「先輩」
「何?」
「俺、遊んでないですよ」
「・・・分かってるよ。ちゃんと、分ってる」
「じゃあ・・」
それを踏まえて、聞いて欲しいことがあります。と、彼は、姿勢を正して俺に告げた。
いいよ、と言って俺も真っ直ぐ彼に向き直る。
一瞬躊躇う様子を見せた後、缶を一度口に運び、机の上に置いた。
薄茶色の瞳が2つ、明るい光の中、俺の姿を鮮明に映し出していた。
「先輩、僕、先輩のことが好きです、1年前から」
一瞬、どういうことか、と考えた。
うん、と言おうと思ったけれど、どこか違和感のある言葉だった。
彼から好意を受けていることは分かる。ただ、1年前、という言葉が引っかかった。
単に気に入っているということではないのではないか。
それは友情とか尊敬ではなく、もしかしたら、もっと、体内の古い機関が作り出す感情なのではないか。
例えばそれは、月が綺麗という。
例えばそれは、同じ墓に入りたいという。
例えばそれは、恋という。
感情の複雑さに、この分かり易い名詞を与えた人を、俺は褒めてやりたいと思う。
「それは・・・」
「先輩の、思っている通りの意味ですよ」
「鬼男くん、本当に」
たっぷりと間を置いて、彼が困った様に笑う。
そしてもう一度、言葉を変えて、愛しています、と静かに言った。
彼の褐色の掌が、黙っている俺の瞼に触れ、下に下ろす。
光に憎まれた俺の瞳に、彼の色はとても優しかった。
そのまま、唇が柔らかいものに触れる。
一発で彼のものと分かる、温かい唇だった。
目を開けば、今のが初犯です、と笑う彼が可愛かった。
翌朝、何だかもやもやした様な、むず痒い様な気持ちのまま、俺は玄関先に立った。
送って行くという彼は、車のキーを探して奥の部屋へ引っこんでいた。
まさか、まさかこういうことになろうとは。
それが今の俺の気持ちである。彼にもそう言った。
「じゃあ、ゆっくり考えて下さいよ。俺の気持ち」
それが彼の答えだった。取りあえず、俺はその言葉に甘えることにした。
しばらくして、茶色のジャケットを羽織りながら、キーを口に銜えた彼が小走りに出てきた。
「おああえいあ・・お持たせしました」
「今の面白かった」
キーを手に持ち直した彼に言うと、うるさいですよ、と拗ねたように言う。
ほんと、まだ若いんだな。可愛い奴。
「まさか・・・まさかなぁ・・・」
「まだ言ってるんですか。ていうか本当に気付いてなかったんですか?」
「気付く訳ないじゃん〜!どうして気付くと思ったの!」
「だって僕、1年間先輩のこと見てましたもん」
「見てただけ!?俺はエスパー扱いか!」
そう言いながらも、悪い気はしない。
関係ない所で、そういえばこの子、一人称僕だったんだなぁ、と改めて思ったりした。
アナーキーな雰囲気の見た目からは、予想出来ないな。
また、彼の意外性に驚く。
これから、知ることが多そうだ。
と考えて、これからって何だ!と自分で自分につっこみを入れる。
顔が熱い。
「だって、先輩を見てるだけでも、こう、何か体温が上昇するような、本当に思いつめてたんですから」
「へぇ・・・」
もしかして、彼の手が、体がいやに温かかったのはそのせいなのだろうか。
今度、聞いてみたい。でも、今度でいい。
今は、その妄想の幸せに浸っていたいから。
「閻魔さん」
「何?」
「昨日言ってた、先輩達とは何にもないですから。ちゃんと断りました。もう彼女達はここには来ません」
「うん」
やっぱりそういうあれがそうだったのか、とは思ったけど、まぁ、許そう。
次の瞬間には、既に彼の主導権を握ろうとしている自分にまた、つっこみを入れるけど。
これはもう、近いうちにそういうあれがそうなるのだろうな、というほとんど諦めた様な思想に支配され始めているのも事実だ。
「先輩、ジョ・テ・エスペーロって知ってます?」
「え、なに?それ、何語?」
「ふふ、いいえ、スペイン語です。貴方だけに今、この言葉を、と思いますよ、僕はね」
玄関の鍵を閉めながら彼は不敵に笑った。
「鬼男くん、君、何者なの?」
「またですか」
そう言う、彼の目の前に置かれた、人呼んでスーパーカーのドアがまるで、デロリアンみたいに上向きに開く。
どうぞ、という彼を呆然と見つめて、再び思う。
まさか、こんなことになろうとは!
fin.
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大学生パロでした。なんつー無茶苦茶なセレブw
最後の言葉は「貴方を待っています」って意味です。
人から聞いた言葉なので、実際の発音の表記はちょっと違うかもです・・・すみません。
スペイン語なんて分かりません、もう、死にたい(えー
これが入れたくて無理やりスペイン設定を入れました。
何でやwと思った方、実にすみません。
鬼男くんは食材をO田急OX(←まさかの隠れてないw)で買っていると思われます。
参考にした舞台もその沿線の街です。
車欲しいなぁ・・・