あれだけの土砂降りのなか無防備に立ち話してれば、そりゃ最下層まで濡れるよな。でもそういうの俺は趣味じゃない。やろうとおもえば何処でだって始められるけど、濡れるなら水じゃなくて血の方がよっぽど気持ちがいいから。それにさっき言ってたじゃん、どうせすぐに脱がされるって。お前もどうせこうなること、分かってたから表面だけ着替えたんだろ。

「最悪、」
「ならやめる?生憎ここにはもう娼婦は私の他に誰も残っていないけど」

 そう聞いて、図らずもこいつが娼婦だったことをありありと思い出す。これから何人のクソ男どもと穴兄弟になるんだろってちょっと萎えかける。その気持ちを振り切って口を塞ぐようにキスをすれば、感情が全部ひっくり返って頭の中が真っ白になる。今まで散々見てきたこいつのばかみたいに繊細なランジェリー、…はじめて触ったけど、あんなふうに適当に引っかけとくのが可哀想になるくらいすべすべとして、触り心地まで美しかった。雨に濡れたせいで少し湿ったままだったからかな、ひんやりと冷たくなったそれは剥ぎ取るときすこしだけ肌に吸い付いて抵抗した。

 最悪だ。この女に強烈に惹かれてしまうことも、それを分かっていたように笑うこいつも。

 明かりなんてどこもついていないのに女の肌は青白く光ってなめらかにたゆたった。俺は綺麗だと思ったところすべてにキスを落として、ああ本当に、胸が痛くなる。数年前に初めて顔をあわせてから、まるでお互い同業者みたいに軽口を投げ合っていたけど、その幾重にもかさなった薄い薄い言葉の層がいつの間にか俺の内臓ぜんぶに染み込んで、はじめから俺の一部だったみたいな顔をして身体中を巡る。
 激しいはずの雨音ですら薄い窓を隔てたこちら側には気配だけを残して失せていた。この部屋には色も音もなく、ただ唯一、女の白い肌と、お互いが漏らすわずかな呼吸だけが存在していて、触れば触るほど、息をすればするほどに、ひとつに溶け合っていくような錯覚に陥る。それが錯覚じゃなきゃよかったなんて、言えた義理じゃない。俺は女の脇腹のあたりで唇を止め、口を開く。

「お前さあ、」
「なあに」
「うぜえくらい似てんだよ」
「、ふふ」

 悲しいくらい俺に似てんだ。言えば女は何も答えず、俺の髪をゆるゆると撫でた。
 そうやって言葉にすることから逃げるのだってそっくりだ。自分のことってうまく言語化できないけど、でも、お前の背後に見える静かな諦観や、こちらから逃げるふりして心の中では行かないでって泣き叫ぶ心臓や、さっきのように、悲しいことを悲しいと言えないまま気がついたら顔が笑っていたりすること。そういうこと全てが「どうにもならなさ」に全身を飲み込まれている証拠で、俺だってきっとそうだ。だから突き放しながらもいつのまにか抱きとめていて、ただ、これで幸せになれるわけじゃないってお前もわかってんだろ、なあ。

「知ってる」
「分かったような口聞いてんじゃ、ねえよ」
「あなたこそ」

 馬鹿馬鹿しい。こいつも、こいつ以外も、全部、馬鹿馬鹿しい。人を好きになって何かが報われる?今までのこと全てなかったことになる?塗り替えられる?そんなわけない。こんなに強い感情を抱いたって明日にはいつも通りの目をして皆がかわりない日々を浪費して、それで世界は回る。人間は感情の生き物だけれど、それと同時に理性の生き物で、ああ、ほんとになんで。なんで、それでも、目の前の女はこんなに美しい。

 上半身を起き上がらせてその薄い体躯を抱きとめると、ずいぶんと肩が下の方にあって、こんなに小さいやつだったっけ、なんて思う。その肩に合わせるように背中をかがめてもう一度抱きしめる。肌越しに伝わる体温のせいで薄く汗までかきそうだ。俺は目を閉じてゆっくり深呼吸する。
 このあたたかい体を、明日には冷たくする。



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