話 | ナノ
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「(熟(つくづく)、ついてない。)」
日が沈み、空がだんだんと紺色に染まり始める午後7時。スーパーでのバイト帰り、いつもならひとりで歩く駅までの住宅街。街灯に照らされて、道に伸びる影はふたつ。
わたしと、左隣を歩く、彼。
会話など無い。ある筈がない。
ひとり駆け出し先に帰ってしまいたい気持ちを、ぐっと堪える。わたしは今"送ってもらっている"のだ。──支店長の、ひじょーにありがたーい計らいで。
しかしだな、支店長。外が暗くなってきたから女の一人歩きは危ないというのは分かる。今日からなるべく帰り道が同じ方向の人に送ってもらえというのもわかる。だけど。
なぜこの、彼を選ぶのか。
目線を下げれば見えるコンバースの黒いスニーカー。あ、わたしこれの色違い持ってるなぁー、なんてどうでもいいことを考えながら。取り敢えず、"何か話さなきゃ"的な雰囲気を作らないようにしなければ。
だがしかし、
そんなわたしの努力も虚しく。
『どうかした?』
「──っ、え?」
突然話し掛けられたことで反射的にバッと顔を上げれば、少し首を傾げた彼と目が合った。合って、しまった。
『俺の靴とか見てたみたいだったから、なんか付いてたりしたのかな、と思ったんだけど』
き、気付かれてた…
「あ、すいません、特に意味は無いんです、けど…」
ふいっと目を背ける。
『…コンバースって合わせやすくていいよね』
「…え?…あ、はい」
心を読んだかのようなタイミングで言われたもんだから、思わずなんともぎこちない返事になってしまった。
隣の彼はふふ、と口元に手をあてて笑う。一緒に働いているうちに分かったことだが、これは彼の癖らしい。
『あ』
「え?」
ぴたり、止まった足。
『…ひとつ、聞きたいんだけど』
「…は、い?」
前を向いたままで思い出したように言う声に、顔を向け見上げると。
『名前ちゃんって、俺のこと苦手?』
「──っ!いや、その…」
図星をさされて思わず口ごもる。
『ふふ、あ、気ぃ使う必要とか無いからね。俺が聞いてるんだし』
さらりと言われて、わたしはおずおずと口を開いた。
「正直、得意ではない、です」
小さな声で溢せば、『やっぱりなぁー、なんか冷たいと思ってたんだよな』なんて呟きながら可笑しそうに笑う。
「…すいません。なんか」
『え?あ、全然。気にしないで。俺ってほら、目付き悪ぃし』
前髪を少し摘まんでみせる。
『俺、実は、あのスーパーでバイトしてる名前ちゃんを見て、"ここで働きたい"と思ったんだよね』
「…え!?」
思いがけない告白に、口がぽかんと開いた。それを見た彼は口元に微笑をたたえて、ぽつりぽつりと話す。
『買い物に行ったとき初めて見かけて、すげー必死になって働く人だなぁって』
笑いながら言うあたり、きっとその時のわたしは相当険しい表情をしていたんだろう。普段から接客に笑顔が足りないとよく言われるが。
『それから何度か見かける度、やっぱり眉間に皺寄せながら一生懸命働いててね』
「…お客さんが逃げるからもっと笑えってよくよく言われます…」
『今日も言われてた、支店長に』
悪戯っ子のような目をこちらに向けて言う。
『でもそんな…なんていうんだろう、"頑張ってる感丸出し"みたいな、そういう名前ちゃんがすげぇ好きで』
「はぁ………はい!?」
『あれ、気付いてなかった?』
てっきりバレバレかと思ってた、なんて言いながら少し首を傾ぐ彼。
『俺、名前ちゃんのこと好きだよ』
まるで、"今日の天気は晴れだよ"なんて言うみたいに。ごく普通の流れで、さらりと。これが年上の余裕というやつだろうか。
それに、わたしが気付くわけが無い。わたしは貴方を避けていたんだから。
『顔』
「え?」
『真っ赤』
「え!?」
思わず顔を両手で覆うと、また『可愛いなぁ』なんて笑われた。可愛い、だなんて言われたの、小学校低学年以来だよきっと。どこまでこの人は…わたしの体温を上げる気なんだ。
『ふふ、でも…何も気にしないで。すぐにどうこうなりたいっていうわけでもないし…今は俺の名前覚えて貰えればそれで充分』
「藤原さん、ですよね」
『…え』
「藤原基央さん、で、合ってますかね?」
一瞬、長い前髪の向こうの両目が見開かれた気がして。直後、彼は、くしゃりと笑った。
『はい、藤原基央です』
その笑顔に一瞬でも胸が跳ねたなんて絶対に気のせいだ。だってわたしは、わたしは…この人が、苦手なのだから。
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"好き"と"苦手"は紙一重
音斗葉 紅さん遅れて本当にすみません…!相互記念にリクエスト戴いたバイトのお話でした!なんか藤くんっぽくなくてごめんなさい←致命的
バイトの経験が無いのでイメージで書かせていただきましたが…如何でしたでしょうか。
おかしな点、気に入らない点ありましたらなんなりとご指摘ください!
読んでくださった皆様
ありがとうございました。
20130130
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