男だろ?大丈夫だってと友人たちは言う。
男だからこそ大変だったと閻魔は知っている。けど、また冷やかされそうだから黙っていた。
せがまれてやり方なんかを一通り教えてやると、彼らは冷やかすでもなく興味深げに閻魔の話を聞く。
その目がいくらか、既にまともじゃなかった。
あんまり嫌がる事はしないでよと、ダメ押しの様に言うと、やっぱりとむとむは気が弱ぇなと一笑に付されて終わる。
間も無く彼が来てしまう。
閻魔は嫌で嫌で仕方がなかった。
だけれど、どうすればいいのかも分からなかった。
こんな馬鹿な男をどうして彼は好きになってくれたのだろう、と関係のない事を考えていた。
その時インターホンが鳴った。
家主である閻魔を差し置いて、友人の一人が素早く応答に出て、上がって来てとばかに明るい調子で言う。
まもなく玄関先のベルが鳴ってまた、友人が玄関へと走った。
友人たちは異様な興奮状態で、そのぎらぎらした目が怖いと閻魔は思っていた。
「あれ?とむとむいますか」
「うん!ごめんね俺達いきなり来ちゃったから」
友人と恋人の問答が聞こえる。
彼氏声きれいじゃんと、寝室に残った誰かが言った。
そんなのよく聞こえないじゃんと言うと、聞こえるじゃんと皆が強い調子で言う。
彼らの中では既に、これからはじまる事への期待から、現実に補正が掛かっているんだろうと思った。
それは一種の幻想という奴だ。
応対に出た友人がまず戻って、閻魔の恋人に分からない様に満面の笑みで、室内へ無言のサインを送る。
大当り。彼はそう言っていると思った。
麻雀で閻魔が負けた時にする顔に似ていると思った。
「こんにちは」
「どうも〜!」
今までの有無を言わさぬ雰囲気はどこへやら、友人たちは人のいい笑顔で少年を迎えた。
彼は床に散らばる空き缶とつまみに少し顔をしかめたが、すぐに柔らかな笑顔で、お邪魔してよかったですか?と言った。
学校帰りなのだろう、白いカッターシャツに黒のスラックス、傷の少ない鞄を片手に持っている。
褐色の肌と金色の髪は天然で、その時期の男の子特有の細い体。
またたく緑の瞳に友人たちは見とれている様だった。
「写真よりもっと美形じゃん。鬼男くんハーフなの?」
「写真?・・・ええ、そうです」
恋人の名前は鬼男と言う。
友人たちはもうずっと前に閻魔から聞き出して、それを知っていた。
写真と言うのは写メールの画像の事。閻魔が一枚だけ持っていた高校最後の体育祭の時のものだ。
最後だからと人目を忍んで二人で撮った。
それを見せろと言われて断りきれず、からかわれると思ったら、妙に感心した様な顔で、お前の彼氏すげぇなと言われたのを覚えている。
思えばあれも悪かった。
男の恋人が居ると言うだけでも、熱しやすい友人たちの格好のネタだったのだが、あれが不必要なくらい彼らの興味を引いてしまう結果になった。
彼女可愛いんでしょ?とどう捻じ曲がったのか分からない質問を、部外者からされた事もある。
「あの、僕本当にお邪魔じゃないですか?」
鬼男はすまなそうな顔で、閻魔へ向けてそう言った。
普段は割と強気な彼のかれんな顔に、閻魔はいたたまれなくなって、頼むから帰ってくれと言いそうになったが、友人たちに制される。
居てよ居てよと友人の一人が鬼男へ甘える様に言ったので、鬼男もそれに従った。
「とむとむ〜お酒ないから、買って来てよ」
「僕行きますよ」
「いや、あいつにやらせるから!鬼男くんは座ってて」
ていうか飲んでよと言って、無理やり座らせた鬼男の口へ缶を押し付ける。
閻魔は鬼男へそんな事をさせようと思った事もなかったので、あわてて止める様に言った。
けれど大丈夫だろと誰かが強気に言うので、抵抗も出来ずに、鬼男は慣れないアルコールの缶を受け取ってしまった。
ほらと言われて困った様な顔でそれへ口をつける。
その目が閻魔に助けてくれと言っていたが、どうしようもなくて視線をそらしてしまった。
早く行けってと急かされて閻魔は財布を手に取る。
玄関まで付いてきた友人に、二時間は帰ってくるなと言われる。
言われてはじめて、それがもう後戻りの出来ない合図だったと気付いた。