話 | ナノ



Xday+1


「そんなに広くもない住処だけど…入って」
「は、はいっ」

ガチャリとドアノブを引いて、中へ促してくれた彼にぎこちなく返事をする。なるべく不自然に思われないように、緊張を表に出さないように、と足を踏み入れる、が。

「…あれ」
「ん?あぁ、靴溢れかえっちゃってるでしょ。この家気に入ってるんだけど玄関狭いのが難点でさ」
「え、えーと、あの、中に、人がいらっしゃる?」
「うん、早めに来たから先上がってもらったんだ。結局予定してたよりも人増えちゃったけどね。まぁでもせっかくのパーティーだし、人は多い方が楽しいよな」

優しい笑顔を前に、頭をガンと殴られたような眩暈を覚えた。


Xday +1


「まぁそんなわけ無いですよね!!」
「え、どしたの名前ちゃんもう酔っ払ってるの?」
「違います!!」

手元の缶ビールを大きく仰げば、冷えた液体が喉を通る感触が心地良い。飛ばし過ぎてぶっ倒れないようにね、と笑う女の先輩を横目にもう一度缶に口を付ける。
そう、始めからそんなことは有り得ないのだ。

数日前、バイト先でクリスマスの話になった。と言っても、クリスマスを彼氏、彼女と過ごすという輩を徹底的に洗い出していびるという独り者からの妬み恨みタイムだったのだが。
ちなみにわたしは当たり前のようにクリスマスの予定どころか共に過ごす彼氏などを持ち合わせているはずもなく、一緒に働いているひとつ年下の女の子(彼氏と付き合って三ヶ月)に「何がクリスマスデートだこちとらコタツで蜜柑食べながらセルフカラオケクリスマスソング縛りだわこの野郎アタック」をかましていたところ、バイトの先輩である藤原さんに声を掛けられた。

「名前ちゃん、25日空いてるの?」
「…もしかして聞こえてました?」
「あー、うん、ごめん」
目を逸らした彼は申し訳なさそうに頬を掻くけれど、決して広いとは言えない休憩室で特に声のボリュームを落とすわけでもなく話していれば、耳に入ってしまうのも当然で。
「いや、こちらこそ聞き苦しかっただろうにすみません…25日は暇です、ものすごく暇です」
開き直ってガッツポーズと共に言い切れば、可笑しそうに笑った藤原さんが思いもよらぬことを口にした。
「ふふ、ならちょうど良かった。俺も生憎ロマンチックな夜を一緒に過ごすような相手がいなくてさ、その、良かったらなんだけど…寂しい独り者同士、クリスマスパーティーでもどう?」

…なーんて
「言われたらそりゃ勘違いだってしますよ!!」
「やっぱり酔ってるでしょ名前ちゃん!」
今度は先輩に軽く突っ込まれて缶ビールを取り上げられる、が。
「あれ、もう空!?ちょっと名前ちゃんまさかお酒強いの!?あ、それとも早めにぶっ倒れるタイプか!」
「ふっふっふ、わたしをなめないでくださいよ」
顎に手を当ててキメ顔をしてはみたものの正直普段お酒は進んで飲む方では無いし、居酒屋に行ってもどちらかと言えば食べる方が好きなので浴びるように飲んだ経験は無い。
だけど今日は聖なる夜クリスマスだ、好きな人に誘われ、こんなわたしのことをロマンスの神様は見捨てていなかったのねと期待し、胸を高鳴らせて家に来てみれば実はバイト先の独り者みんな集まってのパーティーだなんて…こんなオチ、飲んで笑い飛ばす他ないだろう。

「はい、これ。ありもので作ったつまみだけど」
キッチンから出てきた藤原さんがテーブルに料理を置き、周りがそれに群がって次々手を伸ばす。
うまい、と言われるたび嬉しそうに照れ笑いをする彼の横顔を見ながら、新しい缶ビールのプルタブに手をかけた。

***

「あー…れむい」
「名前ちゃん、大丈夫?途中まで送ろうか?」
あれから結局何缶空けただろう、もうどの空き缶が誰のものなのかも分からなくなってしまった。
集まったメンバーはそれぞれ次の日にバイトやら講義やら予定やらがあるからと、24時過ぎにしてパーティーはお開き。
わたしはというと、潰れはしなかったものの恐ろしく強力な睡魔に襲われて歩くのもやっと、先輩に「だから飛ばし過ぎるなって言ったのにー」とひどく心配されながら帰り支度を終え、お暇しようかというところ。

