「マヨネーズ…ですか。」

「土方スペシャルだ。」

「…その下は…なんなんですか。」

「米だよ、米。米とマヨネーズが一番合うんだよ。」



マヨネーズと米。別に変な組み合わせではないとは思う。おにぎりの具にだってたらこマヨとか、ツナマヨネーズとか、あることにはある。けど、マヨネーズだけ?しかもとぐろ巻くほどの大量摂取?いやいや、考えられない。これは、考えられない!



「(どうしようすごいもの見ちゃったすごいこと知ってしまった!!土方さんたぶん味覚やばい人!!!!)」

「ほら〜名前ちゃんもドン引きじゃねーか。それ犬の餌以下だよ、犬だってもっといいもん、食べんぞ。」

「うるせぇ、この美味さを分からねぇとか、お前の方が犬以下だろ。」



まじか。私も犬以下かもしれません土方さん。そんなことを心のなかで思いながら、私は引きつる口元を隠して、土方スペシャルから視線を外した。



「お待たせしやしたー!宇治銀時丼ね!」



銀時丼…?いやいや、まさか。そんな。私はおそるおそる銀さんの目の前に差し出されたものをみて、思わずうな垂れてしまった。こっちはこっちで、まさかの…



「それ…餡子…餡子なの?」

「たまにこれ食わねぇと元気でねーんだよなぁ。」



銀さんが甘党なのは知っていたけど、ここまで重症?いやでも、餡子ならおはぎとかに近い?…ダメだ、当たり前に店主さんが作って出すもんだから、この二人がおかしいというより、私がおかしいんじゃないかと思えて、冷静な判断がつかなくなっている。



「(わたしはおかしくないよ、ね?この二人の味覚がおかしいんだよねっ?!ありえないよね?!これ、ありえない食べ物だよね?!)」

「どうした眉間にシワなんか寄せてよー。そうだ、名前も糖分足りてねぇんだったら、一口分けてやるよ。」

「ごめんなさい。」

「即答?!」

「ったりめーだろ。誰がそんなもん食うんだよ、甘すぎて吐くだろ。それよりも名前、こっちやるよ。マヨネーズは身体にいいぞ。適度に摂取し」

「ごめんなさい。」

「食い気味に即答?!」

「それのどこが身体にいーんですかー?ただのコレステロールの塊じゃねーか。こいつが太ったらどーすんだよ。」

「てめぇの方こそ糖分の塊じゃねーか。こいつが糖尿病にでもなったらどうしてくれんだよ。」

「ねぇ、わたしご飯食べてもいい?自分のご飯食べてもう帰ってもいいですか?」



そんな私達のやりとりを見ていた店主さんは、まぁまぁ落ち着いてといって、白米だけが入ったどんぶりを突然、わたしの目の前に差し出してきた。



「店の中で喧嘩されちゃ困るよ〜。それも女の子を間に挟んじゃってさぁ。女の困り顔なんか見てもいいことないだろー?」



だからこれで仲良くねといって差し出されたこのどんぶり。店主さん、一体これでどうしろと?



「ッチ。仕方ねー。お前は優しいからな。困るのも無理ねぇ。」

「そうそう、名前ちゃんは優しいから。本当はこんな犬の餌と一緒になんか食べて欲しくねぇーけど、今日は特別だ。」



なに、なに言ってんのこの人たち。私がちょっと待ってと阻止する前に、両側から手が伸びてきて、私の目の前のどんぶりがどんどん盛られていく。大量のマヨネーズと、餡子で。



「仲良く半分こしなきゃね!」

「だな。」

「そーだな。」



…仲良く半分こじゃねぇェェェ!!誰がそんなこと望んだ!!誰がどっちも食べたくて困ってるなんて言ったァァァ!!どっちも食べたくなくてこちらは泣いてたんだァァァ!!



「名前ちゃんもなにか好きなものあるんなら、この二人みたいに特別に作ってあげるからね。」

「(そうじゃないよおおお!!店主さんんん!!! )」

「ほら食えよ名前、うめぇから。」

「こっちも食え。遠慮はいらねぇ。」

「やだもう帰りたい。」



深月のおじさん、おばさん。私はこの日、初めて泣きながらご飯を食べました。仲良くしてもらってる銀さんと土方さんですが、しばらく無視することをお許し下さい。



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