神無月は神去月とも言う。
霜月は神帰月とも言う。

曽良の師匠は、神去月に逝って、神帰月に返ってきた。
師匠は確かに、先月亡くなって、家族に見守られて棺桶に入り土葬された。
それがどうしてか起き上がって今、曽良の自宅の寒々しい座敷に正座をして、どこともつかぬ虚空をぼおっと見つめている。
曽良が慣れぬ手で出した温かい茶には、一度も口がつけられていない。

彼の墓所と曽良の自宅と、二人は共に長い旅をしたが、それにしたって長い道のりだろう。
その足で、彼は歩いてきたのだろうか。
死人返りの彼を運んでくれる人もいる訳がないから、それ以外は考えられないが。
けれど曽良はそうではない気もした。
何故かというと、その師匠は以前自分が旅をした男とは、姿形は全く同じでも、どこか変わっている気がしたからだ。

まず彼の瞳はまるで生気のないその、土色の顔とくらべて、赤赤とまるで血のような色になっている。
以前は確か、茶色くてなんの変哲もない、丸くて小さな目だった。
そしてもう一つ、彼の唇がやけに赤いので、口を開かせてみると、なんとその口内は真っ赤だったのだ。
それは正真正銘、流れ出た血液のそれだった。

喀血したのか、それとも怪我をしているのかとも思ったが、どうやらそうではないと分かった。
人形のようにぎくしゃくとしか動かない彼の頭を掴んで、桶の水で無理やり口を濯がせれば、それはきれいに無くなってしまったからだ。
彼は己の物ではない、誰かの血を口に含んでいた。

また、口を濯がせた時にも、曽良はかなり無遠慮な方で、そういう動作は手馴れていて、それは以前と何も違わなかった。けれど師匠の方は、以前ならがちょうの鳴くような声でぎゃんぎゃんと騒いで曽良を面白がらせたが、今度は何の抵抗もせずに大人しくそれに従う。
まるで、姿は同じでも全く違う誰かのようになっていた。
だけれど曽良は、それが己のかつての師匠だと、なぜだかそういう確信があった。

口を濯いで、脚を洗ってやって、自分の好みではないので余り着なかった、生前彼が好んだのに似た薄緑の着物に着替えさせてやると。
それは正しく、長い旅路を共にした、懐かしい師匠の姿であった。
間違いないと曽良は思った。

いや、そう思いたくて仕方がなかったのかもしれない。
彼が例え、何か見知らぬ魔性の力にここへ運ばれて来た、偽装の物の怪であったとしても。

神鳴り様の活かる声が、戸口の外から響き続けていた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -