「好きだ」


豚バラの串焼きに、手を伸ばした僕に向けて、彼はそう言った。

細い竹串を手にとって、一度、そのまま口へ運ぶ。

え、今なんて言った?


「え?」

「君が好きなんだ、鬼男くん」


焼酎の入ったグラスの、氷が溶けて、たぷり、と液体の中に沈んだ。



「おはようございます、閻魔大王」


おはよ〜、と間延びした声が聞こえる。

いくらかまだ眠そうだ。

当然の事だ。
昨晩は、明け方まで飲んでしまった。

そしてもう、限界を迎える寸前、彼は俺になんて言ったと思う?


「君が好き」


信じられるか。

ずっと、気のいい上司の、オッサンくらいにしか思ってなかったのに。

まあたまに、ふざけた中身の割に、妙に色っぽい所があるかなと思った事はあるけど。

色っぽい?
訂正、艶めかしい。

違うな、そんなに上品じゃない。

なんだろう。
…そう、エロイ、だ。

あいつはエロイ。

いっつもエロいって訳じゃないんだが…

まあ、どうでもいい!

とにかく昨日は、そのエロいオッサンのせいで、一秒も眠れなかった。


「昨日眠れた?ゴメンね、朝まで付き合わせちゃって」

「いえ、ぐっすりです」


そう、ウフフ、良かった、と彼は花を飛ばしそうな勢いで微笑んだ。

寝てねぇよ!一秒も!

ニンニクのフルコースを食べても、こうはならない。

知ってる、食べた事あるから。

その時は大汗をかきながら徹夜麻雀をして、翌日は丸一日爆睡した。

だが今回は、それ所ではない。

歯磨きをする手さえ震えて、今朝はシャツを2度着替えた。

なのになんだ、あいつのあの態度は。

まるで昨日の事なんて、何もなかったみたいに、平然としている。

それ所か、いつも以上に元気に鼻歌なんか歌ってやがる。

多分忘れてやがるな、畜生。

変な種まきやがって。

まくのはクダだけにしろ!

クダもやめろ!


お陰で、おかしな気持ちに悩まされる事になったじゃないか。

ん?おかしな気持ち?
それって何だ。



「あのさあ〜、鬼男くん〜」

「なんですー?」


少し離れた書棚の間に入った僕に、姿の見えない奴が、大声で話しかけて来た。

頭ががんがんする。

なんでこんなめんどくさい所で、声をかけてきやがったんだ。


「昨日のさ〜事なんだけどさ〜」

「はーい」

「考えてくれたあ〜?」

「えー?」


なんの話ですか、と言おうとして、気が付いた。

僕その話、知ってる。
知ってる話だ、たた多分だけど!

心の中までメチャクチャに動揺して、光の速さで書棚の間から上半身を乗り出した。

執務机に座った閻魔は、半分後ろを向いていた。

その頬は、赤い。

どこかの永遠の5才児みたいだ。

いや、こいつも中身的には、あれと大差ない気がするけど。


何はともあれ、ちょっと待て。

ちょっと待ってろ。

待ってろよ。
今、そこへ行く!

俺は書類の山をひっくり返しながら、奴の元へ走った。

目にもの見せてやる、エロオヤジ。

鼻息を荒くしながら僕は、一体何を?とひたすら考えていた。


fin.

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