「分かりきってることわざわざ聞くのってそれ、愚問っていうんだぜ。知らねーの?」

 昨夜どこにいたかなんてだいたい想像ついてるくせに、スクアーロはわざわざ尋ねてくる。ちゃんと時間通りに現場に来てるんだから余計な詮索はナンセンスじゃん。ようやく上がってきた雨は霧みたいな粒を残すだけになっていて、頬にぱちぱちと当たるうっとおしさを除けばいい仕事日和と言える。

「でもひとつだけ新情報」
「なんだぁ」
「あの千切れた布っきれ、引っかかってるのは前に見たアパルトマンだけじゃなかったみたいだぜ」

 あのボトルグリーンをしたハンカチくらいの布切れ、ただの残骸かと思えばそうでもなかったらしく、警察の目を免れるためにわざとカモフラージュさせた目印だったみたいだ。あの布がひっかかってる建物はぜんぶ娼婦街関係者の住処や事務所なんだとあいつが教えてくれた。その情報のおかげで虱潰しも捗るわけだし、スクアーロも眉間にシワ寄せてる暇があったら俺に感謝のひとつくらいすればいいのに。

「てめえにも情ってもんがあるとはなぁ」
「は?逃したとでも思ってるわけ」
「違ぇのか」

 義手の手袋をはめ直しながらスクアーロは口だけを動かして言った。霧のような雨が体に降り積もる。

「あの女はアパルトマンに残ってる」
「…なあベル」
「なに」
「あのとき俺がてめえに情報を伝えなかったのはなぁ、てめえじゃ女を殺せねえと思ったからだ」

 外見だけは繕われたビルの前で立ち止まる。ファミリーを潰すならまず中心の息の根を止めるのが先決。たぶんレヴィとマーモンはすでに侵入して開始の合図を待っているはず。

「マーモンが殺るはずだったんだろ?」
「聞いたのかぁ」
「まあね。なんとなく殺しづらいのはマジな話だったし」
「まだてめぇもペーペーだってことだ」
「うっせ」

 裏口の守衛を一発で黙らせて通用口へ。ビル内に侵入すれば当面、幹部未満の隊員が適当にザコを片付けてんのを見てるだけ。ここの掃除が終わってからが本番だから。

「でもよお、気が変わった」
「お前の気分とか関係なく俺はもうそのつもりだけど」
「そうか」

 じゃあ、女はてめえがきっちり殺しておくんだなぁ。
 言いながら、目当ての死体を引きずり出して指をスイッチに押し当てる。扉のロックが外れる音を聞いてから、こみあげる笑いを堪えることもせずハンドルに手をかけた。





 報酬は後から付いてくるおまけみたいなもんだからあんまり金勘定前提にして働いたことってない。あるとすればヴァリアーに入りたての頃、俺が捨ててきた国の税収と同じだけ稼がないうちは幹部にさせねえって言われて狂ったように高報酬の任務に手をあげてた頃だけ。それだって途中から単純に任務自体が面白くなって気がついたときにはボスが提示してきた金額をずいぶん越えていた。経済のない道徳はただの寝言だって誰かが言ってたけど、経済のない地位だってただのお飾りでしかないもんね。提示金額を超えたと気づいた夜に俺は幹部になった。

 門番の指紋でしか認証できない扉のロックキーを開けばその陰鬱な匂いとは対照的にやけに明るく照らされた下り階段が姿を現した。降りていけば突き当たりにマーモンとレヴィが待っていて、特にお互い口を開くこともないまま無言で磨りガラスの分厚い扉をぶち破った。

 そこからは言うまでもない。

 数人の精鋭に守られたボスは俺たちの来襲を予期していたはずだけど最後のプライドを掲げるように深くチェアに腰掛けていた。そこに言葉はなくて、ただ肉の裂ける音といくつもの靴底が床を叩いて駆ける音、あとは死にたての死体が脊椎反射で床を這いずり回る音だけが、緊張したこの狭い室内にせわしなく響き渡っていた。

 こういう空気感が好きだ。地上の雑魚は大慌てで無駄のありすぎる雑な動きをしながら命乞いを口にする。それも勿論笑っちゃうくらいゾクゾクすることには変わりないけど、やっぱり実力がそれなりにある奴らが実際に殺られるよりも先に自分たちの最期を予期して、それでも静かに無駄な抵抗を試みてる凛々しい諦め顔のほうが格段にそそるんだよね。まあ、馬鹿じゃねーのって思うのが半分、その佇まいに敬意を表して思い切り殺してやるよって思うのが半分。

 抵抗する力が予想以上に強かったせいで右腕がぐらぐらしてきた頃、とうとうボスが椅子の上で事切れ、張り詰めたような空気がただの弛緩した空間へと戻っていく。はやっていた心臓も我に返って、走り出せるようにとつま先に体重をかけていたブーツもべた足へと変わる。ゆるゆると辺りを見回しながら、次の算段をたてようと携帯電話を取り出すスクアーロの方へ近づいていく。マーモンとレヴィはなにかぶつぶつ言いながら上着についた血を拭っている。

 ああとかおうとかうるせえとか、会話の内容が全くわからない電話をしながらスクアーロは地上への出入り口のほうを指差した。通話相手のボスに対してなのか俺に対してなのか分かんないけど、妙なしかめっ面をしながら義手で何度も指差す。たぶん行けってことなんだろうけど、行けってどこにだよ。そうそぶりで伝えると、眉間の皺をさらに深くしながら、足元に落ちていた何かを拾って投げてよこしてきた。

 それは見飽きるほど見てきたあのボトルだった。

 ボトルをまた足元へ捨てて歩き出す。どうやら俺に早いところあの女を殺させたいらしい。まあ何度も見逃してきたわけだしあのロン毛が用心深くなるのも当たり前かもしれない。だけどむかつくのには変わりないわけで、出入り口の扉を抜ける瞬間、スクアーロと目があったからすかさず中指を立ててから外へ出た。こんなに面白くない任務久しぶりだ。

 外へ出るともう夕暮れも終わりに近いような空模様で、悠長に寄り道もしてられないことがわかった。午後5時って言ったけど、たぶんその時刻はとっくに過ぎていて、もしかしたらマジでまた女を逃したかもしれない。まあ別に、いまさら女が一人逃げたってヴァリアーにとっては何の問題もないし、と思いながら、なんとなく別のターゲットのほうへ行く気にもなれなくて北へ向かう。やわな西日が左から差して、湿った路面をすべっていく。ポケットの中でナイフを触りながら、ふと女の髪の匂いを思い出す。空を仰げばもううっすらと月が出ている。今日1日の任務に、なんの見返りもないことをいまさら思い返した。

 やっぱ金もらわないと割に合わねーかも。
 なんて思いながら細い路地の方へ曲がって行く。




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