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ようこそ三日月堂へ!

三日月堂ではあなたの欲しい本をお取り寄せいたします。また、買取もしておりますのでどうぞお気軽にお立ち寄りくださいませ。

第2話

三日月堂の仕事を手伝う内に、ずいぶんと本屋さんの仕事が板についてきた。今では一人で店番を頼まれることもあるくらいだ。深月さん夫婦は歳のせいもあってか、最近体調を崩すことが増えた。なにより、本がたくさん入っているダンボールの重さはけっこうなもので、深月さん夫婦にとってはもう重労働であった。そんな二人に少しでも役に立ちたいと、率先して重たいものは持ち、配達サービスもやり、店番に立つことも増えたというわけだ。おかげで、常連さんとも仲良くなり、このかぶき町のこともずいぶんと詳しくなった。



「嬢ちゃん、これちょうだい。」

「はーい。540円です。カバーおかけますか?」

「うん、お願い。しおりもつけといて。あ、そうだこのまえ頼んだ本って、まだ?」



一年前、突然この世界にやってきた私。不思議なことに戸籍があるため、ここでは"記憶喪失"ということになっているが、私は一年経ったいまでも前にいた世界のことを思い出す。ましやてこうして本屋で働いていると、嫌でも思い出す。からだが本を扱うことを覚えているのだ。



「あの本はすでに絶版本ですから、いろいろなところにあたってるんです。まだ見つかったって連絡がないから、もうちょっと待ってもらえますか?」

「いくらでも待つよー。にしても、もったいないねぇ。あんないい本、絶版にするなんてどうかしてるよ!」

「あれ?一度、読んだことがあるんですか?」



前にいた世界でも私は書店に勤めていた。本が好きだからこそ、書店に務めることは天職だと思っていた。だけど実際は、毎日大量に入ってくる本の品出しに追われ、それよりも接客業であるゆえにお客様の対応にほとんど時間を奪われ、そして気がつけば定時で終わらない仕事にサービス残業で安い月給。好きだからこそ我慢が何とかできる状態で、好きだからこそ楽しいとか幸せとか、そんな感情はもうほとんどなかった。自分が売りたいと思った本を売るというよりも、世間的に売れているものをさらに売ろうとする傾向も、また辛かった。人と本との出会いを繋げる場所、それが書店であるはずなのに。それができないのが現実だった。



「あの本はとってもいいよ。そうだ、お嬢ちゃんも読んでみてよ。もしその本が入ってきたら、俺に連絡する前にお嬢ちゃんが読んでいいからさ、感想きかせて。」

「え!いいんですか?」

「うん。本当におすすめだから。」



だけどこの世界、ここ三日月堂ではどうだろうか。まさしく本好きが集まる場所で、人と本との出会いを繋げる場所、そのものであった。私からお客様に本を繋ぐこともあれば、こうして逆にお客様から私に繋いでくれることもある。そして私や深月さん夫婦がこの本をもっと売りたいと思ったものは、お店の一等地において大アピールをすると、驚くほどお客様から反応がある。この本面白いの?買っていくよ。読んだけど微妙だったな。これすごく面白かったよ。たくさんの声がダイレクトに伝わってくるこのお店は、私にとって楽しくて幸せな場所だった。



「名前ちゃん、店番ありがとうね。」

「おじさん!腰の調子まだ悪いんだから、奥で休んでて大丈夫ですよ?」

「けどずっと寝ているのも暇でねえ、それにさっき来てたのって前山さんだろう?」

「はい。頼んだ本のこと、聞いていかれました。」

「あの本は難しいとは思っていたけど、どうかなあ。一度、連絡してみるかぁ。」

「それならわたしがしましょうか?」

「いや、大丈夫。ほら、暇だから。暇つぶしに電話の話し相手になってもらうよ。」



そう笑っておじさんは嬉しそうに電話を手にとった。三日月堂では絶版になった本や、様々な理由で発禁になってしまった本など、とにかく現在流通していない本でも取り寄せしますといって、色々な人たちの手助けをしている。そういった意味でも深月さん夫婦が始めたこのお店は、かぶき町でも知る人ぞ知る有名な新刊古書店であった。そして、そのルーツは深月さん夫婦の人柄によって築かれたたくさんの人との繋がりが主であった。



