明け方目を覚まして一番に、今日は仕事が休みで良かったと閻魔は思った。
だって隣でうつ伏せて寝息を立てる、可愛い男を見ていられるから。

彼の肌は服の下まで余すところなく褐色で、にわか夏男ではなくて良かったと思う。
金色の睫毛を伏せて眠る姿もひどく様になっていて、さながら逆白雪姫。いや、黒いから黒雪姫?
興奮のまま、可笑しな考えを巡らせて、一人で笑って身悶える。
閻魔は満足で一杯だった。
閻魔の姿と同じように仮初の、一夜でもこう言う完璧な人間の傍に居られる事が嬉しい。

いつからだろう。多分自分の姿に嘘を吐きはじめてから、本当の恋人を作らなくなった。
醜かった頃は、それなりに自分を好きになってくれる人もいて、その人を愛しもした。
けれど所謂面食いの閻魔の選ぶ男はやっぱり美しくて、閻魔にはそれが耐えられない。
恋人は皆、卑屈になる閻魔に、お前の事が好きなんだから馬鹿な事を気にするなと言った。
けれど駄目だった。
例えば恋人とともに、ショーウンドウに映る自分の姿を見る瞬間。
例えば友人たちと写真に収まる自分を見た瞬間。
部不相応。それは引け目で、プライドの高さでもある。
偏見と高慢から、閻魔はいつだって恋人に素直になれなかった。

そしてその望み通り顔を変えてからは、恋人さえ作らなくなった。
だって自分の美しさは偽りの仮面でしかない。
今度はそれが負い目になって、素直になれない所か、はじめから本気で付き合おうとも思わない。
その分、美しいものには余計に魅かれるようになったけれど。
それは渇望だった。
本当に望むものは決して手に入らなくて、だからそれに似たものを手当たりしだいに捕まえてみる。
いくら美しい人間を手に入れても、本当の自分が天然の美を得る事は永久に出来ない。
その地下茎が、世にも醜悪な本当の姿を覚えている。
閻魔の破れない殻はそれだった。

だから閻魔は、美しい世界の表層だけをうわ滑るように生きていられればいいと、そう思っていた。


「起きてたんですか?」

「ごめん、見てたの分かった?」

「いいえ、たまたま」


まだ夜中ですねと言って、鬼男は唸りながら枕に顔を擦り付ける。
まだ眠いんでしょと尋ねると、寝ぼてけいる様で、元気ですと答えた。
学生の頃の健康観察を思い出す。


「アンタきれいですね」

「突然どうしたの?」


枕と髪の間から片目だけを覗かせて、鬼男は突然そう言った。
閻魔は驚いた。
それは唐突な言葉にもそうだが、彼がそう言った事にも。
大体、鬼男のように格好良い子はそういう事は言わないし、言っても、甘言か嫌味にしか聞こえないだろう。

けれど今回はどうやらそういう様子ではない。
言われた方の閻魔にしてみても、嬉しさや嫌悪より、驚きの方が大きい。
鬼男の口ぶりにはどこか、そう思わせる真摯さがあった。

なぜだろう。
眠たげな金色の睫毛を見つめて考える、なぜそう感じたのか。
いいえ、思っただけ。と彼は言うので、その髪を一度撫ぜて、そのまま寝かせてやった。


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