今日も?

 そう思わず口に出していた。血だらけのカーペットをひょいと飛び越えて、カーテンの半開きになったベッドルームへ足を踏み入れるとやっぱりあの女がいる。さっきから目が合ってお互いに鬱陶しく不機嫌な顔をしたけれど、まあ腐れ縁とかいうのかもね、別に毎度顔を合わせたところで殺意もわかない。
 もうそろそろ太陽が水平線の向こうからやってくる時間帯、こいつに会うときはいつもそうだ、ほの暗い外の空気がこの部屋の中まで染み渡っていて、グレーがかった儚いランジェリーを気だるくひっかけたこいつは、ほんとにここらでナンバーワンの娼婦なのかよって疑いたくなるくらい意地悪な顔をして、俺に悪態をついてくる。俺だったら萎えるよこんな女。

「また太客がひとり減ったわ。売上下がったら弁償させるから」と、女はため息をつくように呆れた声を出した。ベットサイドの小瓶をゆっくりと傾けて、ちいさなガラスのコップに水を注いでいる。
「殺されないだけありがたいと思ったら」
「というかもうすでに下がってるのよね。今月だけでもう3人目じゃない?トータルで言ったら50人は越えたわ」
「数えてんだ」
 しし、と笑えば、女は心外だとでも言うようにむっと眉をひそめて、コップの水をちびちび飲んだ。コップを包み込むように添えられた右手の手首には、繊細な模様のブレスレットが巻きついている。
「こうやってあなたに怒りをぶつけてないと収まらないから」
「オネーサン性格悪いね、前から知ってたけどさ」

 特に狙ってるわけでもなければ協力してるわけでさえ、ない。数年前から任務先でこいつとよく遭遇するようになったってだけ。俺がよく任される地域のマフィアや政治家や密輸業者が、おもしろいくらいこいつに貢いで寝ていくから、会いたくもないのにばったり。そうじゃなくてもこの地域は玉石混交の娼婦街、ブッサイクな女と寝てる趣味の悪い醜男を殺すときなんか、妙な匂いのするこの街にいるだけでも気分悪いのに、醜男とその女のラブシーンを一瞬でも見てしまう、もしくはそれを匂わせるものを見てしまうことでもっと気分が害される。だけど、こいつは比較的顔も悪くはないし、立ち振る舞いもきりりとしていて、なんか殺すのももったいねーかなと思って放っておいている。そのせいで会うたびにこうやって非難されるんだけど。

「殺すならその分だけ供給していってくれない?この街ごとつぶす気なのあなた?」
「潰れたらあんたの実力がそれまでだったってことじゃん」

 俺のささやかな煽りに乗るわけもなく。はあ、もう別の街に行こうかな、なんて、女は寝言のようにぼんやりと口を動かして、ぐちゃぐちゃと乱れたブランケットの四隅を手で探っている。この部屋に血の匂いがやってこないのは、すこしだけ開かれた窓から風がこちらの方へ吹き込んでいるから、それと、俺がわざと扉からすこしずらしたところで男を殺したから。自分でもよくわからないけど、この女には妙な感情を抱いている。友情…、とはまたちょっと違うけど、愛とか恋はもっと違うけど、なんか変な気分。リラックスはできないけど大してむかつきもしないし、嫌いだけど嫌われるのはいやだなって。

 ばた、ばた、と乱暴にブランケットをなびかせて雑にベッドメイキングをした女は、もうお話はおしまい、と言ってごろんとベッドに横になった。窓の外は来たときより結構明るくなってきていて、今日は歩いて帰るのも気持ちがいいかもしれない、と、女には特に挨拶もせず踵を返して部屋を後にした。



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