「失礼するぞ。」

「あ、こんにちは!」

「あぁ、いつもの頼む。」

「はい、マガジンですね。」



同じ新刊古書店や、老舗の古書店、コレクターや、さまざまな業種の人たち。深月さん夫婦の人との繋がりは、それはそれは広くて、私は大げさでもなんでもなく、本当にかぶき町全員が、深月さん夫婦を知っているんじゃないかと思うくらいだった。そしてそれは、黒い隊服をきたこの人も例外ではない。



「じいさんの腰の調子はどうだ。」

「お医者さんにはまだ安静にって言われているんですけど、ご覧のとおりじっとしていられないようで・・・。」

「だろうな。で、ばあさんは今日はどうしたんだ?」

「眼科です。最近、ちょっと目のかすみが酷いらしくて。」

「そうか。じゃあこれ、マガジン代な。」

「いつもありがとうございます!今日はこれから市内見回りですか?」

「ああ、ここ数日攘夷志士たちの動きが活発だからな、お前も気をつけろよ。」

「わかりました。土方さんも、お勤め頑張ってくださいね。」



黒い隊服のこの方は、かぶき町にある武装警察真選組の副長、土方十四郎さん。最初は、警察と真選組の違いや、攘夷志士がなにかもわからず、そもそもこのご時勢に刀を帯刀しているなんて物騒すぎると慌てふためいたが、このご時勢といってもこの世界の時勢では、これが当たり前だと深月さん夫婦に教わり、いまでは刀が身近にある生活に慣れてしまった。それともうひとつ、この人の仏頂面も最初は怖すぎて声が出なかったが、今ではちょっとした表情の変化がわかるようになってきた。



「あ、おじさんとおばさんの心配。いつもありがとうございます。」

「・・・じゃあな。」



背を向け手をふる姿は照れ隠しで、タバコを加える口元は実は少し上がっていて、こうして毎週マガジンを買いにくるついでに深月さん夫婦の心配をしてくれている心優しい方だということ。私は最近になってようやくわかってきた。昔から土方さんはここにマガジンを買いくる常連さんで、私がお店の手伝いをするようになって初めて接客をしたのも、この土方さんだった。





「おい、ばあさん、いつもの。」

「あら、土方さんいらっしゃい。ちょっとまってねー。あ、名前ちゃん、この人はね真選組の副長さん、土方さんっていうの。いつもこのマガジンを買いにきてくれるからね、覚えてね。」

「は、はい!」

「なんだ、ばあさんバイト雇ったのか?」

「バイトじゃないわよ、この子は私たちの子なの。」

「は?ガキなんかいたのか?」

「ふふふ、最近ね、できたの。頑張ったのよー?旦那がそりゃあもうすごく」

「んなわけねぇだろう、ばあさん。現実と鏡みてこいよ、もう手遅れ」

「あらやだ手が滑ってマガジン床に落として踏んづけてしまったわ、うふふふ。」

「いやいやいやいやそれ俺が今から買うやつ思いっきり踏んづけてぐねぐねしてんじゃねーよ!!クレームもんだろうが!!」

「そんなことより名前ちゃん、レジ打ちやってくれる?あ、袋はいらないからね。」

「わ、わかりました!えっと、」

「いや待てばあさん、すでに俺のマガジンがよれよれになってんですけどおおお!?!?」



こうして毎週、土方さんがくると私が慣れない手つきでマガジンを売った。最初こそは互いに無言だったが、しばらくたったころに土方さんの方から頑張れよとか、深月さん夫婦のこととか、最近のかぶき町の様子とか、他愛もない会話をしてくれるようになった。実はそれがちょっとばっかり、私のささやかな楽しみでもあった。





「いつもお客は俺らみたいな年寄りばっかりだもんね、そりゃあ若い男がきたら名前ちゃんもちょっと浮かれ、」

「お、おじさん!!ちょっと変なこと言わないでくださいよ!それよりも電話終わったんですか?」

「うん、きいてみたら京のほうで見つかったみたいだよ。こっちに配送する手続き中だから、近日にはもう入るね。」

「わあ!すごい!楽しみですね、きっと前山さんも、喜びます!」



前山さんがすごいいい本だよといったその本は、一体どんな物語なんだろう。私はわくわくする気持ちを抑えつつ、また店番に戻った。


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