館の大きな扉を叩くと、待ち構えていた老けたお屋敷メイドの女に、奥様がお会いになられるから、着いてくるようにと言われる。
奥へ案内するその女が、洒落た洋服にエプロンを着けている事も、この屋敷の妙な雰囲気に似合っている気がする。

館の中も金木犀の香りで満ちていた。
甘ったるいその匂いは、町に吹く風と同じだけれど、窓から見える金木犀の木は、やはり白い花を咲かせている。

金木犀の花と同じ色の扉を、老女が軽くノックする。すると中から、どうぞ、と言う声が聞こえた。
その声が、妙だと思った。
何が妙かと聞かれると、不自然だとも、怪しげだとも言いづらいのだけれど。
それは屋敷の怪しげな雰囲気に押されたのか、勘ぐりすぎのような気がしないでもない。
だがその声は、低くも、高くもなくて、鬼男の思っていた貴族の女の声とは少し違った。
その奥に居るのは冷血の貴族などではなくて、妙に生き物臭い、何かのような気がした。

メイドは扉を開けるだけ開けて、私はこれで失礼いたしますよと言って、来た道を戻る。
まだ紹介もされていないのだが、この家は越して来たばかりなので、召使いもまだ慣れないのだろうと思った。
彼女の後ろ姿を一度見て、室内へ視線をやると、部屋の奥、明るい窓際で白い金木犀を背にして、椅子に腰掛ける着物姿の若い女が一人いる。
風が吹き込んだのだろう、小さな花を指先で弄んで、面白げに見つめている。
若い女で、着物の色はその年頃にしては少し渋い藤色、黒い断髪で珍しい髪型をしている。
その肌は、白い。その白さだけは、鬼男の思っていた、平安貴族のそれと同じだった。
けれどその面差しは、思っていたのとは違い、今様の顔立ちをしている。
細面で髪と同じく真っ黒の睫毛に、長い眉毛、唇も、なんとその瞳まで赤々として、紅玉のような色なのだ。
見たその時に、いや驚くほど、美しい女だと分かった。


「はじめまして」

「ああ・・・はじめまして、今度から世話になります。鬼男といいます」

「お世話になるのは、こちらの方です」


そう言って、屋敷の女主は笑う。
笑った顔がまた、可愛かった。可愛いけれど、じっと見ると多分、年は自分より上ではなかろうかと鬼男は思う。
いくつだろう、と思って見つめていると、女はふふと声をたてて笑った。


「どうしてそんなに見るの?」

「いえ・・・すみません」

「ねぇ、君、歳はいくつ?」


今年23になる、と答えると、女はええと言って妙に嬉しそうな顔をする。
そして俺は25だから、ここへ来てから会った中で、君が一番歳が近いと言った。
女は「俺」と言った。
その言葉で、鬼男ははじめ彼女の声を聞いた時に浮かんだ疑問の、答えが分かった。
それは多分、間違いであったら怒りを買って、お館へ出入り禁止になるくらいの頓狂な答えだったのだが、鬼男にはそうだと言う確信があった。
とんでもない事実に気が付いた興奮と、その確信から、鬼男は迷わず、それを女へ告げる。


「奥様は男ではないんですか?」

「えっ・・・どうして・・・!」


「どうして」と言うには「どうしてそう思う」ではなく、「どうして分かった」と言う意味だろう。



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