「自分でタクシー捕まえて帰りますんで…だいじょぶっす」
グッと親指を立てると、尚更不安そうな顔をされてしまった。
「俺が一緒に付いて行って、タクシー捕まえるの手伝うよ」
そう言ったのは藤原さん。よく見れば既にコートを着ている、ということは最初からそのつもりでいてくれたのかもしれない。普段なら全力で遠慮する所だが恥ずかしいことにそんな気力も残っておらず、すみませんがお願いしますと頭を下げた。もう今はとにかく、一刻も早く、眠りたい。

さほどお酒を飲んでいない藤原さんの言葉だからと安心したらしい他の人たちと一緒に、お邪魔しました、と家を出て外の空気を吸う。冬の夜の冷たい風と青くさい匂いのおかげで、睡魔に占領されてぼんやりとしていた頭に思考が少し戻ってきた。
終電や終バスに乗り込むためと先に歩いて行ったみんなの後ろ姿を見ながら、少しずつ、酔いを醒ますようにゆっくりと歩を進める。隣には、藤原さんがわたしに合わせたテンポで付き添ってくれた。
あぁ、そういえば今、
「ふたりきりだ」
無意識のうち声に出してしまって、驚いた。遅れて恥ずかしさがやってきて、上手い誤魔化し方を模索しながらも反射的に顔を見上げる。長く伸びた前髪の隙間から見える目は少し見開かれ、そして細められた。
「ふたりきり、だね」

髪を揺らす冷たい風が、マフラーの隙間から首元へと入り込む。背筋を伝う寒さに身を強張らせた。
「結構飲んでたみたいだけど、身体、大丈夫?」
「あ、はい。すごく、眠たいくらいです」
「そっか、それなら良…くもないか。でもあれだけ飲んでも酔っ払ってわけわからなくならないってのはすごいなぁ」
口振りからして、わたしはわたしが思う以上に飲んでいたようだ。実はそこまでお酒に弱くもないらしい、けれども。
「藤原さん、それ、ハズレです」
「え、そうなの?」
「はい。今結構わたし、頭おかしくなってますよ」
頭に回ったアルコールのせいで頬まで熱くて…今にも、あなたが好きですと口走ってしまいそうなのだから。

「そんなこと言われるとタクシー乗せるのも不安になってきた…」
「いや、タクシーは乗れますよ?途中で寝るかもしれないですけど」
「いやそれ目的地に着かないじゃん!」
確かにそうだ、と想像して笑った。
隣で彼も、肩を揺らして笑った。

「名前ちゃん、今日、楽しかった?」
不意に落ちてきた問いに、迷わず答える。
「楽しかったです、とても」
賑やかで、時々度を超えて騒がしくて、でもその中で楽しそうに笑う彼を見るたびに温かくて。
「誘ってくれてありがとうございました。来年もまた、参加したいです。だから…」

アルコールが、ぐるぐる回る。またおかしなことを、口走りそうになる。
「だから、あの」
「名前ちゃん、明日…じゃねーや、今日、空いてる?」
「へ?」
藪から棒に予定を聞かれて出た間抜け声、そして恐らく間抜け面。その顔を覗き込んで言うその台詞はデジャヴ。

「パーティーも良いけど、イルミネーション見たくなっちゃった。独り者同士、どう?」
「でもみんな、今日は予定があるって…」
「あぁそうか、じゃあ、言い直さなきゃな」

わたしの前に回り込んだ拍子に前髪が揺れて、黒の瞳と目が合った。
「俺と君のふたりきりで、デートしませんか?」

アルコールの所為に出来ないほど熱を帯びた頬を、一体どうしようか。





Q.何故この時期にクリスマス!
A.本当は去年のクリスマスにネタまで思いついていたのですがカタチにする時間がなく、やっとこさ今回の公開に至りました。

Q.なんだこの手抜きタイトルは!
A. 「X('mas) day」「+1(翌日)」
ということで25日と26日のことを指しているだけのこの淡白なタイトル!そのうちより良いものが見つかったら改名します。

文中に出てきた藤原お手製おつまみは恐らく、いや確実にカプレーゼ。トマトとモッツァレラチーズ並べてオリーブオイルかけて出したんだきっと。

20160216


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