優しく手を引くカフェオレ色の首筋。

出会った頃より大きくなった背中、背丈。
揺れるプラチナブロンド。

輪郭が重たくなりはじめた桃色の瞳はきっと、真っすぐ前だけを見つめていることだろう。

青い月光が澄んだ大気を透かしている。
楽園は今夜も、晴れ。







パラダイス・キス










「どこまで行くの?」

「どこまで行きましょうか」

「どこまで行く?」

「どこまででも」


鬼男くんが少し笑ったのが分かった。

こっちを向いてほしくて、つないだ腕を揺らす。

振り返った桃色の瞳を膜が張ったように、青い月の光が覆っていた。

きれい。とても魅力的だ。

ちょっと頬が熱くなる。


「月を見に行こう」

「…まさか見えてないんですか?」

「違うよ!月が良く見える所へ行こうってこと」

「心がきれいな人にしか見えないのかと思いました」


ああびっくりした、と自分で言っておいて肩を震わせて笑う。

笑い方も、昔と変わったね。

出会った頃はほんの子供で、大きな口を開けて笑っては泣いていた。
まだばら色の頬の頃。

擦り剥いたひざこぞうと大きな瞳が眩しくて、愛らしかった。

それから急速に背が伸び始めて、睫毛の影が濃い紫色に変わって行く。その過程で初めて彼の肌が、髪が、とてもきれいな色をしている事に気が付いたのだ。

原石が宝石へと生まれ変わっていくさまを俺はその傍らで見せ付けられた。

何時の間にか羽を落として、幼い男の子から青年へと変わっていく一人の男の姿を。

輝きを整えはじめたダイヤモンドに胸の痛みが止まらなくなったのは、俺の目線が彼の首筋にあると気が付いた時だ。

色んな目線から彼を見てきた。
現実にも、心の在り方にも。

可愛い、と言う親心がいつしか美しいという憧憬に代わり、その内それは愛しいという恋心に変わった。


つむじを見下ろしていた頃から、今は俺を少し追い越した瞳と目を合わせるのが恥ずかしいくらいに切ない時がある。

恋してしまった美しい男が、小さな牙を剥き出して癇癪を起こしていた小さなお友達だと俺にはもう、到底思えなくなっている。
鬼男くんには内緒だけど。


「ほらもうすぐ森が開けますよ」

「…あ」


小高い丘の上には背の高い木が一本、音もなくそこにあるだけ。

風もない、時間が止まったような空間で月が天国全てに優しい眠りを促しているのが見えた。

皆今だけは目覚めてはいけない。

まるで世界の終わり、二人きりのような気分を誰にも邪魔されたくないから、ごめんなさい。


「みんな死んだみたいですね」

「…もっとロマンティックな表現ないわけ?」

「止まらなくなるといやなんで」


C○Bかっての。

友達の領域からはみ出したのは誰?もう孤独など抱いて生きたくはない。

月を見つめていた瞳がふいに近づく。
無言のキス、突然のキス。

いつからこういう事、自然に出来るようになったんだろう。

再び絡めた指から感じる体温は温かくて穏やかで、とても安心する。


「鬼男くん、大人みたいになったね」

「僕より小さくなったくせに、今更なにいってんですか」

「それじゃ俺が縮んだみたいだな…」


君が大きくなったんだよ、と言うと、そうですねと言って大きな手で俺の髪を撫でた。

薄くほほえむ唇にまた、一度は止まった心臓が息を吹き返していく。

今夜も、楽園の月はとても美しい。


fin.

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