話 | ナノ



さよなら(またね)


君はきっと、知っていた

『増川くん増川くん』
「んー?」

家具がなくなり、代わりに段ボール箱が積み上げられた部屋だとか。しっかりとケースに入れられているギターだとか。その、意味を。
全部、知っていたんだろう

『あのさ?』
「うん」

だから、君は何も聞かず
俺の代わりに言った

『さよなら、しようか』

***

君がその言葉を発したとき、正直俺はほっとした。ああ、これで俺が言わなくて済んだ、なんて思ってた、何処かで。
君が言ってくれるのを、薄々分かっていたのかもしれない。君はとても優しいから、なんて甘えて。実際君は、その甘えに応えてくれた。

「…うん」

俺が返した言葉は、たしかそれだけ。
君は少し微笑って、いつものようにくるりと踵を返して。いつものように、何も言わず。

それがさよならの挨拶だった。

***

「(1、2、3、4、)」
指折り数えてみれば、あれから9年。
最近改めて思うことがある。
俺は、女々しい。

「…はぁ」
レコーディング後。ギターをケースにしまいジジジッとチャックを閉めながら、小さな小さな溜め息を溢してみる。
ポン、と背中に小さな衝撃。振り返れば少し肩をすくめてみせる秀ちゃんの姿。…どうやら何もかもお見通しらしい。

ふと前を見ると帰り支度を終えたチャマと藤くんまで此方を見ていた。なんていうか、やっぱり敵わないんだよな、こいつらには。

『名前ちゃん、今、どこで何してるんだろね』
チャマがぼそりと呟く、その台詞もお馴染みとなりつつある。一年に一度、俺が女々しいモードに陥ったとき、誰に向かって言うでもなく溢すから。

そうだなぁ、何してるかな。
今頃もう、大切な人ができて、結婚なんてしちゃってるんだろうか。十分あり得る話だよな。
なんていうのも毎年考える。それでもどこか現実味が無い気がするのは、俺がそれを望んでいないという何よりの証拠で。
「はぁ…」
本日二つ目。息を吐き出すと少し心が楽になるだなんて聞いたことあるけど、さっぱり効果が無い。寧ろ苦しくなる一方だ。

『ヒロはさ』
「うん?」
『まだ名前ちゃんが好きなの?』
秀ちゃんの問い。数秒の間。
「…分かんない」
自嘲気味に笑いながら小さく言った。
「好きって、どんなんだったか分かんなくなっちゃった」
何をもって好きだということになるのか。幼稚園にいた頃や学生だったとき、ベタな表現をすれば所謂青春時代には。そんな難しいこと考えず、あの娘が好きだなんだと言っていたはずなのに。俺は年を取ってどうも理屈っぽくなったらしい。

『じゃあさ、名前ちゃんに会いたいとは思うの?』
「そりゃあ──」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
あれ、もしかして、俺、

ヴーヴー、ヴーヴー

ポケットの中で携帯が震える。突然の振動に身体が跳ねつつも、メールかと思い放置していれば、一向に鳴り止む気配の無いバイブレーション。ちょっとごめんと断って、愛用している旧式携帯をパタンと開くと"着信"の二文字。その下には電話帳に登録済みの見知った名前ではなく、電話番号が並んでいた。しかしそれも知らない番号ではなく。
電話帳から名前ごと削除した、もう二度と表示されることのなかったはずの、番号。

『いってらっしゃい』
藤くんが意味ありげに笑って言う。
秀ちゃんに鞄とギターケースを持たされ、チャマに半ば無理矢理部屋から追い出され。
「…いってくるわ」
一言残して走り出した。
頭の中に確信は無くて。あるのは「もしかして、」という期待に似た緊張感。それでも気が急いて、足は前へ。
ここは、四階。向かうは、外。
勢いに任せ、左手で通話ボタンを押した。

『もしもし』
「…もしもし」

『名字名前です』
「…知ってる」

『あれ、覚えてた?』
「覚えてたよ?」

『それは嬉しい』
「そっちこそ、覚えててくれたんだ」

『うん、覚えてた』
「それは…嬉しい」

エレベーターのランプが"1F"で止まったままなのを確認して、階段を駆け降りる。

『今日ね、空、昼間あんなに曇ってたくせに今雲ひとつ無いんだよ』
「へぇ…星見えるの?」

『あーっと…いや、流石に街中では見れないみたい』
「あー、やっぱ…お店の明かりとかあるもん、ね」

三段跳ばしで最後の階段を降りて。
入口へと走って。

『山の方とか行ったら星綺麗に見えるんだろうなー、大きなお店もそんなに無いし』

少し立ち止まれば、焦らすようなスピードで自動ドアが開いて

『あ、でもね、
星は見えないけど──』

目の前には、空を仰ぐ

『──月が、綺麗だよ』

彼女が、いた

「…ほんとだ」
殆ど一人言のように溢した声に、此方を見て。ふわりと微笑うから、これでもかと溢れてくる懐かしさで息が出来ない位に切なくなる。
ああ、俺はこんなにも

「ずっと…会いたかった」

携帯を耳に当てたままだなんてことを忘れて。上手く笑うことさえも忘れて。呟いた言葉はたった一言。
あー、ほんと駄目だな。ムードもへったくれも無くて。きっと俺は、どうしようもなく泣きそうな顔をしてる。

『会いたかったね』

目の前から聞こえる言葉、そして耳に直接響く電話越しの声。くしゃりと笑った彼女の目からも、滴が零れそうで。

「あのさ、名前」
『うん』
「俺、…」


()
今、君に
9年越しで二度目の、告白を。






A/qua T/imez の「い/つもいっしょ」を聴いていて浮かんだ話。制作時間長かった…なんとか終わってよかった…

イメージとしては、増川さんがバンド活動のために引っ越さなきゃいけなくて、だけど遠距離で付き合い続けたいと言う勇気が無くて。直前にそっと告げて去ろうと思ってたんだけど、夢主さんは全部気付いてた上で増川さんのことを思い別れを切り出す、という。
うわああ分かりにくいごめんなさい…
因みに藤くんチャマ秀ちゃんは仕掛人です、仕掛人。←

リクエストくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。ご注文ご指摘等ありましたらなんなりと!

20130227



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