冷えた土は固くて、少し深く掘るのにも大分時間がかかってしまった。
奈落には異国の青年、その少し上に大型の野良犬の亡きがらを横たえ、完全に穴を塞ぐ。
零れ始めの落葉を被せれば時間稼ぎ位にはなるだろう。
何にせよ、僕らは来月にはスコットランドだ。
一生を賭けたバカンス、胸が躍るね。
荷物を取りに戻った彼を待って、冷ややか夜風の吹く街角、夜空を見上げ、この4ヶ月を振り返る。
若葉の頃、若者にプロポーズを受けた僕はグラハム・ベルだった。
憧れと言う名の愛は今、奪取と言う形で灰暗い土の底に眠る。
そして新しい僕と彼、狂ったダンスを踊り始めた。
奇形の幸福の毒に侵された身体はもう、足を切り落とされても止まらない。
タランテラ、この新しい愛は猛毒に沈む舞踏。
「待たせたね」
青い月明かりに微笑む彼と共に、今夜、文字通り何もかもを捨てて港へ向かう夜行列車のステップへと足を掛ける。
僕達は一つにはなれなかった、しかし、想像もしなかった形で欲しいもの全てを手に入れたのだ。
汽笛が鳴る、目を閉じる。記憶を綴じる。
彼の手を握る。
彼が僕の手を握り返す。
走り出す黒鉄の魔物がプラットホームを置き去りにし、そこにはきっとこれまでの僕達の幻影が浮かんで居ることだろう。
未完成だった僕達が。
そして今完璧に安定形を得た僕達は、きっと世界中の誰より、幸せで孤毒だ。
6月の花嫁は今夜、10月の毒蜘蛛になって愛しい人を喰らい尽くした。